1-4 彼女は『早とちりの天才』でもあるようです
しばらくして、宮城先生はプリントを持ってきた。
先ほど一瞬見せた粗野な本性を隠しているのか、ニコニコと穏やかそうな笑みを浮かべている。
「さて、朱美さん? あなたがどれくらい勉強できるか教えてもらいましょうか?」
「分かりました」
「問題はこれです。……有名な××中学校の入試問題よ? これが解けたら、あなたのことを認めてあげます」
また、学校名が伏字になってしまったが、これもまた、この世界に置ける『絶対的な力』の影響だろう。
だが、その学校は先ほどスマホで調べたから分かる、日本でも随一の名門校だ。
確かに、ここの入試問題を解けるようであれば、もうここでの学問は不要でしょうね。
「分かりました。……因みに先生は、このテストで何点でしたの?」
「え? ……私は自己採点で92点を取りました。まあ、そこまで取れるわけはないと思いますけどね……」
「ち、ちょっと先生! いくら何でもこの問題は、朱美さんには難しすぎませんか?」
それを聞いて、北斗さんが非難するように宮城先生に抗議を行った。
私は記憶が戻るまでは、そこまで勉強が出来なかった子だったのだろう。
「そうですか? ……まあ、確かにこれは、学年一位の北斗さんでも無理な問題ですけど、自分で『天才』という朱美さんなら出来るのでしょうねえ?」
口ではそういっているが、恐らく彼女は私が失敗することでこの私の態度を改めさせたいということが分かる。
だが私は世界一慈悲深い女なのだ。
(舐めていらっしゃいますね、先生は……だったら、満点を取って、鼻をあかしてやりますわ!)
……などと考えるような、愚かな転生者と私を一緒にしないで欲しい。
この天才で、誰よりも慈悲深い『美しき殉教者』たる私が、宮城先生のように、元国立大学の首席という地位を頼りに『大人である』というだけで優位に立とうと考えるような、哀れな方を傷つけるわけがない。
かといって、あまりに低い点を取ったら私は真面目にテストを受けなかったことを悟られるだろう。
そう思いながら、私は試験問題を解いた。
(やっぱり……確かにひねった問題ではありますが……。口ほどにもない問題ですわね……)
その問題は、どちらかというと暗記力ではなく基礎学力の組み合わせで解けるような問題だ。
もし歴史のような暗記科目が出たら、さすがに今の私では太刀打ちできなかったが、これならちょうどいい。
(手こずっている振りもしないといけませんわね……)
私はわざと少し時間をかけ、問題に悩むふりをしながら解く。
だが、
「日野本さん? ……なんですか、その顔芸は?」
「……え、いや……問題が難しくて悩んでいる人の表情ですわ?」
「そういうのいいから、普通に試験を受けなさい」
む、どうやら私の意図をくみ取っていただけなかったようだ。
『悩んでいる表情』を私は辞め、普通に問題を回答した。
……そして10分後。
「出来ましたわ、宮城先生!」
「え……もうできたの? 試験時間は45分だけど……」
「はい、採点してください、先生!」
そういって私は回答用紙を渡す。
その様子を北斗さんは』心配そうに尋ねてきた。
「ね、ねえ朱美さん……本当に、大丈夫なの?」
「ええ! あれくらいの問題、天才の私に不可能はありませんから! 見ててください、満点を取る私の美しい姿を!」
それを言うと、周りはぽかんと口を開けていた。
だが、私がここで尊大な態度を取ったのは、わざとだ。
そして先生は回答用紙を見ながら、顔色を変えた。……フフフ、ご安心ください。
セドナお父様から聞いております。
「人間は、調子に乗った人間が大失敗をするときに、何より愉悦を感じるものだ」
ということを。
しばらくした後に、宮城先生はテスト用紙を手に発表する。
「今回答が終わりました。……えっと、信じられませんが……。日野本さんの点数は、きゅうじゅう……」
今だ!
「ひいいいい! あ、ああ、何てこと! こ、この私が宮城先生に負けてしまうなんて!」
ここで思いっきり悔しがって、宮城先生の溜飲を下げさせるのだ!
「おお、神よ! なんという失態! 私は間違っていましたわ! 自分が天才だなんてなんておこがましいことを! 信じられない、穴があったら入りたい、この私のバカ! バカ!」
私は持ち前の、舞台女優もかくやという演技力で、椅子から転げ落ち、苦痛と恥ずかしさにのたうち回ってみせた。
「あ、朱美さん……よそうよ、そういうの……」
「……何やってんの? こいつ……」
周りは、それを驚いたような表情で見ている。
フフフ、天才が挫折をして苦しむ姿というのは、いつでも絵になりますものね。
周りが私をそういう目でこちらを見ているのは、私にも分かった。
そして宮城先生は、この私に対して質問をしてきた。
「因みに日野本さん、何点を取ったつもりですか?」
「え? ……91点じゃないんですか?」
「……やっぱり……素直にそれを答えてしまうところは、まだ子どもですね。……はい、どうぞ」
彼女は少し呆れた様子で回答用紙を渡した。
……まさか、この私の完璧な演技が見破られた? それとも、検算を間違えた?
いや、そんなことはない。答案を見ると、ちゃんと私の検算通り91点になっている。宮城先生が取った92点よりちゃんと低い点数だ。
「嘘だろ……これ……」
私の回答を覗き込んだ北斗さんも驚いたような表情を見せた。
彼はこの区域では随一の優秀な男子だということは知っているが、そんな彼でもこの問題は少々北斗さんには難しいだろう。
……嗚呼、ごめんなさい。あなたより私が優秀なことを教えてしまいましたね。
そう思っていると、宮城先生は少し呆れた様子で呟く。
「ええ。……途中式まで全部書いていて全て正しいのに……。答えの値、露骨に1だけ変えていますよね? ご丁寧に正答を消しゴムで消した跡まであります……。日野本さん、わざと間違えて91点を取りませんでした?」
バカな……バレたということ?
しまった、何という慧眼! さすがは国立大学の首席といったところか。少々宮城先生の能力を見誤っていたようね……。
そう思いながらも、私はその演技力を持って取り繕う。
「え? ……おほほほほ! そ、そんなメリットがどこにあるのですか? 先生の思い違いですわ! ……いや、さすが宮城先生! 私なんか、まだ天才などではなかったということですわ!」
「…………」
「さ、さあ、スマホは辞めますので、どうか愚かな私に授業を続けてください! さあ!」
「……はは……。もう演技はいいですよ、朱美さん。あなたが天才なのは認めますから」
嗚呼、私の『凡人の演技』は完璧だったはず……。
なのにあっさりバレてしまうとは、先生もやはり私ほどではないにせよ天才に違いない。
そして宮城先生は少し呆れたような顔を見せながら、苦笑する様子を見せながら答える。
恐らく、私の美しい演技を見て、心を打たれたのだろう。
「私も少し大人げなかったみたいですね。……もう、朱美さんに教えられることはないみたい。……これからは、好きに勉強して良いですよ?」
「そ、そうですか?」
「ただ、スマホなどの電子機器の使用は禁止ですよ? 他の人が羨ましがりますからね。図書室にはいつでも使っていいですから、本をここに持ち込んで勉強してください」
「は、はい!」
スマホがなくとも、大量の書籍があれば私には十分だ。
そう思った私は、それを聞いて頭を下げた。