1-3 場所を間違えられやすい東北地方だが、例外はこの県だ
「ど、どうしたの朱美さん? 突然謝って……」
「だって私は……。あなたに迷惑をおかけしますから……」
私は、顔も頭もいいうえに、性格まで女神のように慈悲深い。
きっと『日野本朱美』という名前の通り、多くの人の心を照らすことになるはずだ。
けど、光が強ければその影だって強くなる。
凡百の転生者と違って、私はそんな『天才ゆえの加害性』を理解している。
私のような天才そが身近にいることで、北斗さんのような同級生を苦しめることになることくらい分かっている。
そんな罪悪感を感じたため、私は頭を下げる。
だが北斗さんは、
「あはは、気にしないでよ、朱美さん。僕たちは幼馴染なんだから」
そう笑顔を見せてきた。
「ですが……」
「それに、母さんにも言われてるんだよ。困ってる人には親切にしなさいってね」
「困ってる人?」
「うん。……朱美さん、お母さんが亡くなって大変でしょ? ……お弁当も作ってきたからさ、お昼は一緒に食べようか?」
嗚呼、彼はきっと誤解している。
私のこの謝罪を『可哀そうな私を気にかけてくれていること』に対して行っていると思っているのね。
優しい私は、彼が美しい私を気にかけてくれることを『下心』『自己満足』と批判するような利己性は持ち合わせていない。
彼はきっと、私への好意を必死で隠しながら、あくまで善意という形で私に優しくしているのだろう。
そう思って、私は最大限の笑顔を彼に見せてあげた。
……そう、これは彼にとって最高の報酬となるはずだ。
「ありがとう、北斗さん。お礼にあなたには、錬金術の力で、最高の富と名誉を差し上げますわね?」
「……は?」
そういうと、彼はきょとんとした顔を見せた。
ああ、そうだった。
この世界には錬金術という概念は消滅し、代わりに『科学』という技術が流行っているのでしたね。
彼は困惑しながらも笑顔を見せた。
「ま、その話は今度するとしてさ。と、とにかく学校に行こうよ、朱美さん?」
「ええ!」
そういうと、私は彼と一緒に学校に向かった。
どうやらこの青森県というのは、首都である東京に比べると人口が少ないようだ。
ただ「東北地方の中では、唯一場所を間違えられない」というのが密かな自慢だと、以前お父様が言っていた。
この学校も全校生徒を合わせて100人に満たない。
私は10歳だが、高学年の生徒と一緒に授業を受けている。
担任の宮城先生は、私たち全員にそれぞれ授業を教えているようだ。
「ふむ……へえ……そういうこと……」
「あ、朱美さん……そろそろ辞めない?」
「いいところだから、もう少しだけ、ね? 北斗さん?」
幸い、私の前にいる男子生徒は体が大きい。
そんな彼の陰に隠れて、私は北斗さんからお借りした『スマートフォン』を使って、世界の情報を集めていた。
(へえ……私が見たあの冷蔵装置は『冷蔵庫』というのね……。なるほど、マナに頼らずに冷媒を用いて野菜を冷却するなんて……。愚かな人類なりに良く工夫されていますわね……)
この『スマートフォン』の装置……というより『インターネット』という概念だけは、私の確立した錬金術の概念にないものだ。
(嗚呼、天才の私が、天才ゆえに止めてしまった文明もあるということなのね……)
戦争が起きる理由は大抵の場合は『足りないから』だ。
水、食料、女(厳密には生殖相手)なども原因になりがちだが、一番の原因は『自由』を奪われることだろう。
これに不公平が生じると戦争が生じてしまう。
だから私は前世では、大量の発明とホムンクルスを行い、全ての人にそれらが満ち足りるようにしたことにより戦争を終結させた。
だが、それによって発展しなかった文明もあったということだ。
「朱美さん、まずいって……そろそろ、ミヤセン、キレそうだよ?」
そんな風に北斗さんが言っていたが、私は聞こえないふりをした。
今は情報収集で忙しい。
(皮肉なものね……。この『インターネット』というシステムは、元々は戦争のために作ったものですもの……。さすがの私も、こういう発想は無かったものですわ?)
この『10歳の吸収力』は凄まじい。スマホを通してあっという間に知識が入っていく。
そしてあらかた、この世界の情勢や周辺情報を理解した後、私はスマホの画面をオフにして眼を閉じる。
(ごめんなさい、皆さん……本当に、ズルいですわよね、私だけ人生2周目の知識があり、しかもこんなに成長力が高くて……しかもこんな美貌を持ち、優しくて思いやりまであるなんて……)
ただでさえ天才的な頭脳を持つ私が、前世の記憶を持ち込んだまま、10歳児の吸収力を持って学習してしまったら、この学校……いや、この世界の誰もが私に太刀打ちなど出来るわけがない。
彼らをどれほど劣等感で苦しめてしまうかと思うと、思わず涙が出てきた。
せめて、私は『美しき殉教者』として、彼らにこの身と頭を捧げなければ。
「さん、朱美さん……?」
「は?」
そんな風に尋ねられたので見上げたら、そこには担任の、宮城先生の姿があった。
「とても楽しそうにスマホをいじってましたね、日野本さん? 何か面白い動画でもあったのですか?」
顔は笑っているが、その表情は憤怒を浮かべているのが明らかだった。
まあ、当然だろう。
先生から言われた課題を一瞬で済ませ、別の勉強をしていたのだから。
私は先生から言われた算数の文章題を出して、答える。
「申し訳ありません、宮城先生。もう課題は終わっていますので、これでよろしいでしょうか?」
「え? ……へえ……あ、ふむ……満点ですね」
正直、天才の私にとって小学生の問題などあまりに簡単すぎる。
だが、それを見ても納得しないような表情を見せた。
「けど、授業中にスマホを見ていいのですか?」
「私はスマホを使って世界の情報を集めていただけですわ? ただ、簡単すぎる授業を聞くよりもよほど、効率的かと思いますが」
「あ、バカ……! すみません、先生……」
北斗さんが横から代わりに謝罪をしようとしたが、宮城先生はそれを無視してプルプルと震えていた。
「へえ……。私の授業が簡単すぎる、ねえ……」
「ええ。申し訳ありません、先生! ……私は先生よりもずっと頭がいいので……。だから、その……私の好きに勉強をさせていただいていいですか?」
あ、しまった!
子どもに学力で追い抜かれること、そして大人が『舐められる』こと、これを大人は何よりも嫌うのでした!
そう思った私は思わず訂正する。
「あ、嘘です! すみませんでした! 情報収集をやめ、勉強を続けます! さあ宮城先生、愚かな私に算数のなんたるかを教えてくださいませ!」
精一杯、この愚かな先生のために謙遜したつもりだったが、どうやら私の意図をくみ取っていただけないようだった。
怒りのあまり逆に笑顔を見せながら、
「そこまで舐められちゃ、こっちもたまらないですね……! 本当に私より頭が良いのか、証明してもらいましょうか……」
「あ、あの、宮城先生……。朱美さん相手にそこまで……」
「うっさいな! あたしはね、そういうこというガキが大嫌いなんだよ! ……ちょっと待ってな!」
そういうと、宮城先生は怒って教室を出ていった。
「ねえ、朱美さん……今日はちょっと変じゃない? いつもは、先生のいうことを素直に聞いてたじゃないか……」
(そういえば、記憶が戻る前の私は引っ込み思案で、人の言うことに流されやすい子でしたわね……)
もとは自己主張が苦手な私のことを気遣って、北斗さんは私と登下校してくれたのを思い出した。
……今思うと、それを当たり前のことと思っていた私は『強く出れないだけの自己中』だったと気づき、恥ずかしく思った。
「それは……詳しい話は後で話しますわ? ただ、あなたたちには荒唐無稽すぎて理解できないと思いますが……」
「う、うん……。それよりさ、ミヤセンのこと、忘れたの?」
「え?」
「彼女、元々は国立大学を首席で卒業した人なんだよ? ……そんな人が出す問題なんて、解けるわけないよ……」
国立大学、か。
具体的な大学名を出せないのは、恐らくこの世界に『何らかの制約』があるのだろう。」こればかりはさすがの私でもどうにも出来なそうだ。
「そうだったのね……」
そうだ、そんな優秀な先生の出す問題を完璧に答えれば、私が『転生者』であることを理解してもらえるかもしれない。
……けど、私は天才なだけではない。
自分の素晴らしい能力をひけらかすだけでなく、海のように深い慈悲深さがある。
(満点を取って、宮城先生の顔を潰すような真似は、絶対にしたくありませんわ! だって私は『美しき殉教者』ですもの! きちんと『大人を立てる』優しいお子様だってことをきちんと知らしめなくては!)
そう思って、先生が戻ってくるのを待った。