奪われたものは
何も持たない男が大きな罪を犯した。
ありとあらゆる罪だ。
男は財産らしいものは何も持っていなかった。
反対に言えば、だからこそ何でも出来たのだ。
持たざる故に彼は何でも出来たのだ。
「奪えるものなど何もないぞ。俺の命以外に」
裁判官に向かい男は挑発をする。
そう。
多くの人々を傷つけたにも関わらず、男が差し出せるものは命しかなかった。
たった一つの命しか。
これではあまりにも釣り合わない。
しかし、ない袖は振れない。
被害者は苦々し気に男を睨んでいたが、男と言えば涼し気な顔をするばかりだった。
そんな男を見て裁判官はため息をつきながら言った。
「これはしたくなかったが……貴様に相応しい罰を下す」
「何だ? 首吊りか? 火炙りか? 八つ裂きか?」
「いや。今からなんびとたりともお前から命を奪うことを禁ずる」
その言葉に男は首を傾げる。
どんな罰を与えるつもりだ?
「お前から大切なものを一つ奪う」
「生憎、俺には大切なものは一つもない」
「いや、ある」
そう言って裁判官は告げた。
「お前から『人権』を奪う」
その言葉に男はさらに首をかしげた。
何せ、そのような言葉をしっかりと考えたことがなかったからだ。
「直に分かるさ。この罰の重さが」
その後、男は誰からも命を奪われることなく八十年の月日を生きた。
そして、その月日がどのようなものであったか。
語るものは誰もいない。
彼はもう人間ではなかったのだから。