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攫った姫の様子がおかしい  作者: 妖精のコート
第一章『龍の弔いは野蛮だな』
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第四話「割れるんすよ、エレトさん」

 桜田賢人は、茶色い髪の少女と二人、馬車に揺られていた。向かう先はロークロカ。クオーティア王都から伸びているその道は、厳重な警備がされている。関所も何カ所かあるのだが、この二人はそれを素通りして走り続けていた。


「なぁエレトさん。魔封じの魔術具の開発、命じられてなかったっすか?」

「……えぇ、今更。前から進言していたにも拘わらず、今更」

「作らなくていいんすか?」

「もう魔術陣はできてるので、後は材料です」


 エレトと呼ばれた少女は首を振り、鼻で笑う。疲れているのか彼女の緑色の眼の下には隈があり、ごしごしとそれを擦った。それから彼女は固定されたテーブルからコップを取り、一気に中身を飲み干した。


「おーい、未成年飲酒」

「殺しますよ……飲まなきゃやってらんないんですよ」

「どんまいっす」


 エレトは見た目は幼子だが、もう立派な大人だった。ワインなのだろう、紫色の液体を新たにコップに注ぐ。

 隣のクッションをぽかぽか叩きながら、彼女は愚痴を続けた。


「言ってたじゃないですか私。あれじゃ解かれるって。特にラクトには。あとなんで管理者が姫様なのかってのも言ってましたよね? というかもう出来てるんだからミスリルくらい支給してくださいよ。何が貴重な物を試作品には使えないですか。そんなんだからラクトも裏切るんですよ。あの老害が。死んじまえ、ほんともう」

「どんまいっす」

「ケント、貴方も何でラクトを止めなかったんですか!」

「うわこっち来た」


 彼女は赤くなった顔で賢人を睨む。が、柔らかな子どもの顔なので、全然怖くない。


「ラクトがストレス溜め込んでたの貴方も知ってたでしょう! 言いましたよね、様子見てあげてって!」

「……うっす」

「貴方自身もですよ! 何か悩みがあるなら、誰でもいいから相談しろって、言ってたのにさぁ!」

「悩み事とかないんで」

「じゃあなんでいっつも苦しそうなんですか! ああん??」

「チンピラになってますよー」


 耳が痛いから逃げ出したいが、ここは馬車の中。ロークロカに着くまではどうしようもない。

 賢人には悩み事なんてない。少なくとも彼はそう思っていた。

 ただ、苦しいと思うことはあった。どうしようもなく、死んでしまいたくなるようなものが。

 しかし、それは人に話しても解決のしようがない、生涯付き合っていくものだ。時間が解決してくれるのかも知れないが、まだ十六年しか生きていない賢人には想像のしようがないし、この苦痛を忘れるなんてしたくない。

 だから賢人はいつも押し黙って、ぼんやりと生きている。

 そういう奴なのだ。死んでしまう勇気もない、勝手に新しく生きる希望を見付けてしまう、どうしようもないクズ。それが賢人という人間なのだ。そう、思う。


「ちゃんと、頼ってください」

「……うっす」


 少し前に、賢人はエレトに対し、弱音を溢してしまった。それから彼女は賢人を気に掛けて、よく話しかけてくれている。

 甘えてしまった。賢人のような人間は、さも人生が楽しいのだと振る舞って、せめて掛ける迷惑を少なくしなければいけいないのに。

 こうも優しくされると、惨めで仕方がない。


「そういや、何で着いてきたんですか?」

「前々からロークロカ行ってみたかったんすよねー」

「ふぅん?」


 話題が変わったのをこれ幸いに、賢人は笑顔でロークロカへの憧れを口にする。


「いい斧が欲しくて」

「あぁ……好きですねー。何が面白いんですか、それ」

「割れるんすよ、エレトさん」


 ――――割れるのだ。

 重たい斧を、ゆっくりと持ち上げる。狙いを定めて、振り下ろす。

 すると斧は初めからルートが決まっていたかのように、重力に従ってぶれることなく落ちて行く。獲物に当たると、抵抗を感じながらも進み、地面にぶつかってようやく、鈍い音と共に立ち止まる。

 硬い岩が、薪が、ぱっくりと綺麗な断面で転がっていく。小さな破片が散らばる。

 賢人は、それが好きだった。理由は自分でもわかっていないが、どうにも惹かれた。まぁ、要は生き甲斐だ。賢人は斧で何かを割ることが好きだった。

 エレトは理解できないのだろう、熱弁する賢人を訝しげに見ている。新しいワインを取り出したエレトに苦笑しながら、賢人はロークロカの話に戻した。


「あと、ロークロカ自体に興味があったんすよね」

「ふぅん?」

「色々ありすぎておすすめの仕方に迷う、なんて言われたら、自分で行きたくなりません?」

「そーんないい街じゃないですけどねー」


 エレトはそんなに好きではないようで、溜め息を溢す。それからふっと、笑みを浮かべた。


「あぁでも、賑やかなのはいいですね。ゆっくりはできないけど」

「んあ、エレトさんって賑やかなの好きなんすか?」


 えぇ、とエレトは首肯する。

 意外だ。彼女は静かな場所が好きなのだと思っていた。


「誰も私を見ない、知らない。自分がただの路傍のゴミだと思えて、胸が空きます」

「……悩み、聞きましょうか?」

「団長死ね……クソババァがよぉ……騎士も死ね……何が守れなかっただ……お前等は私の妹を殺しただろうが……」

「……お疲れ様です」


 エレトは、生まれたばかりの妹を守れずに死なせている。魔術士として活躍している間にも、救えなかった人が多いのだと。

 だからだろう、彼女は彼女で自己肯定感が死んでいた。

 苦悩を人にちゃんと吐き出す人でもこうなのだから、やっぱり相談に意味なんてないだろう。

 それからロークロカに着くまで、賢人とエレトは色んな話をし続けた。

凡そ二千字。頑張って削りました。

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