第2話 施設の利用者と使用者
数時間後
「後は自分がやっておきます」
俺は後始末をかって出た。後始末といっても、カプセルの中を清掃して、電源コードを差すだけの作業だ。別にこの作業が好きなわけではない。ただ、この後に入った仕事が嫌だっただけだ。
黙々とカプセルの中を拭き上げていく。
「あらあら、それぐらい作業ロボに任せればいいじゃない?」
別の同僚が見回りに来たようだ。確かに作業ロボの方が効率がいいだろう。そんなことを言えば、俺たちの仕事も人工知能を持ったロボットがやれる仕事だ。
「確かに俺より綺麗にしてくれるでしょうね」
「そういうことじゃないのだけど。ただでさえ汚れ仕事なのにと思っただけよ」
俺たちがやっている事は所詮人殺しだ。利用者の契約書には事細かに書いてあり、契約書通りに俺たちが動いていたとしても、人の命を奪っていることに間違いはないのだから。
「俺も若い頃はウキウキして、この施設を利用したものですからね」
「ふふふ。この裏側を知らないからこそ、この施設を使えるものね。知ってしまえば、この棺桶のカプセルには足を入れたくはないわ」
棺桶。正にこのカプセルは棺桶だろう。ただし一年間ログアウトせずに利用した者はと条件は付くが。
「そう言えば、上の待合室にD様が来ていらしたのだけど、今日はどうされたのかしら? ヤマダさんはご存知?」
「今日はお子様のお誕生の日ですから、いらしたのでしょう」
同僚の女性は表情を一瞬曇らせたが、直ぐに元の表情に戻った。
「それは、喜ばしいことですわね。何番だったかしら?」
「24832番です」
「この区画じゃない? ヤマダさんは行かなくていいのかしら?」
「ですから、自分は後始末をしているのです」
「ああ、そうね。もう少し丁寧に磨いた方がいいわ。私も仕事に戻らないとね」
同僚の女性はそう言って、この場を立ち去っていった。俺は言われたとおり、カプセルを丁寧に磨いておく。
この後に入った仕事に立ち会わないように。
施設には老若男女の様々な年齢のお客様が利用している。中には若い女性のお客様もいるのだ。今の時代、上級階級の方々は自分たちの子供を体外受精で、かつ代理母出産制度を用いているのだ。
その母体とは、この施設の利用者だ。これも利用契約書に書かれているが、小さな字で事細かに書かれた契約書を全部読む人はどれぐらいいることだろうか。
この2つ先のカプセルも体外受精された利用者がいる。彼女たちはきっとリアルがどの様になっているか気にもしないで、ゲームの世界を楽しんでいることだろう。
少し、その利用者の状態を確認しておこうか。別に俺なんかが確認せずとも、ここのシステムが管理しているので必要なんてないのだが。
カプセルを次の利用者が使用できるように電源プラグを差しておく。ここも直ぐに埋まってしまうことだろう。
掃除道具は運搬用のロボに任せておけば、自動で収納場所まで行き、洗浄して収納してくれる。
俺は運搬用ロボとは逆の方向に足を進め、2つ先のカプセルまで行く。
青味がかった透明なカプセルの中には、痩せ細り腹が異様に膨れた女性の姿があった。痩せることはしかたがない。動きもせずに眠っている状態なら、筋肉が衰え腕と足は骨と皮だけになるだろう。栄養も生きるのに必要な栄養しか与えられていないのだから、脂肪も付くことはない。
だから、頭と腹の大きさが目立つ人がカプセルの中に入っている。彼女もほぼ一年ゲームの世界に入り浸っているのだ。
ん? 大きなお腹が波打つようにうねっている。
「『アイオーン』28913番の様子がおかしい。どうなっている」
『アイオーン』は管理システムの名だ。システムの管理状況を俺は確認する。28913番はF様のお子様だったはずだ。
『母体の興奮状態に影響を受けているようです。直ぐに鎮静化します』
女性の声が脳内に響く。
時々だがシステムはこういうバグを出す。システムに人間らしさを求めた結果らしいが、内心俺はここに働く社員を試しているようにしか感じない。今回も俺が指摘しなければ恐らくそのまま放置され、大切なお子様の命が失われる結果になっていただろう。
そして、この近くで作業していた俺に責が問われるのだ。
『こんなに近くにいて、気が付かなかったのか』と。恐ろしい話だ。
きっと仕事をしているようで、仕事をサボっていたことがシステムにはバレていたのだろう。
相変わらずシステムの目は厳しい。大人しく次の業務先である24832番のカプセルまで移動か。