同じ部活の先輩に「俺から妹を寝取ってほしい!」と懇願された!?
「須田、頼む!」
「はい、先輩!」
相手の前衛が打ってきた鋭いボレーを、ギリギリのところで何とか拾った俺。
だが運よく相手コートの誰もいないところにボールが落ちたため陣形が崩れ、甘いボールが返ってきた。
この隙を逃す阿藤先輩ではない。
「バーニーングッ!!」
阿藤先輩の弾丸ボレーが炸裂し、これにてゲームセット。
俺たちの勝ちだ。
今日の部内の練習試合は、俺と阿藤先輩のペアは3勝1敗と、なかなかの成績を残すことができたのだった。
「ナイスボレーでした、阿藤先輩!」
「いや、須田の粘り強いラリーのお陰で相手に隙が出来たんだ。この勝利は、俺と須田、二人の勝利だぞ!」
「阿藤先輩……!」
あ、ヤバい、ちょっと泣きそう。
俺がこの高校のソフトテニス部に入部して、早や数ヶ月。
まさかいきなり二年生のエースである阿藤先輩とペアを組むことになるとは、夢にも思っていなかったので、足を引っ張らないよう必死に練習してきたが、本当に頑張ってよかった……!
阿藤先輩は技術が高いのはもちろんのこと、カリスマ性があって人望も厚く、次期部長候補筆頭。
俺が一番尊敬している先輩なのだ。
「キャー、お兄ちゃん、カッコイイー!」
――!
その時だった。
隣のコートの女子ソフトテニス部から、黄色い声が上がった。
その声の主は、阿藤先輩の妹であり、俺のクラスメイトでもある阿藤麻里子さん。
阿藤さんはラノベの表紙に載ってるレベルの美少女であり、性格も明るく人当たりもいいので、男子ソフトテニス部内でのアイドル的な存在である。
男子ソフトテニス部員の大半は、阿藤さんに淡い恋心を抱いていると言っても過言ではない。
かくいう俺も、その一人である……。
だが――。
「ハハ、この勝利を、お前に捧げるぞ、麻里子!」
「キャー、お兄ちゃん大好きー!」
阿藤先輩も阿藤さんも、どちらも重度のシスコンブラコンであり、とても俺たちの入り込める隙間はないので、実質失恋しているようなものなのだ……。
青春とは、斯くも甘酸っぱいものである。
「コラ、麻里子、まだ練習中よ。もっと集中しなさい」
「あ、すいませーん、薫先輩」
阿藤さんが女子ソフトテニス部の部長である、三年の村本薫先輩に叱られている。
これが我が校のソフトテニス部の、日常の風景である――。
「なあ須田、この後ちょっと残ってくれないか? 大事な話があるんだ」
「え?」
練習が終わり、狭く汗臭い部室で着替えている最中。
普段は太陽みたいな眩しい笑顔を絶やさない阿藤先輩が、いつになく真剣な表情でそんなことを言ってきたので、俺はただならぬ気配を感じた。
「はい、いいですけど」
「悪いな」
大事な話か……。
いったい何だろう……。
「えーと、それで先輩、話というのは?」
他の部員が帰り俺と阿藤先輩だけになったところで、俺は切り出した。
「うん。須田は……NTRという文化は知っているか?」
「…………は?」
ね、NTR……?
NTRというと、よく成人向け漫画のネット広告で流れてくる、あのNTRのことか?
俺はあまりNTRが好きではないので、その手の漫画は読んだことがないけど……。
だが、あれだけたくさん広告が流れてくるということは、世の中には自分の彼女が他の男にNTRれることに快感を覚える男がそれだけ多いということでもあるので、本当に世界というのは、悪い意味でも広いなとつくづく思う。
「はい、まあ、知ってはいますが」
「そうか、それなら話は早い。これはまだ誰にも言ったことはないんだが――実は俺は、NTR属性を持っているんだ!」
「…………ん?」
あ、阿藤先輩????
「俺は、NTRれることに快感を覚える、生粋のNTR男なんだよッ!!」
「先輩ッ!?!?」
そ、そんな……。
俺の尊敬する阿藤先輩が、生粋のNTR男だったなんて……。
俺の中の阿藤先輩像が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく……。
い、いや、待て待て。
今は多様性の時代だ。
別にNTR属性を持っていること自体は罪ではない。
単に俺とは趣味が合わないというだけで、阿藤先輩の人格自体を否定するのは、ちょっと違う気がする。
「な、なるほど……、よくわかりました。うん、好みは人それぞれですし……、俺はいいと思いますよ、先輩」
「そうか! 須田ならそう言ってくれると信じていたぞ! ……ところで、折り入って頼みがあるんだが」
「頼み、ですか?」
この瞬間、俺の背中を悪寒が走った。
「俺から――妹の麻里子を寝取ってほしいんだッ!」
「――!!?」
えーーー!?!?!?
「ど、どういうことでしょうか?」
あまりの展開に、まだ頭が追いついていない。
「うん、俺と麻里子が相思相愛なのは、須田もよく知っているよな?」
「あ……はい、それは」
あれだけいつも人前でイチャイチャしてるんだから、誰だってわかるだろう。
「もちろん俺たちは実の兄妹だから、男女の関係にあるわけではない。だが俺の麻里子に対する家族愛は、正真正銘本物だ! だからこそ、お前に麻里子がNTRれたら、俺はこの上なく興奮すると思うんだよッ!」
「ご自分が何を言ってるかわかってるんですか先輩ッ!?」
尊敬する先輩から、エグい性癖を暴露される側の身にもなってくださいッ!!
「そ、そもそも、なんでよりによって俺に頼むんですか……。仮に阿藤さんを寝取るにしても、もっと他に適役はいると思うんですが」
とはいえ、他の誰かに阿藤さんがNTRれるところなんて、想像したくもないが……。
「いや、俺だって麻里子に不幸になってほしいわけじゃないからな。お前なら麻里子を幸せにしてくれると思って、こうして頼んでるんだ」
「先輩……」
そう言ってもらえるのは光栄ではあるものの、内容が内容なので、手放しでは喜べないな……。
「須田だって、麻里子のことが好きなんだろう?」
「なっ……!?」
何故それを……!?
「ふふ、俺はお前の先輩でありペアだぞ。それくらいわかるさ」
「あ、あはは」
やっぱ阿藤先輩には敵わないなぁ。
「だからこの件は、須田にとっても悪い話じゃないはずだ。それに――」
「?」
それに?
「いや、これは俺から言うのは野暮というものだろう。今のは忘れてくれ」
「はぁ……」
「丁度よく、明日俺は麻里子と二人でデートする予定なんだ。そこに須田も同行して、是非俺から麻里子を寝取ってくれ!」
「あ、明日ですか!?」
これは、大変なことになったぞ……。
「よお須田! 待たせたな!」
「あ、いえ、俺も今来たとこです」
「あれ!? なんで須田くんがいるの!?」
そして迎えた翌日。
99%の不安と、1%の期待を抱きながら約束の場所で待っていると、阿藤先輩と阿藤さんが、仲睦まじく腕を組みながら現れた。
部活中は髪をポニーテールにしている阿藤さんだが、今日は二つ結びにアレンジしていた。
しかも服装はタンクトップにホットパンツという、非常に布面積の少ないものであった。
拙者二つ結びでタンクトップにホットパンツの女の子大好き侍……!!
義によって助太刀いたす!(?)
「須田もアニメが好きだと言うのでな。せっかくだから一緒に見て回ろうという話に、昨日なったんだ」
今日は阿藤先輩と阿藤さんは、駅前にあるアニメショップに買い物に行くことになっていたらしい。
「へー、そ、そうなんだ。よろしくね、須田くん」
「う、うん、よろしく」
阿藤さんが天使みたいな笑みを俺に向けてくれた。
嗚呼、やっぱ阿藤さんは可愛いなぁ。
「じゃあ、早速買いに行こ、お兄ちゃん! 早く行かないと、限定グッズ売り切れちゃう!」
「ハハ、そう焦るなよ、麻里子」
阿藤さんが阿藤先輩の腕を、グイグイ引っ張りながら歩いて行く。
その瞬間、阿藤先輩が俺に、「今日は頼むぞ」とでも言いたげな視線を向けてきた。
うぅん、果たしてこの阿藤先輩ラブな阿藤さんを、俺なんかに寝取ることが本当にできるのだろうか……。
「やったー! ゲットだぜ!」
阿藤さんが満面の笑みで手にしているのは、今放送している『きゅらどら!』というアニメの、主人公キャラのアクリルキーホルダーだった。
「へー、阿藤さん『きゅらどら!』好きなんだ。俺も観てるよ。面白いよね、『きゅらどら!』」
「え!? マジ!? 須田くんも!? わー、周りで『きゅらどら!』観てる友達いないから、マジ嬉しー! マジ面白いよね、『きゅらどら!』」
「うん、三話の、校長が突然『推しのエロ漫画家が、最近人妻モノしか描かないから悲しい!』って告白したシーンは、爆笑したよ」
「アハハ!! あそこは私とお兄ちゃんも、腹抱えて笑ったよ!」
「……!」
私とお兄ちゃん、か……。
「あ、ねえねえお兄ちゃん! お兄ちゃんにはこれあげるね! 私だと思って、大事にしてよね!」
阿藤さんは『きゅらどら!』のヒロインキャラのアクリルキーホルダーを、阿藤先輩に手渡した。
「フフ、ありがとな麻里子。大事にするぞ」
「えへへへー」
嗚呼、やっぱり俺には、阿藤さんを寝取るのは無理かもしれません、阿藤先輩……。
「はい、お兄ちゃん、あーん」
「あーん」
「……」
買い物が終わって、人気のないカフェのテラス席でお茶をしている俺たち。
ここでも阿藤さんは自分のフルーツパフェを阿藤先輩にあーんしており、ラブラブっぷりをこれでもかと見せつけている。
阿藤さんに悪気はないのだろうが、流石にそろそろ心が折れそうだ……。
やっぱり俺には荷が重かったんだ……。
阿藤先輩には悪いけど、用事を思い出したとか言って、もう帰ろうかな……。
「あら、随分珍しい組み合わせじゃない」
「「「――!」」」
その時だった。
一人の女性が、俺たちに声を掛けてきた。
こ、この声は――!
「む、村本先輩!? 何故先輩がここに!?」
阿藤先輩が、露骨に狼狽えた。
そこに立っていたのは、女子ソフトテニス部の部長である、村本薫先輩だったのだ。
「うふふ、私は麻里子に呼ばれたから来ただけよ」
「麻里子に!?」
「うん、そうだよー。私が薫先輩をここに呼んだの」
な、なんで……?
「では薫先輩、よろしくお願いします!」
「まったく、本当にしょうがない子ね。――ねえ阿藤、私ね、前からあなたのこと、可愛いなと思ってたのよ」
「「っ!?」」
村本先輩が阿藤先輩に肩を組んで、そのたわわなお胸を阿藤先輩の身体に押し当てた。
こ、これは……!!
「そ、そんな……! 村本先輩……!!」
「ねえ阿藤、阿藤は私のこと、どう思ってるの?」
村本先輩が艶めかしく指を阿藤先輩の顎に這わせ、耳元にふぅと甘い吐息を吹きかけた。
あわわわわわ……!
「あ、あぁ……! 先輩……! 俺は……、俺は村本先輩のことが……、好きです……!」
――!!
阿藤先輩――!!
「うふふ、よく言えました。じゃあ今から二人で、猫カフェに行くわよ」
「は、はい……!」
あ、猫カフェに行くんだ?
阿藤先輩と村本先輩は、恋人繋ぎでピンク色のオーラを発しながら去って行った。
うぅむ、確かに今思えば、阿藤先輩はいつも練習中、村本先輩のことを目で追っていたし、元々二人は両想いだったってことなのか、な……?
「ハァ……! ハァ……! ハァ……! NTRれちゃう……!! 私の大好きなお兄ちゃんが、薫先輩にNTRれちゃう……!! ハァ……!! ハァ……!!」
「………………」
自分の胸を押さえながら、恍惚とした表情で二人の背中をガン見している阿藤さん。
……うん、やっぱ兄妹だわ。
完全に性癖が一致しているもの。
ハァハァしている阿藤さんを見ていたら、ウジウジ悩んでたのがバカらしくなってきたな。
「ねえ、阿藤さん」
「え? な、何、須田くん?」
「俺は――阿藤さんが、好きだよ」
「――!!」
「だから俺の、彼女になってよ、阿藤さん」
「……須田くん」
俺は阿藤さんにグイと近寄り、キスできるんじゃないかってくらいの距離まで迫った。
阿藤さんは頬を桃色に染めており、トロンとした目をしている。
「……はい。私、須田くんの彼女に……なります」
「――!」
急にしおらしくなった阿藤さんは、俺の肩にコテンと自らの頭を預けてきた。
あれ???
随分あっさり陥落したな???
阿藤さんて、そんなにチョロい子だったの???
「ハァ……! ハァ……! ハァ……! NTRれる……!! 俺の愛しの麻里子が、須田にNTRれる……!! ハァ……!! ハァ……!!」
「――!!」
そんな俺たちの様子を、阿藤先輩が恍惚とした表情で物陰から窺っていた。
ウェーイ、阿藤先輩見てるー?
拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞いたしました。
2023年10月3日にアイリスNEO様より発売した、『ノベルアンソロジー◆訳あり婚編 訳あり婚なのに愛されモードに突入しました』に収録されております。
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