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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔女の焼痕

作者: 白 莉子

初めまして。

小説を投稿するのは初めてですが、気に入って下さる方が居れば嬉しいです。短編になります。

因みに、作品内に出てくる執事ですが、長髪で一つに髪を結っています。かっこいいです。

過激表現等ありますので、ご不快な方は回れ右してください。R15です。

また一応GL作品になりますが、作者自身GLというよりかは愛情の物語として書いていますので性的な表現は入れておりません。それでもご不快に感じられる方は回れ右してください。




「ある森に、美しい少女が住んでいました。少女は家族が居らず天涯孤独の身でしたが、森に住む村人と家族のように仲良く暮らし幸せな日々を送っていました。しかし、そんなある日、森に魔女が現れ、少女の美しさに嫉妬した魔女は森を全て焼き尽くしてしまいました。少女は身が焦げ灰になっても、全てを焼き尽くした魔女を恨みました。そして、その恨みは天よりも遥か高く燃え上がり、死んでも尚、森に入る全ての人々を呪うようになったのです。」

「……お母さん、お話ってそれで終わり?」

「えぇそうよ。」

「魔女が悪いのに、女の子は村の人々も失って死んだのに、今も苦しんでるの?…可哀想。」

「おい、リーシュ、お前こんな話信じてんのか?ただの言い伝えだろ?嘘かもしれねーじゃん。」

「お兄ちゃん…でも……」

「確かにレオンの言った通り言い伝えよ。でもね、あの森が呪われているのは本当なの。だから貴方達も近付かないように。絶対よ。」

「誰が行くもんか。な、リーシュ。」

「…うん。早く、女の子が楽になったらいいな。」


***


王宮の周りを取り囲むように賑やかな街が並ぶ都を遠く離れ、南の方へ真っ直ぐに進むと、目の前を五つの山が迎え入れる。五つの内真ん中の山は、まるでもう一つの王宮かのように高く目立ち、そして麓から見れば頂に大きく穴でも空いているのかと思うほど不自然な形をしている。木々は斜めに反って育ち、何かを守るように立っているのだ。しかし、これを見て好奇心を抱き山に入ろうなどとする人間は一人たりともいないだろう。

それは、国全体に、いや、今は海を越えて他の国へと伝わっている有名な逸話のせいだった。

『魔女に焼かれた少女が森を呪っている』と。

まだこの逸話が広がる前、森に立ち入った人間は、皆戻ってこなかったのだ。戻ってきた者も奇跡的に数名ほどいたが、生きて戻ってきたことは無い。死因は様々だ。急性的な病死、毒死、出血死。死体は必ず山の麓で発見された。これは、当時噂程度に収められていた『少女の呪い』と言った巫山戯た話の信ぴょう性を上げる事件となった。それから、国は急いで森の逸話を広め、国民に森に立ち入らないように厳しく王命を下した。こうしてこの森は誰もが遠ざけ忌み嫌う存在となったのだ。


でも、これで良かったのかもしれない。


森の中を慎重に、ただ前を向いて歩いた。無に帰るような、少し心が弾むような気分を行ったり来たりさせて歩いた。そうすれば、いつの間にか城の前に辿り着いているのだ。登るだけだった道から平坦な地面へと変わり立ち止まる。丁度真上に上った太陽に目を細めて太陽より少し下の城へと視線を移した。城と言っても、大きさは町にこじんまりと建つ教会程度の大きさで、外観は廃れ、ツタが全体を覆っている。つい最近取り除いたばかりだと言うのに、大地の力を借りた植物の成長速度は侮れない。腕に掛けていた籠が手首までずれていたのを持ち直し、庭の立派な薔薇園を突っ切って城のドアを開けた。城のドアや家具、内装はほとんど木製で出来ている為か、キィッと軋む音との共同生活にも慣れてきてしまっている。時々嫌に感じる時もあるが、これも風情だと思う事にしよう。


あぁやっぱり、廃れて小さくても、ここは城なんだな。


当たり前であっても大事なことを再確認して籠は厨房に置き、螺旋状の階段を上っていく。一番上の階まで上がると、一つの両開きのドアが『ノックをしろ』と立ち往生している。


そうだった。ノックは大事だ。


コンコンッ

軽く右拳でノックをすると、小さい唸り声が返事をした。私の主人はまだ夢の中のようだ。起こさなくてはならないから、ノックの意味がなかったなと、ドアをチラッと見上げ、両ドアの取っ手の輪っかを押して開いた。中に入り、窓の方へと歩き進みながら床に落ちたストールを拾って椅子にかける。日差しを入れる為カーテンを半分まで開け、主人の眠るベッドの前に立った。いつもなら顔を出して寝ているはずの主人は、隠れんぼでもしているのか全身をくまなく布団の中にしまっている。数秒じっと見つめると布団がモゾモゾと微かに動いた。…何となく、こうしている理由が分かってしまった。

「お嬢様」

声をかけ布団を剥がそうとすると、布団の中に隠れていた主人は瞬時に目の前に飛び込み抱きついてきた。

「ばぁっ!!」

「……おはようございます、お嬢様。」

予想通りの状況に少し頬が綻んでしまう。抱きついたままの私の主人は更に腕に力を込めて私を引き寄せた。

「ふふっ驚いた?私を起こそうとやってきた間抜けなアレクに急に抱きついてみたくて!」

「えぇ、驚きました。ですからお嬢様、もう離していただいても?」

「でも、私偉いでしょ?アレクが起こしに来るより前に起きてたってことよ?」

話を聞かず嬉しそうに耳元で笑うお嬢様の腕を掴んで下ろさせた。

「お嬢様が今日も楽しそうで何よりです。さぁ、立ち上がってください。まずはそのボサボサな頭をどうにか致しましょう。」

「んー」

お嬢様は、褒められなかったのを不貞腐れているのか、嫌そうに唸りながら歩いてソファに向かった。

朝の日課だ。まずはお嬢様の髪を綺麗にしなければ。折角可愛らしいブロンドの髪を持っているのだから。

腰ほどまであるお嬢様の髪を少しづつ手に取り櫛で丁寧にといていく。その時間がつまらないのかお嬢様が退屈そうに欠伸をしている。

「お嬢様はやっぱり綺麗な髪をされていますね。」

「そう?よく分からないわ」

「私がそう言うんですから、自信を持ってください。」

何か文句があったのかお嬢様は突如振り向き、ソファの背もたれに両手を置いてこちらを凝視している。

「…どうされました?」

「私、アレクの髪の方が好きよ?宝石のエメラルドみたい。」

そう言うと手を伸ばして私の髪を撫でてくる。


そうだろうか…。


無邪気なお嬢様を元の姿勢に戻して、作業を再開した。

「あと少しでとき終わりますのでじっとしていてください。」

「もー分かったわよ。」

城には私とお嬢様の二人だけで暮らしている。だから寂しいなんて事はなく、お嬢様の笑い声や息、足音が絶えないこの城はどこよりも暖かくて満ち足りている。

髪をとき終えた合図として、左サイドの髪をすくい取りキスを落とした。

「では、朝食に致しましょうか。」

微笑んで頷くお嬢様の手を取って食卓へと向かった。


***


アレクは私の専属の執事だ。

美貌、性格、仕事の速さやその多種多様さまで長けている完璧な執事。

そんな執事が私なんかの専属執事をさせられているのが可哀想だと思う。運だけは巡ってこなかったのだろうか。

「ねぇアレク」

部屋の窓の前に立ったまま、庭で野菜の手入れをしていたアレクに声をかけた。ここは五階の部屋。大きな声で呼んだ訳では無いのに、アレクは三秒ほどしてドアをノックした。

また魔力を使って庭からここまで移動したのだろう。

「入って」と言うと、アレクはドアを開け歩き、私の一メートル先で止まった。

「何か御用でしょうか、お嬢様。」

「魔力は使いすぎないでっていつも言ってるじゃない。普通に歩いてここまで来なさい!」

「ですが、急ぎの御用でしたらいけないので。」

先ずこの距離の窓越しの声が聞こえていた事がおかしいと言いたいところだが、まぁそれもそうかと納得してしまう。

「ちょっと聞きたいことがあっただけなの。別にいつ聞いたっていいことなんだけれどね。」

そう言うと、アレクは『冷えますよ』とストールを私の肩に掛けた。

「アレクはこんなにもいい執事なのに、森の城に追いやられた王女なんかの専属にされて可哀想だと思って。」

「お褒めに預かり光栄です王女様」

「だから王女様って呼ばないで。私は哀れんでるのよ?こんな我儘で森の狭い城に閉じ込められた主人に仕える貴方の境遇を。」

「哀れんでいただけて恐縮です。ですが、私などを哀れんでくださる心優しいお嬢様に使えることが出来て幸運だとも思っています。」

笑顔でそう語ってくれるアレクを見てほっとした。きっと彼なら私の元を一生離れないでいてくれるだろうと。

「ありがとう。」

そう返した時、遠い向こう側で大きな音がしたのが聞こえた。なんの音だろうか。聞いたことがないが衝撃的な音だった。

「ねぇアレク、今の音はなに?」

「今のは…雷ですね。」

「かみなり?かみなりって何?」

「………あぁ、雷は自然災害の一種ですよ。簡単に言えば大気中に起こる放電現象です。雨が降ると偶に雷も落ちてくるんです。」

そういえば、今日は雲が暗く雨が降っているようだ。この国では小雨が振ることはあってもこのように大雨が振ることは中々ない。

隣のアレクを見ると、庭で手入れをしていたはずのアレクは一切濡れていなかった。これもまた自身に保護魔法でもかけたのだろうか。

「へぇ、初めて音を聞いたわ。何だか分からないけれど怖いわね…。」

「大丈夫ですよお嬢様。雷はここには落ちてきませんから。」

アレクは「作業に戻ります」と言ってドアの方へと向かった。

「雷はここに落ちない……まさかアレク、貴方が」

言いかけた途中でアレクがドアを開けたまま振り返り、人差し指を口元に当てた。

「お嬢様が怖がるものを私が近づけさせるわけがありません。私の心配などはご無用なのでお嬢様はごゆっくり、テーブルに用意した紅茶とクッキーをお召し上がりになりながらお待ちください。それでは失礼します。」

キィッと音を立ててドアが閉まる。

「本当…意固地な執事ね。」

何度『魔力を使い過ぎるな』と注意しても、ケロッとした顔で大量の魔力を消費している。例えば、今回の雷というものが私達のいる山に落ちないのも、きっとアレクが魔力でバリアか何かを張っているのだろう。私が虫が嫌いだと言えば虫のみが城に近付かないように魔術をかけた男だ。何とでも出来る。

そもそも、"魔力を使える人間"というのが普通なのかも私には分からない。もしかしたら、私は昔"雷"というものも知っていたのかもしれない。昔は、というのも、私は一度記憶喪失を起こしているからだ。今の私の年齢が多分二十二歳。私が十五歳の時に階段から盛大に転げ落ち、それまでの記憶を失ってしまっている。最初は自分が誰かも分からなかった。その時からもう七年経っているのかと思うと、アレクには随分お世話になってしまっている。

「七年かぁ……」



七年前_。


「…様!王女様!」

誰かを呼ぶ声がどんどんと近づいて聞こえ、目を開いた。

「……ん……」

目をぱちぱちと瞬きさせ、最初に目に入ったのは、エメラルドグリーンの髪色に紫色の瞳を持った端正な顔つきの男の人。彼は涙を零しながら私の手を握っている。

「王女様!本当によかった……」

王女様? それって誰のこと?

いや、それより …。

「あの」

起きようと上体を起こしながら一声発すると、ガバッと勢いよく移動し彼は私の背中を支えた。

「貴方は…誰ですか?」

全くもって状況が掴めない。

周りを見れば誰かの部屋のようだった。そして私はそのベッドに横たわっていた。窓から見える景色は緑で、外から聞こえるのは鳥のさえずりのみ。静かな場所に思える。そして何より、先程から私のことを想って涙を流しているであろうこの男は誰なのだろうかと思った。私の事を知っているに違いないから。

彼は私の問いかけに一瞬顔を暗くしたかと思えば、すぐに笑みを作った。

「私は、王女様の専属執事、アレクと申します。」

専属執事…。

執事という言葉はちゃんと分かった。貴族やら皇族の身の回りのお世話をする人だろう。それより、王女様…というのはもしかして私の事を言っているのだろうか?

「私は誰なんですか?」

「貴方様は私の大切な主人様です。詳しく言えば、この帝国の第四王女様になります。」

「私が王女…?」

すぐには飲み込めない現実だった。思い返そうにも目が覚めてから記憶がすっぽり空になっているようで、目の前の人物も自分が王女だと言うことも何も入ってこなかった。

「王女様は今、記憶喪失というものになっている状態です。こうなったのも、王女様が階段から盛大に転落なさられたので、頭の打ちどころが悪かったとお医者様が仰っていました。」

「転落…でも、私どこも痛くない…。」

全身の神経に集中してみても、どこも痛くも痒くもなかった。それなのに転落?

「えぇ、それは治療したからですね。お医者様だけの治療では傷はふせぐことはできますが、痛みはどうしようも無いので、私の魔力を使って痛みは排除させていただきました。」

「魔力?」

魔力と聞くと、大層すごいものに聞こえたので聞き返すとアレクは微笑んで私の手を取った。

「その説明も含めて、これから散歩でもいかがですか?」

私はまだ目が覚めたばかりで何も考えられなかったが、とりあえずその手を取って、記憶を取り戻すことにした。


そうして執事のアレクの説明を聞きながら城の中を探索することになった。

ここは王様が与えた私専用のお城らしい。

「王女様のお母様は王様の侍女だったのですが、王様に寵愛されて関係を持ち、王女様をご出産されました。王女様のご兄弟は、王子様が2人、王女様が3人おられて、王女様が王様の末娘になります。」

私はアレクの説明をただ無言で聞いていた。

「ハッキリと申しますと、王女様は生まれてすぐに王室から追いやられ、王様が王女様の為にこの森に城を建てられたんです。それから十五年間、王女様はこのお城で過ごされています。他のご兄弟は皆王室で過ごしていますから。」

その説明は一定のリズムで淡々としていて、まるで聞く価値がないと言っているようだった。

「この城には誰がいるの?」

「私と王女様のみです。」

捨てられたと言っても王女であるというのに、仕える者がアレク一人しかいないというのは、私の立場を理解するのに大きく作用した。

しかしアレク一人でも十分な程、アレクは様々な魔法が使えるらしい。アレクは「難しいことでも魔法さえあれば多少何とかなります」とにこやかに笑った。

「なるほどね。…だいたい分かってきたわ。」

「………さすが王女様です。」

城は小さく狭いが、アレクがしっかり綺麗に掃除してくれているおかげか、ちゃんとした立派なお城に思えた。

「ねぇ」

私をエスコートしながら隣を歩いていたアレクを腕の力で軽く止めさせた。アレクは「はい」と言ってピタッと両足を揃えて止まった。

「…何も思い出せないの。捨てられた王女だって知っても、特に感情が湧き出てこないくらい、何も。」

城の廊下は冷たい風が吹いている。アレクの左腕から手を離し、廊下の窓に近づき外の景色を見た。遠くに見える王宮らしきものは華やかですぐに目についた。

「私は…誰なの?」

ついて出た言葉は、私の今の気持ちを表している。誰かに理解されなくてもいい。理解してくれるような誰かもいないんだろうから。

少しして後ろからコツコツと足音が近づいて来たかと思うと、優しくヴェールをかけるように後ろから腕を回された。

抱きつかれている…?

「フィリア」

耳元で囁かれたその名前は暖かい温度を持って脳を伝う。

「…私の名前?」

「はい。フィリア様はフィリア様です。この際、貴女様が思うように過ごせばいい。フィリア様が好きなように…」

後になって、アレクの体温が感じ取れた。後ろから抱きつかれているから、背中や首元は暖かくなった。私は私の肩に回されたアレクの腕を両手で掴んだ。

「じゃあ、もう王女様って呼ばないで。私のこれからの人生は貴方のお嬢様から始めるわ。」

「はい。お嬢様。」

私の名前はフィリア。

私は私。

記憶を失ったこの機会に、私の好きなように過ごせばいいと言ったアレクの言葉に救われた気がした。アレクは記憶もなく道筋が全く見えなかった私に、生き方を教えてくれた。それは意外と簡単で、あれから七年間、アレクと私は誰も尋ねて来ないこの森で二人楽しく過ごしている。



ふと、庭の方を見ると、もうアレクの姿は居なくなっていた。

今の時間は…。

外を見ると、雨雲で分かりづらかったが、先程より暗くなっているので夕方だろうか。となると、アレクは街に買い出しに行った可能性が高い。

「私は…気晴らしにお花の様子でも見に行こうかしら。」

雨は降っているが、傘を差せばいい。

アレクは基本私を城の中で過ごさせている。外は危険だって言っていたけれどアレクが過保護すぎるだけ。ただ、森の外に出ることだけは何があっても許されない。それは、私に好きにしていいと言ったアレクですら念に念を押してきた。王命でもある上に、私が森の外に出たところで、いい思いはしないだろうから、と。

といっても一日中部屋にいても退屈なので、こうして時々アレクがいなくなった後に花のお手入れをしたり、森の生物たちと遊んだりしている。これぐらいだったらアレクも怒らないでしょう。

傘を差し、城を出てアレク自慢の薔薇園へと向かった。薔薇は緑色の薔薇、白色の薔薇、黄色の薔薇と三色の薔薇がランダムに花を咲かせている。私のお気に入りはやっぱり白色の薔薇。薔薇は雨で視界が悪くとも輝いて見えるほど立派で綺麗だった。

「立派に育ってるわね。アレクの愛情のおかげかしら。」

薔薇に限らず城の周りに植えた花や野菜は雨で過剰に水を吸収して枯らして駄目にするなんて心配はいらない。アレクの保護魔法が効いているはず。だからお手入れなんて言っても私が出来ることは声をかけてあげることしかないけれど、私もアレクと一緒に育てているみたいで嬉しかった。

嬉しくて薔薇を触り愛でていると、遠くで大きく雷の音が鳴った。

「きゃっ!」

先程は城の中で聞いていたけれど、外で聞くとより大きくて恐ろしく感じた。

「……アレクは大丈夫かしら…?」

その時またピカッと一瞬雷の光が目を奪った。アレクのおかげで城には落ちないから遠くの方ではあるけれど、その光を目にした瞬間この城の雰囲気が私の体を通って一変した気がした。

なに、これ…… 。

雨雲が暗いと言うよりは、この城の周り、否、森全体が暗く霧がかかっているような気がする。雨は降り続けているが風も何も感じない。不穏、という言葉がぴったりだ。

「アレク…」

不安からかアレクの名前をつい呼んでしまう。が、勿論アレクが帰ってくる訳では無い。とりあえず何が起きたのか確認しようと、薔薇園を離れ、森へ進もうとするとどこからか笑い声が聞こえてきた。少女が楽しそうに笑っている声。しかし、アレクと私二人だけのこの森に他の人間がいるなんて考えられない。もしかして、この暗く霧がかかった森で迷い込んだのだろうか。

「ねぇ、貴女、どこにいるの?」

何処にいるのか分からないその声の正体は、返答をしなかった。まだ楽しそうに笑っている。声がする方へと歩くと、城の裏の森の奥からすることに気がついた。今立っている場所は城の裏、何も無い緑が茂っている所。その奥に行こうともなると見ただけでも暗く恐怖を感じた。それでも、少女の声は今も高らかに笑っている。

「………アレク、私、行ってみるわ。」

傍に居ないアレクに宣言をした。勇気を振り絞るという意味で。

傘を持っていない方の片手でドレスの裾を上げずんずんと森の奥を下って進んでいく。進めば進むほど木の枝や大木が入り組んでいて進みづらくなっていた。

「あぁもう!何でこんなに斜めに生えているのよ!」

この森の木は全て斜めに生えている。そのせいか複雑に絡み合っていたりして下の地面もとても歩きやすいとは言えないものだった。

アレクはよくここを歩いていけるなと思ったがもしかしたら魔法を使って移動をしているのかもしれない。

傘を差しているとこの森の中では邪魔で途中で畳み、小雨になってきたおかげでずぶ濡れとはいかずとも髪の毛がべったりと顔に引っ付いたりするぐらいで済んだ。帰ったらアレクに怒られそうだけれど。

結構進んだところでピタッと少女の笑い声は止んでしまう。周りを見渡すと、一つ気になる場所が見つかった。

「…洞窟?」

私は城を出て森にやって来ることはリスやカラスと戯れる為に数回程、来たとしても城のすぐ近くまでしか歩いたことがない。そのせいか、こんな森の奥深くに洞窟があるなんて知りもしなかった。アレクなら知っているかもしれない。

その洞窟はほとんどが苔や植物で覆われ今は動物すらも住み着いて無さそうなほど不気味だと感じた。

「ねぇ、そこに居るの?」

恐る恐る尋ねてみる。 瞬間、先程まで森の全体を覆っていた暗い霧は消え去り、洞窟を覆っていた苔や植物も瞬く間に無くなってしまっていた。

「……え?」

足音が聞こえる。誰か、子供だろうか。こちらに走ってくる軽い足音。洞窟の目の前でその足音に耳を澄まし、辺りを見ているとある少女がこちらに近付いて来た。しかし、顔は黒い霧で覆われている。

幽霊?

だとしても、何故だか全く怖さは感じなかった。少女は私の目の前に座り込んだ。

「木の実!真っ赤な木の実を持ってきたわ!」

洞窟の中に向かって話しているようだ。少女は両手いっぱいに森で取れるような赤い木の実を抱えていた。

私の事は見えてないのかしら?それとも気付いてない?

暫く様子を見ていると洞窟の中から声が返ってきた。

「また来たのか。いらないって言ってるだろ。あたしの主食はあんたと同じ。木の実なんて食べないんだってば。」

荒い口調ではあるが若い女性の声のようだった。

「えぇー、これどうしよう。」

少女が困っていると、女性は洞窟の中で「あたしを何だと思ってるんだか」と文句を言っている。洞窟から出てきて少女を労る気は無いようだ。

私は顔も見えない少女を可哀想に思い声をかけた。

「その木の実、私が貰おうかしら。」

そう声をかけても少女はまだ手元をモジモジと動かし「うーん」と唸っている。

「ったくしょうがないな。中、入っておいで。」

そんな少女をとうとう哀れんだのか女性は手だけ洞窟の中から出し、少女に差し出した。

少女は「うん!」と元気よく返事をして女性の手を取り洞窟の中へと入っていく。

「あっちょっと待って!」

引き止めようとした時、辺りがまた雷で眩く光り、目を閉じてしまった。次に目を開ければ少女の姿はなく、洞窟も前と同じ苔と植物に覆われた不気味なものへと変わっていた。

「……一体、何だったの。」

今となっては、この不気味な洞窟の中に入る勇気は無い。入ったところであの少女と女性には会えない気がした。

幽霊…なのよね?多分。

全く理解できない現象に居合わせ、どこか頭が真っ白になったような気分で城へと戻った。

城のドアを開けようとすると、後ろからアレクの声がした。

「お嬢様!!」

息を切らしながらこちらへと走ってやってくる。

「アレク!!!」

まるで十年ぶりに会ったかというほどの気持ちでアレクを力強く抱きしめた。

「アレク!!無事だったのね!!」

「はい?……それは私のセリフです。何故傘も差さずに外に出たのですか!雨で濡れて冷えてしまっています…。」

私は途中で傘を差すのをやめてしまったせいで大分濡れてしまっていたが、対してアレクは傘を差していたため全く濡れていなかった。

「雷、大丈夫だったの?私は怖くて…」

「怖いのなら尚更部屋で大人しくしていてください。とりあえず中に入りましょう。湯を準備しますから。」

アレクは私の傘を直し、ひょいっと私をお姫様抱っこをして歩いていく。

「今日は何を買ってきたの?」

「お嬢様の好物です。」

「……あっ!ブランマンジェ!」

「はい、その材料の買い出しに行っておりました。」

アレクの嬉しい報告に私は先程と打って変わって口角が上がってしまう。気分は最高潮に上がっていた。

「ありがとうアレク!私嬉しいわ!」

先程の不可思議で怖い体験はアレクには言えそうになかった。アレクにこんな思いはして欲しくなかったし、アレクは強いけれど幽霊には弱いかもしれないから。

アレクと軽く雑談を交わしているうちに浴槽へと辿り着いた。

「では、ここでゆっくりと湯に浸かってください。」

アレクは私を優しく下ろして中まで歩かせた。

もう既に湯気は上がっていたので、アレクが魔法を使ったことが分かった。それほど急いで私を風呂に入れたいのだろう。

「何故傘を持っていたのに濡れていたんです?」

私の新しい着替えを準備しながらアレクが問いかけた。

「雨に濡れたい気分だったの。」

「……そうですか。でも、風邪を引くので程々にしてください。花のお手入れも晴れている時に是非お願いします。」

アレクは私に軽く忠告し終えると「では」と出ていってしまった。

きっと今から夕食の準備なのね。今日は何かしら。

私は今日の出来事を一旦忘れるようにして服を脱ぎ、お風呂へと浸かった。



夜になって私の部屋の元にブランケットを持ってアレクが尋ねてきた。

「冷え込んで来ましたので。」

「私寒いって言ったかしら?」

「ですが、今日濡れて帰ってきたではありませんか。」

正論にぐっと次の言葉は防がれてしまう。

本当に過保護なんだから。

「もうお休みになられますか?」

アレクは私の膝に掛けたブランケットのこれからの行き場を気にしたように尋ねた。

「そうね…これは肩に巻いて寝ることにするわ。」

私はブランケットを肩にかけ直してベッドに移動し横たわった。アレクはすぐに毛布を私の首元まで掛けて私の手の甲にキスをする。

「おやすみなさいませ。お嬢様。どうかいい夢を見られますように。」

「えぇ、アレクもね。」

いつものやり取りを終えるとアレクは自分の部屋に帰って行ってしまった。少し寂しく感じる。

今日は、怖い体験をしたからかしら?

アレクと一緒に寝たいなんて幼子の言うことみたいで言い出せなかった。

「…いい夢、見られるかしら。」

今日のことを思い出して少し不安になりながら目を閉じた。


*


「ねぇ」

…声が、する。私に呼び掛けているのかしら?

パッと目を開けると、真っ暗で辺りは何も見えなかった。

あぁ、夢ね。

真っ暗の中床に寝ているような状況から夢だとすぐに分かった。

こういうの、確か明晰夢って言うのよね。

そんなことを考えているとまたもや声が少し遠くの方から聞こえた。

「あなたは誰なの?」

少女の声。それもあの幽霊の少女の声だった。声のする方に歩いていくと光が差してある場所が見えてきた。

「……」

夢だから怖くない。

そう念じて、光の差す場所へ足を踏み入れると、景色が一変して代わり、あの森の奥の洞窟の前まで来ていた。

「えっ?……ここは」

戸惑っていると、洞窟の中からあの少女が出てきた。

「次は、わたしと隠れんぼしましょ!」

そして前は手元しか見れなかった女性も次いで出てきた。

「ダメだ。子供はさっさと家に帰りな。あたしはあんたを送ってから寝る。」

女性は赤い髪色をしていて紫色の瞳、髪は櫛でといていないのか寝癖がそのままになっている。

「でも…」

少女が悲しそうに声を出すと、女性は困ったように頭をかいて少女に手を差し伸べた。

「ダメって言ったらダメなんだ。また明日遊んでやるから今日は帰れ。ほら、行くぞ。」

「…うん!」

少女が手を握ると女性は少女を連れて上へ歩いていく。

「そっちは私のお城…」

なぜ同じ方向に歩いていくのか気になって後を着いていくと、女性が独り言のように呟いた。

「全く、よくもまぁ魔女と遊べるな。」

魔女…?魔女ってあの?

確か魔女はそのほとんどが裁判にかけられ100年ほど前に絶滅したと言われている。

その魔女がこの女性?

独り言が聞こえていたのか少女は不思議そうに答えた。

「私、魔女さんのこと好きよ?だって、こんなに優しいんだもの!」

そう言って少女が魔女に抱きつくと、魔女は立ち止まり黙ってしまった。

その光景が危ないような、放っておけないような気がして手を伸ばそうとした瞬間、前が黒く暗転した。


*


「お嬢様!」

パチッと目を開けると、目の前に心配そうに眉を寄せるアレクが見えた。

「あ、アレク…」

ふと周りを見渡すと、カーテンは開けられ日が当たり朝だということがわかった。

「腕を天井に向けて伸ばし、うなされている様子だったので少々大きな声で起こさせていただきました。悪夢でも見られましたか?」

アレクはもう下に降ろされた私の手を優しく握っている。

「悪夢というか、不思議な夢だったわ。真逆幽霊が夢に出てくるなんてね。」

「…はい?幽霊ですか?」

きょとんとするアレクに笑って体を起こした。

「おかしいわよね。まぁ気にしないで。お腹が空いたわ。朝食にしましょう。」

アレクは私の手を取りソファに座らせて、その前に、と丁寧に私の髪を櫛でといていく。私は目を閉じて先程の夢を思い返していた。

あの子…一体誰なのかしら。それに、魔女の存在も気になるわ。


*


アレクは魔法を使える。それは例えば、植物や森、私に対して保護魔法を掛けたり、瞬間移動をしたり…、まだそれぐらいしか目にしたことは無いけれど確かに魔法を使える。しかし、最近私の頭の中を占めているあの少女と魔女。この存在が気になって仕方なかった。魔女は一体どんな魔法を使えるのだろうか。アレクと何が違うんだろうか。

「アレク」

ソファに座ってそう一言呼ぶとすぐに部屋の掃除をしていたアレクは掃除を中断し、私の傍にやってきた。

「はい、何でしょう。」

「アレクは魔法を使えるじゃない?」

「えぇ。多少、ですが。」

「その…魔女って昔いたでしょう?魔法を使える貴方と魔女はどう違うの?」

そう問い掛けるとアレクは驚いたような表情をして下を向き黙ってしまった。

「…アレク?」

「あっすみません。魔女という言葉を久しぶりに聞きましたので。魔女のことをお調べになっているのですか?」

「うーん、調べるという程でもないけれど、ただ気になったのよ。それだけ。」

アレクは目の前のテーブルの私の空になったカップに紅茶を注ぎながら答えた。

「私が魔力を使えることを周りには隠していることはご存知ですね?」

「えぇ。」

そう。アレクは出会った初めの頃から私に話してくれていた。自分が魔力を使えることは本当は知られてはいけないことなのだと。

「ごく稀に魔力を持って産まれてくる子供がいるんです。私のように。魔力は魔女の影響で忌み嫌われるので隠さなければいけませんが。」

私はアレクが私の執事となってこの森に住んでいるのもそのせいだと薄々勘づいていた。だからこそ胸が苦しい。

「私と魔女の違いでしたね?私は軽い魔法なら使えるんです。例えば中距離の瞬間移動だったり保護魔法、このカップを浮かしたり、または冷えた紅茶を温め直したり…それぐらいの魔法でしたら使えます。これは魔女にとっても同じことです。しかし魔女は個性を持っています。」

「個性?」

アレクは私の前の席に座り足を組んだ。

「例えば炎の魔女。この魔女は莫大な魔力で炎を自由自在に操ることが出来ます。それが個性です。私にはそんなこと出来ないでしょう?」

「なるほど…」

つまり、色んな個性を持つ魔女がいて、魔女はアレクとは違って莫大な魔力を持っている。

「でも魔女は裁判にかけられて絶滅したって聞いたわ。…酷い話ね。」

「……」

アレクは立ち上がり「まぁ魔女は危険な存在でしたから」と言い自身の仕事に戻ってしまった。

魔女…赤髪の彼女は何の魔女だったのだろうか。

私はアレクに「少し庭に出てくるわ」と伝え外に出た。外に出ると、清々しい風がこの森中に吹き抜け気分が良くなった。

「いい天気ね」

快晴だ。こんないい天気の日にもあの少女達に会えたりするのだろうか。

気になって森の付近まで近付いてみる。立ち止まって『あの子たちに会えますように』と祈った。何故か気になる。あの二人のことが。

すると、お城の裏側から声が聞こえた。

「お城の中はダメだから、ここで絵本を読んで!」

「いいけど、地面に座ったらドレスが汚れるだろ。ハンカチでも敷いとけ。」

「分かったわ!」

あの子達の声だわ!

私は急いでお城の裏側へと走った。

辿り着くと可愛らしい光景が目に入った。

顔の見えない少女は赤髪の魔女に寄りかかり、絵本を読み聞かせしてもらっている。その光景はまるで親子のようだった。

「森に立ち寄った王子様は、可愛らしいお姫様に一目惚れをしてしまいました。」

「一目惚れってなに?」

「一度見ただけで好きになることさ。そんな事普通有り得ないけどな。」

「ふぅーん?」

「えーっと、王子様はお姫様を王宮まで連れていこうとしましたがお姫様はその誘いを断りました。『私はここでの生活が気に入っているのです。王宮へは行けません。』。すると王子様は『もしまた貴方にどこかで会えたなら、その時は王宮に来てくださいますか?』と言いました。…ふんっ巫山戯た話だな。この王子、自分勝手が過ぎるだろ。」

「ねぇねぇ、私にも王子様、来てくれるかしら?」

「あ?……こんな暗くて気味悪い森に来るわけないだろ。」

「そっか…」

少女は悲しそうに落ち込んだ。

魔女も酷いわね。子供の扱い方が全くなってないわ!私があの二人に見えていたなら声をかけてあげられるのに。大丈夫、きっと現れるわって。

「王子様じゃなくてもいるだろ。あんたを本気で想ってくれる奴なんて。大丈夫だ。いつかそういう奴が現れたらそいつと結婚しろ。」

「本当に?…だったら素敵ね!」

「…他人事みたいに言いやがって」

…口は悪いけれど、魔女の言うことはとても優しかった。あの少女に対して愛があるんだと分かるぐらい。それで私は安心した。この二人ならきっと幸せになれると。

「お嬢様!」

遠くからアレクが私を呼ぶ声がしてこの場を去った。「また会いに来るわ」とだけ言い残して。

私の何も無い平和な日常はこの二人が現れてから変わってしまった。私はワクワクしていた。あの顔の見えない少女と魔女のやり取りを見に行くのが楽しみで毎日外に出かけるようになった。



「鳥さんが可哀想……」

今度は森の中で散歩をしていた二人を見かけた。少女はしゃがみこみ涙を流して、血だらけで倒れた鳥を眺めている。

「……」

魔女はそれに対して慰めもせずただ無言だった。私が少女の近くに寄り鳥の様子を見ると、もう息絶えると言う感じで重傷を負っていたことが分かった。

…魔女ならば治せないのかしら?

すると、少女は私の声を代弁するかのように魔女に問いかけた。

「この鳥さん、魔女さんなら治せる?」

魔女は複雑そうな顔をしてしゃがみ、鳥を撫でた。

「あんたには言ってなかったが、私は魂の魔女なんだ。」

魂の魔女…?

聞いたことがない。水や炎ならすぐに想像はつくけど魂の魔女って一体…?

「私はどんな生き物でもその魂を操る事が出来る。性転換させたり、寿命を伸ばしたり縮めたり、殺したり生かしたり。死んだ魂を生き返らせることも出来るんだ。」

私は唾を飲み込んだ。そんな力…あっていいわけが無い。恐ろしい程に強力な力だと思った。

「じゃあこの鳥さんを助けて!」

少女は悲痛な声で訴えた。しかし、魔女は首を横に振った。

「駄目なんだ。私は極力この力を使わないようにしている。簡単に使いたくないから。それに、この鳥はもう息をしていない。そうなると魂の蘇生しかない。でもな、……魂の蘇生だけは禁忌の魔法なんだ。私の寿命を引き換えにしなければならない。」

寿命を引き換えって…

「じゃあ魔女さんが死んじゃうの?」

「違う。その逆さ。私は永遠に死ぬ事が出来なくなる。それが死者蘇生の魔法の呪縛なんだ。まぁ、蘇生された対象が死んだらその呪縛も消えるけどな。」

少女は苦しそうな魔女を抱きしめて「ごめんなさい」と謝った。

「何で謝るんだ。」

「魔女さんが苦しそうだから。私、魔女さんに酷いことをさせようとしてたんでしょう?だから、ごめんなさい。」

「別に……その逆さ。何だかあんたに話しただけで心が楽になったよ。」

抱きしめ合う二人を見て胸が苦しくなった。魔女はきっと悪い人じゃない。少女が言うように私もそう思うようになっていった。


ある日、私は森の奥深く、麓の近くまで来ていた。

何故なら今日は二人に会えていないからだった。どれだけ森の中を探してもいない。今日はアレクも街に出かけているから森を好きに探索できる。だからといってここまでくるのは少し怖かったが、それでもあの二人に会いたかった。

あの二人は会う度仲良くなっていった。まるで親子のように、あるいは親友のように。魔女の見かけは変わらなかったが少女が段々と成長していく姿も見れて私は保護者のように微笑ましく見ていた。未だにあの少女の正体が分からないけれど。でも、こうして観察していれば分かる日が来るかもしれないと毎日欠かさず会いに行っているのだ。

「…いないわ。何でなのかしら。今日も会いたかったのに。」

そう声に出した時、目の前をガサッと動く何かが見えてビクッとした。

「な、何!」

恐る恐る前へ進むと、茶色の髪の毛が茂みの中からぴょんと跳ねている。

「……誰なの?」

私の問いかけに答えようと茂みの中から出てきたのは茶色の髪をした小さな男の子だった。

「………あの!」

少年は私の顔を見て怯えているような目付きをしたまま声を出した。

「う、恨みはまだ消えませんか!」

「……え?」

「それとも、もう今は安らかに過ごせていますか?」

少年はぶるぶると体を震わせている。酷く怯えているようだ。

「あの、何の話?」

私がそう言うと、少年はキョトンとして黙ってしまった。

もしかして、私が毎日見ている幽霊のあの子達が関係しているんじゃないかしら… 。

そう頭を働かせた私は少年に聞くことにした。

「この森に幽霊がいるって話?」

少年はコクコクと二度頷いた。

やっぱり、あの子の事なのね。

「その話、詳しく聞かせてくれない?」



「お嬢様……お嬢様!」

「……えっなに?」

「先程からどうされたのですか?窓の前で立ち止まって……刺繍の準備はもう整っていますよ?」

アレクに言われてソファに座ると、目の前に刺繍のセットが準備されてあった。

「ごめんなさい、アレク。私今何もする気になれなくて…」

そう言うとアレクはすぐに机の上を片付けて私の手を握った。

「どうか、されたのですか?もしや、今日悪夢を見られたとか…」

私が小さく首を横に振って「もういいから下がって」と言うと、アレクは「分かりました」と静かに部屋を出ていった。

「……美しい少女とその美貌に嫉妬した魔女。」

少年から聞いた話は衝撃的なものだった。

私が住むこの森には古くから逸話があるらしい。そのせいでこの森には人一人入ってこないんだとか。少年はリーシュと言い、興味本位で麓までやって来て私のことをその幽霊だと勘違いしたみたいだった。勿論話を聞いた後にすぐ帰したけれど。

逸話によると、この森は100年程前、ある美しい少女が住んでいたらしい。少女は家族がおらず天涯孤独の身。しかし、森に住む村人と仲が良く、幸せに暮らしていたとか。そんなある日、森にやってきた魔女が少女の美しさに嫉妬して森ごと焼き尽くしてしまう。少女は魔女を天よりも遥か高く恨み、死んでも尚、この森を呪っている…という話。

…変ね。

私が見た少女と魔女は仲が良かった。少女の顔は見えないけれど魔女が少女に嫉妬している様子もなかった。それに、この森に住むって言ったって、あの子… 。

そう思った時、また少女の声が聞こえてきた。

「しーっ!魔女さん、バレたらダメなのよ?分かってる?」

「分かってる。でも、あんたが無理やり連れてきたんじゃないか。バレてもあたしはあんたを置き去りにして帰るからな。」

その声は私の部屋のベッドから聞こえてきた。私はバッとベッドの方を振り向いた。

「ふふふっ♪どう?私のお城!」

「どうって言ったって、狭くて古びてて羨ましいとは思えないな。」

「でも魔女さんの洞窟よりは良いでしょう?」

お城?ここは私のお城よ?それにそこのベッドだって… 。

「乳母も召使いも皆私の事を見てくれないの。だから寂しくて冷たかったけれど、魔女さんが来ただけでふわっと暖かくなったわ!魔女さんの魔法ね!」

「…そんな魔法ねーよ。」

楽しそうに笑う少女はベッドの毛布を魔女と自分に頭からヴェールのように掛けて寄り添った。

「何だこれは?」

「あのね、前に王子様じゃなくて私を想ってくれる人と結婚しろって魔女さんが言ってくれたでしょう?」

「…あぁ、そんな事も言ったな」

その瞬間ドンと大きく雷が鳴った 。

「きゃっ!」

私が驚くのと同時に少女も「きゃあ!!」と驚き魔女に抱きついている。

「雷、怖いのか?」

「うん……」

ぶるぶると震わせた肩を魔女は抱き締めて「大丈夫だ」と少女の頭を撫でている。

「ほらね、魔女さんは私の事を守ってくれる。私の事を想っている証拠でしょう?だからね、魔女さんは私の王子様なの。」

「王子様?……あたしは女だ。」

「ううん。そうだけれど、私にとって魔女さんは王子様なの。」

「…そうか。」

「私、魔女さんが好き。大好き。」

少女の顔は見えなかったが涙を流しているのか震えた声で告白している。

「結婚しましょ!私たち!」

私は何故かこの光景から目を話せなかった。微笑ましいと笑うことが出来なかった。

「結婚つったってな、私達は女だし、何より名前が無いんだ。」

「名前が無いとダメなの?」

「そうだ。結婚の儀式をする時はお互い名前を呼び合って、将来を誓う。名前がないのにどうやって誓ったらいいんだよ。」

「…じゃあ名前をつけてくれない?私が魔女さんに名前をつけるわ。」

「それは…」

魔女は言い淀んでいたが少女は「ね?」と後を押す。

「じゃあ…」

私は知っている気がする。その先を_ 。


「「フィリア」」


魔女と声が重なり私はその場にしゃがみ込んだ。

フィリア。

フィリア。

愛情という意味。

愛をこめて貴方が付けてくれた名前。

「…じゃあ魔女さんは」

「あたしはいい。あたしは魔女さんでいいよ。魔女に名前をつけるのは禁忌なんだ。」

少女は一瞬残念そうにしたが気持ちを切り替えて毛布の裾を持ち魔女と向き合った。

「私、フィリアは大地と天の明かりに感謝し、神の元で魔女さんと結ばれる事を誓います。」

「私、魂の魔女は、大地と天の明かりに感謝し、神の元でフィリアと結ばれる事を誓います。」

「「この誓いは一生涯、互いの身が分かち離れても守られることでしょう。」」

子供のお遊びのような儀式だったが、その誓いは本物だった。

私はもう少女の顔をハッキリと見ることが出来た。

私はふっと消えた幻影をぼうっと見つめたまま涙を流した。

彼女は幽霊なんかじゃない。

私だ。

フィリア。

そしてそう分かった瞬間、私の全身を汗が覆い尽くして気が遠くなり、私は浅い呼吸の中その場で倒れた。




ガタガタと音がする。そうだ、ここは馬車の中だ。

森の中を馬車が下るにはこうも居心地が悪くなるのだろう。吐きそうになりながらハンカチで口元を抑えた。

「…皆、心配してたわね」

自然と口から零れ落ちた言葉に違和感は感じなかった。

十五年間過ごしたんだもの。その間沢山のことがあったわ。最初は森に追いやられた王女だと皆口を聞いてくれなかった。乳母も召使いも村人も。寂しくて、小さなお城は私にとって大きく感じて、生きていく理由が分からなかった。でも、あの人に出会った。魔女さんは私の生きる理由で、魔女さんも私を生きる理由だと言ってくれたから。

「…申し訳ないことをしたわ。でも、王宮に行くって伝えたら、止めるでしょう?」

私は王様から王宮に来るように命令が下されて、今王宮へと向かっている。王様は危篤の状態らしい。死を目にして森に追いやった侍女との間にできた娘、末っ子の王女の事を思い出したのか、死ぬ前に会っておかないと心残りが残るとでも思ったのかこうして呼び出されている。そして私も一度も会ったことがないから会ってみたいという気持ちはあった。私にはお兄様が二人、お姉様が三人いるらしい。勿論そちらにも会ったことがない。

王宮に行くともなると、おめかしをしなければと私の周りは忙しくしていつも以上に可愛らしく豪華に着飾ってくれた。この姿を早く魔女さんに見せたいけれど、帰ってきてからでしか見せられないのが残念だ。

そして彼女は今森から街に出ている。私が花束が欲しいと言ったから。巷では今、指輪とは別に花束が結婚の証になっているらしい。だから、それを買ってこさせて、その間に私が王宮に行く。村のおじさまやおばさまにも魔女さんには内緒にするように言っておいた。…でも怒られるかしら?魔女さんも随分村の人と仲良くなったから嘘を信じてくれたけれど、嘘だってバレたら村の人が怒られるわね。

後で私だけ責めるように言っておかないと。

そんなことを考えていると馬車が急停車して体が前へと押し出される。

「きゃ!」

何事かと前を見ると御者が慌てた様子で馬を降りようとしていた。遠くから近づいて見えたのは松明の火と剣をかかげた人の群れ。

危機を感じて馬車を出て逃げようとすると後ろで御者が叫ぶ声が聞こえた。後ろを振り向くと御者は血だらけで前に倒れている。

「な、な何を…」

何が起こったのか全く理解できなかった。脳は混乱し足は震え後ずさりをしていた。

「おいおい!こんな小娘を殺っちまうだけで3億ゴールドだぁ?!こりゃあサービスも大盛りでやっちまわねぇとなぁ!」

「森に追いやられた王女って言っても王女だからなぁ。身なりもいいし、そんぐらいするんだろ。それに王子様からの命令だし太っ腹だよなぁ。さ、さっさと殺っちまおーぜ。」

数人程のガタイのいい男たちが私を取り囲もうと近付いてくる。

お兄様が…?

私は、私は殺される為に王宮に向かっていたというの?

私はすぐにその場を逃げ出そうとした。しかし、その一瞬で後ろから髪を強く掴まれ片腕を切り落とされる。

「あぁっ!!」

痛い痛い痛い!!!

痛みで出したこともない声量の声が出る。

男達は私の様子を見て何故か笑い声を上げて更にもう片腕を切り落とした。両腕を無くし投げ出されるように地面に仰向けにされた私は剣で足を貫かれた。

痛い。

もうやめて。

痛い痛い痛い。

やめて助けて誰か助けて。

痛みで頭が真っ白になって何度か気を失っていたがその間にも剣は私の腸を刺し、蒼色の目を抉り、口を裂き、胸を刺し、遂には喉を突き刺した。

意識は一本の糸のごとく途切れ途切れに続いている。私を殺した男達はもういなくなっていた。

死にたくない。

生きていたい。

痛い。

痛い。

死にたい。

痛い。

そうしている内に一瞬で森は全て炎に包まれた。目は抉られ見えなかったがそう感じた。木が焼ける音がして、炎がチリチリとここまで来ている気がする。私は誰かに抱き抱えられどこかに運ばれている。

私のお城の方だわ。

私の頬に水がぽたぽたと落ちてきた。その度に意識がふっと戻るようだ。

おかしい。

もう死んでもおかしくないくらい痛くて意識も朦朧としているのに。

雨は降っていない。私の頬にだけ落ちる雨は涙だと気づいた。

泣いてくれているのね。

すると、沢山の人が喚き苦しむ声が聞こえてきた。周りは炎で熱く、もしかしたら炎が村人に移り苦しんでいるのかもと思い胸が痛んだが声が出ない。両腕も無く足も使えない私は何も出来ずこのまま死んでいくのだ。

痛い。

もう何も聞こえない。

見えない。

痛い。

…会いたい。魔女の貴女に。



ハッと目を覚ますと全身が冷や汗でびっしょりとなっていることに気がつく。

私はあの幻影の後床で気を失ってしまっていたのだ。

「……あ、会いたい」

ぽろっと零れた言葉は涙と共に落ちてきた。

すると全ての空気が私の体を通して一変するように部屋の中は薄暗く寂しいものへと移り変わった。

ドアのノック音が聞こえる。

私は返事をせずにドアの方へと向かいドアを開けた。

「お嬢様?」

「アレク…」

アレクから一歩後ろに離れ立ち止まる。

「来て」

いつもとは違うこの場所で私は彼を本当のお城へと誘うのだ。




私はきっと最後の魔女だ。

古から魔女は忌み嫌われ見つかり次第人間に処刑されていき、数は段々と減っていった。

初代の魔女は炎の魔女。魔力というのは魅力的なもので、最初は、人間は魔女を崇めていた。神からのプレゼントだと。しかし、炎の魔女が力の加減を失敗し、村ごと焼き尽くした事件が起きた。その時から魔女は神から呪われた人間だと処刑対象になってしまった。私も魔女は神に呪われていると思う。

魔女にも種類がある。炎の魔女、氷の魔女、水の魔女、剣の魔女、大地の魔女。様々な魔女がいて、私達は時折会って情報交換をしたり支え合って生きてきた。勿論共通して使える魔法もある。

私達には名前がない。呪われているから名前はつけない方がいいと言うことになった。つけた所で呼んでくれる人はいないんだ。

私は魔女の中でも特に出来損ないの魔女だと思う。

何故なら、力を使わないから。魂の魔法というのは魔女の力の中でも一番恐ろしく強力な魔法だった。人や生き物の命をいとも簡単に好きに操ることが出来る。そんなの、全くいらない能力だ。魔女に寿命が伸びるように使ったところで元から魔女は三百年は生きるようになっているから無意味だし、他にも魔女に理解のある人間に若くして欲しいと言われれば出来るかもしれないがしたくない。そうまでして報酬は欲しくないし、こんな恐ろしい力を簡単に使いたくない。

だから私は、死ぬ理由を探して生きることにした。

他の魔女みたいに魔女の力を利用して稼いで、バレるリスクを負って処刑されて死ぬ…なんて末路はまっぴらごめんだ。私は死にたいと思った時、自分の手で自由に死にたい。魔女の生活に自由なんてないんだから死ぬ時ぐらいはいいだろう。そう思って、都から離れたある陰気な森に目をつけた。森の中の洞窟を見つけ自給自足しながら退屈な毎日を過ごしていると、ある日、森に邪魔者がやってきた。私の優雅な生活を邪魔する奴が。なんと、森の中に城を建てやがったんだ。それに合わせて小さな村までできた。このまま城の持ち主の正体を知らずに洞窟に潜んで暮らすのはごめんだと思い、こっそり城の中に忍び込んだことがある。城にしては警備も少ないし、小さくて狭いところだったからすんなり入れた。その最上階に行くと、この城の持ち主である人間と会うことが出来た。

「……赤ん坊か?」

まだ赤子の可愛らしい女の子だった。聞き耳を立てたりして情報を集めてみれば、この子は王宮に捨てられた王女様だと言う。王様と侍女の間に出来た子。母親の方は既に死んでいるらしい。いや、毒で殺されたというのが正確な情報みたいだが。

…可哀想な親子だ。

王の身勝手で親も子も不遇な人生を歩んでしまう。

本当にここの国の王宮は好きになれないと思った。

可哀想な王女様の頬を撫でると、きゅっと小さな手が私の指を握り口元へと運んだ。

「ははっ。私の指は食べ物じゃないぞ。」

小さくて、私なんかが触れたら壊れてしまいそうだ。

私は離れ難い気持ちを無かったことにして直ぐに部屋の窓から消え去った。

それから五年後。魔女にとって五年なんて早いもので少し様子が気になって森の中から城を眺めていると、小さな女の子が城から飛び出て蝶々を追いかけているのが見えた。周りにいる召使いはそれに見向きもしない。

おいおい、ちゃんと見てないと危ないだろ。

案の定、小さな女の子は地べたに転けて足から血を流して泣き始めた。

しかし、その泣き声が聞こえていないのか、侍女はお喋りに花を咲かせ、警備は居眠りをしている。その様子が見えた村人も心配しているような表情を浮かべるものの近寄らない。

「…ちっ」

私は王女がこちらに興味を持つように猫の真似をすることにした。

「にゃぉーん」

「………」

泣き止んだ王女は「猫さん?」とこちらに近づいてくる。私はそのまま王女を洞窟の方へと誘導した。

「猫さーん!どこー!?」

すっかり元気になった様子の王女に声を掛けた。

「なぁ」

ビクッと身体を震わせた王女は私を見てすぐに笑顔になる。

「あっ!見たことない人!」

見たことない人って…。何でそれで笑顔になるんだよ。

「いいか。私がその足、治してやる。ここに座れ。」

王女は小さな洞窟の上に座った。

あっハンカチとか引けばよかったか…?

「とりあえず今から治すから、そしたら帰れよ。」

私は手を王女の足にかざして魔法をかけた。光がパッと現れたかと思えば消え、たちまち元通りになった足を見て王女は目を輝かせた。

「治った!痛くないわ!」

「魔法で治したからな。いいか、あたしがここに居ること、あんたの怪我を治したこと、絶対内緒だぞ。誰にも言うなよ?」

そう言うと王女は元気に二度頷いた。

「さ、帰れ。」

「いや!お姉さんと遊ぶ!」

「お姉さんじゃない。……魔女だ。」

魔女だと言えば怖がってすぐに帰るだろうと思った。もう私は最後の生き残りの魔女なんだから。

「魔女?…魔女さんと遊ぶ!」

「おいおい、魔女が何だか分かってないって言うのか?魔女は怖いんだぞ。」

「ううん。魔女さん、怪我治してくれたもの。」

そうだけど……。

純粋な目に抗えなかった。私はきっと初めて会った時から、この可哀想な王女様と縁を切れないような気がしていた。

一人ぼっち。

私達はたった一人、この森に住んでいる。

それから王女様と毎日のように遊ぶようになった。

どんぐりを集めたり、木の実を食べてみたり、かくれんぼをしたり、雨の日は洞窟の中で寝かしつけてやった。村人も城の奴らも皆王女様の事は気にかけない。それでもいい。私だけでもこの子を守ろうと思った。

月日は経ち、10歳になった王女様は精神的にも成長なさっていた。私を村の人に紹介すると言ったのだ。

「駄目だ。魔女なんだぞ?魔女は隠れて生きないと…」

「いいえ!きっと大丈夫よ!私も村のおじ様たちとお話をするようになって分かりましたの!私達が一歩勇気を出すだけで、魔女さんの人生は明るく花が咲くようになりますわ!」

もし、魔女だと嫌われ追われる身になってもきっと逃げ切れる。ただ今はフィリアの手を離したくない。そう思い、私はフィリアの手で引き出され森の奥底から村に出ることになった。


「魔女さんも、スープ、食べるかい?」

「はい。」

「ふふっ、美味しいわ。」

「王女様のお口に合うか心配だったのだけれど、良かったわ。」

村の人達は優しかった。魔女だと言った私を受け入れ、フィリアと共に輪に入れてくれたのだ。偶に顔を出して、夕食を共にして、農作を手伝ったりした。私は、生きる喜びを知った。

「だから言ったでしょう?魔女さんは好きに生きられるのよ?こんなに、素敵で優しいんだもの。だから、死ぬ理由を探してるなんて言わないで…。」

「フィリア…」

覚えていたのか。昔、私が小さな君に話したことを。

「…魔女さん、私、乳母も連れてきますわ!」

「あぁ。」

でも今は違う。

フィリアは私の生きる理由だ。

彼女がいるなら私はいくらでも生きていられる。


「都に、花束が売ってあるでしょう?列をなすほど人気らしいけれど、朝から並んだら買えるんじゃないかしら?」

この日はフィリアに花束を買ってきて欲しいと頼まれた日だった。村のおばさんにいい情報を聞いたのですぐに森を下り街へと出た。

どうやら今街では結婚の証として、指輪とは別に花束を送る習慣があるらしい。それをテーブルに飾るんだとか。

私とフィリアは結婚の誓いを立ててしまっているから、当たり前のことだと思った。村の人も乳母も全員知っている。王女様のことは私が幸せにしなければ。花束なんて柄じゃないけど、私はフィリアの為に朝から街へと出かけることになった。

店に来ると、様々な花束が目に入った。早めに来たので並ばずに済み、ゆっくり店内を見ることが出来た。特に目に留まったのは黄色の薔薇とエメラルドグリーンの薔薇が組み合わさった花束だった。

「お気に召されましたか?」

お店を経営しているお姉さんが声を掛けてきた。

「これ、綺麗ですね」

「はい。特に結婚されたご夫婦にオススメしているものなんです。黄色の薔薇は"幸福"、エメラルドグリーンの薔薇は"健康"を意味していて、どちらも結婚生活に不可欠じゃないですか。それで…お客様はご結婚されてますか?」

「…はい。」

幸福と健康。どちらも結婚生活に不可欠だと言われて『確かに』と心の中で笑った。私にとってこんなにも親しみ深い言葉になると思わなかった"全て"がここに詰まっている。

「これにします。」

お金を払って花束を手に取った。

早めに来ていて良かった。

黄色はフィリアの髪色に似ているし、とても素敵な花束だと心が浮つき、早くフィリアに見せようと思い足を進めたところで森の奥から嫌な匂いがした。

騒がしい。

何だ。

足早に森の中を進むと、有り得ない光景が目の前に広がった。私の嫌いな死の匂い。ここはとても血生臭く、視界が揺らめいた。

「あぁ?誰だこの女。」

「こいつも殺せって言われてたかぁ?」

汚らしい輩が血だらけの剣を持ち目の前を立ち塞がっている。

いや、そんなこと毛程も興味が無い。

「失せろ」

そう口にした瞬間、男達は喉を締める音を出して次々に倒れ息絶えた。

私はその死体を踏み進みながら、血まみれの倒れた馬車を通り過ぎてある死体の前で立ち止まった。

「……フィ…フィリ…ア」

荒れた地面にはフィリアだとは思えない死体が転がっていた。

フィリアの目は抉られ血が今も流れている。ブロンドの綺麗な髪はぐしゃぐしゃに、腕と共に切られて短くなった毛も地面に残されている。足は剣が突き刺さったまま、片足は逆に折られ変色し、腸や胸、喉にも剣が刺されたあとがあり、血がとめどなく流れていた。地面は血の海だ。

「…………」

喉はカラカラに乾いていて、空気が乾燥している。

男の傍にあった松明を森に放ち、当たりを炎で包み込んだ。もう森はすぐに全て焼き尽くされることだろう。私は両腕のないフィリアを抱き上げて森の中を進んだ。

フィリアは冷たくて、派手な装飾を身につけているはずなのに軽くて、そう考えるだけで全身の血が上り、脳が焼き切れるんじゃないかと思った。

歩き進めると、私の姿を見た村人たちが騒いでいるのが見えた。

ごめん。

ごめんなさい。

私はカサカサになった唇で詠唱を唱えた。一瞬にして、村人達は森から移った炎に包まれながら焼け死んでいく。炎が移らなかった者も喉を抑えて息絶えていく。見知った人の顔も、私を受け入れて夕食を食べさせてくれた人の顔も見えた。でも私は詠唱を止めない。止めれない。

私の周りは猫や鼠、枝、人肌、糸、綿、植物が舞うように回転しフィリアの中へと入っていった。

蘇生の魔法は禁忌の魔法だ。

沢山の犠牲を伴い、

私は永遠の命に縛られ、

そうして生き返った者は魔女のように長く生きる。

簡単には死なない。魔女のように時間の感覚すらおかしくなる。

フィリア、私は…

「貴女が生きてくれるのなら、この胸が引き裂かれ焼き尽くされようともそれでいい。貴女が私の生きる意味だった。」

いつからか流れ続けた涙は熱く温度を上げ胸にまで辿り着いていた。

全てが燃え盛り、焼き尽くされた後、私の胸元には焼痕が残った。これは蘇生の禁忌を犯した証なのだ。

大地に命を吹き込み、森を新しく生やし直した。城も綺麗に新しく建て直した。植物は新しく植え、二度とこの森に誰も入らないように。森に入り込んだ者を見つけたら全て亡き者に。私とフィリアの結婚生活を邪魔できないようにした。

私は自身に性転換の魔法をかけた。男だったらフィリアのパートナーとしてより相応しいはず。王子様なのだから。ただ、問題は髪色だった。フィリアの記憶は奪っておいたから、もう辛いことは思い出さないだろう。決して思い出してはいけない。だからより以前の私とは見た目を変えなければいけなかった。

その時、焼き尽くされた森の中であの花束が一弁残っているのが見えた。

「……エメラルドグリーン」

健康の色。

フィリアは黄色に似た幸福の色。

「結婚生活に欠かせない…だっけ?」

私の髪色は人を殺める不吉な赤色からエメラルドグリーンへと変化した。


全ての準備を終わらせ彼女が眠る部屋へと入り手を握った。

「王女様!王女様!」

きっともう起きてもいい時間のはず。

「…ん……」

手を握って少し揺すると彼女は目を覚ました。

「っ王女様!本当に良かった……」

涙が溢れ出してくる。本当に良かった。成功した。 また貴女の声が聞ける。

「あの、貴方は誰ですか?」

彼女は上体を起こしながら私に聞いた。私は涙を拭いて答えた。

「私は、王女様の専属執事、アレクと申します。」

そう。これからは貴女の専属執事として、完璧に守ってみせる。

私が私に名前をつけるのは変な感じだった。アレクという名前を自分につけたのは貴女を必ず守るという誓いのようなものだから。

フィリア、私の生きる意味。

私を受け入れ、愛し、慈しんでくれた人。

これからは二人幸せに… 。




「アレク」

ドアを自ら開け部屋の中で佇んでいる彼女はいつもと違っていた。

「…どうなされたのですか?」

何かが引っかかる。

よく見ると彼女は全身に汗をかき、ぐったりとした様子だった。

「お嬢様、お加減が」

「アレク」

お嬢様は私の言葉を遮るとすぐクローゼットの奥底から鏡を引っ張り出してきた。

「何を…」

近寄ろうとするとお嬢様は「そこにいなさい」と静かに注意した。

お嬢様は鏡を立てて鏡の前に立ち、鏡に手を置いて触れた。

「私…こんな姿をしていたのね」

それは淡々とした声色ですっと私に向けられた目つきは何を伝えたいのか理解できなかった。

「お嬢様はいつも素敵ですよ。何を今更」

「分かっているわ。」

お嬢様は左腕を広げて上にあげた。

「鼠の皮に綿のわた、枝に植物のつた、硝子、私の目は猫の目、私の足も右手も私のものじゃないわ。…ツギハギの化け物みたいね。」

私の方に振り向いたお嬢様は軽く笑っている。

「………」

…思い出されたのですか。あの酷く恐ろしい悪夢のような一連も全て。

私は笑っているお嬢様を抱き締めた。

「フィリア…貴女はいつだって誰よりも美しく、私が心から愛するたった一人のお方です。」

フィリアは泣いて抱き締める私を引き離して、またしても鏡の方を向いてしまった。

「…貴方は蘇生の魔法を使ってしまったのね。私に。」

鏡越しにフィリアの姿が見える。フィリアが涙を流しているのを見てしまった。

「フィリア…」

「私はこんな姿をしてまで生きたいと願わなかったわ。こんなの、私じゃない。」

フィリアの姿は所々フィリアの死体から使える箇所を使ったものと、鼠や猫、綿、枝やガラスと共に形成されている。髪の毛は全て元の彼女のものだが、剣で切られたせいでその長さはバラバラだ。

それでも、フィリアはフィリアだ。

「どんな姿であろうと貴女は貴女だ。」

「違うわ!」

フィリアは拳で鏡を叩き割った。鏡の破片が辺りにバラバラと散らばりフィリアの顔にも刺さっている。

「フィリア!何てことを…!破片が」

フィリアはフィリアの顔に触れようとした私の手を払い自分で破片を抜いていく。もうフィリアから血が流れることは無い。

「化け物よ。私はフィリアじゃなくて化け物になったのよ。貴方の愛するフィリアじゃない…」

フィリアは声を震わせて言葉は途切れ途切れ掠れていた。フィリアはきっと、記憶を取り戻すことで本来の姿に気づいたのだろう。今までは蘇生する前の自分の姿の幻を見ていたのだから。

「私の心臓は」

フィリアは服を脱いで胸部をさらけ出した。

「硝子で出来ているのね。」

彼女にどういう言葉をかければいいのか分からない。

黙っている私にフィリアは近付き、私の服を脱がし始めた。

「何を…」

「しっ。…動かないで。」

妙に落ち着いた様子の彼女は私の上の服を脱がすとハッと目を見開き涙を流した。そして、私の胸に手を当てて目を閉じた。

「この痕は、蘇生の魔法を、禁忌を犯した証なんでしょう?…今も永遠の命に縛られている証」

私の胸にある焼けた痕。これは複雑な形をした紋章で胸に刻まれている。この紋章は不死の呪縛を意味している。

「フィリア…私は、貴女が生きる意味だった。」

私はフィリアの手を取り頬を撫でた。

「貴女がいれば何もいらない。貴女のいない世界に意味などない。」

フィリアの死体を目にした時、愛の残酷さを知った。心臓が抉り出されるよりも遥かに強い痛みが胸を打った。

「貴女が私に愛を、その残酷さを教えたのです。」

フィリアの目はしっかりと私の目を捉えて、瞳には愛に縋り付く私の姿が映っていた。

「だからどうか、生きてください。貴女が望むことは全て私が叶えます。邪魔なものは全て消し去り、二人だけの世界を作りましょう。あの時、二人誓ったように…」

フィリアを抱き締めた。強く。もう離さない。離したくない。

フィリアは私の背中に手を回し私の頭を撫でた。

「私も愛してる。あぁ何で貴女だと気づかなかったのかしら。こんなにも似ているのに…。貴方がいない世界なんて要らないわ。だから、とても、幸せだった。」

フィリアの熱い涙が肩に伝ってきた。

「目が覚めてから、貴方と過ごした時間は何物にも変え難く、思い返せば今でも心が暖かくなるぐらい、とても、幸せな時間だった。」

フィリアはゆっくり私から離れ月明かりが差している窓の元へと向かった。

「貴方が私に与えてくれた時間は、貴方と私だけの宝物。二人で過ごしたこのお城も素敵で、庭園は癒しだった。でもね、私は思い出したの。魔女の貴女とここで過ごした時間の全てを。私は魔女の貴女を心から愛してたわ。アレクのことだって愛してる。けれどそれは延長線に過ぎない。でしょ?」

やめろ。

そんな言葉、まるでお別れみたいじゃないか。

「私、フィリアは魔女さんを最後まで愛して、この心臓が止まるその時まで貴女の事を想っていました。………それでおしまい。フィリアの人生はそれでもうお終いなのよ、アレク。」

「違う!!フィリア、それは違う!だって、今だってこうして生きてるじゃないか!!これからも変わらず二人でこの城で過ごしていけば…」

フィリアはキラリと月の光を反射させた鏡の破片を手に取った。

「本当は、生き続けちゃいけなかった。こんな姿になってまで、沢山の人の命を犠牲にしてまで、愛を求めちゃいけなかった。」

フィリアは涙を流し硝子の破片を力なく上に掲げている。

「フィ、フィリア…」

「何より、貴女の命を、運命を捻じ曲げてはいけなかった。ごめんなさい。私のせいで、全てを背負わせてしまって。貴女の自由を奪ってしまって。貴女に残酷な運命を与えてしまって。」

やめてくれ。

頼むから。

「違う…私は、ただ愛して……」

涙で前がよく見えない。でも、彼女から目を離したくない。

明かりがチラチラと涙を突き抜けて当たり、彼女の姿が時折鮮明に映された。

「私も、愛してる。誰よりも、貴女を。一人ぼっちで、不器用で、愛を知らない、死ぬ理由を探していた悲しい貴女を。私に沢山の愛情を与えてくれた貴女を愛していたわ。」

彼女に手を伸ばした瞬間ギラっと破片が光って彼女の心臓を突き刺した。

「あっ……あぁ……!」

「フィリア!!!!」

彼女の元に急いで駆け寄り後ろに倒れた彼女の背中を支えた。

鏡の破片は彼女の硝子の心臓を貫き大きくヒビが入っている。

「何てことを…………何故…何故!!」

私は涙を零しながら愛しい彼女を睨みつけた。

すると、彼女は苦しみながら微笑み私の涙を伸ばした片手で拭った。

「私…あの時……死に、ゆく中で…貴女を探していたの。…魔女の貴女に、会い…たく…て。」

私は彼女の手の上から手を重ねて離さないように握った。

「今は…目があるから…よく…貴女が、見える…わ。……これで、自由よね?…貴女も、私…も。」

「馬鹿なんですか…私は貴女がいれば何もいらないとずっと言ってるじゃないですか。私は本当にどうなってもいいんです。これで構わない。貴女がいたから私は愛を知り貴女のものになれた。何者にも成れなかった私が……やっと…」

彼女のガラスの心臓はパキパキと音を鳴らし、ヒビを増やしていく。

「フィリア、どう、どうしたら…貴女をもう一度…」

嗚咽で上手く喋れない。でも、駄目なんだ。もう二度と貴女を離さないと決めたんだ。絶対に守ると。

フィリアは瞬きを一度して、微笑んだ。

「もういいのよ、アレク。…どうか、自由になって。……愛してる。誰よりも、貴女だけを…。」

瞬間、フィリアは力をなくし、人形のようにパタリと動かなくなってしまった。

「あぁ…あぁああ」

心臓が痛い。まるで焼かれているようだ。

愛は残酷だ。

知らなければよかった。

知っていたから、私は私でいれた。何者でもなかった私が、フィリアを守る魔女としていれた。


愛し合っていた。


「フィリア…あぁ…愛してる。私も誰よりも愛してるんだ。」

動かなくなった彼女をもう一度離れないように強く抱き締めた。彼女の残り香が無くなるまで。

その日は、太陽が登り、日が沈んで、月が昇っても彼女を抱き締めて動かなかった。



二度愛する人を亡くした。

胸に刻まれた焼痕はもう消えて無くなっていた。

彼女の死体は今、私の隣で寝転がっている。私も長く床で寝転がっていたせいか全身が痛んだ。あれから…どれくらいの時間が経っているのだろうか。

「………自由…か。」

彼女が私に残した自由。それは不死の呪縛から逃れること。

思えば、この森に来た最初の頃は死ぬ理由ばかりを探していた。そして、彼女に出会って、愛を知り、彼女が生きる理由になった。でも、そんな彼女も居なくなって…今、私にあるものは何だろうか。

隣にいる動かなくなった彼女の頬を撫でた。

「……フィリア、私は、遠回りをしたんだな。」

そうだ。遠回りをしていたんだ。

でも、それがよかった。貴女に会えた。

「死ぬ理由、見つけたよ。」

彼女の傍に転がった鏡の破片を手に取った。

「私の人生、悪くなかったのかもしれない。魔女で良かったのかもしれない。全ては、あの時間を過ごせたから。フィリアと誓いを立てたあの日に、私は魔女としてじゃない、たった一人の人間としていれたんだから。」

破片の先端を自身の胸に突き立てた。

痛みで唇を噛み締める。

でも、これでやっと死ねる。

この世界にいる意味はないのだから。

死ぬ理由。 それはきっといつだってフィリア、貴女に出会う為に。

「フィリア…私の愛しい人……」

瞼を閉じる最後の瞬間まで彼女から目を離さなかった。


これは、一人ぼっちだった王女様と一人残された魔女が森の中で出会い愛を紡いだ話。

愛は時に残酷で、何者にも成れなかった私達に意味を与えてくれる。


呪縛と言われた魔女の焼痕。それは二人の愛の証であったのかもしれない。





この作品を最後まで読んでくださり有難うございました。

気に入って下さる方が一人でもいてくださったら感激です。

ここまで少し長かったと思いますが有難うございました。

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