祝勝会
「それでは始めようか」
ある日の午後、俺たちは王太子の招集に従い教国の本陣である砦の軍議室へと来ていた。
共にはゲルトと先輩。ほかの貴族たちも数名の随伴を連れてきている。
「ではブリット伯爵、報告を」
「はい」
今日も司会進行を務めるアンドレイさんが1人の貴族の名を呼んで報告を促す。
確か王国との和平交渉の責任者だった人だな。
「報告します。結論から申し上げますと、交渉は成功。降伏条件につきましても我らの要求の大半を飲ませることに成功しました」
軍議室内に「おお……」と感嘆の声が響く。
「賠償金として白金貨3万枚、関税の撤廃、こちらで捕縛した勇者たちの身柄、全て合意が取れました。なお、領地の割譲、王国の臣従などは求めていません」
俺が参加していた条件作成の会議でも出ていたが、たしかに領領地の割譲や王国の属国化を望む声もあった。
しかし小国ならともかく、王国ほど巨大な国家を臣従させることは難しい。
実際、俺や勇者娘、変態の存在がある今は大人しく臣従するかもしれないが、俺たちという抑止力が居なくなったあとはどうなるだろうか?
その先にあるのは泥沼の戦国時代であることは間違いない。
そもそも教国と王国の国力差は倍以上の開きがあるらしいしね、臣従とか無理だろ。
領地の割譲にしたって、誰がそこを治めるのかという話でしかない。
教国直轄領にするとしても、支配体制を整えるのにどれだけの人手と費用がかかるのか……
数十年、数百年と維持出来るのであれば将来的にはプラスになるだろうが、それまでの持ち出しが多すぎる。
圧政を敷いて税を絞り取れば収支上プラスにはなるだろうが、それをやるとその土地を取り戻す大義名分のもと俺たちが死んだ後再び王国が兵を上げる可能性がね。
それなら総合的に考えて王国が崩壊しない程度に賠償金を搾り取って利権を得る。
その金で国内未開発領域を開発する方がお得なわけだ。
ただ、王国軍は教国軍に負けた訳では無い。
勇者娘と変態が教国に着いたことが敗因なので、ヘイトはこちらに向くだろうね。
それは仕方ない。
勇者娘を妻に、変態を家臣に迎え入れると決めたのは俺なのだから、そこは俺が注意しておく必要があるだろう。
「以上が教国と王国の間で合意した内容です。あとは帝国に対する謝礼や分配ですが、これに関してはこれから協議に移ることになります」
「うむ。ブリット伯爵よくやった」
「勿体なきお言葉」
王太子の言葉にブリット伯爵は深く頭を垂れる。
王太子はブリット伯爵に頭を上げさせてから、この場に集まっている貴族たちを見渡して口を開いた。
「此度の戦よく働いてくれた。正式な恩賞については王城にて陛下より与えられるが私からも皆に一言送ろう」
王太子はもう一度貴族たちを見渡す。
それを受けて皆、改めて姿勢を正した。
「此度の戦、我らアルマン教国の勝利である! 大義であった!」
一斉に膝を着き頭を垂れる。
もちろん俺も遅れずに膝を着いた。勉強したし慣れてきたのでその成果が出た形だ。
しかしあれだな、俺の顔を見る度に青い顔をしてビクビクしていた頃が懐かしいな。
実に威風堂々としてらっしゃる。
その後軍議は終了、一旦解散した後夕刻に再集合。簡易的ではあるが祝勝会が催された。
教国主催の祝勝会は、俺たち貴族とその付き添いは砦内で、集まっていた兵たちにも酒と食事が振る舞われた。
「クリード侯爵、楽しんでるかい?」
「これはライノス公爵、この雰囲気はいいですね」
祝勝会が始まって最初に乾杯したグラスは空けたが、それ以降は酒ではなく隅っこで食事に舌鼓を打っていた俺を見つけたアンドレイさんが声をかけてきた。
「レオくんは酒は得意では無かっただろう? これを飲むといい」
「ありがとうございます」
アンドレイさんからグラスを受け取って杯を合わせる。
「しかし大活躍だったね。今回の戦争の殊勲者はレオくんで間違いないね」
「そうですかね? クーネル将軍の攻撃を上手くいなしたグスタフ辺境伯の方が貢献度は高いと思いますが」
グスタフ辺境伯軍のおかげで教国側の被害はかなり抑えられたと思う。
他の諸侯軍じゃ蹴散らされて終わりだってゲルトも言ってたし。
「確かにグスタフ辺境伯の活躍も大きいね。でも、王国側の切り札である勇者4人を捕らえたレオくんと比べるとね」
「あー……」
アイツらあんなんだけど王国の切り札だったんだよな……
「もしもレオくんが彼女たちに負けていたら……」
アンドレイさんは続きは言わなかったが、言わんとすることは分かる。負けなくて良かった……
「それより、サーシャたちは元気かい?」
「元気ですよ」
アンドレイさんは急に話を変えて期待に満ちた目で俺を見つめてきた。
元気かって……さっき話してた勇者娘との戦いの後に会ってたよね?
「レオくんはこの後どうするんだい?」
「祝勝会が終われば領地に戻りますが……」
あ、これ一緒に連れていけってことなのかな?
「アンドレイさん……義父さんも一緒にどうですか? サーシャやアルスの顔でも……」
「お邪魔させてもらおうかな」
俺が言い切る前に被せて来たな、余程顔が見たかったのだろう。
「ではまた後で。クリード侯爵も楽しんでくれ」
そう言ってアンドレイさんは立ち去ってしまった。
……え? 本題それ?
なんかもっとこう……真面目な話でもあるのかと思った。
それからは名前も知らない貴族たちとの会話を無難にこなして祝勝会は終了。
アンドレイさんを連れて転移で領地へと戻りようやく長い一日の終わりが見えた。




