右往左往
「緊急事態?」
思わず声が出てしまった。
【思念共有】での連絡なので声に出す必要は無いのだが、これは仕方ないだろう。
先輩はいきなり独り言を呟いた俺を不思議そうに見ている。
『はい。至急こちらにお戻り願えますでしょうか?』
「それは構わない。理由は教えてくれないのか?」
その説明をする時間も惜しいということか?
先輩は何かを察したような神妙な顔をして佇んでいる。
何か知っているのだろうか?
『ソフィア様が産気づきました』
「おーけーすぐ戻る」
なるほどそれは緊急事態だ。
『それではお待ちしております』
それを最後にウルトからの【思念共有】は切断された。
「トラブル?」
「トラブルと言えばトラブルなんすかね? ソフィアが産気づいたそうです」
「おお! おめでとう!」
まだ産まれてないからちょっと早いよ。
「そういう訳で俺は一旦戻ります。説明とか対応は任せますね。これ乗りきったら正規雇用に一気に近付きますよ」
「そういう話は後でいいから。はやく奥さんのところに帰ってあげなさい」
「はい。お願いします」
いつも通り【傲慢なる者の瞳】と転移のコンボで城の屋上へと移動する。
この城は大きすぎる。なので入口から入るよりこうして上から入った方がモード遥かに早く目的地に辿り着けるのだ。
「戻った」
誰もいない廊下をダッシュで駆け抜けてリビングとして使っている部屋に入る。
中にはソフィアを覗くよめーずが勢揃いしており、その真ん中にはベビーベッドに寝かされたアルスの姿もあった。
もちろんベビーベッドはウルトである。
「レオ様、おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま」
代表して正妻であるサーシャからの挨拶に応えてアルスを覗き込む。
気持ちよさそうに眠っている。可愛い。
「ソフィアは?」
「つい先程分娩室に入りました」
「そうか、分かった」
どうしよう。今から分娩室前で待機するべきなんだろうけど、あそこで待っているとソワソワしちゃうからな……
とはいえ、ここでまごまごしててもどうにもならない、ソフィアが頑張ってくれているのに俺が行かない訳にはいかないね。
「分娩室前で待機する」
分娩室まで移動しながらアンドレイさんに連絡を取る。
事後報告で申し訳ないがしない訳にもいかない。
ソフィアが産気づいたので帰還している旨を伝えると、こちらは大丈夫だからしっかり奥さんを支えてやりなさいと有難いお言葉を頂き、分娩室の前に椅子を出して座る。
ソワソワと落ち着きなく待つこと数時間、日が傾き始めた頃に室内から元気な産声が聞こえてきた。
思わず立ち上がり扉に近寄るが、まだ入室の許可は降りていない。
出産は女の戦場、いくら貴族家当主の俺といえど許可がないと立ち入ることは出来ないらしい。大変もどかしい。
「御館様、お待たせ致しました。どうぞ中へ」
扉の前でウロウロしていると、ようやく許可されたので部屋の中に入る。
「レオ殿……申し訳ございません」
部屋に足を踏み入れた瞬間、ソフィアの謝罪の声が耳に入ってきた。
そちらに目をやると、ベッドの上で頭を下げているソフィアの姿が目に入る。
「どうしたのさ、なにに謝ってるんだ?」
「私は……男の子を産めませんでした」
「うん。それで?」
「分家跡取りを産めず、誠に申し訳ありません」
ソフィアはさらに頭を深く下げる。
男の子を産めなくてごめんなさいってことか、何も気にすることないのに。
「いいよ、許すから頭上げて。そもそも男の子女の子気にしてないし怒ってもいないから」
ソフィアの肩を掴んで頭をあげさせる。
悲痛な顔をしているな、気にすることなんてないだろうに。
「ソフィア、ありがとう。俺の子を産んでくれて」
そのままそっと抱き寄せる。ソフィアは抵抗することも無く俺にされるがままだ。
背中を撫でながら、続ける。
「男の子か女の子かなんて所詮2分の1、長子が女の子だからってなんの問題もない。どっちだって俺たちの可愛い子供だよ」
「レオ殿……」
「だから可愛い女の子を産んだんだって胸を張ろう」
「はい……」
ソフィアはおずおずと俺の背中に手を回す。
「御館様、ソフィア様」
ソフィアと抱き合っていると、出産を補助していた助産婦が赤子を抱いて声を掛けてきた。
「元気な女の子です」
助産婦の抱いていた赤子を壊れ物を受け取るように抱き上げる。
薄らと生えた金髪、ずっと通った鼻筋はソフィア似かな?
「レオ殿、名前を」
「ん、そうだな……」
考えてなかったわけではない。
この世界の名付けの基準なんて知らない、アルスは上手く捻り出せたと思うが今後産まれてくる子供たちのネーミングには頭を悩ませていた。
なので、今回はちゃんと色々な人からアドバイスを貰いきちんと考えようとしたのだ。
しかしその時の結論は、「一目見た時のフィーリング」である。
過去の偉人、有名人の名前を流用することが多いらしいのだが、そもそもその偉人も有名人も知らないのだ。
まぁ基準というか、こんな感じということだけは分かったので、後は見てから決めようと考えていたのだ。
つまり将来の自分への丸投げ、今俺は過去の俺にぶん投げられた案件を受け取ったわけだ。
「フィリア。フィリア・クリードでどうだろう」
完全にフィーリング。ソフィアに響きも似ているのでこれは名案だろう。
「フィリア……レオ殿と私の娘……」
フィリアをソフィアに渡すと、愛おしそうに眺めた後、服をはだけさせて初乳を飲ませ始めた。
フィリアよ、今は貸して上げるけどそれお父ちゃんのだからちゃんと返してね……
授乳姿を眺めていると、出産の報告を受けたよめーずが部屋に入ってきた。
「レオ様、ソフィア、おめでとうございます」
最初に入ってきたのは正妻であるサーシャ。こういう時はやはり彼女が最初らしい。
まぁそうでないなら正妻ってなんだって話だよな。
「おめでとうレオ、ソフィア。可愛い女の子ね」
次に入ってきたのはリン、第2夫人である彼女がサーシャの次に入ってくるのは至極当たり前である。
「旦那様、ソフィアさん、おめでとうございます。わたくしも早く赤ちゃん欲しいですわ」
「ベラは15歳になってからね」
「旦那様のいけず」
3番目に入ってきたベラが何かを言っているが子供にはまだ早い。
いや、その子供に手を出しちゃったのは俺なんですけどね。
ベラを最後に誰も入って来なくなった。
次はアンナだと思ったんだけど……アンナは勇者娘と共に部屋の前で待機している。
「どうしたんだろ?」
「レオ様、イリアーナさんがまだだからです。イリアーナさんはレオ様の第4夫人、アンナや兎斗さんたちがイリアーナさんより先に赤ちゃんを見るのはいけません」
「そうなの?」
「そうなのです」
普段はあまり気にしないが、こういう時にはしっかり順番を守らなければいけないものらしい。
サーシャだけではなくリンとベラも頷いているので、俺が面倒だからと切って捨てるわけにはいかない問題なんだろうね。
それは理解したけど、奥の序列か……面倒くさいな。
「分かった、ならイリアーナを迎えに行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
サーシャたちに見送られて現在和平交渉が行われている戦地へと転移、クリード家諸侯軍本陣へと移動した。
さて、どこにいるのかな?
一応先輩やゲルトたちにも伝えないとな。




