二
二
阿の赤い月は、単なる象徴であった。駆け回る兎さえも、やはりつまらぬ象徴であった。常識云々は、言及されてすらいない。
彼は深慮が過ぎた。底の知れぬ、神秘的、劇的解答をいつの間にか憧れにさえ思った。だから、どうしても納得できぬ。——阿のメモなど、信じない。阿はきっと、別の何か、奥深い意図があって……奥深い、とは何だ? 彼はここまで考えて、初めて自分の滑稽さに気がついた。
阿の遺品の中に、自身の作品に関して述べた手記が見つかった。ここに、長年考察の材料となり、議論の中心であった抽象場面、描写のまごう事無き解答が示されたのである。
彼は、考え続けたのだ。考え、唯一無二の答えを求めたのだ。確かに、手に入った。では、この沈滞感は何だ? 彼は自問自答する。自分は一体、本当に答えを欲していたのか? 果たして、どんな形が顕れれば納得したのだ? 僕は、僕は——
彼は疑いに応じることができぬ。だから、人に会わなければならない。一足跳びの論理だが、要は会わなければ、何もかもに整理整頓がつかない。
彼が頼るのは、大学の教授であった。名を『以』と言う。以は、文学者である。無論阿にも精通している。彼と繋がりを持ったのは、その因果である。
「君がここへ来た理由は大体分かってる」と一番に以は発した。
「阿のことだろう。確かに、衝撃的ではあるね。特に、君なんかは、あんなのには満足しないタチだ」
「はい」と短く答える。
「うむ。私もどちらかと言うと、すんなり受け入れられるタチではない。だが、仕方あるまい。今や何をとやかく言っても——」
以は言葉を一旦切る。それで、手元の書類の山をちょっと漁った。
「誰にも関知されぬ。作者が告白するのが最も正確に決まっているからな」
彼は何も言い返せない。彼でなくても同じだ。誰もこの意見に異論のある者はおるまい。それでも、
「しかし……」と絞り出す。
「どうしようもあるまい。答えがそうだったのだから」
「僕はどうすれば……」
「君のこと? 君のことなんか知らん。君のことは君のことだ。私が何らか訓示を与えてやっても、どうせお節介だろう。一方で、私は私だ。私はもう、考えることをやめるかもしれん」
彼はハッとする。
「何、人間は考えずには居られない。だから、全く無考えでいるのは不可能だろうが……思考することで慰みを得ようとするのは、もうやめるということだ」
彼は沈黙して動かない。
「人々はこれからどうするつもりか知らん。私のように諦めるのか、懲りずに当てずっぽうを続けるのか、たとえ、それがともすると大それて、行き着く場所を見失うようになる探求だとしても」
彼は落ち込んで、以の元を去る。
彼は、今一度、考えることの意義について洗い直してみる。考える、その行為自体に意味があるのか、考えるならば答えが無くてはならないのか——彼は自身の節義さえ訝しがり始めた。
答えを望まぬ文学の神の僕は、ひょっとして達観している。彼は、ただ現実問題から夢中に目を逸らしていただけなのかもしれない。答えを求める時、既に彼は偶像を練り上げることに熱心なのである。実は答えが足元に落ちていても、これは偽物だと見向きもせず、自分の作物ばかりに誠実となる。これは阿呆の所業だ。彼は気づいて唖然とする。
世には、未知が散らばっている。未知は思案することでしか、解し得ない。でも、もし、未知を求める苦しさのあまり、考えて分かったふりをするのだとしたら。考えて、未知を覆う土塊を剥がすより、自分の土塊で新の形を作り上げているだけだとしたら。阿呆だ、阿呆だと彼は二度唱える。
それでも、彼は以のようにはとても割り切れない。まだ語り合う人を求めて、彷徨い出す。
出くわしたのは、ある友人である。友人は、「よう」と彼に挨拶した。彼も「おお」と返す。
本来、友は本心を語る相手として適当ではない。何故か。友とは円滑な人間関係が構築されねばならない。学校の気風に左右され、他の友との関わりの中でその間柄が決定される。ここにも、見えぬ潮流が渦巻いているのである。よって、作家阿について二人が語り合うことは、本来あり得ないことであるが、この時には幸い、潮目が彼らの間に収束していた。
無論、初めから核心はつかない。遠い所から段々と近づく。
「お前、今日学校に何しに来たの?」
「ああ、ちょっと」と濁す。
「授業?」
「いや」
「部活……はやってないか。何?」
思いの外しつこい。だから、事実を教えてやることにする。
「以教授に会ってた」
「ふーん。何で?」
友人はまだ満足しない。
「話をしに」
「何の?」
そろそろしつこい。けれども、彼はこの時、この問い攻めを有難いと思って即答せねばならなかった。
「阿の話さ」
「阿? ああ、そうか。ニュースでやってたな。答えが発表されたってやつ」
彼は頷く。
「でも、あんなん信じられる?」
友人の言葉に、彼は驚く。
「だって、そんなことあるか? 自分の書いた本の解説を紙に残しておくって」
「あるにはあるだろう」
「あるかな。そんな面倒なことしなくても、自分で分かってるだろう」
「なあ、下井、作者だって自分の作品の読者になり得るんだ……」
彼は自分で言って閃く。そうか、阿の直筆は必ずしも答えとは言えない、書く文章は、紙にのせられた途端、生きた人間からは乖離するのだ。するとその時点から、作者は読者となる。一つ解決した。後は、何が答えとなるのかだ。
「まあ、答えなんか無いんじゃない?」
友人は呑気に言う。
駄目だ。答え無しでは、いけない。彼はこの主張に自信を取り戻す。答えが無いのは楽か知らんが、無意義への陥落に絶えず怯えることと同義である。あやふやな探索は独りよがりと表裏一体である。熱誠を賭けるものなら、どうしても有意義でなくてはならない。有意義を標榜し、大義とするほどになってやっとつり合いが取れる。
月が赤いのも、兎が飛び跳ねるのも、何か理由があるのだ。その答えを知っているのは、作者ではない。作者にそれを描写させた、超常の何かである。
小説世界は独立している。いや、小説に限らない。あらゆる空想は、その世界で形を保って、人間個体から自立しているのである。何故なら、作者は世界を切り取るばかりだが、当然その世には過去も未来も存するはずで、それに関しては知ろうとしない限り、誰も何らも触覚し得ないからである。だから、答えはその世の住人ばかりが知っているに違いない。彼はこう発案すると、さっさと帰宅する。
別の世への入口は、物質と物質とが擦れる狭間に生じる。擦る度に生じて、消える。白紙を相手にペンを武器とすると、生じた世界が記録として残る。彼はこれを試し、答えを探り当てようとする。