告白
「ただいま」
ハグムは仕事を早急に終わらせてきた。
その夜、久しぶりに家に帰ったのである。
部屋はすでに塵ひとつなく整理整頓され、清潔に保たれていた。
座敷の上には懐かしい食事が所狭しと並んでいる。
「……おかえりなさい」
遠慮がちにハグムを見上げたハクタカは、座敷の上で正座していた。
ハクタカは、ハグムがこの家に居て良いと伝えてくれたことは飛び上がるほど嬉しかったのだが、それが使用人としてでもなく、養子としてでもなさそうだったので、ハグムに対してどのように接したら良いのかわからず、結果正座で迎えることにしたのであった。
ハグムもまた、ぼうっとしていた。
信じられないような話を、ヤンから聞いてきたからであった。
二人は黙って食事をとった。
一年の空白がなかったかのように、二人はいつものように食事をとり、いつものように風呂に入り、いつものように互いの部屋に入ろうとしていた。
ハクタカが気まずさを感じながらも部屋に入ろうと、ハグムにおやすみなさい、と言った時、正気に戻ったハグムは、すかさずハクタカの左手を掴んだ。
「待て」
「……?」
ハクタカは振り返ってハグムを見上げた。
「君は、おかしい」
ハグムが恐ろしげな顔で口を震わせながらこちらを向いて言うものだから、ハクタカは怪訝な顔をした。
「……戦で死にかけた?一年もの間、フィセ村で守り人をしていた?用心棒家業をしていた?」
ハグムが早口で語るその言葉に、ハクタカは自分が今までしてきたことをすべてハグムに知られていたことを悟り、焦った。
「……君は、馬鹿なのか」
「なっ!」
ハグムにかけられたことのない言葉とため息を浴びせられ、ハクタカはつい声を上げ、むっとなった。
自分でも無謀だったと今でも思うけれど、そんな言い草はないのではないだろうか。
「私の意思でしたことです。せ、先生にそんなふうに言われる筋合いはありません」
ハクタカはハグムに抗議した。
「言わせてもらう。その話を聞いて私が今日何度卒倒しかけたことか。君はわかっていないようだ」
ハグムがたたみかけるようにハクタカに迫る。
「せ、先生には…か、関係のないことです」
関係大ありだったが、どんどん近づいてくるハグムの目を見ることができず、そう言うとハクタカは目をそらし、掴まれた左手を離そうとした。
ハグムがさらに左手にぐっと力を込めた。
「大いに関係ある。想い人が、今までそんな危険な真似をしていたのかと思うと、肝が冷えるのは当たり前であろう!?」
ハグムがすこし苛立ち気に声を張り上げた。
ハクタカは横に逸らしていた顔の目を丸くして、ハグムを見上げた。
ハグムは、肩で息をつきながら、言った。
「私は、君のことが好きだ」
ハグムがまっすぐハクタカを見つめる。
「……あ、え……?」
ハクタカの瞳が揺れる。
「……先生……カナさんは?」
しばらく黙った後、ハクタカはハグムに問うた。
「カナ?なぜ今カナの名が出る」
ハグムが眉根を寄せる。
「……役所の各部署の……長官様の娘さんたちは?」
ハクタカの問いに、ハグムは察したかのように、ふう、と息を吐いた。
「私は君が、好きだと言った」
ハグムが強調して言った。
「……どうして、私なんか」
ハクタカはハグムの瞳から目が離せない。
「君だから、好きになったんだ」
ハグムの放った心のこもった強い言葉に、ハクタカは放心状態であった。
直立不動のハクタカに、ハグムは苦笑した。
「私の言葉は、信じられないと?」
そう言うとハグムは目を伏せ、握っていたハクタカの左手の甲に優しく口づけをした。
そしてそのままハクタカを射抜くように見つめる。
「!!」
ハクタカははっと我に返り、一気に顔が真っ赤になると同時に、左手をぐっと引っぱられ、身体を抱き寄せられていた。
気づいた時には、ハグムの額と自分の額がぴたりとくっついていた。
「……君も同じ気持ちでいてくれるなら、今以上のことを、私は君にしたいのだが?」
ハグムが至近距離で悪戯に笑った。
「……あ……う……」
それは、ハクタカには強烈すぎるほどの接触だった。
ハクタカは腰を抜かし、その場にへたりこんだ。
「大丈夫か」
ハグムが問うと、ハクタカは首を振った。
「先生。私、今、頭が混乱しすぎて……一晩一人にさせてもらえませんか」
顔を真っ赤にさせながらへたりこむハクタカをみて、ハグムは微笑んで言った。
「ゆっくりおやすみ」
立てるか、とハグムが聞いてきたので、ハクタカは大丈夫です、と答えた。
自身の寝室に戻ろうと扉に手をかけたハグムが、
「あ」
と言ったので、
「……どうしたんですか?」
ハクタカが問うと、
「今日は絶対に酒は飲まないように」
と真剣な面持ちでハグムが言った。
「……?」
ハクタカは顔をしかめながら、扉の奥へ入っていくハグムの苦笑いを浮かべた横顔を眺めていた。




