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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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街へ

『二刀流のキュウガ』が急遽来られなくなったため、『鷹の矢のサイナム』として商隊の一団に加わったヤンは、アレクからすぐ信頼を得られ、勇んで商隊の先頭を切った。

しんがりはハクタカが務めた。

商隊はアレクとその妻、六歳になる娘リンと使用人二人、アレクの兄一人であった。

南北街道をまっすぐ行くだけの道のりであったが、最近時々盗賊が出たり、夜には狼が出たりするという噂があったので商人たちはこぞって用心棒を雇うのであった。

ヤンの用心棒としての通り名をサイナムにしたのは当人の進言だった。


**

『ありえません、殿下。仮にも危険な仕事だというのに、本名で行く気ですか』


出会ったばかりのサイナムは、商隊に加わると提案したヤンにそう言った。

サイナムはもはやヤンに何を言っても本人が聞かないことは分かっているので、ヤンのやることなすことにいちいち反対はしなかったが、ヤンの命に関わるようなことは積極的に口を挟んだ。

そして、サイナムの恨めしい目線を一気に受けながら、ハクタカはいたたまれない気持ちでヤンの隣で俯いていた。


『私は殿下を置いて王宮になど戻りません。商隊の後ろを追います。ええ、付いてくるなとは言わせませんよ。殿下のわがままを聞くのですから、私の言うことも聞いていただきます』


そうきっぱり言って、二人の前に立ちはだかるサイナムであった。

**


ハクタカは宿場町の出口を出てすぐ、後ろを見た。

少し離れて馬に跨ったサイナムが険しい顔で後をついてきていた。

ハクタカはすぐ前を向き、アレクと親しげに話すヤンを見た。


(……私のせいだよなあ…)


ハクタカはため息をついた。

ヤンを喧嘩に巻き込み?、本人の希望といえど一国の皇子を用心棒稼業に就かせてしまったことに、ハクタカは前後を行く二人に申し訳ない気持ちになった。

だが、懐かしい顔を見て、嬉しかったのも正直な気持ちであった。

ヤンがアレクと話し込んで笑っている姿を見て、ハクタカも笑みを浮かべた。





ヤンはこの商隊が街に着くまでに、ハクタカにもう一度告白するつもりであった。

しかしその思惑は甘かった。

日中は互いに用心棒の仕事として隊の前後で離れた位置に居たため話すこともできず、夜は夜で隊の人間たちが荷馬車の近くで焚き火を囲んでいる中、アレクの娘リンがハクタカのことを気に入り、お姉ちゃん、お姉ちゃんと言ってはハクタカの隣を離れなかったからだ。

ハクタカもハクタカでリンの話をうん、うんとよく聞き、嬉しそうに構ってやるものだから、余計だった。

リンは眠るまでハクタカの隣に陣取った。

仕事上、隊を離れるわけにもいかず、ヤンはため息をついていた。


(まあ、夏の間はこっちにいるんだ。焦らず行くか)


そんなことを思いながら、ヤンが隊の全員を見渡せる位置で木にもたれ掛かっていると、背後の方で人の気配がした。

ヤンはがばっと上半身を起こし、後ろに目を凝らしたが、誰もいない。


(……)


ヤンが目を細めて後ろを向いている時、


「ヤン、少し寝たら?私が起きてるから」


横から声がした。


「ハクタカか。……リンのやつは?」


ヤンは一安心し、自身の荷物を持って横に立つハクタカに尋ねた。


「ふふ、ぐっすり眠ったよ」


ハクタカは母の腕の中で寝息をたてて眠るリンを指差した。


「おまえも、ほとんど寝ていないだろう。いいよ、俺が起きているから、おまえが寝ろよ」


ヤンはハクタカの手を引こうとしたが、ハクタカは手を引いた。


「だめだよ。ヤンが寝ないと」


「なんで」


ヤンは強くそう問うと、ハクタカは遠慮がちにしかし不機嫌そうに言った。


「……どうしても」


「ぶっ。なんだよ、それ」


ヤンは強情だが他人を思いやるハクタカに触れ、懐かしく思い、笑ってしまった。


(ああ……こういう奴だったよな)


ヤンはまじまじとハクタカを見た。


「……おまえ、頭はすっかり女のくせにしてまた男みたいな服着てるな」


ヤンの言葉に、ハクタカは苦笑して言った。


「これが落ち着くから」


「……ハクタカって男名はそのままみたいだな。改名していないのか?」


ヤンの質問に、ハクタカはしばらく黙った。

そして、ゆっくり静かに口にした。


「ハクタカという名前だけは、残したい。唯一先生と……繋がっていられる気がするから」


ハクタカは懐かしむような、愛おしむような、そんな顔をして、天を仰いだ。

ヤンは良い気がしなかった。

そして、今一番聞きたくないことを、聞いた。


「……あの軍師のことが、まだ好きなのか?」


ハクタカはばっとヤンの方を見下ろした。

ヤンは暗闇でもはっきりと分かった。

ハクタカの顔が、真っ赤だった。


「どうしてヤンがそのこと……」


その顔を見て、ヤンははっきり悟った。


(……俺の出る幕なしか)


ヤンは思わず苦笑した。

すると、ハクタカの麻の肩掛けの袋から、何か紅いものが落ちた。


「……おい、ハクタカ。おまえの荷物から何か落ちたぞ」


「……え?…あ!」


ヤンがそれを拾い、間近でみると、真っ赤な簪がそこにあった。


「おまえのか?」


ヤンが問うと、ハクタカは頭を振った。


「拾い物なんだ。持ち主もわからなくて……なんとなくずっと持ってるだけ。ああ、荷物の袋に小さな穴が開いてる。ここから落ちちゃったんだね」


ハクタカは袋の裏の穴を見て、あとで縫わなきゃ、と呟いた。


「簪なんだから、おまえが挿せばいいじゃねえか」


ヤンがふと言った言葉に、ハクタカはさらに頭を振った。


「まさか。そんな高価なもの、挿せないよ」


「そうか?おまえに似合いそうだぜ」


ヤンは簪を持って立ち上がり、ハクタカの長い髪に挿そうとした瞬間、ヤンは手を止め、ハクタカも身体を静止した。


「……ヤン」

「……ああ、結構いるな」


ハクタカとヤンは互いに見遣った。

獣の唸る声と、草の擦れる音が遠くから聞こえる。

ハクタカは剣の柄に手を当てながら、すぐ商隊の皆の近くに寄った。

ヤンは簪を自身の懐に滑り込ませ、大弓を手に持った。

簪を、ハクタカに返す余裕がなかった。

ハクタカは、まどろんでいたアレクを起こし、小声で言った。


「アレクさん。狼です。皆を起こして、馬車に乗り込んでいただけませんか」


アレクは驚いた顔をして無言で頷き、近くの妻と兄を起こし、妻は寝ているリンを抱えながらすぐ馬車に乗り込んだ。


それを見て二人の使用人も馬車の前に立った瞬間――。

馬車の前に十匹の狼が現れた。

と同時に、ハクタカの背後で、ヤンは弓弦をビンっと鳴らした。

ヤンが放った矢は、一匹の狼の目に命中した。

ヤンは瞬く間に次の矢をつがえ、また違う狼の身体に命中させた。

ヤンは無言で次々に狼を倒していく。

ハクタカは使用人に向かって牙をむいた狼に身体を向け、飛び掛かってきた狼に一気に剣を抜刀し、首を切った。


「ひいっ」


使用人の一人が悲鳴をあげると、今度は次々にハクタカに狼が襲ってきた。


「くそ!」


ヤンは必死に弓をつがえ、ハクタカを襲う狼たちを矢で倒していったが、二匹、間に合わなかった。


「ハクタカ!」


ヤンが叫ぶと、狼の一匹の首に、横から素早くチボが噛み付いた。

その隙にハクタカは飛びかかってきた一匹の狼の胴を剣で切りこむと、チボが噛みつき一時怯んでいた狼の胴も突き刺した。

二匹の狼は悶え、よろよろと彷徨うと、そのまま倒れた。


「ハクタカ!大丈夫か!?」


ヤンがすかさず寄る。


「うん。大丈夫。チボのおかげで」


ハクタカは擦り寄ってきたチボを抱きすくめて、ありがとう、と言った。

チボは尻尾をぶんぶん振っており、ハクタカの抱擁に満足気であった。

その様子をみて、ヤンはにやりと笑った。


「ふ、さすがだね。『隻腕のハクタカ』さんよ」


「『鷹の弓のサイナム』さんこそ」


二人は互いを見て、笑った。


ヤンは、何か吹っ切れた気がした。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

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