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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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通り名

賑わう宿場町から少し離れた小さな路地に、その店はあった。

店に看板はなく、戸口に小さな明かりがついているだけであった。

これが店なのかどうかさえも、初めて訪れる人間には、てんで分からない様相をしていた。


店の戸口が軽い音を立てて開いた。


そこには、華奢な長い黒髪の女と、白い犬が一匹、立っていた。


「ダンカンさん、こんにちは」


女が挨拶をすると、店の奥から齢五十くらいの、白髪混じりの一人の小柄な男が出てきた。


「おう、ハクタカ。元気そうだな」


「お陰様で」


ハクタカはにこっと笑った。

ハクタカはチボにちょっと待ってて、と言うと、チボは玄関で伏せになり大人しくしていた。

店の座敷の奥の中心には囲炉裏があり、その周りに二人、男が座っていた。


「おまえさんも座りな。ちょうどおまえさんの条件にあう商人さんが来たとこだ」


ダンカンが微笑んで玄関から座敷に足を置いたハクタカの肩を押した。


「ありがとうございます」


ハクタカはダンカンに礼を言って、囲炉裏の一角に座った。

囲炉裏にはダンカンの他に、商人らしき三十代の男と、二十前半の武人の男が先に座っていた。

武人の男はハクタカに目をやると、頭上から爪先まで、ハクタカをじろじろと食い入るように見た。


「ハクタカ。こちらは商人のアレクさんだ。そっちがおまえさんと同じ用心棒稼業の『二刀流のキュウガ』。おまえさんと一緒に旅をする仲間だ。皆、こちらが『隻腕のハクタカ』だ、仲良くやっておくれ」


ダンカンがそう言うと、武人の男が意地悪く笑った。


「ちょっと待ってくれよ、ダンカンさん。こんな小せえ女の用心棒など、見たことがねえ。俺は五年以上この稼業をしているが、『隻腕のハクタカ』などと言った通り名、聞いたこともねえ。しかも、ハクタカ、だあ?女のくせに、男名を付けやがって。ふざけてんのか」


「まあまあ、キュウガ殿。そう言わず」


アレクは『二刀流のキュウガ』と呼ばれた武人の男を宥めた。


「……通り名に、女が男名をつけてはいけない、という規則はないはずですが?」


ハクタカは、武人の男を横目で見た。


「なんだと?」


武人の男が立ちあがろうとしたのを見て、ダンカンが口を開いた。


「今から旅を共にする仲間だろう?そう邪険にするでないよ」


男は不機嫌そうに舌打ちをし、あぐらをかいて座った。


「それはそうと」


アレクが続いて言った。


「『隻腕のハクタカ』。あんたは今回の旅にいくら所望する?」


アレクが瞳に光を宿してハクタカに向き直った。


「私は銅二十枚です」


ハクタカの言葉に、武人の男が立ち上がった。


「なっ。銅二十枚だと?」


「二十枚ですか」


アレクは武人の男を気にもとめず、淡々と言うと、ダンカンに向き直った。


「ダンカンさんは、妥当な値だと?」


アレクの問いに、ダンカンはにこやかな顔で答えた。


「ええ。少ないくらいです。他の商人たちはハクタカの仕事の後には追加の仕事を彼女に申し込むほどですよ」


「……ほお」


アレクはしばらく考え込んだが、ハクタカに向かって微笑んで言った。


「ではハクタカ殿、貴方に頼みたいが、よろしいか?」


「もちろんです。アレクさん、よろしくお願いいたします」


アレクとハクタカが握手をした。


「俺は納得いかねえな」


武人の男は二人の握手を見るやいなやハクタカの前に立ちはだかった。


「なんで俺が銅十五でこいつが二十なんだ」


アレクはすかさず言った。


「ダンカンさんの紹介だ。私は彼を信頼しているし、彼が彼女は銅二十に値する武人だと言う。私はそれに従っただけだ。文句があるなら、私の商隊から外れてもらってよいぞ」


アレクのぴしゃりと放たれた言葉に、武人の男は黙った。

雇い主にそう言われては稼ぎ口がなくなるからだ。

ハクタカをきっ、と睨みつけると、武人の男はそそくさと店を出ていった。

ハクタカもアレクから簡単に旅の日程や道のり、運ぶ荷物の確認をすると、店から出て行こうとした。

ダンカンもアレクの話を一部始終聞き、ふう、とため息をつくと、戸口を開けたハクタカに言った。


「おまえさんの働きぶりは俺も買っているが、あの男の言う通り、その通り名はどうかと思うねえ。用心棒稼業は危険な仕事だから通り名のほとんどが偽名で、我々もその名で呼ぶのが常だが、どうしてもその男名は、おまえさんのような女人には似合わない。本名を聞いてみたいものだね。その通り名を呼ぶのに、こちらが心苦しいよ」


ダンカンが苦笑すると、ハクタカはにこやかに小さく言った。


「本名ですよ」


「……え?」


ダンカンが聞き直そうとした時には、ハクタカはチボを連れて店を出てしまっていた。





「チボ、これでやっとお金が貯まったよ」


ハクタカは満足そうな顔で、隣を歩くチボに話しかけた。

ハクタカは、南の村や町をエナン兵の残党兵や盗賊たちから身を呈し守っていたが、そういった輩もすでにいなくなっていた。

それを機に、南の地を拠点にして、剣術が取り柄だったハクタカは用心棒家業を始めたのであった。

一年前の戦が終わった直後、ハクタカは山の中の自給自足の生活していたが、それでも足りないものはハグムから貰った金を使った。

しかし用心棒家業で自力で生計を立て始め、最近では波に乗り、ハグムから貰った金はほとんど元の金額に戻りつつあった。

今回、王宮近くの街に商品を納品しに行く商人の護衛の旅を合わせれば、金額は完全に元の金と同額になった。


「先生のところに帰れて、一石二鳥だね」


ハクタカの今回の商隊護衛の旅の目的は、ハグムに貰った大金を返すことだった。

家を追い出されたあの日に渡された金は、いくらなんでも十日そこら旅をするのに多すぎる額であったし、使用人時代の給料と言っても、もともと衣食住をさせてくれていた分、有り余る金であった。

ハクタカは、その金をハグムに返したかった。

自分のことなど思い出したくもないだろうが、寺に行かなかった詫びと今までの感謝の言葉を文でしたため、その中に自分がちゃんと自力で生計を立てて生きていることだけは、伝えたいと思っていたのだ。

もちろん、ハグムがいないであろう昼を狙って、ハグムには内緒ですべてを家の中に置いてくるつもりであった。

ハクタカはその目標が叶うところまできたので、満面の笑みで宿場町の細道を歩いていた。


「よお。『隻腕のハクタカ』さんよ」


低く響く声で呼ばれたので、その声の方を振り向くと、さっきダンカンの店にいた武人の男だった。


「……おまえは」


ハクタカは男に向き直った。

チボが唸る。


「どうしても納得いかなくてよお。俺と勝負しねえか」


「勝負?」


「どっちが強くて使える奴か、はっきりさせようや」


「……」


男は両腰につけている脇差しを両手に構えた。


(……『二刀流のキュウガ』か)


向かってくる男に、ハクタカは前を睨みつけ、右の腰に据えた剣を抜刀しようとした。


その時――。


「おいおいおい。喧嘩か?」


背後から声がしたかと思うと急に左手を引かれ、ハクタカは後ろにのけぞった。

前に男が現れたかと思いきや、『二刀流のキュウガ』の剣は、その男の素早い剣裁きであっという間に地面に叩き落とされた。

と同時に、男は『二刀流のキュウガ』を殴り倒し、彼は意識を失い、倒れた。


「なんだ、てんで弱いじゃねえか。こんなんじゃ、ハクタカの剣には勝てねえぞ。なあ、そうだろ?」


振り向いた男の笑みに、ハクタカは驚いた。


「ヤン!?」


シモン国の皇子が、なぜこのような宿場町の裏道にいるのか。

ハクタカは一瞬言葉を失った。


「へへっ。やっと会えたな。ダンカンの店ってのに行くとこだったが、偶然ってのはあるもんだな」


「ど、どうしてヤンがここに」


「なんだよ、おまえ。俺との一年前の約束、忘れたのか?」


「一年前?」


ハクタカがあまりにもぽかん、とした顔で見上げてきたので、ヤンは青ざめた。


「……おい、おまえ。一年前、戦後の野営地で飲んだのを覚えているか?」


ヤンの問いに、ハクタカは頭の中の記憶を辿った。


「うん、ヤンに私の今後について聞いてもらったよね」


ハクタカの、私という言葉にヤンは安心感を覚えたが、それよりも何よりも確かめねばならないことがひとつ。


「……そうだ。それで、俺、おまえに大事なこと、言ったよな?」


「……大事なこと?」


ヤンはすがるような顔でハクタカを見た。

ハクタカはしばらく考え込んだ。


「……それより後のことは全然覚えていない。ほら、翌日、酷い頭痛で起きた私に酒一瓶飲みほしてたぞってヤン言ってたでしょう?親友に言われたことがあるんだけど、酒を飲むと、私、その前の記憶がなくなるらしくて」


ハクタカが悪びれる様子もなくそう言ったものだから、ヤンは開いた口が塞がらず、最後には盛大にため息をついた。


「……あの時、何か大事なことを、ヤン、私に言ったの?ごめん。今聞くから、言って?」


ヤンの顔を、下から伺う慌てたハクタカを見て、ヤンはぶっと笑った。

くりくりとしたその瞳でみられると、怒る気に、なれない。


「あーあ。一からやり直しか」


ヤンはそう言うとハクタカの頭にぽん、と手を載せると、なんでもないから気にするな、と言った。

ハクタカは、ヤンを気にしつつも、目線を地べたでのびている男に向けると、あっと叫んだ。


「なんだよ」


ヤンが驚いた顔でハクタカを見た。


「ヤン。大変だ。この人、明日からここを出発する商隊の用心棒なんだよ。こんなにしてしまっては、明日から動けない。人手不足で私、ダンカンさんとアレクさんに怒られちゃうよ」


「あ?なんだ。その商隊ってのは」


ヤンの問いに、ハクタカは明日から商人の用心棒として王宮近くの街まで旅をすることを伝えた。

すると、ヤンはさらりと答えた。


「なんだ。じゃあ、それ、俺が入ればいいじゃねえか。ちょうど仕事を終えて王宮に帰るとこだしよ」


「……え?」


ハクタカは目をぱちくりさせた。


『殿下!やっと見つけました!!』


サイナムが息を切らしてこっちに向かってやってきた。


『まったく…いつもいつも。……ん?そなた…』


サイナムがハクタカに顔を近づけた。


『久しぶりだろ?さらに美人度を増したよなあ、ハクタカは』


ヤンが嬉しそうにサイナムに答えた。

ハクタカはシモン語が分からないが、サイナムのことは知っていたので、こんにちは、と挨拶し会釈した。


『これが、あの、ハクタカですか!!』


サイナムは驚いた顔でハクタカを見た。


『サイナム。俺、明日から用心棒になるわ。おまえ、一人で王宮に帰っておいてくれ』


『……は?殿下、何をおっしゃいます』


ヤンの突然の申し出に、サイナムは眉根を寄せ、そしてハクタカを見遣った。


「……ごめんなさい、サイナムさん」


ハクタカは、笑顔のヤンの隣で、申し訳なさそうにサイナムを見上げていた。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

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