決着
摂政の座についたハグムは翌日より大忙しであった。
今まで構想を練っていた政策を書き留めた巻物を役所の自室から引っ張り出し、王宮の集会場にて承認の得られたものを各部署に送りつけた。
戦の後処理の対応にも追われつつ、シモン国とのつながりを強化するため、ヤンとサイナムを交え、国の外交について深く話し合った。
怒涛の一日を終え、その夜、王宮の一室を摂政大臣の部屋として譲り受けたハグムは、そこの椅子に深く座していた。
まだその部屋には入室したばかりで、そこには役所から移動してきた整理されていない多くの荷物が所狭しと並べられ、布がかけられていた。
机の上で両肘をつき、手を組んだ指に口を押し当て、ハグムは目の前の自室の扉が開くのを待っていた。
それを開けた人物は左大臣オンギョルであった。
「なにか、ご用ですか。摂政大臣殿」
たどたどしく言葉を濁しながら、オンギョルが部屋に入ってきた。
摂政という地位は、王の次に地位の高い役職である。
左大臣も摂政につく人間には、礼を尽くさねばならなかった。
「そこに座ってください」
ハグムは自身の目の前の椅子に、オンギョルを座るよう促した。
しばらく二人は黙り、互いを睨みつけた。
最初に口を開けたのは、ハグムだった。
「単刀直入に聞きます。こたびの戦で、私を殺そうと刺客を向けたのは、貴方ですか」
「……何を言います。そんなこと、あるわけがない」
オンギョルは顔を背けることもなく、ハグムを直視し、かすかな微笑まで浮かべていた。
「そうですか。私には、貴方しか考えられなかったのですが」
「はっ。何を根拠に。証拠を見せてください。そんなもの、ないでしょう」
「証拠など、ありません。私を殺そうとした人間をも、きっとまた貴方は消し去ったのでしょうから」
オンギョルはハグムの言葉に、眉一つ動かさなかった。
ハグムは自身の机の上に、元高官たちから譲り受けたあの日誌を置いた。
「……これを、見てみてください」
オンギョルは一度ハグムを見遣ってから、無言でその日誌を捲った。
日誌を捲るにつれて、オンギョルの顔は青ざめていった。
「貴方の、シルナ殿暗殺の成り行きが、事細かく書かれている」
ハグムは静かに言った。
オンギョルは手を震わせた。
「……私を脅す気か」
「脅す?私はただ、聞いているだけです。貴方から、事実を」
ハグムはまっすぐオンギョルを見つめている。
左大臣は立ち上がった。
「そうだ。私だ。私だよ、ウィル。おまえを殺してエナンに明け渡す。それの何が悪い。ヨナ国を思ってのことだ。だれも私を責められまい」
オンギョルは不敵に笑い、その日誌をびりびりっと、木っ端微塵に手で割いた。
そして続けて言った。
「馬鹿な奴だ。私が見逃した証拠を、この私の目の前に置くとは」
オンギョルは粉々に引き裂いた日誌の紙きれを、手から床にひらひらと落とした。
「……シモン兵の矢を使用したのも、貴方の策略ですね?」
ハグムは続けて尋ねた。
「そうだ。そうすればお前を殺した者がシモン国の者となり、言い逃れのできないシモン国は、我々に頭が上がらない。そうすればシモン国を服従させることも……」
オンギョルが仰々しく両手を広げた。
「ちっ。救えねえ野郎だな」
「!?」
オンギョルは自身の目を疑った。
周りの積まれた荷物の裏から出てきたのは複数の人間だった。
ヤンとサイナム、複数のシモン兵がオンギョルを瞬く間に囲った。
「ヤン殿。出るのはもう少し後かと」
ハグムが座ったままヤンを見遣った。
「けっ。十分だ。こんだけ聞きゃあ、な」
ヤンの後に、サイナムが続く。
「貴方はシモン国を陥れた。これは立派な国際犯罪です。貴方の身は、我らがシモン国に連行します。我々が証人となり、貴方は、シモン国で裁かれましょう」
左大臣は無言で力無くその場に崩れた。
抜け殻のような状態である。
ある男の、シモン国には気をつけろという言葉が、今になって頭の中でこだましていた。
しばらくして、シモン兵がオンギョルの両腕を掴み、ハグムの自室から出ようとした。
「左大臣殿」
がっくり項垂れるオンギョルの背中に、ハグムが呼びかけた。
「貴方は、私の師を覚えていますか」
「……オムか」
オンギョルは振り向きハグムの顔を見ずに、小さく呟いた。
その言葉に、ハグムは頷いた。
「師は、自身の命をエナンに預けることで、貴方も守った。若輩者の私が、エナンに行っていたら、彼らの怒りはまたこの国に向いたことでしょう。……それを貴方には、知ってもらいたかった」
ハグムは静かにオンギョルの背中に語りかけた。
オンギョルは一度ハグムの目を見やると、声を出さず苦笑し、黙ってシモン兵に付いて行った。
一人になったハグムは、開け放たれた部屋の窓から王宮を眺めた。
心地よい風が、身体を包んだ。
しかしハグムの顔は、険しかった。
あの日誌を、ハグムは王トマムに見せなかった。
王に見せ、謀反の罪となれば、左大臣オンギョルがこのヨナ国にて即死罪になるのは間違いなかった。
ハグムは彼を死罪にはしたくなかった。
シモン国ではどれほどの犯罪を犯したとしても、死刑とはならず、終身刑として過ごすことになることを、ハグムは知っていた。
犯した罪を死ぬまで一生償ってもらうために、遠く生きる道のりを彼に与えたのであった。
ハグムは怒っていた。
自分の大切な人間を殺し、苦しめてきた人間を、ハグムは許すことはできなかったのである。
左大臣が去っていた扉を、ハグムはぐっと下唇を噛み、じっと耐えるように見ていた。
強い風が、ハグムの頬を撫でていった。
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