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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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終焉

ハグムは、右側後方から、一頭の馬に乗った人間が右翼に一直線に駆けていくのを見た。

馬の足に寄り添うように、白いものがちらちら見えたが、それが何なのかはハグムには分からなかった。


「ハグム様!エナン後方よりシモン兵です!」


兵の言葉に、ハグムはシバの名を叫ぶのをやめた。


(……ようやく来たか!)


斥候から、シモン兵の弓でエナンの左翼の将が倒れた、という報告を聞くと、ハグムはいくらか冷静になれた。


「右翼は!?」


ハグムは兵に叫んだ。


「まだ前進しません!」


兵の言葉に、ハグムは右翼で何かあったことを悟った。


(シバ、何があった。……シバ!)


ハグムは右翼をただひたすら眺めていた。






シバは荒れ狂う戦場の地面に、倒れていた。

胸を槍で突かれ、後ろから落馬し、仰向けとなってピクリとも動かない。

シバの隣にいたヨナ兵たちはすかさずシバを囲い、前方のエナン槍兵と向かいあっていた。


「シバ様!」


「シバ殿を後ろにお連れしろ!早く!」


ヨナ兵達はエナン兵がシバを襲わないよう、必死に攻撃を食い止めていた。

だが、数が足りない。

押し切られ、エナン兵の数名が、シバの目の前に立ちはだかった。


「右翼の将だな!くたばれ!!」


一人のエナン兵が槍をシバの上で構えた。


「シバ様ぁ!!!」


最悪の事態が、ヨナ兵達の脳裏によぎった。




その瞬間――


背後から矢のように駆ってきた馬がヨナ兵たちの間に飛び出した。

馬上にいる人物が、飛び降りざまに右腰の剣を抜き打ち、エナン兵の首に切りこんだ。


「!?」


エナン兵に囲まれ、死を覚悟していたヨナ兵達は、一瞬何が起きたか分からなかった。

一人の青年が空中から舞って降り、将軍を突き刺そうとしたエナン兵を倒したかと思ったら、今度は自分達を囲むエナン兵が、前方から放たれた弓で射抜かれ、次々と倒れていったからだ。

矢は、ヨナ国の後ろからではなく、なぜかエナン兵の背後、エナン兵の味方側から注がれていた。


「シバ!」


ハクタカはなりふり構わずシバに駆け寄った。

ハクタカは、シバが落馬する直前を見ていた。

槍が、シバの胸を刺していた。

ハクタカはすぐさま屈み、シバの鎧をめくりあげ、胸を露わにした。


「……え?」


ハクタカは手が止まった。

シバの胸に、刀傷がなかったからだ。

皮膚が赤く擦りむけているだけだ。


(どうしてシバは…)


ハクタカは、シバが起きない理由が分からなかった。


ちょうどその時、ハクタカが背後から影が落ちたのを悟ったのと、その影の主であるエナン槍兵が弓矢で首を射抜かれたのは同時であった。

エナン槍兵が倒れ、ハクタカは後ろを振り返った。


「ハクタカ!!」


聞き覚えのある声に、ハクタカは立ち上がった。


「ヤン!?」


駆けてくる馬上のヤンは、弓の弦を引いた後の姿であった。


「おまえが、どうしてここに」

「ヤン、どうして」


二人はほぼ同時に言葉を発したが、ヤンが倒れているシバを見つけると、すぐハクタカに問うた。


「そこの将軍は、どうした」


「胸を槍で突かれたはずなのに、無傷なんだ。でも意識がなくて!」


ハクタカは慌ててヤンに言った。


「どれ」


ヤンはひょい、と馬から降りると、シバの体の隅々を見やった。

戦の経験から、身体を見ればどこがおかしいのか、ヤンは瞬時に判断できた。


「槍が原因じゃねえんなら、落馬による脳震盪だ。すぐ起きる」


「ええ?ほんと!?」


ハクタカはぱっと顔を明るくした。

ヤンは思わずくっと笑った。


「おいおい。命を助けた俺に、礼のひとつもなしかよ」


そう言うと、ヤンは槍を持って倒れているエナン兵を指差した。

ハクタカはそれを見て、先ほど自分の頭上に現れた影の主があの兵士で、槍で殺されそうになっていたことを悟った。


「あ、ありがとう、ヤン。命を救われた」


「嘘だよ。これでチャンメの分、チャラな」


「!」


本当に義理深い人だ、とハクタカは感じた。

この戦中に、そんなことまで、覚えていただなんて。


「それよりおまえ」


ヤンは馬に乗り、続けて言った。


「なんでここにいる。身体は平気なのか」


「うん、平気だよ。先生を追ってきたら、成り行きでここへ」


ハクタカの青白い顔をみて、平気なはずではないとヤンは思ったが、そんな身体でもやはりあの軍師を追ってここまで来たのかと思うと、ヤンは思わず苦笑した。


「馬鹿野郎、怪我人は早く帰れ」


ヤンはハクタカを叱咤した。


「え?でもシバが」


ハクタカは馬上のヤンに、倒れたシバを置いていけないと目で合図すると、ヤンが顎をしゃくった。

振り返りその視線の先をみると、ヨナ兵の数人が、意識を取り戻しすでに上半身を起こしているシバを囲んでいた。

ハクタカは一気に安堵した。

とりあえず後ろに乗れ、とヤンがハクタカに手をかざしたのに、ハクタカは応じた。

シバの丈夫さは、六年剣の修行を共にした弟子は、十分分かっていた。

そして、周りに多くの仲間がいた。

シバはもう大丈夫だ、とハクタカは判断した。

自分もシバに見られるわけには、いかない。

そう思っての行動だった。

ヨナ兵の合間をぬって、チボがヤンの馬について行った。





シバは弾かれるように起き上がった。


「!?」


(生きてら…)


自分の手のひらを確認した。


「シバ様!ご無事で!」


部下達に囲まれている自分がいた。


「俺ぁ、一体……」


「槍で胸を突かれました。大丈夫ですか!?」



ああ、そうだ。

胸に何かが当たった。

だが、鋭い槍の刃ではなく、何か硬いものに胸の一点を押されただけの感覚だった。

その拍子で馬から落ちたら、意識を失っていた。

シバはすぐ自分の胸元を見た。

胸の中心が赤くなっている。


「あ」


ユノから預かった石が入っている場所が、ちょうどその傷の部分だった。

石は、欠けてさえいない。


シバは思わず声を出して笑った。


「……シバ様?」


周りの部下達は不思議そうにシバを見つめている。


「ああ、いや。すまねえ。そうだ、状況は?」


「シモン兵がエナン左翼の背後から応戦し、我々を援護してくれています!」


「何、後ろからだと!?」


シバは目を見開いた。

自身の後ろにいたはずのシモン兵が、あの塊みたいな大群の背後をつくことなど、不可能だ。


一体何がーー。


シバはそう思ったが、考えるのを辞めた。

一瞬で思い当たるものがあったからだ。


(……あいつ、何かしやがったな)


にやり、とシバは口角を上げた。



シバは胸の硬い部分を強く握った。

帰ってきて欲しいと想ってくれたのは、命を惜しんでくれたのは、この石を渡してくれた人間だったようだ。


「それに応えなきゃ、生きて、お礼も言えねぇわな」


シバはそう呟くと、すぐ立ち上がり、馬に跨った。

馬の腹を、強く蹴る。


「おい、おまえら!ここからだ本番だ、行くぜえ!」


「おおおおおおお!」


ヨナ国の男たちの叫びが、右翼に響き渡った。

シバ達右翼軍の向く先は、東へと方向を変えた。





「ハグム様!右翼軍が東へ移動し始めました!」


「……そうか!」


ハグムは隣の兵のその声に、一気に張り詰めていた緊張の糸が切れた。


(シバ、ここからだ。行くぞ)


一度目を瞑り、前方の喧騒を聞きながら、ハグムはまた目を開けた。


ここまで、来た。

いつもの冷静な顔、そして精悍な顔がそこにはあった。


ハグムはばっと右手を突き出し、兵に叫んだ。


「中央軍、左翼軍に伝令!挟撃の陣へ!」






「見ろよ、ハクタカ」


戦場を見渡せる、敵のいない西の山の斜面をヤンは馬を走らせていた。

左翼に布陣していたエナン兵がどんどん中央の方へ逃げまどう様子が見られた。

右翼のヨナ兵が左翼のエナン兵を側面から押し、背後からシモン兵の弓兵が弓を浴びせている。


「あれ。後ろにいるの、全部シモン兵だよね?ヤン、エナン兵の後ろから来ていたけど、どうやって敵の後ろについ

たの?」


ハクタカがヤンに問うた。


「はは。おまえ、良いところに気づくな。初めて見た戦場だってのに」


「いつもコマの兵はみてたから」


「は?」


ヤンはハクタカの言葉の意味を理解できなかった。


「あ、なんでもない」


つい口走った言葉の意味を説明する場でもないと、ハクタカは口をつぐんだ。


「ヤン。今更だけど、俺と一緒にいていいのか?戻らなくても……」


「ああ、いい。いい。俺がいなくたって、あいつらがなんとかしてくれるさ。優秀な部下に任せてきたからな」


「……サイナムさん?」


ハクタカが問うと、ヤンは返事をせずに笑った。

すると、少し黙って、ぼそりと呟いた。


「おまえんとこの軍師の作戦どおりだ。癪だけどな」


「?」


ハクタカは、ヤンとハグムの関わりは全く知らない。

きょとん、とした顔でヤンを見つめた。

それを後ろ向き様に見たヤンは、苦笑した。

そして、傾き出した太陽をちらりと見遣り、前をまっすぐ見据えて、はっきり言った。


「戦が、終わる」






「シモン兵が背後から来ています!」


「退却!退却!」


左翼前線のエナン兵は次々に倒れていった。

背後から襲ってきたシモン兵はわずか二千あまりであったが、混乱を引き起こさせるには十分な数であった。

シモン兵に左背後から襲われたエナン兵の中央軍後方にいた兵達は、中央・右側前方に前進するほかなく、エナンの中央軍と右翼軍の前方に布陣する兵達を混乱に陥れた。

兵士たちが、どんどん背後から押し寄せてきたので、敵かと思い味方を剣で斬りつける者も現れたほどであった。

同時に、ヨナ軍の将軍たち率いる中央軍と大将軍サイ率いる左翼軍はその混乱に乗じて軍を前進させた。


ハグムの頭の中に描いた挟撃の陣は、すでにそこに完成していた。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

この小説を読み、少しでも応援していただけたら幸いです…!


いいねと思っていただけたら、ぜひ↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!

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みなさんの応援のおかげで、なんとか作品を続けています

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