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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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取引

ヤンはまっすぐエナン左翼前線に向けて馬を走らせていた。

昨夜のハグムとのやりとりを、彼は思い出していた。




**

『左大臣と貴方様が直接会うことは、決してできないでしょう』


その言葉に、ヤンはハグムの天幕の出口を跨ぎ損ねた。


『……どういうことだ』


ヤンは後ろを振り向いた。


『ヤン殿がおっしゃっていた、二度目の暗殺時に逃げた、私を暗殺しようとしていた男……ほとんど無傷だとおっしゃっていましたね?』


『ああ、部下はそう言っていた』


『その男はすぐ左大臣の前に現れることでしょう。その男は現場をみて、私が暗殺に気づきシモン国と通じている可能性を考えると思います。……聞いた話によれば、その男は二度に渡って私の暗殺に関わっている。一度暗殺に失敗した者を、あの男……左大臣は放っておきません。しかし敢えてそれを放っておいたということは、左大臣にとってその男は相当信のおける人物なのでしょう。その男の言うことを信じるか信じないかは彼次第ですが、ヤン殿が王宮を訪れるようなことがあれば、彼は貴方を決して自分に近づけませんよ』


『……!』


ヤンは驚いた顔をし、舌打ちを打った。

それを見たハグムは、ふう、と息をついた。


『ヤン殿。取引をしませんか』


『取引?』


ヤンは顔を顰めた。


『明日の戦の前に、シモン兵二千を率いてスンギ支城に向かってもらいたいのです』


『スンギ支城?敵の後ろにある城じゃねえか。焼き払って敵はいねえのは分かるが、んなもんどうやって行くんだ。』


ヤンはハグムに続きの話を促した。


『スンギ支城には、私が九年前より着手し作り上げた無数の地下道があります。この野営地からつながる地下道も』


『九年!?』


ヤンは声を張り上げた。


『ええ。ヨナ国には頼れる炭鉱夫がたくさんいるのです』


ハグムはさらりと答えた。


(おいおいおい。こいつ、九年も前からエナン国との戦の準備をしてたっつうのかよ)


ヤンは目の前の男が恐ろしくなった。

ハグムは続けた。


『その地下道を通り、明日の開戦と同時に、スンギ支城から兵を率いてエナン国の左翼を後ろから突いてもらいたい』


『おい、それは無謀だぜ』


ヤンはハグムに抗議した。


『昨日でさえ、シモン一万の兵があってぎりぎりヨナ右翼の前線を保てていたんだ。その数が減りゃあ、氾濫した川が流れ込むかのように、あんたらの右翼はひとたまりもねえぜ』


『我々の右翼は、そこまで柔ではありません』


『……えらい信頼だな』


『ええ、私はそう、信じています。彼は、そう、信じさせてくれています。……ただ、長くは持たないのは当然のこと。この戦は私が以前言った通り、我々右翼に勝負がかかっています。敵の左翼を乱し、側面と背後を突き、中央に攻め込めば、エナン兵の隊列は大幅に乱れることでしょう。貴方様にかかっています』


ハグムの目が底光していた。


『いいのかよ。他国の人間に、そんな大事な役割を任せちまって』


『……貴方様には、荷が重いですか?ヤン皇太子殿下』


ヤンはハグムのその言葉に、カチン、と来た。


『やってやるよ。やりゃあ、いいんだろう』


ハグムは口角を上げた。

それを見たヤンは、今発言した自分の言葉をすぐに後悔した。


(こいつ、ひとの性格を読みやがって)


焦り、悔しく思ったヤンは、負けじと言った。


『で?取引っつうことはあんたが俺にも何かしてくれるってわけだよな?』


『ええ。ですが、それは一週間後でもよろしいですか?』


『は?』


『一週間後、我々が戦からヨナ国王宮に帰還してから、ヤン殿が左大臣と対峙できるよう、私が取り繕います』


ヤンは間を置いて、頷いた。


しかし、一点、頭に引っかかった。


『ちょっと待て。一週間後って言ったか?まさかこの大戦が一、二日で終わるっていうのか?』


『いえ』


ハグムは首を振った。

ヤンはそりゃそうだろうよ、と言った顔でハグムを見遣った。

ハグムは至極冷静に、言った。


『半日で終わらせます』


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