葛藤
ハクタカが目を覚ますと、周りにはシモン兵の誰もいなかった。
静かだった。
空気は暑く、かいた汗で服が体にまとわりついた。
太陽の光が天幕の中まで届いていたので、戦の最中だ、とハクタカはすぐに悟った。
すぐに上半身を起こした。
「……っ」
相変わらず、傷は疼く。
だが、全身を蝕ばむような熱は、汗のおかげか、治まっていた。
(先生のところに、行かなきゃ)
皆、ヨナ国のために戦っている。
シモン兵も然り、ハグムの護衛に徹することができるとは到底思えなかった。
最初の時のように、戦中にいつ何時ハグムに刺客が襲ってくるとも限らない。
ハクタカはよろめきながら、壁に立てかけられた剣を手に取った。
天幕を出ると、まぶしい太陽に思わず目が眩んだ。
ハクタカは急いで南の戦場に向かった。
途中、農民たちの野営地を通ると、隅の草地で馬たちが草を食んでいた。
荷馬で、騎馬とはならない馬たちである。
ハクタカは今まで一度も馬に乗ったことがなかった。
しかし、一刻も早く戦場に向かいたかったハクタカは、馬が繋がれている縄をはずし、手綱を持って鎧に足をかけた。
兵士たちが馬に乗っている姿を思い出しながら、馬の腹を足で蹴った。
すると、馬は速歩で歩き出した。
(よし)
重心をずらさないように、ハクタカは慎重に乗っていた。
その時――
ワンワンワン!
農民たちに預け、野営地に置いてきたチボが、後ろから駆け寄ってきた。
「チボ!」
しばらく会えなかったチボを心配する余裕もなかったハクタカだったが、チボの元気な様子を見て安堵した。
だがその時、馬は後ろから走ってくるチボにひどく驚いたようだった。
いきなり、襲歩で駆け出したのだ。
「いっ!?」
ハクタカは前屈みになりながら手綱をぎゅっと握り締め、思い切り引いたが、馬は速度をかえない。
チボも必死にこちらに付いてこようと走ってくるものだから、馬は余計焦っているようだった。
(ど、どうしよう!!)
ハクタカに、馬を止める術はなかった。
ヨナ国右翼の勢いは衰えてはいなかった。
山の麓で、シバ率いる騎馬隊はしかし、非常に苦しい戦いを強いられていた。
シバは違和感を感じていた。
後ろで援護してくれている弓兵の攻撃で倒れる前方の槍兵が、昨日より少ない。
向かってくる兵が、昨日より倍の数に感じた。
「っりゃあ!」
シバは奮闘していた。
(敵は左翼を増員したのか?)
敵の多さに怯むことなく、シバは立ち向かっていた。
(先は行かせねえ。行かせねえぞ!)
敵の中に突っ込み、ひたすら剣で、相手の振るう槍に応戦したが、槍の穂先は長く、鋭く、エナン兵はうまく馬上を突いてきた。
「くそっ」
シバは敵兵の突き出された槍の柄を掴み取り、思い切り自分側に引っ張った。
相手から槍を奪い、それで周りの槍兵を薙ぎ払った。
それでも敵は津波のように襲ってくる。
シバは自分が大波の中に一人取り込まれる感覚に襲われた。
(……くっ)
いつものように鳥肌が立つような、高ぶる気概は、そこにはもうなかった。
胸につかえているもの。
そこにあるのは、死への恐怖だった。
だがそれを自覚した時点で、死ぬ気がした。
シバは狂ったように槍を振るった。
だが、多勢に無勢、シバの右足と左腕に、敵からの槍が食い込んだ。
死が、色濃く迫ってくる。
シバの頭の中に、カナの昨日の言葉がよぎった。
『想えばいい。帰りたいと。その瞬間まで、命を惜しめ』
(何を言う。恐怖を感じなかったから、いつでも死んでいいと思えたから、俺はここまでやってこられたんだ)
心の中の葛藤が、シバに一縷の隙を与えることとなった。
一人の敵兵の槍が、シバの胸に、突き刺さった。
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