刺客たち
日中はシモン兵として目立たない程度の距離を保ち、そして夜はハグムの寝泊まりする野営天幕のそばで身を隠して、ハクタカはハグムをずっと見守っていた。
チボはハグムに気づかれないようにするために、農民たちの野営地で留守番だった。
スンギ支城を焼き払ったのち、ヨナ国軍はアシア平原の北に位置する山沿いの平地に数日間野営していた。
ハグムの天幕は大将軍サイの野営天幕の後方、一番山に近い位置にあった。
山の斜面の木に身を預け、草むらに腰を下ろしハクタカは夜を過ごすのであった。
(あの矢は、誤射じゃない。明らかに先生を狙っての矢だ。しかもあの矢はヨナ国のものではなく、シモン国独特の矢だ)
ハグムを狙っているシモン国の人間がいるのか。
シモン兵として戦に参加しているとみせかけて。
ハクタカはダグダカ門奇襲作戦での出来事を思い出しては、嫌な感じを拭いきれずにいた。
幸い奇襲作戦以来、ハグムが単独や少人数で行動することは少なかった。
(考えすぎかもしれないけど……)
ハグムの野営天幕には入り口に二人のヨナ国の護衛兵が立っているのみであった。
ハグムの周りに人が少なくなる夜は、狙うなら絶好の機会である。
ハグムから目を離すまい、とハクタカは山の斜面からほど近いハグムの野営天幕に、目を凝らすのであった。
日をまたいで数時間たち、野営地が鎮まりかえった頃だった。
ハクタカの後方から微かに草が擦れる音がした。
木に背を預け、少しまどろみつつあったハクタカははっと首を持ち上げた。
人の歩く音が、こちらに近づいてくる。
音からして、どうやら複数人いる。
下手に動くとむこうに気づかれる、と思ったハクタカは、木の根元の方に伏せるようにして隠れた。
ハクタカは緊張感を味わっていた。
一気に剣の柄を握るてのひらに、汗が集中した。
むこうの人間がこの木を越えれば、自分の姿を遮るものが何もなかったからだ。
しかし、歩く音は途中で途絶えた。
「作戦通りで行く。天幕に火矢を放ち、出て来たところを切れ。護衛兵も殺せ」
男の声がした。
(!?)
ハクタカは、高なる胸の動悸を抑えながら、木の影から男たちを見上げた。
四人の影が見える。
するとそのうちの二人が、こちらに詰め寄ってきた。
ハクタカがいる木のすぐ背後まで迫り、なんとハグムの野営天幕に向かって火矢を弓につがえているではないか。
(やっぱり!)
理由は全くもって分からなかったが、男たちの標的がハグムであることをいち早く悟り、ハクタカは飛び出した。
弓矢をつがえた男へ、ひとり、またひとりと、男たちが放とうとしていた矢を剣で真っ二つに切った。
男たちは意表を突かれ、落ちた火矢が草に燃え移るのを確認すると、そちらに気をとられ足で火を消していた。
ハクタカは、その矢はやはりシモン国固有のものであることを確認したが、男たちが携えている弓はヤン達が持つ大きなものとは異なり、ヨナ国軍が使用しているような弓であることに気づいた。
「……何者だ」
男たちに指示していた主犯格の男が、ハクタカに聞いた。
「そっちこそ、誰だ」
ハクタカは四人の男に対峙し、ハグムの野営天幕に背を向けた。
男たちは互いにひそめき話し合っている。
弓矢をつがえていた二人の男たちは一度後退り、指示者の男の後ろについた後、ハクタカに向かって弦を引く音を鳴らした。
指示者の男はハクタカの姿を舐め回すように見た。
「……殺せ」
指示者の男は一瞬躊躇いの様子をみせていたが、すぐにその冷徹な言葉を発すると、二人の男たちは同時に矢を放ち、別の男が、放たれた矢の後にハクタカに襲いかかってきた。
ハクタカは男たちの姿をほとんど見ることはできなかった。
周辺には野営地のいくつか残った篝火しかなく、奥の山の中は闇夜であった。
矢が放たれた瞬間の音に反応し、ハクタカは思い切り屈み、二本の矢を避けた後、近づいて来た靴音の主に向かって抜刀した。
生温かい血が頬に触れると、横に男が倒れ、ハクタカはその胸を背中から刺き刺し、とどめをさした。
ハクタカは迷わなかった。
前から来る殺気をひしひしと感じ取ったからだ。
再度弓矢が放たれた音がした。
二本の矢が、今度は時間差で。
ハクタカは叢の多い地面に向かって飛び退くと、一つの矢は地面に刺さったが、もう一つの矢はハクタカの右胸にささった。
「ぐっ」
退くと殺される、とハクタカは矢を受け直感した。
右に背がのけ反ったが、指示者の男の声がした方に向かって地面を蹴った。
それはおそろしく速い踏み込みだった。
男の息の気配を感じると、ハクタカは剣を振った。
ハクタカの剣は指示者の男の腹を掠め、男は応戦しようと剣を抜いた。
すると左から、弓を持っていた男が、近くで短剣を振り翳したのをハクタカは見逃さなかった。
指示者の男に向かって右に振った剣の柄を空中で持ち直して、剣を思い切り左に振り上げると、男の短剣は投げ飛ばされた。
と同時に、ハクタカは左から来た男の足を払い、倒れた男の腹を、すばやく屈んで突き刺した。
次に頭上から降って来た剣を、ハクタカは男の腹から引き抜いた剣で交差させると、火花が散った。
指示者の男が上からじりじりと力で押してきていた。
ハクタカは思わず呻いた。
矢が刺さった右胸の痛みが全身に響いたのだ。
途端、ハクタカは背後に人の気配を感じた。
それに気づいた直後、ハクタカは左肩に燃えるような熱さを感じた。
最後に残っていた一人の男が短剣を持ち、ハクタカの左肩に刺したのだった。
ハクタカは左肩の激痛を無視した。
今、左手の剣を離せば、死しかないことを、ものの一瞬にして悟ったのだ。
「ぅ、あああああああ!」
剣が左肩に刺さったまま、そして、指示者の男の剣を左手で受けたまま、ハクタカは死に物狂いで立ち上がった。
その気迫に、ハクタカの背後にいた男は一瞬たじろいだ。
指示者の男は思わず言葉を発した。
「何をしている!もう一度刺せ!確実に殺すんだ!」
指示者の男も焦っていた。
重症の怪我を負った目の前の男が、幾分の隙も与えず、自身の剣と対峙していたからだ。
背後の男はハクタカの左肩に刺さった自身の短剣を取ろうとした。
その瞬間、ハクタカは軸足を蹴り込み、指示者の男に急所の蹴りをくらわせた。
男がうっ、と呻きひるんだ隙に、ハクタカは、背後の男の顔面に肘打ちをし、のけぞったところで背後の男の首を切った。
指示者の男が剣を構えると同時に、ハクタカも振り返り、剣を構えた。
自分の、ゆっくりと、深い呼吸がハクタカは聞こえた。
(先生は、絶対、死なせない)
二人は静かに対峙し、互いに動かなかった。
指示者の男は迷っていた。
目の前の男を殺し、その勢いのまま軍師総帥の野営天幕に乗り込むか、一旦ひくか。
男にとって、後者を選ぶことはすなわち、確実な死であった。
二度も失敗した自分に、この命を下したあのお方がどのような処罰を下すか。
命を下した男に十数年も付き従っていた男は、その答えは分かり切っていた。
指示者の男は、覚悟を決めた。
目の前の男を殺し、軍師総帥も殺す。
自分が生きる道はそれしかない。
そう決心したと同時に、指示者の男ははっとした。
あの時、一番初めの任務遂行の時、小柄な隻腕のシモン兵が矢を弾いたと仲間から聞いた。
まさしく目の前の男は華奢で、隻腕の男であった。
(まさか)
ハクタカの底光りする漆黒の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
男は震え上がった。
「あの時のシモン兵か」
男は小声でそうつぶやき、一歩下がり、二歩下がると、山の奥に走り去った。
「待て!」
ハクタカは男を追いかけようとした。
しかし、上半身に広がる激痛が、ハクタカの歩みを止めた。
男は山の中を全速力で走り去った。
男は左大臣オンギョルの忠臣であった。
若い頃からオンギョルを父のように慕い、絶対的な服従を誓って来た男であった。
自分以外の刺客たちを殺した今の男は、あの軍師総帥の護衛兵なのか。
ならば、軍師総帥はすでにこの陰謀について知っていたのか。
そうだとすると、軍師総帥は、シモン国と秘密裏に組んでいる可能性がある。
表面上の契約じみたつながりではなく、命を預けるような間柄になっていたとしたら。
軍師総帥が、ヨナ国軍が、大国シモン国と十分な結びつきで動いているのであれば、この戦はエナン国に勝てるのかもしれない。
男は一瞬、この陰謀が無意味になる可能性を考えた。
しかしーー
男は嫌な予感がしていた。
あの射抜くような漆黒の瞳に、底知れぬものを感じたからだ。
そして、シモン国が後ろ盾となっている軍師総帥がこの陰謀に気づいているのだとしたら、あのお方が危ない。
憶測でしかないが、男は自身の主人にとってよからぬ逆風が吹いている気がしてならなかった。
自分は軍師総帥の首を持参できなかった罪を、死を、覚悟しなければならない。
しかし、男は自身の身よりも主人の身を案じていた。
男はただひたすらに、暗闇の中を走っていった。
まっすぐ、オンギョルの元へ。
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