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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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ダグダカ門にて

ハクタカはダグダカ門にいた。

ダグダカ門はスンギ支城から南に二リン<=約二時間程度>歩いたところにあった。

平民達はスンギ支城に運んできた武器を夜中にダグダカ門に運んでいたのだった。


(すごいでかい砦だなあ)


石造りのダグダカ門は外壁が高く、聳え立っていた。

横も十分に広い。

その外観は重圧で威圧感に満ちていた。

中も広く、いくつか部屋の扉も見えた。


門の上に火器を運び終えると、ハクタカは遠くに見えるキョルチ湖の対岸のフィセ村に、点々とした松明の光が多く灯っているのを見た。

門の兵士達が騒いでいたので、小耳に挟んだが、すぐそこのフィセ村にはエナン兵が待機しているという。

フィセ村から逃げた人々はスンギ支城を目指してハクタカとは逆の方向へ歩いて行った。

日をまたぐ時間帯になると、ダグダカ門の兵士達にもいよいよ緊張の顔が見られてきた。


明日にはエナン兵が攻めてくるかもしれない。


ハクタカは、戦には参加しないつもりでいたが、いざ開戦前の現場を見てしまうと、もうすでに人事にはとても思えなかった。

ハグムが黒づくめの男達に襲われた時の、人を剣で切った時の恐怖が、急にハクタカの胸にありありと浮かび上がって来た。

あの時のように人を、殺さないといけない時がまた来るかもしれない。

でも、それは、自分と、自分の大切な人間を守るため。

ハクタカは戦を憎み、それにより死に逝く命を儚んだが、それでも守りたい命のために、自分の命をかけることを覚悟した。


ハクタカは下に降りると、ダグダカ門に騎馬が大勢集まってくるのを見た。

先頭にシバ、その後ろにハグムがついて来ていた。


(!!シバ!先生も!)


ハクタカは人影に隠れ、騎馬に乗る二人を見つめた。


「ダグダカ門の兵士長達は至急集まってくれ。軍議だ」


シバはそう言うと、馬を降りてハグムとともに門の奥の部屋に消えて行った。


ハクタカがそれを見送っていると、頭上から声をかけられた。


「よお、おまえもいたのか」


ハクタカが真上を見上げると、兜を被り、すでに鎧の装備を整え騎馬に乗った男がいた。


「え?……あの?」


ハクタカが言い淀んでいると、男は兜を取った。


「はは、俺だよ」


ヤンが数人のシモン兵の騎馬を従えて、馬から降りてきた。


「ヤン!どうしてここへ?」


「こっちの方が面白そうだったんでな。来ちまった」


不敵に笑うヤンを見て、ハクタカははっとした。


「ヤン……サイナムさんは?」


ハクタカは周りを伺った。


「もちろん内緒さ」


不敵に笑ったヤンを見て、ハクタカはサイナムの苦労が伺えた。

呆れたようにハクタカは下唇を突き出した。


「しかもその格好、どうしたの?」


ハクタカが再びヤンに尋ねた。


「どうやらあの軍師が、何かおっぱじめるらしい。興味あってな」


「先生が!?」


ハクタカは思わず叫んだ。


「先生?」


ヤンの返事に、あ、とハクタカは口を結ぶと、ヤンがああ、と思い出したように言った。


「お前が言う『先生』っていうのは、あの軍師のことか」


ハクタカは、感情に任せてなんでも口走ってしまう自分に歯痒さを感じた。

だが、ここまで来たらもう何振りかまわない、ハクタカはそう思い、ヤンに問いただした。


「先生、これから何するの?」


「知らねえよ、それをこれから聞きに行くんだよ。俺も参加するのはシバっていう将軍とあの軍師に許可とってある」


兵を引き連れて門の方へ向かおうとするヤンを呼び止め、ハクタカはその腕を引っ張った。


「ヤン!一生のお願い!!」


ハクタカは無我夢中で叫んでいた。


「……は?」


必死な顔のハクタカに、ヤンは顔をしかめた。





ダグダカ門の奥の部屋は窓のない簡素な部屋であった。

兵士たちはまず門内の軍備の状況を確認し合っていた。

大きな机の周りを兵たちが囲んでいた。

ヤン率いるシモン兵士たちは、机の周囲に収まりきらなかったので、部屋の壁に一列に並んでいた。


「くっくっく。おまえ、チビだから鎧がぶかぶかじゃねえか」


ヤンは隣にいるハクタカの装備を見て、小声で笑っていた。


「礼は言うけど、そんなに笑うな」


ヤンが着るとちょうど臀部が隠れる長さのシモン兵の胴の鎧は、ハクタカが着ると膝下までかかった。


「いいねぇ。その無茶振り。おまえ、俺に似てきたんじゃねえのか?」


「え?ヤンは自分がそうだって自覚あったわけ?」


「……言うねえ」


怪訝な顔のハクタカの言葉に、ヤンはにやにやと嬉しそうに笑っていた。


ハクタカはハグムが今からとる行動がどれほど危険なものなのか知っておきたかった。

ヤンに頼み込み、兜と鎧を纏い、シモン兵としてハグム達の会議に参加したのであった。

二人はしばらく小声で話していたが、机の上にダグダカ門を中心とした地図が広げられると、一気に部屋が静まりかえったので、話すのを辞めた。


「シバ殿、ハグム殿、こちらが周辺の地図になります」


ダグダカ門の兵士長総長が地図を示しながら現在のエナン兵の動向を示していると、ハグムが総長に申しわけなさそうに呟いた。


「総長殿、すまない。私は見目がきかない。地図は頭の中に入っているから、状況だけ説明してくれないか。時間もない」


「お、おお……。そうでしたか、申しわけありません、気付きませんで」


総長はそう唸ると、兵士の間で少しどよめきが起こった。


「おい、あの軍師、目が見えねえのか?そうは見えなかったが」


ヤンはハクタカに耳うちした。


「目は見えているけど、ものがすごくぼやけるんだって。夜は特に見えないって」


「ふうん……。大丈夫かよ、目の見えねぇ軍師など聞いたことがねえぞ」


兵士たちのざわつきも最もだ、とヤンは思った。


「大丈夫。先生は目なんて見えなくたって、誰にも負けたことないんだから」


ハクタカはハグムのチャトランガに向き合う姿を思い浮かべていた。


(ほお?)


ヤンはハグムの方をまっすぐ見るハクタカを横目で見て、二人はさしたる知り合い程度の間柄ではないことを、なんとなく感じ取った。

一通り総長の話が終わり、ハグムが口を開いた。


「エナン兵が明朝、ダグダカ門を攻めてくるのは間違いない。よって、我が軍はダグダカ門正面より向かい打つ。正面に歩兵百人を配備する」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


ハグムが説明した途端、ダグダカ門の兵士長総長がハグムの話を遮った。


「ハグム殿。それは無謀だ。先ほど申したとおり、フィセ村とダグダカ門の間にはキョルチ湖がある。湖は深いが、兵を乗せる船などもない。フィセ村からエナン兵がこちらに向かうとなれば湖の周囲の沿道を通って来るしかないが、東の道はぬかるみで進軍に適さない。西の沿道から来ることになるが、西の道はかなり細道だ。昨日フィセ村を奪い、強行突破してきたエナンが歩兵を前面配置しのろのろ歩いてやってくるとは到底思えない。勢いにあわせて騎馬で突破してくると推察する。それでは門の正面に配置する歩兵たちは捨て駒だ」


総長の助言に、兵士たちはそれもそうだ、とうなずき始めた。


(大丈夫かよ……この軍師)


ヤンはハグムを睨み、ハクタカに目をやるが、ハクタカはずっと黙ってハグムをじっと見つめている。


「ああ。それはごもっともだ」


ハグムも頷いて答えた。


「おい、ハグム。なにを悠長に」


シバがハグムに言いかけると、ハグムは無言で右手でシバを制した。


「だが、捨て駒ではない。正面の歩兵たちはただのひきつけ役であって、戦わせない」


ハグムの言葉に、部屋の兵士たちは一気に静まり返った。


ハグムが何を言っているのか分からなかったからだ。


「我が軍の主力はシバ率いる百の騎馬隊だ。今からキョルチ湖西の山中に行軍する」


ハグムはきっぱりと断言した。


「湖横の北西の山は低く、騎馬が登れんことはないが、まさかハグム殿、今から山の中からフィセ村を襲う気か?」

兵士長が恐る恐るハグムに尋ねた。


「いや。明朝まで山中で待機だ」


兵士たちはしん、と黙ったままだった。

理解し切れず、ハグムの次の言葉を待っていた。


(まさか、あいつ)


ヤンは気づいた。

そして、口角を上げた。


「エナン兵は今、明かりがついているダグタカ門で、ヨナ軍が留まっていることを湖の対岸で知っていることだろう。それは我々も同じだ。互いが互いに、明朝がダグタカ門での決戦だと思っている。だが、その前に、終わらせる」


兵士たちから再度どよめきが起こった。


「説明しろ、ハグム」


シバが説明を促した。


「ああ。明朝、エナン騎馬兵がキョルチ湖の西の沿道を通るその時、我々は騎馬で山中より奇襲をしかける。進軍してきた騎馬を湖に沈める」


ハグムの目は底光りしていた。


「それでも正面突破してくる騎馬もいるだろう。総長殿、正面の歩兵はぎりぎりまで敵をひきつけた後に門内にしのばせ、上から弓と火器で対応してくれ。そしてフィセ村に退散していく兵の対応は……」


ハグムはシモン兵団のいる方を見た。


ヤンはにやり、と笑った。


「おもしれえ。任せろ」


まっすぐハグムを見つめ、そう言い放ったヤンに、ハグムは静かに頷いた。


『ヤン殿下、あの軍師はなんと?』


シモン兵の一人がヤンに尋ねた。


『フィセ村に退散するエナン兵に俺らの弓矢を浴びせて、木端微塵にするってことさ。あいつ、涼しい顔してなかなかエグいことを考えやがる』


ハクタカは一部始終を聞いて、戦慄を覚えていた。

作戦を伝えている間、兵士たちには気概に溢れているように見えたハグムが、ハクタカには別人のように見えた。

門へ侵攻するエナン軍の殲滅。

それはこれから自国を侵略してくる敵を防がなければいけないヨナ軍にとって最重要事項だ。

ただ、長年政で人々を助け、人々を愛し、命を尊ぶハグムが、敵を殺める方法を淡々と兵士たちに伝える様を、ハクタカは見ていて息苦しかった。






「ハグム殿!」


山中の行軍前に、ハグムはダグダカ門の兵士長総長に呼び止められた。


「……総長殿」


ハグムは一礼した。


「いやあ、ハグム殿の奇策に驚きました。この門を守る我々に、仕事は回ってこないかもしれませんなあ」


意気揚々と話す総長に、苦笑してハグムは言った。


「……戦は長引かせる被害より、一度に殲滅する方が互いに被害は少ない。エナン兵が懲りてくれたらいいのだが、そうもいくまい。この策はあくまで一、二回通用するのみ。エナン兵は必ずここを攻めて来ます。総長殿、心してかかってください」


総長に再度一礼した後、顔に暗い影を落としたまま、ハグムはその場を去っていった。



【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

この小説を読み、少しでも応援していただけたら幸いです…!


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みなさんの応援のおかげで、なんとか作品を続けています

どうぞよろしくお願いします!

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