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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
52/82

行軍

ヨナ国最南端のスンギ支城へはまだ遠い道のりであった。


途中、夕方になると兵たちは野営地を探した後に簡易的な野営天幕を張り、夜は早めに身体を休めていた。

農民兵達は平坦な地面の草むらに身を預け、野宿をしていた。


簡易的な軽食が配られていたが、ハクタカは農民達の焚く篝火を背に、近くの河原にチボと身を寄せていた。

サイシ村の店の女からもらった長持ちする干し肉や菓子をつまみながら、月明かりに照らされた小川を眺めていた。


ハグムを探す気はならなかった。

軍師として戦地に赴くということは、ハグムにとって相当な心理的重圧がかかっているだろうことは、戦を経験したことがない自分でもわかっていた。

ナムグ支城での出来事を話していたハグムは本当に辛そうな顔をしていた。

その地に近づくということは、またその辛さや苦しみと対峙しなければならないだろう。

その苦しい思いを抱えているハグムの気持ちを、家から追い出された身の自分が推し量るなど、ましてや顔を見にいくなど、できなかった。

その苦しみがほんの少しでも和らぎますように、とハクタカは頭上に静かに佇む月に、ただ願っていた。


夏の太陽の日差しは強く、歩いている時は大量の汗が出た。

夕方はいくらか涼しくなったが、それでも周りの空気は蒸し暑かった。

河原にいるとその暑苦しさも少しとれる気がした。


(あ、そうだ)


ハクタカは、自身の荷物から、チャンメを取り出そうとした。

すると、自身の手に、固いものが触れた。


(あ……)


それは、チボが口に咥えて持ってきた、あの簪だった。

ハクタカはそれを取り出し、手の中に掲げてみた。

その紅い簪は、暗闇の中でも僅かな月明かりでその輝きを失っていなかった。


「綺麗だねぇ、チボ」


思わず声に出していた。

クゥン、という声が隣から聞こえた。

どこからどう見ても、高級な品物であることは分かった。


(この簪の持ち主は、どういう人だったのだろう)


ハクタカは思いを馳せた。


(ユノみたいに、大商人の娘さんで、すごく、綺麗な人かな)


北にいる親友を思い出し、ハクタカは寂しさが増した。


しばらくすると、背後から人の気配がした。

ハクタカは思わず荷物と剣を左手に持った。


『おお、川のあたりはやっぱり涼しいな』


男が一人野営地から出てきたが、ハクタカは男が何を言っているのか、聞き取れなかった。


(ヨナ語じゃない)


チボが一瞬ウーッ、と唸ったが、すぐそれは止んでいた。

ちょうど、月が雲に隠れ、野営地の篝火も少なくなってきており、ハクタカは男の顔が見られなかった。

おもむろに男が暗闇の中、着物の裾を上に持ち上げているのに気づき、ハクタカは慌てて思わずヨナ語で呼びかけた。


「あの!俺、ここで食べているので、あっちでしてくれませんか?」


『……あ、何?』


「ああ、わりいな」


男は最初、外国語で答えたが、次はヨナ語を話してハクタカに応じた。


(あれ?ヨナ語も喋ってる)


ハクタカは剣を下ろした。

男は離れた草の茂みで用をたして、またハクタカのところに戻ってきた。


「なんだ、おまえ。こんなとこで飯食ってんのか」


暗闇で急に話しかけてきた男に、ハクタカは一瞬たじろいだが、小さく返事をした。


「はい」


男はハクタカに近づき、屈んだ。


「あ!」


ハクタカの方を指さし、男は叫んだのだった。


「な、なんですか?」


暗闇で相手の表情が見えなかったハクタカは、男の声に驚いた。


「おまえ、俺の前で歩いていたやつだろ。チビ」


「チビって…」


初対面なのにチビと言うにはあまりにも失礼じゃないか、とハクタカは感じ悪く思った。


「おまえ、何歳だ?十八の男には見えねえぞ」


「わ、悪かったな。これでも十八だ」


ハクタカは必死に、大人の男のふりをした。

十八歳なのは本当だが、女の方でも小柄であったハクタカはどうみても子供のように見えたようだ。

雲で隠れた月がまた顔を出すと、ハクタカは男の顔をみた。

日に焼けた跡が、顔にちぐはぐにみられ、意地悪そうな笑顔だったが堀の深い整った精悍な男の顔がそこにはあった。

後ろを短めに刈り込んだ、鳶色だろうか、薄めの色の短髪が印象的だった。

男は夏なのにその服装は雪国仕様の分厚い襟の着物を身につけていた。

ハクタカはその着物を街で見かけたことがあった。


「……シモン国の人?」


ハクタカがそう尋ねると、男はにっ、と笑って言った。


「ああ、ヤンってんだ。よろしく。にしてもあちいな、この国は」


襟を前後に動かしながら、チボに気づいたヤンはチボが警戒体制に入る前にわしわしっ、と頭を撫でたので、チボはきょとん、としていた。

おまえもその毛皮で暑そうだな、とヤンはチボに言った。


ハクタカはヤンにどうも、と言って軽く挨拶すると、紐を通して川の中に冷やしておいたチャンメを取り出した。

チャンメは冷やして暑い日に食べるとさらに美味しい。

それを知っていたハクタカは、あらかじめチャンメを川につけておいたのだった。


「お、なんだそれ」


ヤンは立ち去らずに、ハクタカの横にどかっ、とあぐらをかいて座った。

ハクタカは少し迷ったが、チャンメを両足で押さえながら、剣を左手で持って、チャンメを切り刻んだ。



「嫌じゃなかったら、そうぞ」

ハクタカはヤンにチャンメのひとかけらを渡した。


「おまえ、片腕がないのに器用だな。いいのか?」


ヤンは宝物を見つけた少年のような目をして、なんの迷いもなくハクタカからチャンメを受け取り、一口でチャンメにかぶりついた。


「うめえ!」


「でしょ?チャンメっていうんだ」


ハクタカもチャンメにかぶりつき、二人はしばらくチャンメに夢中になった。


「シモン国にはこんな果実できねえからよ。うまかったぜ、ありがとさん」


ヤンは満足そうにハクタカに礼を言った。

それを聞いたハクタカは、ヤンに対しての警戒が少し薄れた。


「シモン国の人がどうしてこの戦に?」


「なんだ、ヨナ国の人間がそれを聞くのか?」


ハクタカの質問に、ヤンは笑った。


「人手不足なんだろうさ。なんてったってエナン国兵は十五万集まってるって聞くぜ」


「十五万!?」


ハクタカは思わずチャンメの汁が口から出そうになった。


「おまえ、そんなことも知らずにこの戦にでてきたのか?とんだ命知らずだな。面白ぇ奴」


「う……」


ただ戦争が始まるとだけ聞いてきた自分の情報のなさに、ハクタカは正直、情けなく感じた。


「それにしても、先生、十五万の兵と戦うつもりなの」


ぼそり、とハクタカが言った言葉をヤンは聞き逃さなかった。


「先生?誰だ、そりゃ」


「あ、いや、なんでもない」


(シモン国の人にあまりぺらぺら喋るのもあれだよな)


ハクタカがしばらくして黙ると、ヤンは顔をかしげながら、ハクタカに聞いた。


「おまえ、名前はなんて言うんだ?」


(……名前くらい、別に言っても良いか)


ハクタカは少し迷ったが、名前を口にした。


「ハクタカ」


ハクタカがそう答えると、ヤンは嬉しそうに笑った。


「そうか、ハクタカ。俺はもう行く。じゃあな、また会おうぜ」


「はあ」


ヤンはすばやく走り去って行った。

また静かになった河原のほとりで、川のせせらぎを聞きながら、ハクタカはカナに学んだ呼吸法を自然と繰り返していた。





ヤンがシモン国兵の野営地に戻ると、青ざめた顔をしていたサイナムは、ヤンが無事に帰ってきたことに心底安心した様子だったが、


『殿下!』


と何度も叫びながら、今後は一切野営地から離れるな、などとヤンの前でくどくど説教をした。


(どこも行くな、と言われると行きたくなるんだよな)


いつものようにサイナムの説教をはいはいと聞き流しながら、心の中で全く反省していなかったヤンは、チャンメの味を思い出していた。


(うまかったな、あれ。あいつ、まだ持ってるかな)


『殿下!聞いているのですか』


サイナムは再度ヤンを呼び、え、何?と言ったヤンに対して、また延々と説教を繰り返すのであった。





二日目も多くの距離を歩いた。

行軍は順調に進み、夕方には大きな町の隣で野営した。

農民達の野宿の場所から離れ、奥の岩陰でハクタカは剣の訓練をしていた。

カナのところで鈍ってしまった身体を前のように動けるように必死に鍛錬していたのだ。

剥き出しになった剣の刃が、宙を素早く舞ってゆく。


男は、その姿に見惚れていた。

こうも美しく舞う剣術を見たことがなかった。

ワン!

チボの声がしたので、ハクタカが岩の方を振り向くと、ヤンが立っていた。


「……よお」


「あ……昨日の」


服の袖で汗を拭きながら、ハクタカはヤンの方を振り返った。

ヤンがこちらに近づいてきた。


「へえ。おまえ、片腕のくせに結構良い剣裁きするじゃねえか」


両手を腰に組み、ヤンはハクタカを眺めた。


「どうも」


怪訝そうに短く答えたハクタカに、ヤンはにっと笑って、ハクタカの剣と鞘を奪った。


「何するんだ」


ハクタカが剣を返してもらおうと左手を伸ばすと、ヤンはハクタカの剣の鞘をすぐハクタカに返した。


「え?」


ハクタカが鞘を受け取ると、ヤンが鞘で剣の勝負しようぜ、と言ってきた。


「嫌だよ」


お遊びの剣など、そう思ったハクタカはきっぱりヤンの提案を断った。

するとヤンは瞬く間にハクタカの荷物を奪い、勝負しないなら荷物は返さないと言った。

いくら返せと言っても聞かなかったので、ハクタカはしぶしぶ了承した。


二人は向き合った。

ヤンが最初に鞘を突き出すと、瞬く間にハクタカは後ろに後ずさることになった。

ヤンの鞘は正確に急所をついてくる。

そして速かった。

うす暗闇の中で、シ、シ、と鞘を繰り出す毎に聞こえるヤンの吐く息をハクタカは聞いていた。

繰り出される鞘とともに吐き出されるヤンの呼吸。

それを集中して聞くと、ハクタカはヤンの鞘の先があたる直前で避けることができた。


(目で追うのと同じくらい、相手の距離が読める)


暗闇だったが、ハクタカはヤンの鞘の先がどこに向かうのか手に取るように分かっていった。

ヤンの呼吸を聞きながら、ハクタカは相手の気迫を知り、相手の気迫に打ち勝とうとした。

自身の呼吸を深く、そして一気に強く吐き出し、相手の鞘を振り切ったハクタカはヤンの顎に下から自身の鞘を突き立てた。

ハクタカの瞳が、ぎらり、と煌めいた。

ひゅう、と口笛をふき、ヤンは降参だと言わんばかりに鞘を落とし、両手を上げた。


「すげえなおまえ」


ハクタカはふ、と一息つくと、返してもらった剣を鞘に納め、ヤンから荷物を奪いとった。


「悪かったよ、そんなに邪険に扱うなよ」


ヤンはハクタカに謝り、その場に座らせた。


「おまえ、昨日も離れたところにいたな。あいつらといるのが嫌なのか」


ヤンは農民たちを顎でしゃくった。


「別に嫌じゃないけど」


ハクタカは、近隣の農民からどこの出身だとか、どこの家だとか聞かれるのを危惧して、なるべく農民から距離をとっていた。


「おまえを探すのに苦労したんだぜ」


「え?俺を?なぜ」


「チャンメっての、まだ残ってるか?」


「いや、もうないよ。一個しか持ってこなかった」


「ふうん。そうか残念だな」


真剣に残念がっているヤンをみて、シモンの人もチャンメは好物なのだなと思うと、ハクタカは笑いそうになった。

ヤンは鼻の上を掻きながらしばらく黙っていたが、思い付いたかのようにハクタカに言った。


「な、俺んとこの野営地に来いよ。剣のお礼に、良いモンみせてやる」


ハクタカは一度断ったが、しつこいヤンに引きずられるようにしてヤンの野営地に連れられて行かれることになった。



シモン国の野営地には立派な小屋がいくつか立っており、多くのシモン国旗が旗めいていた。

多くの兵達が焚き火を熾して賑わっている。


「ここだ」


そう言うと、ヤンは一際大きい小屋にハクタカを案内した。

小屋の前に駐在していた兵士のうちの一人がヤンを見るやいなや深い礼を施し、ヤンがなにやら兵に指示すると、兵はすぐに小屋に入って行った。


「待ってろよ」


ヤンは小屋の入り口の前で、ハクタカに笑いかけた。


『殿下!またどこに行っていたのです!』


小屋の前で待っている間、顔を真っ赤にしたサイナムが中から出てきて、ヤンの顔に迫った。



『げ。サイナム。ここにいたのかよ』


『げ、とは何ですか。げ、とは!』


すると、ヤンの隣に目を白黒させる人物がいたのにサイナムが気づいた。

サイナムの視線に気づいたヤンは、サイナムにハクタカと会った経緯を話した。


『ハクタカってんだ。ヨナの人間だ』


ヤンがハクタカの肩に手を載せるのを見て、サイナムはため息をついた。


『殿下、これは困ります』


サイナムはハクタカに冷たい視線を送り、ヨナ語で語りかけた。


「ハクタカとやら。殿下に何を言われたかは知りませんが、ここはお引き取り願いたい」


「あ、あの」


ハクタカは、殿下と呼ばれたヤンがシモン国で位の高い人間だと悟ったが、無理矢理ここに連れられて、状況判断ができておらず頭が混乱していた。


『何言ってんだ。これからハクタカに俺のとっておきを見せるんだから』


ヤンはシモン語でサイナムにそう言うと、今度はヨナ語でハクタカに向かって言った。


「おい、ハクタカ。ついてこい」


兵士から大人の背丈ほどもある弓を受け取ったヤンは、ハクタカの手をひいて、またさっさと野営地から出ていってしまった。

唖然とするサイナムを横目に、ハクタカはヤンに引きずられて少し離れた林に連れて行かれた。


「ね、ねえ。ヤンって……すごく偉い人なのか?」


ハクタカはヤンに手をひかれながら、恐る恐る聞くと、ヤンは隠す様子もなく自分はシモン国の第三皇太子だとさらりと言った。

しばらく声が出なかったハクタカに、ヤンは笑って語りかけた。


「やめろよ。俺は身分がどうこう言われるのは好きじゃねえ。俺とおまえはこの戦で出会った男同士。ただそれだけじゃねえか」


「でも、それは……ヤン、殿下」


「殿下なんてやめろ。ヤン、でいい」


「え、あ、…うん」


ヤンのいつもの溌剌とした声が、一気に低く真剣な声色になったので、本当にそう言って欲しくないのだな、と悟ったハクタカは迷ったが、いつもどおり接するようにした。


「なあ、ハクタカ、あの木に剣で目印つけてくれや。バツでも丸でもいい」


「え?う、うん」


ハクタカは言われた通り、自身の剣で目の高さくらいのところに、木に傷をつけてバツを描いた。


「これでいいのか?」


「ああ、問題ない。ハクタカ、おまえはそのままそこにいろよ」


そう言われたハクタカは、木の真横に立っていた。

すると、ヤンは大きな弓に矢をつがえ、なんとこちらに矢を向けるではないか。


「ちょ、なにする…」


ヤンは笑みを含みながら獲物を狙うかのように目を細めてめいいっぱい弦をひくと、目を一気にかっ、と広げた。

ハクタカがヤンに話しかけ終える前に、その矢はびゅん、と空中を割ってとてつもない速さで木に向かった。

矢の速さで巻き起こった空気の乱れが、ハクタカの頬を掠めた。

ばすっ、と図太い音がしたかと思うと、矢は木に深く食い込んでいた。

矢の先端は、ハクタカが描いたバツの真ん中に、見事命中していたのであった。


「どうだ、俺もなかなかやるだろ?おまえの剣のように」


追いかけてきたサイナムがヤンの後ろでヤンが弓を引く姿を見て、一瞬ハクタカを打つのかと焦ったが、木のわずかな目印を見てそうではないことに気づいた。

そして、ヤンがその目印に見事矢を射抜いたのを確認すると、感嘆のため息をついた。

ヤンはシモン国軍の兵の中でも、弓のセンスが抜群だった。

シモン国は一年通して寒い地域ではあるが、本格的な冬の前には人々は極寒の冬を乗り越えるために狩りをする。

シモン国では弓を一人前に引けるようになることが、大人の男として認められる証でもあった。

ヤンの放つ矢は、地上ではもちろん、馬上からでも、鋭く、まっすぐ標的に当たった。

天性とも言える弓捌きだと、国軍の兵達の間でも讃えられていた。


「すごいね、ヤン。あんな遠くから」


「だろう?ハクタカ。もし戦でおまえがエナン兵にやられそうになって、俺がそばにいたらこれで助けてやるよ。チャンメの分、働いてやるさ」


「はは、それは嬉しいな」


皇太子という立場である一方、ヤンの人懐こく、真正直な人柄に、ハクタカはヤンにユノに似た親しみの気持ちが湧き上がったのだった。


ヤンはハクタカの笑顔を初めて見て、目を見張った。

何か腹の底から湧き上がる感覚があった。

ヤンがハクタカに近寄ろうとしたその時。


『見事命中、さすがです、殿下』


サイナムがヤンの後ろから拍手を送りながら近づいてきた。


『あ、ああ。そうだろう?』


ヤンがハクタカを見ながら頷いていると、サイナムはヤンの両肩を掴み、凄みを利かせた顔でこう言った。


『やっと、捕まえました』


今度はヤンがサイナムに引きずられてシモン国の野営地に戻っていくのであった。


一人取り残されたハクタカは二人が何を話していたかは分からなかったが、二人の表情からなんとなく事情を察し、苦笑を浮かべながら、自身の野営地に戻っていった。






三日目の夜の野営では、しとしとと小雨が降っていた。

ハクタカは今回ばかりは農民達と一緒に近くの木の影でチボと横になり、まどろんでいた。


「よ、ハクタカ」


聞き慣れた声が頭上から降ってきた。


「ヤン!?」


目を開けて、ハクタカは上半身をあげた。


「まずいよ、また抜け出してきたの?」


ハクタカは小声でヤンに囁いた。


「ああだこうだうるせえんだよ。サイナムのやつがよ」


「いや、ヤンがこうやって抜け出してるからじゃないの?」


そうだな、とけたけた笑いながら、ヤンはハクタカの隣に座った。


ちょうどその時、ハクタカの腹が激しく音を立てた。

突然の出来事に、ハクタカは顔を赤くした。


「なんだおまえ。夕飯食ってねえのか?」


「……俺、自分の持ってきたものだけ食べてるから。最後の干し肉、チボにあげちゃって」


「なんだよ、なんでそんなことしてんだ。腹減るに決まってんじゃねえか」


「……」


ハクタカは答えなかった。


「おまえ、なんか訳ありっぽいな」


そうせざるを得ない理由を感じ取ったヤンはそう言うと、手に持っていた包みの葉に握り飯が二個入っているのを見せて、ハクタカに渡した。


「さっきそこで仲良くなったおっちゃんにもらったんだ。食えよ」


「いいよ、ヤンが食べなよ」


頑なに拒否するハクタカをみて、ヤンは少し苛立ってきた。


「あ、あれ何だ!?」


ヤンは急に空の上を指して叫んだ。


「え?何だ?」


そう言って上を見るハクタカの口に、ヤンは握り飯の一個を突っ込んだ。


「ぐ」


ヤンに振り向いたハクタカの膨れた顔を見て、ヤンは爆笑した。


「ヨナ人はコメが好きなんだろう?代わりに食べてくれ。貰いモンだけど、俺にはちと合わねえ」


ヤンは嘘をついた。


コメはシモン国にとっては珍しい食物で、先ほど世間話をしていたヨナ国の農民の壮年の男に気に入られてもらった、ヤンにとっての戦利品だった。

だが理由は知らないが頑なに食事を断るハクタカに、なんとか食べさせたいという気持ちが湧き上がったのだった。

口の中に入れられた握り飯を咀嚼しながら、ハクタカはヤンの横顔を見た。


「シモンの人は普段何を食べるの?」


「主に芋だな。芋は戦にもいいぞ。日持ちいいしな」


「……ありがとう、ヤン」


「ああ、たんと食えや」


「ううん。そのこともそうだけど、そうじゃなくて」


「あ?」


ヤンはハクタカの方を振り向いた。


「食べたい物とかも我慢して、シモンの人たちはこの戦に参加してくれているでしょう?自分の国の戦でもないのに。ありがとう。一緒に、戦ってくれて」


「あ、ああ。それは、別に」


笑ったハクタカの顔を見て、ヤンはまた身体の奥底から湧き上がる高揚感を覚えた。




途端に農民達の中でざわめきが起こった。

ヤンはなにが起こったのか振り向くと、農民達の輪の中に、数日前に会ったヨナ国の軍師総帥の姿があった。

兵士たちを数人連れ、農民達を見回り、食事の配給の様子を伺っているようだった。


「皆、食事はちゃんと行き渡っているか?」


「ええ、もちろんでございます。お気遣いありがとうございますハグム様」


「あと一日でスンギ支城だ。もう少しだ、皆、今日も早く体を休めてくれ」


ハグムが歩きながら農民たちの肩に手を添えていった。


「ありがとうございます、ハグム様」


ハグム様、ハグム様、という声がそこかしこから聞こえてきた。


「おうおぅ、えれえ人気みたいだな、おまえんとこの軍師総帥様は」


ヤンがハクタカの方を向くと、一緒にいたハクタカは、木の影の奥に隠れ、眉間に皺を寄せながら、ハグムをまっすぐみつめていた。


「なにやってんだハクタカ」


ヤンが話しかけると、ハクタカはヤンの方を向いてシーッと人差し指を口の前に立てた。


ヤンはハクタカの見つめる先のハグムをもう一度見やった後、またハクタカを見た。


「あの軍師に恨みでもあんのか?」


ヤンがハクタカに尋ねると、ハクタカはふるふる、と頭を振った。

そして、間を置いて苦しそうに言った。


「……恩があるひとなんだ。でも、今は会えなくて」


「なんで」


ヤンがそう尋ねたが、ハクタカはそれ以上何も言わなかった。

二人はしばらく黙ってハグムを眺めていた。


「おや、そこにいるのはヤン皇太子殿下ではありませんか」


ヤンは近くに来たハグムと目が合った。

そのまま視線を合わせ、ヤンは近づいてくるハグムを見つめていた。

ハグムは驚いたような顔で、すぐ近くに来ると、座っているヤンを見下ろした。


「失礼ですが殿下、どうしてここに」


ハグムはすぐ屈んでヤンに目線を合わせ顔を近づけた。


「ああ、実は」


言いながら、ヤンは横で隠れているハクタカに目線だけ送ると、焦りすぎて頬を赤く染めているハクタカが、激しく頭を振ってこちらに目線を送っているのが分かった。

ヤンは次にハグムに目をやったが、すぐ目を逸らした。


「親切なヨナ国の民から握り飯をもらって、ここで食べていたんだ」


ヤンが握り飯が一個だけ入った包みの葉を見せると、ハグムはヤンの周りを見渡した。

ハクタカは必死に身をかがめ、チボを抱きしめていた。


「そうでしたか。ですが殿下。ここにお一人では心もとない。シモン国の野営地まで私が案内いたします」


「いや、それには及ばん。自分で行くさ」


ヤンはすくっと立ち上がり、裾の土を払った。


「じゃあ、またな」


ヤンは大きな声でそう言うと、その場から去って行った。


ハグムはヤンがシモン国野営地の方へ歩き去っていくのを見届けると、ふと木に視線をやったが、しばらくしてすぐに農民達の方へ戻って行った。


【チョヴィスキーからのお願い】

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