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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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皇子ヤン

ハクタカは王宮からの軍をサイシ村で待とうか迷ったが、万が一ハグムと会ってはいけない、と思いとどまり、先に戦場に行くことを決めた。

ハクタカはあくまでもハグムとは会わないつもりでいた。

戦の経験もない自分が戦場へ行っても役に立つとは思えなかったし、何より家を追い出された身として、ハグムに合わせる顔がなかった。

ハグムが怪我を負わないよう、あくまでもひっそりと様子を伺うことだけに徹するつもりであった。


慌てて入ってきて戦場の場所を問いただすハクタカに、サイシ村の店の女はさらに驚いた顔をして、急いで店を出て行こうとするハクタカに、女はすぐさまその理由を聞いた。

ハグムの名前を出して、お世話になった恩返しのために一緒に戦いたい、と考えつく暇もなく思いついた嘘を交えながら説明すると、女は察してくれたのか、店にあった食料を分けてくれた。その中にはチャンメも一個含まれていて、ハクタカの荷物はずっしりと重くなった。


「南北街道をまっすぐ南へ進めば着く。馬の足で行ったとしても、二日以上かかる距離だ。歩きだと倍の時間はかかるよ。気をつけていきなさいな。ハグム様には、私たちも本当にお世話になったからね」


ハクタカはその言葉を思い出し、女に感謝したが、麻袋の重さに、歩きにくさが増したのには思わず苦笑した。

ハクタカはチボと一緒に、なるべく走ってまっすぐ、まっすぐ、南へ向かった。






王宮の大広場では徴兵により集められた周辺の村や町からの男たちや国の兵士が、ぞろぞろと集まっていた。

兵士たちが掲げるヨナ国の国旗には、背景の左半分が白、右半分が青に分かれており、中心にえんじ色の丸が中心に描かれており、それらが広場に多く旗めいていた。

その広場の中に、一際目立つ兵士団がいた。

兵たちは、鼻すじまでかかる反球形の兜に、上半身を銅鎧でまとい、背には鋭く整った矢羽がついた矢と、大人の背丈ほどに及ぶ大きな弓を背負い、腰には白い背景に紺色の鷹の刺繍が施された柄の長剣を携えていた。

鷹は、シモン国の国鳥であった。

その兵たちが話す言葉はヨナ国民が話すヨナ語ではなく、シモン語であった。


『ヤン殿下』


深い紺色の外套を纏り、焦茶色の長髪の彫りの深い整った顔の一人の男が、兵士たちに囲まれる一人の男をシモン語で呼んだ。


『ああ、サイナム。どうした』


『今、こちらにヨナ国大将軍サイ殿と、軍師総帥のハグムという者がこちらに参ります』


『そうか、通せ』


シモン国は北に位置する極寒の地にあった。

日照時間も少なく、民の多くは白く透き通った肌をしていたが、このヤンと呼ばれた男の肌はいくらか日に焼けていた。

兜がかかる鼻から上と、鼻から下の色の違いが、それを際立たせていた。

ヤンの背中に抱える弓は、他の兵よりも一際大きく見えた。


「失礼いたします、ヤン皇太子殿下。はるばるシモン国よりからお越しいただき、また、殿下自ら兵を率い、対エナン国の戦に参加していただけると聞き及び、この将軍サイが我らがヨナ国王、重臣にかわり心から感謝申し上げます」


サイがヨナ語で言い終わると、ハグムはそれをシモン語に訳し、ヤンに伝えていた。

ヤンはハグムが言い終わる前に流暢なヨナ語で答えた。


「いや、そう畏まるな。俺は来たことがないヨナ国を見物にきただけだ。戦は適当に後ろから援護するから、早く兵を出してくれ」


「!!」


その瞬間、その場が凍りついたかのようにしん、と静まり返った。

サイナムは直ちにサイに向き直り、陳謝を述べ忠信を示し、礼を尽くした。

ハグムは特に動揺することもなく、ヤンに礼儀正しく挨拶を述べ深く一礼した後、サイの後ろに付いてヤンから去っていった。


『殿下!ヨナ国の大将軍の前であのようなお言葉!』


サイナムはヤンに向かって嗜めた。


『いいじゃねえか。本当のことだし。まだ出兵しないのか?飽きたぜ俺は。なあ、皆も立ったままで疲れたろう?』


兵たちはヤンにそう言われ、敬意を払いながらも明るく笑っていた。

サイナムは盛大にため息をついた。

サイナムはこのヤン皇太子にほとほと困っていた。

サイナムはこのシモン国第三皇子が六歳になった時に教育係に指名されてから早十五年、相談役として共にし毎日この皇太子に手を焼かされていたのだった。

シモン国王には三人の息子がおり、長兄のユンは正義感も強く真面目で優秀な人間であった。

時期国王はユンであることは、国のだれもが認めていた。

次兄のシンは内気で神経質な性格であったが、学を好み政に興味を持っていたため、兄の良き相談相手になると期待されていた。

問題はこの三男坊であった。

国の世継ぎがすでに決まっており、優秀な息子たちに満足していたシモン国王は、三男を好き勝手に育てすぎてしまった。

ヤンはつまらないと言って教育係のサイナムの授業を何度もすっぽかし、何度も出し抜いてきた。

城を勝手に抜け出し平民と関わる生活をしたり、国王に嘘までついて国中を旅したり、国の内戦を駆け回って大怪我をすることさえあった。

平民のような言葉も、もはやサイナムがいくら正しても直るようなものでもなかった。



ヤンは、サイと去っていくハグムを後ろからじっとみつめていた。


『なあ、サイナム。たしか、あいつか?前、親父のとこに来たヨナ国政府の高官って』


『さようです。内政部副官のハグム・イ・ウィルです』


『へえ。政をする文官が普通、戦にでるかね』


『ええ、珍しいと思います』


『親父に、兵を出させたのは、あいつだろう?あいつ、一体親父になんて交渉したんだ?』


『……私が聞いておりますのは、ヨナ国のサングク鉱山の一部譲渡とカナン港への交通・商売・外陸との外交許可など』


『ふん。親父は餌に喰いついたってわけね。まあ、いいさ。エナンが勝とうがヨナが勝とうが俺らは知ったこっちゃない。まあ、エナンを退けられれば言うこともないし、武功をたてヨナ国にも恩を着せれるってもんだ。こちらに分が悪ければ適当言って逃げればいいし、な』


サイナムはヤンの言葉に周囲の目を気にして、すかさずこれ以上言ってはだめです、と言わんばかりにヤンに目で合図した。

ヤンはヨナ人にシモン語は分からないだろう、とサイナムにあからさまに言って返し、好き勝手に兵たちと話し込んでいた。

サイナムはやれやれ、とその場を離れ、遠目から兵たちと話すヤンを眺めた。


ヤンに振り回され、なかばあきれていたサイナムであったが、それでもヤンには一目置いていた。

学問は苦手なくせに、興味のあることだけはとことん学び尽くす。

ヨナ語もいつしかヤンがヨナ国に行ってみたいと言って、会話の練習に付き合わされたことが多々あった。

国で内戦が起きるとその地域の情勢の情報収集も自ら行い、戦への参戦のために武芸にも明け暮れた。

自身がやると決めたことは何事も諦めない、有言実行する男だった。

そして、政や戦での大事な局面での鋭い直感力や咄嗟の状況判断は驚くほど冷静で的を得ていた。

さらにこの誰とも分け隔てのない真正直な性格が、民の心をつかみ、兵の心をつかんでいた。

誰からにも好かれ、人を惹きつける力は、三兄弟のなかでも一際輝いていた。

ヤンと兄弟くらいの歳の差しかなかったサイナムは、このヤンの世話に手を焼く一方、ヤンに仕えられたことを嬉しく思っていた。

他の兄弟たちは優秀ではあったが、王族独特の、人を寄せ付けない冷徹さが感じられた。

サイナム自身も城の中でかしづき、へつらい、相手の顔色を伺いながら仕事をすることに、へきへきしていたし、何よりヤンの側にいることは毎日が新鮮であったからだ。

先ほどのサイやハグムとの会話も、家臣からすると口から心臓が飛び出るような出来事であったが、それが常であるサイナムにとっては対応も慣れたものであった。

ヤンは好奇心の塊のようで、城にとどまるのをよしとせず、今回の対エナンの戦においても自ら志願し、父の王に許可を願うのであった。

王も、手を焼く三男坊が国から一時的にいなくなること、ヨナ国との関係の面目を保つためにも、ヤンの志願を快く受けた。

シモン国とエナン国は、実は犬猿の中であった。

昔は度々戦を起こしていたが、大国同士の戦であるため、自国の被害も大きく、最近はお互いがお互いを牽制しあっている状況下であった。

これらの国と国には多くの山により隔てられ、そのような自然の防壁もあって、いつしか戦はなくなっていた。

それはシモン国とヨナ国も同じであった。この国と国の間には白山という大山地が広がり、多くは雪に覆われていた。それこそ大昔、シモン国はヨナ国に攻め入ったこともあったが、白山に阻まれた兵たちがヨナ国に渡る頃には余力もなく、無惨に散っていった。

自然の要塞に、ヨナ国はシモン国より守られたのである。

現在ヨナ国とシモン国の仲は悪いとも良いとも言えない微妙な立ち位置だった。

しかし、今回のハグムの交渉によりシモン国はヨナ国の対エナン国との戦に、兵を送ることになったのであった。

唯一雪が溶ける夏に、ハグムはシモン兵を勧誘する機会を狙っていたのだった。



「ハグム、あのシモン国皇太子はなかなか気骨がありそうな青年じゃの」


サイは大広場を見下ろしながらハグムに笑って聞かせた。


「ええ。噂どおりです。シモン国王も彼の話をするときは、苦笑いを浮かべていました」


ハグムは真顔で答えた。


「そうか。しかしシモンは一万もの兵を出してくれたそうだな」


「それでも少ないです。二倍の数を提示したのですが、さすがに断られてしまいました、申し訳ありません」


「いや、よくぞやってくれた。さすがおまえさんじゃ」


「……畏れいります。彼らの弓には、私も期待しています」


ハグムはシモン国兵たちが背に負う弓の弦が、太陽に反射して光るのを感じていた。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

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みなさんの応援のおかげで、なんとか作品を続けています

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