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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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会合

ハグムは早朝シバと別れ、家の近くの小道を歩いていた。

目の前には見慣れた従者の男がいた。

今歩いている道も、来慣れていた通りであった。

時々後ろを振り向きながら、慎重に歩いていく。

さらに細い道に入ると、そこには小さな廃屋があった。




「すまない、遅れてしまって」


ハグムは従者に導かれるまま廃屋に入ると、座していた四人の男たちに挨拶をした。


「とんでもない、ハグム殿。座ってくだされ」


「時間がないと言うのに、貴方をまたこのようなところに急に呼び出してしまって申し訳ない」


「もうすぐに軍師総帥として戦に行かれるというのに、本当に……」


男たちは立って次々に口にハグムに謝罪した。


「いいんだ」


ハグムはそう言い、床に座った。


「今日は急なことで何も持って来れず……申し訳ない」


ハグムが残念そうに呟いた。


「とんでもない、お呼び立てしたのはこちらなのだから。いつもありがとうございます」


「お心遣い、ありがとうございます」


男たちはまた口々にそう言った。





男たちは様々な身なりをしていた。

文官の服装をしている者もいれば、農民、商人の格好をした者までいる。

彼らは役所の平民出身の元高官たちである。

ハグムが政府の内政部に所属してから、懇意にしていた文官たちであった。

生粋の貴族出身の左大臣は、平民出身の高官をことごとく嫌った。

能力の高い彼らは、限りなく自らの手腕を発揮していたが、左大臣の王宮での独裁的な為政に反発し、左大臣の怒りを買った。

そして、左大臣はその地位を利用し、彼らを事あるごとに理由をつけては役所から追放した。

その結果、彼らは地方の役人になった者、元の平民に戻った者、新しい仕事を始めた者、様々であった。

ハグムも平民出身の文官であり、この男たちの中で唯一役所に残っている人間であった。

ハグムも幾度となく左大臣から迫害を受けていたが、オムとの約束である民のための政を全うするために、左大臣への抵抗は一切見せず、極力王宮とは関わらずに生きてきた。

このため、左大臣自身もハグムを窮地に追い立てるきっかけを見出すことができず、役所を追いだすことまでは叶わなかったのである。

左大臣は巧妙だった。

彼らを辞めさせる策略に、自らの関わりがあるものの証拠という証拠は全て消し去っていたのである。



役所を去った後も、ハグムと仲の良かった彼らは、こうして時々集まった。

まだ国への思いを馳せている彼らは、自分の思いの丈を自由に話し合うのであった。

ハグムは彼らに対して申し訳なく思っていた。

よりよい国づくりのために決起した者達が去っていくのを、わざと自らの身をひた隠しにしていたハグムは、ただただそれを見送ることしかできなかったからである。

ハグムは彼らの意見を辛抱強く聞いた。

彼らの意見の中で、良いと思ったことは自身の提案する政策に惜しみなく取り込んだのである。

また、この集まりがある時には必ず従者がハグムを呼びに来て、ハグムはその度に酒や食事を持参した。

それが、彼らに対する労いと、ハグムができる唯一の罪滅ぼしであった。


「今日はなぜ急に?」


ハグムが問うと、男たちはしん、と静まり返った。

ハグムは違和感を覚えていた。

エナン国との戦場への進軍開始は昼である。

そんな大事な時に、わざわざ旧知で集まっていつものように話をしようと言うだろうか。


「ハグム殿。これを」


一人の男が古びた冊子をハグムの前に差し出した。


「……?」


ハグムはそれを手に取った。

見てみると、日誌のようだ。


「ご存知のとおり、私は北のはずれのチェンナイという役所におりますが、これは私の知り合いの武官から、譲り受けたものです。一人の老婆が自宅で孤独死を遂げており、家宅捜索をその武官が行っていたところ、これが見つかったと」


男が言うと、ハグムは日誌を捲り始めた。


「……王宮の女官だったのか」


「はい。ただこれは、老婆の娘が書いた記録のようです」


そこには、王宮に仕えていた女官の頃の毎日が詳細に綴られていた。

ハグムは一枚一枚日誌を捲り、ある紙面にきた時、捲るのをやめた。

そして、日誌を渡してきた男にすぐ顔を向けた。

男は頷いた。


「……そうです、シルナ殿は、暗殺されました。あのオンギョルに」


「!!」


ハグムは目を見張った。


「成り行きといえどそれに加担してしまったこの日誌を綴った女官は、オンギョルに後に殺されることを悟り、一人残した母を想い、一緒に田舎まで逃げたのでしょう。武官に調べさせました。この女官は、母を田舎まで送る途中、盗賊に遭って死んだとされていますが、」


「……左大臣に殺られたということか」


ハグムがそう言うと、男は静かにまた頷いた。


「母は命からがら逃げのび、今日まで誰にも何も語らずその日誌だけを持ち、生き延びたようです。オンギョルはそれで現王をわがものとし、為政をなしています」


「君、これは……」


ハグムは男の言葉に口を震わせた。


「はい、ハグム殿。我々は憎き敵を葬り去る機会が得られるやもしれませぬ」


ハグムの顔に、驚きの表情が見てとれた。






ヨナ国には闇があった。

第十五代ヨナ国王サンナには弟がいた。

サンナが病に倒れると、次の王位継承としてその長兄のトマムと、サンナの弟、シルナの名が挙がった。

シルナは四十になる男であり、右大臣とともに王位を狙っていた。

だが彼は、国を想う正義感あふれる男であった。

シルナはトマムが幼いことを理由に、自らが王となることを主張し、トマムが成人するまでつなぎの王として君臨することを望んだ。

それは、左大臣オンギョルを牽制するためでもあった。

オンギョルは次々に側近たちを力と金で操り、王宮内では汚職が蔓延していた。

それを、シルナは知っていたのだ。

シルナは従者たちにオンギョルの見張りにつかせ、彼を牽制した。

しかし、シルナは大臣オンギョルによって毒殺されることとなる。

その後右大臣も後ろ盾がなくなり、勢いは衰えた。

右大臣は表向き心の臓の病と診断されたシルナの死を疑い暗殺の証拠を探したが、いくら探してもオンギョルにつながるものは見つけられなかった。

それでも右大臣は、トマムを王としたオンギョルの摂政着任だけはさせまいと奮闘した。

摂政という座は、王に代わって大政を摂行する役職である。

本来、十一という若さで王となったトマムには摂政という役職が必要であった。

だが、その任命を、右大臣は断固として行わないよう王に申し出るのであった。

シルナ側についていた重臣たちをぞんざいに扱うわけにもいかず、王トマムは摂政という座を空白にするとともに、実質の政は左大臣を中心としていたが、それに右大臣、そのほかの側近たちが追従することで、なんとかオンギョルの独政を阻んでいたのである。






男たちの顔には、明るい表情がみえた。


「ハグム殿。我々はこの日誌を、証拠品を、貴方様に託したいと思います。貴方様の一番良いと思われる好機に、これを使ってはくれませんか」


「……私に?一体どうして」


男たちは互いに顔を見合わせ、微笑んでいる。


「私は今から戦に行く身だ。……帰ってくる保証も…ない人間だよ」


ハグムが続けてそう言うと、男たちの一人は言った。


「敵を葬り去り、我々が仮にまた役所に戻れるようになったとしても、我々は貴方様のいる役所にしか、戻る気はありません」


「!!」


ハグムは男たちを一人ずつ見つめた。


「ハグム殿。必ず……生きて帰ってきてください」


男たちは全員揃って、ハグムに深い礼をなした。

ハグムはきゅっと口を引き締め、男たちに向かって、同じく深い礼を施した。

太陽の光が、刻一刻と強さを増していった。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

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