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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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開戦準備

王宮の使者より街中に張り出された触書きの周りに、民たちが殺到していた。

その触書きは、間近にエナン国との戦争が起きることを示していた。

また、戦に赴く軍事部の人事を、伝えるものでもあった。


『軍事部指南役サイ・ジ・ストゥルを対エナン国戦場の総大将の任に命ずる』


仰々しい墨で書かれたその文字の下に、また、ある男の名前が記されていた。


『内政部副官ハグム・イ・ウィルを対エナン国戦場の軍師総帥の任に命ずる』


この触書きの内容は、瞬く間にヨナ国の全国民が知ることになった。






「アニク!見たか!?あの触書き!!」


「ああ、見たでぇ!さすが先生やで!!興奮して俺ぁ、今日眠れねぇ!」


街のはずれにある小屋の子供たちは成長し、肩を寄せ合って生活していた。

小屋の中はもっぱらハグムのことで盛り上がっていた。



「内政部のお方がなぜ軍師なんかに」


「ハグム様、大丈夫かしら」


「ハグム様なら勝利を掴んだもんも同然だぜ」


「政府の文官が軍師なんぞできるのかよ」


街の大人たちの間では、ハグムの軍師任命に疑問を持つ者、ハグムを心配する者、ハグムが軍師となることを喜ぶ者、憂う者、反応は様々であった。


「……なるほど。あんたがやろうとしていたのはこれか、ハグム」


触書きの前で集まりざわめく民衆をかき分け、カナは眉を寄せて触書きのハグムの名をじっと眺めていた。







ハグムは役所内を歩き回りながら役人たちに指示を出していた。

一人の役人がハグムの前に進み出る。


「ハグム殿!こちらスンギ支城に残る弓と槍の総数を示したものです」


「ああ。この半分をすぐにタグダカ門内に配置してくれ」


「かしこまりました!」


また一人、違う役人がハグムの前に立つ。


「ハグム殿、これがフィセ村の男たちの名簿と武器の数です」


「助かる、すぐに男たちに開戦の旨を伝えよう。女、子供、老人はスンギ支城に避難、フィセ村周囲は特に警戒を強めるよう伝えろ」


「はっ」


役人が去ると、また新たな役人がハグムの目の前に立つ。


「これがキョルチ湖の周囲の地図と、距離と深さを示した巻物です。しかし、ハグム殿、これを一体何に……」


「よし、見せてくれ」


じっと地図に顔を近づけ、ハグムは指で何回か地図を指し示しながら、


「分かった、これは廃棄していい」


と短く言って、役人に巻物を押し付けた。


ハグムの前に、別の役人が駆け込んでくる。


「ハグム様!この兵糧の場所は……」


「すまない、いまから軍事部の集会がある。あとでまた来る」


息をつく暇もなく、ハグムは軍事部の集会場に向かった。






役所が慌ただしく戦の準備で男たちが溢れかえっている頃、同時に、将軍として呼ばれたシバは軍事部の集会場に招かれた。

集会場の上座には王の側近たちと総大将サイがいた。

サイの後ろに控えるハグムをみつけ、シバは手を挙げたが、ハグムがシバを見ることはなかった。

集会場は重い空気に包まれていた。

会議が始まるやいなや、将軍に任命された数名の男たちは、皆ごくり、と唾を飲んだ。


「十五万だって!?」


シバは思わず声を張り上げた。


「ああ、エナン国の兵の数だ」


サイはゆっくり頷いた。


「うそだろ…」


シバが項垂れた。


「……対する我がヨナ国の兵は多く見積もっても六万が限界だ」


サイは目の前の地図を流し目で見ながら、将軍たちに告げた。

エナンとの国境近くの兵からの情報では、ヨナ国よりも五倍以上の土地を有するエナン国からの兵は、ヨナ国の南の地に十五万近く集まりつつあるというものだった。


「非常に厳しい戦になる。皆、心してかかってくれ」


サイにより進行していった戦に参加する指揮官たちの初めての顔合わせの場に、ハグムは一言も発しなかった。






将軍や王の側近たちがいなくなったあと、サイと左大臣オンギョル、ハグムの三人だけになり、部屋の中はまた沈黙に包まれた。


「さて、と。わしも明日の出陣にむけて準備に行くとするか」


サイが簡単にオンギョルに挨拶し、退出しようとしたので、ハグムもそれに付いて行こうとした。

サイが集会場の扉を開け、廊下に出ていった直後、


「ウィル君」


左大臣がハグムを後ろから呼び止めた。

ハグムは立ち止まり、顔だけオンギョルに向けた。


「王も、私も、君に期待している。くれぐれも気をつけてくれ……エナン国に首をはねられぬように」


オンギョルはハグムの背中を背後から叩きながら、横を通り過ぎ、去って行った。

顔を崩さず無言であったハグムであったが、その両手の掌は、握りしめた指の爪がひどく食い込んでいた。





ハグムはしばらく黙って立ちつくしていた後、廊下を出て先を急いだ。


「……ハグム」


二手に分かれる廊下の右を曲がった時、ハグムは誰かに呼ばれて、背後を振り向いた。


「サイ殿……」


自室に戻ったはずのサイが、目の前に立っていた。


「正直、驚いた。……ハグムよ、『王命』を受けた理由を、教えてくれんか」


ハグムはまっすぐサイを見ながら、小さく呟いた。


「守るためです」


「む、なんと?」


ハグムの呟きを聞き取れず、サイはハグムに聞き直した。


「軍師は怯者であれ、です。サイ殿」


ハグムはきっぱりと言った。


「私はもう、逃げない。この命果てるまで、私は、戦う」


ハグムは一礼して、サイに背中を向けた。


(なんと……)


ハグムの瞳をみたサイは、驚いていた。


冬の凍てついた湖面のように静かな顔の瞳に、今にも大地に轟きそうなすさまじい雷が孕んでいる気がした。


サイはすう、と息を吐いた。


(あいつはやはりおまえの息子だな、オムよ)


ハグムの姿が消えるまで、サイはその背中に、今は亡き友の背中を重ねて見ていた。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

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