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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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諦念

全速力で駆けた。

村の通りを抜け、田が広がるあたりに出た。

田の畦道の行き止まりに気づき、ハクタカは足を止めた。


「んあっ、はあっ、はあっ」


息を殺して走ってきたので、身体全体が空気を欲しているように感じた。


「ぐっ…う…っ」


それまで必死に堪えていた涙が、一気に溢れ出た。

畦道の黄色い砂が濃い茶色に染まっていく。

田に青々茂る稲が、太陽に当たり、眩しかった。

むせかえるような空気に、林の緑の匂いが混じって、少し気持ち悪かった。

ハクタカは、今自分のいる状況に、絶望感を覚えた。


(あの時、私が一緒に居たいとすがったら、結果は変わっただろうか。いやだ、と泣き叫んだら、先生は引き止めてくれたであろうか…)


ずっと覚悟していた結果とはいえ、それはあまりにも突然で、あっけなく終わった。

ハグムの去れ、という言葉に、それらは叶わぬ夢であることをハクタカはすでに分かっていた。


――どれだけ嫌われたことだろう。


嘘をつき続けてきた自分が、いまさら惨めに思えてきた。

しかし、後悔はなかった。

そして、ハクタカの沈む気持ちを少し和らいでくれたのは、最後の最後に、ハグムに一礼できたことであった。

一通り泣き終わるとハクタカは、左手の袖で顔の涙を拭った。


ワンワン!

背後から、犬の鳴き声がした。


「チボ!」


振り向くと、チボが嬉しそうにこちらに走ってきた。

鼻をすすりながら、ハクタカは屈んで、自分の胸の中に突進してきたチボを思い切り抱きしめた。

ほわほわの白い毛が、くすぐったい。

しばらくチボを抱きしめていると、いくらか気持ちも落ち着いてきた。

顔を離し、チボを見ると、なにか咥えていることに気づいた。


「なにそれ、チボ」


チボが咥えていたものを拾い上げると、そこには真っ赤に燃えるような紅の簪があった。


「わぁ、綺麗…」


思わずハクタカはその簪を見入ってしまった。

簪は陽光でより一層きらきら輝いている。


「あ……人のもの、拾ってきたらだめでしょう、チボ」


チボにいけない、とハクタカは顔で示したが、チボは首を傾げていた。

立ち上がり、チボが走ってきた道を見渡してみたが、誰もいない。

ハクタカは迷ったが、今来た道のりを引き返す勇気もなく、簪を落とした人探しをする気力もなかったので、悪いとは思いつつも簪を荷物の中にいれようとした。

ハグムがハクタカに準備した麻袋の中には、服などが入っていたが、寺までの道のりを歩く日数分どころか、数年働かなくても生きていけるほどの金貨が入っていた。


(……お給料ってことかな)


六年間、給料というものをもらったことがなかったので意識していなかったが、使用人と雇用人というものはそもそも金銭でつながるだけの関係だ、ということをハクタカは改めて思い出した。

そして、自分達がただそういう関係であることを思い知った。

また少し、泣きそうになった。

簪を袋の中に大切にしまい、ハクタカは立ちつくした。

ハンナイという村はハグムの書状に付随していた地図によると、この道をまっすぐ北に進めば一週間ほどで着く距離にあった。

だが、ハクタカは、このまま寺に向かう気分になれなかった。


「さて、どうしよう、チボ」


途方に暮れたハクタカの隣で、チボはくりくりとした目でハクタカを見上げていた。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

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