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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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決別

ハグムの家の前に立ったハクタカは、随分長い間ここを離れていたような気分になった。

カナの医院を退院し、太陽が空の頂点に昇る頃、ハクタカはハグムの家に到着したのであった。


(先生は夜、帰って来てくれるかな)


ハクタカがカナの医院にいる間、結局ハグムは一度もハクタカの見舞いには来なかった。

シバが自分の退院の日をハグムに伝えてくれると言ってくれたので、ハクタカは近日中にハグムに会えることを心待ちにしていた。

チボを犬小屋の鎖につなぎ、少し緊張しながら玄関の前に立った。

一息ついて玄関をそろそろと開けると、すぐそこに、ハグムが立っていた。

ハクタカは驚いた。

普段仕事から帰ってきても、真夜中であることが多かったのに、ハグムがこんな真昼に家にいたからだ。


「先生……!」


ハクタカは久しぶりにハグムの顔をみて嬉しくなり、すぐに自分を助けてくれたお礼を言おうとした。

しかし、ハクタカを見下ろすハグムの顔は無表情で、青白く、その瞳には鋭い光が浮かんでいた。


「……こちらに来なさい」


ハグムはくるりとハクタカに背を向け、静かに座敷に向かった。

ハクタカはハグムの無機質な声色に、胸の中にいささか不安を覚えた。


座敷の机を挟んで、二人は座った。

ハクタカの隣には、肩にかけられる大きな麻袋と、シバからもらったあの剣が置いてあった。

いつもはそこにあるはずのない物たちに、ハクタカの不安は増し、それは胸の中で蠢いた。

ハグムは座るやいなや懐から書状を取り出し、ハクタカの目の前に無言で差し出した。


「……?先生、これは?」


ハクタカは思わずハグムに問うた。


「私の知り合いの、北のハンナイという村にある寺の住職に宛てた書状だ。君を預かるようにと書いてある。住職は人格者だ。僧にならずとも、君の身の安全を保証してくれる」


ハクタカは書状を見たまま、身体をかたくした。


「……え?」


「今日限り、君を解雇する。……出て行きなさい」


冷たく言い放たれたその言葉に、ハクタカは思わずハグムの方をみやると、一直線にこちらを見るハグムの眼差しに、ハクタカはとうとうこの日が来たことを悟った。

声がまるで出なかった。


「理由は、皆まで言わずとも、己自身、分かるであろう」


ハグムは続けて言った。


「先生?俺……」


必死に絞り出したハクタカの声に、


「男でいる必要は、もうないだろう。その言葉遣いはやめなさい」


ハグムはぴしゃりと言った。


女であることがばれていた。


カナは知らない様子をしていたが、きっと何かのきっかけで医院で知ったのだろう、とハクタカは瞬時にそう、悟った。

ハクタカは、ぐっと、左拳を握った。


「……先生、ひとつ聞いて良いですか?」


「……」


ハグムは瞬きせず、無言でハクタカを見下ろしていた。


「俺がいる間、先生、ほんの少しでも、幸せでしたか?」


肩を震わせながらハクタカは一番聞きたかったことをハグムに尋ねた。


「愚問だ。……去れ」


その答えに、ハクタカは、ハグムの目はもう、見ることができなかった。

俯き、下唇を噛みながら、ハクタカは一歩引いて、座敷の床に額をつけて、ハグムに深く一礼した。

ハクタカが譲り受けた書状と荷物、剣を携え、震える手でなんとか靴を履き、玄関から出ようとしても、ハグムがハクタカに声をかけることはなかった。


庭に出た時、ワン!とチボが鳴いた。

ハクタカはチボに近寄り、首についた鎖を外した。

チボは随分大きくなった。

大きさで言うと野生のオオカミも凌ぐほどだ。

チボはハグムにも懐いていた。


(私がここを出て行っても、きっと先生のことだ、チボを世話してくれる)


チボ自身が、選べるように、ハクタカは敢えて、チボにおいで、と声をかけなかった。

庭を出て、外の通りに出た瞬間、ハクタカは家の方は振り返らず、全速力で走った。

チボがハクタカを追って、駆け出そうとした時。


「チボ!」


ハグムがチボを呼び、チボに向かって光るものを投げた。

チボはそれを宙で口に咥え、地面に着地すると、きょとん、とした顔でハグムを眺めた。


ハグムは、は、と息をついた後、声を張って言った。


「君の主人に、渡してくれ」


ずっとこちらを眺めるチボに、次にハグムは怒ったように叫んだ。


「行け!!」


チボはハグムから視線をはずし、ハクタカが走って行った方向へ、駆け出して行った。


チボの後ろ姿を、ハグムは自身の視界から消えるまで、ずっと、目で追っていた。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

この小説を読み、少しでも応援していただけたら幸いです…!


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