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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
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心の傷

ハクタカはカナの治療のおかげで、日に日に動けるようになっていった。

自身でも少しずつ身体を動かすように心がけ、カナがいない時にはこっそり武術の訓練を再開するようになった。


「は、ほっ!」


寝台の横の床の上で激しく拳の突きの練習をしていると、急に扉が開き、カナにその様子を見られてしまった。


「なにしてんだい、あんた。くっつく骨も、それじゃあくっつかないよ」


「はは……」


ハクタカは、この時、カナにこってり怒られてしまった。

そういうことがあまりにも何回か続いたので、カナはハクタカになぜそこまで武術の特訓をするのか問いただした。

ハクタカは、かつての泥棒事件からシバに剣を教えてもらうところまでの経緯をできる限りの範囲内で話し、また使用人として、雇い主であるハグムを守っていきたいという気持ちを、正直にカナに話した。

カナは興味深そうにハクタカの話を聞き、話の最後にはあんた、やるねと笑ってくれた。


「ただ、身体を治すことが先決だよ。まずは食べてよく寝る!あんたがして良い運動っていうのは歩くことぐらいさ。いいね?」


「はい、すみません」


カナが忠告すると、ハクタカは少し残念そうな顔をした。

それをみたカナはふう、と一息ついて、ハクタカに言った。


「少し、良いことを教えようか」


「え?」


「呼吸法さ」


「呼吸法?」


「人間の命ってのは心の臓の動きや呼吸で成り立っている。それには個々独特の律動があってね。己の呼吸を知り、相手の呼吸を知れば、おのずと相手の動きが分かってくる。これは剣を学ぶ者にとっては大事なことだ。達人は相手の呼吸を見て、感じて、戦うと言う。勝敗を決めるのは相手の気をいかに自分の気で支配するか。その気を、掴むのが呼吸なんだ」


カナは丁寧に説明してくれたが、ハクタカはよく分からなかった。

そういった顔をしていたので、カナは思わず笑った。

まずは自身の呼吸を整えることが、自身の身体を作る、とカナは言って、座ったままでもできる呼吸法を教えてくれた。


ハクタカは部屋にいる時は、この呼吸法を繰り返し行っていた。

深く、強く、長く。

ハクタカは次第に、心が落ち着いてくるのが分かった。

カナは毎日、部屋の廊下から、静かに呼吸法を行うハクタカの様子を伺っていた。


(素直で、良い子のようだ。思わずかまいたくなっちまう。……使用人と言っていたが…、ハグム、あんた、この子をどうするつもりさ)






入院している間、カナはハクタカの具合を頻繁に見に来てくれて、チボの世話も十分してくれた。

身体を心配してくれるのは医者としてであろうが、厳しくも優しく接してくれるカナを、もし自分にこんな姉や母がいたら、どんなに良いか、とハクタカは思った。

カナが部屋に来てくれる時は、ハクタカはハグムが軍事部にいた時のことをよく聞いた。


「軍師の頃の先生って、どんな感じだったのですか?」


「ハグムかい。あのまんまさ。涼しい顔して、無口で淡々としていて……何を考えているのか全く分からない」


「……へえ」


(あれ?なんだか私の知ってる先生とは雰囲気が違う)


ハクタカは少し違和感を感じた。


「でも、まあ優しかったね、あいつは」


カナは自身の左腕の古い矢傷を眺めた。


(女なのだから傷は放っといてはいけないだろう、とその涼しい顔に言われて薬を塗られたっけね)


くす、とカナは笑ったのを見て、ハクタカはハグムとカナの間にも、色々思い出があるのだ、と悟った。


「カナさんは戦が終わってから役所で働くことにはならなかったのですか?シバみたいに」


「やだよ、あんなむさくるしい奴がいるとこなんて」


シバが酒を飲んだ後の顔の真似をするカナを見て、ハクタカは思わず笑ってしまった。


「私には、ここが性にあってる。のんびり過ごしたいのさ」


カナはそう言って笑った。







「戦が始まる」


シバが次にハクタカの見舞いに医院を訪れると、開口一番そう言った。

先日王命により、対エナン国の戦に将軍として呼ばれたことを、シバはハクタカに伝えた。

総大将の次に兵を率いるのが将軍だ。

南にいる兵達の情報によると、エナン軍が着々と北へ進軍している、という話だった。


「そんな」


ハクタカはシバが戦に行くことが心配でならなかった。

手の汗が滲んだ。


「またあんたと一緒かい」


偶然一緒に居合わせたカナが、ため息まじりでそう言った。

シバはカナの方を向き、聞いた。


「まさか、おまえも行くのか?」


カナは黙って王命が記された巻物の書面をシバに見せた。


「よっぽど人手不足らしい。軍事部を退いた私に命を出すなんて」


巻物を巻き直して、カナは言った。


「カナさんも行ってしまうのですか」


ハクタカはいよいよ焦った。

シバはしばらく黙って何かを考えていたが、それを辞めたのか、カナに言った。


「おまえはやめとけ、やめとけ。婚期がまた遅れるぞ」


「ふん、余計なお世話だよ」


「ハグムになんぞ惚れるからそうなるんだ」


(……!!)


シバのその言葉に、ハクタカは別の緊張感に襲われた。

カナはシバを睨みつけ、鼻を鳴らし無言で部屋を出ていった。


「やべ、怒らせたか」


シバはハクタカに目配せしたが、ハクタカは何も言えなかった。


「おい、そろそろおまえも退院できるんだろ?いつだ?」


シバが問うた。


「あ、ええと、カナさんは、三日後の朝って言ってたよ」


「そうか、俺自身会えるかどうか分からんが、なんとか退院の日だけはハグムに伝えといてやらあ」


「ありがとうシバ」


「俺も戦の準備で忙しくてな、退院の日も来れねえ。すまねえな」


「ううん、来てくれてありがとう」


じゃあな、と言ってその日シバは帰っていった。





その日の夜、カナはハクタカの身体の傷を診に、部屋に入って来た。

カナは無言で処置を続けていたが、ハクタカはどうしても気になってカナに尋ねた。


「カナさんは先生のこと、好きなのですか?」


「!!やだよ、この子は」


カナは一旦処置を止め、はにかんだが、すぐに処置を続けた。


「昔の話さ。あいつは戦のことで頭がいっぱいで、私のことなんて見向きもしなかったけどね」


てきぱきと処置を続けながら、カナは笑ってそう言った。


(こんな素敵なカナさんでも…)


他の知らない女性であれば嫉妬していたかもしれないが、カナと接するうち、先生のことを大切に思ってくれているこの人であれば…とハクタカは思ったところであった。

そういった気持ちと、自分の正直な消せない想いがぶつかりあい、ハクタカの気持ちは複雑だった。


「それに……私じゃだめだった」


カナはぼそ、とつぶやいた。


「え?」


寝台の上にいるハクタカは、カナを見上げた。


「私には、あいつの身体の傷は癒せても、心の傷を癒してやることはできなかったのさ」


(ナムグ支城の一件で、激しく傷ついたあいつの背中に、かける言葉さえ……私は思いつかなかった)


カナは俯いていた。


「心の傷、ですか…」


ハクタカはカナの言っている意味が分からなかったが、カナが苦しい顔を見せたので、それ以上聞くのを止めた。

カナは俯きながらも、目線はハクタカにあった。


(あの日、私がこの部屋に処置に来る前、ハグムはずっとこの子を見ていた。苦しげだったが、それ以上に、慈愛に満ちた目で)


「……あんたは、その傷を癒したのかもしれないね」


そう言うとカナは、ハクタカの治りかけている傷をばしっと叩いて部屋を出ていった。


「?い、たい…」


ハクタカは思わず呻いた。


(ハグム。……あんたが、この子を家から追い出さない理由が、なんとなくわかったよ)


カナはハクタカのいる扉の向こうで立ちつくし、苦笑していた。


ハクタカは叩かれた傷をさすりながら、唖然としてカナの出ていった扉を眺めていた。


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