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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
36/82

激昂

ハグムは王宮の回廊を、激しく怒りに満ちた形相で足速に歩いていた。

王宮に使える従者や回廊の角の柱に肩をぶつけながら、役所から一点をめざしてただひたすらに。

王宮では絶対見せないハグムの憤怒の顔に、道行く従者たちは戸惑いを隠せなかった。


遡ること半リン前<一リン=約一時間>。

役所のハグムの自室に、王宮の使いが一人やってきた。

扉を開け、王宮の者と知るや、ハグムの顔は曇った。


(どうせろくなことじゃない)


そう思っていたが、まさか、こんなことになるとは。


先ほどの王宮の使者から譲り受けた巻物をぐしゃり、と手に強く握りしめたまま、王宮の集会場<王が側近たちと政務を行う場所>の目の前に、ハグムは立ちはだかった。

そして扉の前にいる従者に言い放った。


「内政部副官ハグム・イ・ウィルだ。謁見したい。ただちに知らせろ」


「は、ですが……」


従者は、階段上にある集会場をちらりと見やり、困った顔をした。


「左大臣がいるであろう、知っている。さっさと開けろ!」


ハグムは従者に怒鳴り散らしたが、従者はそこから動くことはなかった。


「……聞こえているよ、ウィル君」


階段を登ろうとしたハグムを、従者が止めているところ、左大臣オンギョルが出てきた。

オンギョルは集会場の扉から下のハグムを見下ろしゆっくり階段を降りてきた。

ハグムは下からオンギョルを睨みつけた。

役所の文官や武官は親しみをこめて、皆ハグムを名で呼ぶ。

ウィル、と姓で呼ぶのはこの左大臣オンギョルだけだった。


「……これは、どういうことですか」


ハグムは手にしていた巻物を、すぐさまオンギョルの前に突きつけた。

オンギョルは巻物に目をやり、顔をわざとらしくしかめ、低く響く声で言った。


「そこに書かれてある通りだが?」


その言葉を聞いたハグムは、怒りで自分の全身の毛が逆立った気がした。

ハグムがオンギョルの胸ぐらに掴みかかろうと前に歩み寄った途端、大きな手が、ハグムの攻撃的な手をつかんだ。


「サイ殿…」


ハグムは後ろに立ったその人の名を呼んだ。


「オンギョル殿。お久しぶりでございます。今日は良い天気ですなぁ」


サイはにっこり笑ってオンギョルを見て穏やかにそう言った。


「ああ。そうだな。君も元気そうでなによりだ。…今は快晴だが、今日の占いで空界師<王宮での役職。天気を予言する者>たちは夕立の相が出ていると言っていた…ウィル君。早く仕事を済ませ、帰った方が良いだろう。その綺麗な服が汚れないうちに…では」


オンギョルは微笑を浮かべて、集会場に戻っていった。

サイはオンギョルの姿が見えなくなると、ハグムに向き直った。


「下の者から、その『王命』のことを小耳に挟んだのでな。おまえさんのことだ、頭に血が昇って左大臣だけでなく、王にも殴りかかるやもしれぬと思ったが…。どうやら来てよかった」


「……」


ハグムは、集会場の扉の向こうを、睨みつけたままであった。


(怒りで聞こえぬ、か…)


サイは心でつぶやいた。

二人はしばらくその場に立ちつくした後、サイはハグムを自室へ招いた。


「…こちらへ来なさい。話をしよう」






集会場に戻ったオンギョルは、漆で塗り固められた椅子に座しているヨナ王トマムに一礼した。

集会場にいるのはオンギョルとトマムだけであった。

トマムはまだ若い王であった。

六年前に第十五代目ヨナ国王であった父サンナを病で亡くし、まだ子供であったにもかかわらず長兄である自身が即位したのであった。

トマムは、緊張で体がこわばっていた。

その顔はまだ少年の顔を残し、あどけなく、青白かった。

オンギョルは、王の持つ巻物を凝視し、内容を反芻していたところで、重苦しく口を開いた。


「…あの男を秘密裏に治安警察部から引っ張り出し、エナン国へ送ったというのに、まさかこのような返事が来ようとは」


「…あの九年前と同じことをまた繰り返すというのか」


トマムは重々しく口を開いた。


「それは、王も承知したではありませぬか。これは、ヨナ国全国民の命に関わること。ウィルを引き渡し、前の戦に携わった軍師を亡き者にするという悲願を叶えればエナン国の大軍を止められるかもしれぬと」


オンギョルは王を嗜めるように言った。

若き王を教育し、即位させたのは、この左大臣オンギョルだった。

まだ頼りなく内気なこの王を、オンギョルは大事な卵のように温め、育て、そして我がものとしたのだった。


「…承知しておる。ただ、九年前、我が父も床に伏す中で下した苦渋の決断だった。そして、いざ、我もその決断をすることに、心を痛めているのだ」


「…その痛みを堪え、戦が始まる前に事が進めることができたらよかったでしょうが…最後の文を見られましたかな」


「…元軍師総帥の弟子ハグム・イ・ウィルの首を戦の前に我が国にもたらすのではなく、戦に軍師総帥として我が国と対峙させること。我が軍がウィルの首をとるか、そなたらが戦の間にウィルの首をとり、我が国に連れてくるか…、どちらが速いか、勝負をしよう。そなたらが勝ったならば、そなたの言うとおりに、一旦進軍を止めよう。しかし、連れて来られなければ、我らがエナン国はどこまででもヨナ国を侵略する。エナン国はヨナ国の健闘を祈っている」


トマムは、文を読み上げ、巻物をぐしゃり、と捻じ曲げた。


「我らは完全に遊ばれている!」


トマムは怒って叫んだ。


「この戦を早急に終わらすには、ウィルを開戦と同時に殺すことですな」


トマムは目を細めてオンギョルをみやった。


「…ハグムとやらは、あのオムの弟子であろう?オムが病で調子の悪い時は代理を務めていたとも聞いている。軍師としては相当な実力ではないのか?もしかしたら、エナン国を阻むことも……」


「王!」


オンギョルは王に叱責した。


「こたびの戦の、エナン兵の数を聞き及んでおりますでしょう」


「……」


トマムは顔を伏せ、口を閉ざした。

トマムは頭では理解していた。

かつてない敵の軍勢が、国に迫ってくる。

たった一人の人間の犠牲で、多くの国民の命が救える。

ヨナ国存続のための尊い犠牲だと思いたい。

しかし、若くも国を想い民を慈しむトマムは、同じ祖国の人間同士を天秤にかける自分が、情けなくてしようがなかった。


「すでに手は打ってあります。王、我らの勝利を必ず掴み取りましょうぞ」


オンギョルは不敵に笑った。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

この小説を読み、少しでも応援していただけたら幸いです…!


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