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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
34/82

父の背中

**十一年前


「今が好期です、サイ殿!エナンが撤退する今、我らがヨナ国の領土を広げる時。後ろから追いましょう」


少年は、アシア平原を撤退し南下する軍を見下ろしながら、サイと呼んだ大男に呼びかけた。


「待てハグム」


少年は、後ろから来た男に振り向いた。

男は髪も眉も髭も真っ白で、顔も皺くちゃであったが、鋭く光る目と、全身が日に焼けた肌が、戦場に身を置く者の威厳を際立たせていた。


「師匠…」


ハグムは男をそう呼んだ。


「総大将サイ殿。敵は去りました。骨を休めた後、撤退でようございますかな」


「ああ、オム。そうしよう」


ヨナ国の軍の陣が敷かれた丘陵地で三人は横に並んでいた。


「どうしてだ!我が兵の士気は衰えてはいない。エナンの領土もすぐそこだ。勝算はある、俺にやらせてくれ」


「あっはっは、頼もしいなこの若き軍師は。のお、オムよ」


サイは大声で笑った。


「失礼を。愚息でございます。聞き流してくだされませ」


オムは、その鋭い目で、無言でハグムを嗜めた。


「……」


(なんだ、師匠は。いつもいつも)


ハグムは、自分の意見を通そうとせず、大将軍の前で自分を愚息と言う養父に、腹を立てていた。

しばらくして二人から離れたハグムは、足元の石を拾い、丘から石を思い切り投げつけるのであった。





その日の夜、野営地は兵達が集まって戦の勝利を祝い、酒を飲んでは喜び、時々わっと盛り上がる声をたてていた。

ハグムは兵達から少し離れ、焚き火のそばに座り、ぼぅっと、揺れる火を見ていた。

兵を指揮するオムは、ハグムに次の一手をどうするか、戦局が変わる度にハグムに聞いていたが、聞くだけで、ハグムの意見がオムの戦術に通ずることは一度もなかった。


(俺は、師匠の何なんだ)


エナンを憎んでも憎みきれず孤軍奮闘したあの日、ハグムは大人達をまとめ、大人達を率い、敵国を退けたが、大人達はハグムを裁きにかけようとした。

そんな時、手を差し伸べたのがオムであり、ハグムはいつの間にか彼の養子になっていた。

周りの大人を信じることもできず、ハグムはオムに話しかけられても、無言を貫き、彼を睨みつけていた。

最初は勝手に他人の養子にされ、静かな怒りをオムにぶつけるだけであったが、それでもオムと戦場を駆け抜けるうちに、ハグムはオムの人柄と軍略に魅了されていった。

いつか、自分もこうなりたいと思うようになり、ハグムはオムを師匠と呼んだ。

しかし今のハグムは、オムに近づくどころか、足手まといになっている気がしていた。


(俺は、この戦で何の役にも立っていない)


笑いながら酒を飲む兵を遠目で眺めながら、ハグムは火の中に、地面に落ちている細木を投げ込み、一人塞ぎ込んでいた。

すると、兵の会話が横から聞こえた。


「なあ、俺たちこのまま撤退だってよ」


「これから進軍はしないのか、エナン兵を追っ払っただけじゃないか」


「なにも得られたもんじゃねえ、帰ってどれだけの報酬がもらえるか…たかが知れてるぜ」


「サイ様というより、あの軍師の意見だろう?『小心者のオム』って裏のあだ名の」


「……」


ハグムは黙ってその会話を聞いていた。


(師匠は、いつも守りに徹する。それ見ろ、兵から苦情が出ているじゃないか)


ハグムはオムの軍略の中で、唯一気に食わなかったのは、エナンが撤退、つまり戦に勝利した後も、敵地に踏み込むことを良しとしなかったことだ。


(もっと、領地が広くなればヨナ国だって…もっと大きな国になれるのに)


ハグムは膝の上の両手でぐっと自身の腕を掴んだ。






翌朝、兵達が野営地の撤去で片付けに追われている間、オムは一人で丘からエナン国の方角を眺めていた。

その背中は、初老にかかる年齢とは思えないくらい、大きかった。

自身とオムの荷物を担ぎながら、ハグムは、オムに呼びかけた。


「師匠、準備が整いました」


「ああ、そうか」


エナンに続く大地をずっと見続けるオムに、ハグムは昨日の兵の会話の内容を告げた。



「師匠、俺も納得いかない。どうして進軍しなかったんだ」


「……」


オムは黙ったままだった。


「…どうして、何も言わないんだ。兵からもあのように言われて、師匠は悔しくないのか」


「…ハグムよ」


「…はい」


「おまえはもう一人前の軍師じゃの」


「?…何を言うんだ。俺の意見など、聞かないくせに」


ハグムはいつもの不満を、オムにぶつけた。


「…おまえのそれは、いつもわしを驚かせる。自信を持て。来たる日まで、己を磨け」


「…はぁ?」


ハグムは、オムの言うことが理解できなかった。


「ただな、おまえはひとつ、勘違いをしている。それさえ分かれば、おまえはきっと、もっと立派な軍師になれるさ」


「……」


ハグムは黙って、オムの言葉を待った。


「何も奪わない、何も奪い返されない、争いないところに平和ありだ。進めばいいというものではない。憎しみを生むだけだ。逆に、引くだけもいけない。こちらにも守るべきものがあるから。良いか、ハグム。軍師は怯者であれ。全ては民のため人の世のため…大切な人間を守るために」


ハグムは目の前の男の言葉が全く理解できなかった。


「…俺は臆病者じゃない。ただ、進むべきだ。進むことが、民のためになる」


顔をしかめながらキッパリとそう言ったハグムに、オムは苦笑した。


「大切な人間がいると、ひとは弱くなり、守りに入るものだ、ハグム」


「だったら、そんな人間など、作らなければ良い!勝つために!」


ハグムが答えた瞬間、風が吹いた。

ひどく、冷たく、大きな風だった。

ハグムは思わず両腕で顔を覆った。

オムの、日に焦がれた肌の奥にある瞳は細められ、ハグムは両腕の隙間から、その瞳が一瞬儚く見えた。

風が止むと、ハグムは両腕を解き、オムの方を向いた。

隣で優しく微笑む男の顔は、尊敬するいつもの父の顔だった。


「お前も、大切な人間ができれば、いずれ分かる。ひとは弱くもなるが…それ以上に、強くなれる」


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

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