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隻腕のハクタカ  作者: チョヴィスキー
29/82

酒場にて

「あら、今日もハクタカしかいないの?」


今日はハグムの休日にあたるが、あの軍師狩り事件以降、ハグムは全く家に帰ってこないのであった。

ハクタカには、ハグムが帰らない理由が本当に仕事や、エナン国から自身の身を守るためなのかも分からず、不安な日々を過ごしていた。


あの事件の日、自身の剣術でハグムの命を救えたのは事実ではあろうが、剣術の特訓を隠していたことをハグムは自分に怒ることもなく、ため息だけを残して去っていった。

それ以来、会えていないのだ。

ユノは最近よく週末にハグムの家に来て、ハクタカの家事を手伝いながら、同じく休日、隣の自宅にいるシバを昼食に誘おうと、毎回ハクタカにお願いするのであった。


「うん」


ハクタカは、寂しそうに頷いた。


「なによ、どうしたの?」


ユノがあまりにも頻回に、元気がない、と主張するので、ハクタカはエナン国の刺客の件は伏せて、シバから剣術を教えてもらっていたことがハグムにばれてしまい、それ以来会えておらず、とても気まずい状況であることを伝えた。


「あちゃあ、それはまずかったわね」


「うん、今度先生に会う時、どうしていいか、分からないんだ」


「私も……。シバ様が私のことをただのハクタカの友達、にしか思ってくれていないわ。どうしたらいいのかしら」


二人は座敷に向かい合って座ったまま、そろってため息を吐いた。




ユノが夕方に帰った後、ハクタカは庭先の廊下で剣を眺めていた。

隣の玄関の扉が開きシバが出てくると、シバはハクタカに気付き、おう、と言って外へ出て行こうとしていた。


「シバ、どこに行くの」


「街だ。俺ぁもうあの一件で疲れ切った。久しぶりに街に繰り出して美人の姉ちゃん達に癒してもらって、うさを晴らそうってわけさ」


ハクタカは顔を赤らめたが、咄嗟に聞いた。


「先生は?誘わないの?」


ハクタカは、シバがハグムをそういうお店に誘うのをあまり快くは思っていなかったが、最近はめっきり二人で店に行くのを見送ることがなかったため、思わず問うたのだ。


「へっ、あいつぁ役所に引きこもって出てきやしねぇ。仕事が恋人なんだろうさ。あの事件から結構時間は経ったろう?もう悪い事件も起きてはいないし、家に帰って来ても良い頃なのによ」


ハクタカはシバの言葉を聞いてやはりハグムが自分を避けているように思えた。

それがものすごく、心苦しかった。


(先生に避けられるのは、こんなに辛いものなんだな)


一度、ハグムのことが好きだと自覚したその心を、まったく消せずにいる自分がいた。

ハクタカは、なんだか自分が惨めに思えてきた。


その時、不意に今日ユノが元気のなかったことが頭をよぎった。

惨めで情けない自分でも、少しでも、誰かの役に立ちたいと、その時思った。

そういえば、シバはどんな女性ひとが好きなんだろう。

少しでも良い情報をユノに伝えられれば、元気を出してくれるかもしれない。

そう思ったハクタカは、思わず去り際のシバに叫んだ。


「お、俺もそこに連れてって!」


「おっ、なんだ、おめえ。一丁前に女に興味があるのか?」


「は、ははは」


ハクタカはシバに、努めて笑ってみせた。





よくハグムと行っていた店だ、とシバに言われて付いてきた店に入ると、そこはハクタカにとっては未知の世界だった。

机に並ぶ料理の湯気と多くの人の熱気、昼の街とはまた違うざわめき。

そこには幾人もの男達が、艶かしい女達に囲まれて酒を楽しんでいた。

中に進むと、客のうちの一人の男と女の密着度合いを見て、ハクタカは赤面して思わず目線をはずした。

シバはそれをにやにやしながらみつめ、慣れたように端の机の椅子に座った。


「あら、シバ様じゃない」


一人の女がシバに近づいてきた。


女はすらっと背が高く、一つにまとめ上げた髪はしなやかで、見える頸は色っぽかった。

唇には濃い赤い紅をさし、綺麗に整えられた眉ときりっとした目尻には化粧がほどこされ、誰もが振り向くような美しい女性であった。服は胸元から下が濃い紫で、腰のくびれを見せると、一気に裾まで広がり、女の妖艶さを際立たせていた。


「おおラン、久しぶりじゃねえか」


シバは手を挙げた。


「あら、隣の可愛いボウヤは誰ですの?」


ランはハクタカに視線をやった。


「ハグムんとこの使用人だ、可愛がってくれや」


「あら、こんばんは」


ランと呼ばれた女は整った唇をほころばせた。


「あ、こ、こんばんは」


ハクタカはとまどいながらランに軽く一礼した。


「変わりねぇか?」


シバはランに尋ねた。


「ええ、いつもありがとうございます」


ランはシバに深く一礼していた。





「シバ様ったら、すごい飲みっぷりねぇ」


「ははは!そうだろう、ほら、おめえらも飲め!」


「まあ、男らしい」


「シバ様、素敵ぃ」


気がつけば、シバの周りには店の女たちが殺到していた。

ハクタカにも女たちが集まり、酒を勧めてきたが、圧倒されたハクタカは、思わず椅子をひいて、遠目からその様子を傍観していた。


(私、場違いだったな)


ハクタカは帰ろうか、と周りを伺っていた時、ランがこちらに来て、腕を掴んだ。


「あら、ハクちゃん。何かお探し?」


(は、ハクちゃん…)


ハクタカはたらり、と冷や汗をかいた。

ランに捕まってしまい、ハクタカは帰る好機を失ってしまった。

シバの方は相変わらず、すごい騒ぎだ。

ハクタカは店を傍観しながら、傍にいるランに思わず聞いた。


「す、すみません。あの、シバっていつもああ、なんですか?」


「ふふ。そうね、大体。豪快でしょう?」


ランは口を手で覆い、微笑んだ。


「ハクちゃんは、シバ様のこと、お好き?」


「え?あ、はい。一応剣の師匠なので」


「あら。素敵な関係なのね」


ランは流し目でハクタカを下から上までまじまじと見た。


「あ、あの?」


ハクタカはたじろいだ。


「…シバ様のお弟子さんなら、教えてあげる。シバ様は、ああやってお酒を楽しんでいて、実は、私達を守ってくれていらっしゃるのよ」


「え?」


「私たちは女としておもてなしや歌や弦などの芸はするけれど、男女の情は決して交わさないのがこのお店の掟。でもこういう店だからね、お客さまの中では色々な方がいるわ…。シバ様は、そういう人たちから私たちを…ね」


ランは遠い目でシバを眺め、微笑んでいた。


(そ、そうだったんだ)


飲兵衛としか思っていなかったシバの新事実に、ハクタカは驚いていた。

周りを美しい女達に囲まれたシバは、豪快に酒を次々に口に運んでいく。

顎髭に酒がついて、シバが袖で拭おうとしたところに、ひとりの店の女がすかさず綺麗な布で丁寧に拭き取っていた。

ランは目を細めながらそれを見て、ハクタカに言った。


「素敵な方よね」


ランは目を伏せて、少し悲しげな様子をみせた。

ランの一連の表情を見ていたハクタカは、察した。


(あ、もしかして…)


「ランさんって、シバのこと…?」


ランは、思わずつぶやいたハクタカの口の前で、細い人差し指を立て、微笑んだ。

それを見たハクタカは口をつぐんだ。


「シバ様はね、ああやって、女たちとお酒の席では触れ合ってはいるけれど、本命の方は絶対作らないの」


ランはハクタカに語りかけた。


「ど、どうしてですか?」


「以前お酒の席でね、シバ様がおっしゃっていたの。『またいつ何時、戦に呼ばれるかしれねえ。敵に殺られてやる気はさらさらねぇが、万が一俺が死んでしまったら、女に寂しい思いさせちまうだろ』って」


「……!」


ハクタカは、普段のシバからはまるで想像できない台詞に、息をのんだ。


(シバは、そんな覚悟を、していたの…?)




女達がまばらになってきた頃を見計らって、ハクタカはシバの隣に座った。


「ねえ、シバ」


「おう、なんだ」


シバの顔はすでに真っ赤であった。


「シバって意外とまじめなんだね」


「ぶっ。なんだよそれ」


戦を知っているシバだからこそ、その過酷さも、苦しさもわかっていて、人を殺めて沈んでいる私など比にならないくらいの覚悟と信念を、持っているのだろう。


シバには幸せになってほしい、とハクタカは思った。

たとえ戦に行くことになっても、どうか無事に帰ってきてほしい。

そして、そこに、シバを想ってくれる女性ひとがいたら、一緒に生きていって欲しい。

一途なシバには一途なユノがぴったりだと思い、ハクタカはなんだか嬉しくなってしまった。





シバの隣に座っていた店の女が、他の女に耳打ちをされて、シバに言った。


「シバ様すみません。別の、政府のお方が三人いらしたようでして。皆で挨拶に行ってきてもよろしいでしょうか」


「ちぇ、誰だよ。俺の部下だったら、帰れと言っとけ」


微笑んだ女達は一斉に立ち上がって店の入り口に客を出迎えにいった。





再びシバと二人きりになったハクタカは、気になっていたことをついにシバに相談した。


「ねえ、シバ。俺が剣を持つことを先生が嫌う理由はなんだと思う?」


シバは大きな目をさらに見開いた。


「ああ?なんだ、あいつ、まだあのことおまえに怒ってるのか?」


「……ううん。あれ以来会えてなくて。でも、怒っているだろうな、って」


「ふん、ハグムめ。役所で俺にばったり会った時もあからさまに目を逸らしやがるからな」


「……やっぱり、そうなんだ」


俯くハクタカを見て、シバはため息をつき、語った。


「あいつぁ、おまえを養うようになって今でこそ仏のような顔をしているが、昔は違ったんだぜ」


「え?」


シバは自身で自分の酒をついだ。

酒がまわり、饒舌になったシバは、多くを語ってくれた。


「ハグムは昔の話をしたがらねえから、俺も聞いたことがあるのさ、あいつのこと、じじいにな。あいつぁ、戦争孤児でな。エナンとの国境にある村で両親を殺されたらしい」


「え…?!」


ハグムの今の栄光からは遠くかけ離れた、幼少期の壮絶な背景の片鱗を知り、ハクタカは思わず唾を飲みこんだ。


「略奪された村で生き残った孤児や未亡人、老人なんかは、そのまま戦場に参加することも多かった。子供は特に武器の準備や馬の世話…、結構役回りは多かったが、ハグムはもともとあの目だ、全く役に立たなかったらしい」


「うん…」


「ただし、周りも所詮学のない女子供だ。話せても、文字が読めないとどこに何を運べばいいか分からんからな。兵を指揮官にして、そいつらに夜な夜な必要最低限の読み書きを学ばせた。で、だ。ハグムは、そこで注目を浴びた。読み書きはもちろん、とにかくものすげえ記憶力が評価されたらしい。とんとん拍子に話が進んで、伝令役の付き人になった」


「伝令役って?」


「その場その場の戦況を各地に散らばる将軍達に知らせ、戦術を伝える役目だ。ハグムに伝えれば、紙に記す必要もねえからな、えれえ長ぇ命令も、一字一句正確に伝わって、重宝されたらしいぜ」


「へえ…!」


「今思えばあいつぁそれで将軍や軍師、敵国の目っていうものを見ていったんだろうなぁ…三年経って、あいつが十二の時、事件が起きた」


「事件?」


「ハグムが加わる一軍の将軍と軍師が、敵国に殺されてな」


「え!?」


「修羅場さ。味方にはわずか百人程度の歩兵と数十の騎馬しか残っていなかったが、目前にいるエナンの兵の数は総勢五百人いたんだぜ」


「そんな…」


ハクタカは、五百人の敵を想像しただけで、身が縮む思いがした。


「絶体絶命、だろ?だがハグムは諦めなかった。あいつは軍の兵を導いて、見事その場を突破したのさ」


「やっつけたの!?」


「破竹の勢いでな」


「すごい…!」


感心するハクタカを見て、ふっ、とシバは苦笑した。

その笑みを、ハクタカが見ることはなかった。


「周りの仲間の軍もはじめはまぐれと思っていたようだが、ハグムの野郎は最終的にエナンのやつらの前線を後退させやがったのさ」


「さすが、先生…」


ほう、とハクタカは感嘆した。


「だが、そうせざるを得なかったのも事実だが、あいつの軍略で味方に多くの死人が出たのも事実だった」


「……」


「はじめこそ、その偉業を褒め称えた大人たち達もいたが、周囲の兵たちはガキに手柄を横取りされたようなもんだったからな、仲間の兵が多く死んだことを逆手にとって、孤児のあいつを捕らえようとした」


「そんな」


ハクタカは顔を歪めた。


「そこで、じじいの登場だ。軍師たちをまとめる総帥という立場を利用して、なんとかそいつらをなだめてハグムを養子にしたわけよ」


「そう、だったんだ…」


ハクタカは、ハグムがオムの養子であることはすでに知っていたが、その経緯には悲しい事実があったことに、何も言えないでいた。


「だがな、仇のエナンの人間を殺せるなら、自国の軍が滅びようが自身が滅びようが、どうなったって構わない、ハグムはそういう考えでな。危険だと思ったじじいは、あいつを徹底的にシメた」


「シメたって…?」


「じじいは戦にハグムを連れ回して軍師ってモンを徹底的にあいつに叩きこんだ。十年前にゃあ、オムに見込まれて、もうほとんどの戦はハグムが率いていた」


「そうだ、前、シバそう言ってもんね」


「立派だったぜ。成人にもなっていない若造が、あの大将軍サイと肩を並べて戦場に立つなんてよ」


「うん、先生、すごい」


「……だからよ、戦場を幾度となく切り抜けてきたハグムにとっちゃ、剣は人間を殺すための道具に過ぎないことはよくわかっている。尚更おまえには剣など持って欲しくなかったんだろう」


「……」


「ま、武人の俺にとっちゃそれは日常茶飯事だからな。人にはいろんな考えがあるが、俺もおまえにむやみやたらにひとを傷つける剣を教えたつもりは毛頭ねぇ。それはおまえが一番よく知っているだろう?」


シバはにっと笑った。


「…うん!」


それに応えるように、ハクタカも笑顔で返した。


【チョヴィスキーからのお願い】

小説を読んでいただいて本当にありがとうございます

この小説を読み、少しでも応援していただけたら幸いです…!


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みなさんの応援のおかげで、なんとか作品を続けています

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