第3話 英雄王③
ルアネは遮断魔法を部屋に張り巡らせて、リラは防震魔法を周囲に展開させた。
笑えるぐらい興奮したのを覚えてる。「引きこもりがここまできたぞ!」……そういくら叫んでもたらないぐらいに…。
2人がゆっくり口を開いて言った。
俺のことを愛している、と。
嬉しかったよ、だから…だから……。
俺は2人を抱きしめて伝えたんだ……俺も愛していると。
それから…あぁ。2人を抱いたよ。
(当時の事を思い出したのか、端正な顔から表情が消えていく。)
「辛いようでしたら、日を改めても構いませんよ」
い、いや話すよ。
…………俺、俺は大丈夫なんだ…。
…その翌日だった、ギルドを通して王都から連絡がきて『貴殿の活動場所を王都に移すのであれば広大な土地と屋敷を用意する』と言われたんだ。
俺には断る理由が無かったし、むしろ願ったり叶ったりだと思った。
2人と相談すると彼女達も同じ考えだと言ってくれた。
だからすぐに荷物をまとめて王都へ引っ越した。そして3人で暮らし始めたんだ。
そこでの生活は楽だったよ、ダンジョンを攻略してスキルはいくつも増えてたし称号が〈英雄〉に変わっていた。
それにルアネには〈魔導士〉リラには〈聖女〉の称号が付いていた。
複数の依頼を受けてから完了の報告するまで日をまたぐ事なんて殆どなくなって、それで今まで見たことないぐらいの大金が手に入った。
俺達は王都でどんどん有名になった。
でも……ある日、新居に暮らしてから1ヶ月後の深夜に目を覚ました。
酷く混乱したのを覚えてる。
…ただハッキリと恐怖だけは感じていた。
2人から告白された日、抱いたあの夜の記憶が思考を捕えていた。
半身を覆う柔らかいルアネの肌から感じる温かい体温が。
鼓膜を刺激する荒い息遣いに混ざるリラの想像すらできなかった嬌声が。
鼻腔を満たす甘い香りが。
舌の上で暴れるルアネの味が。
脳裏に浮かぶリラの姿態が。
…ルアネが……リラが…………。
(御手洗梓晴は顔を覆い、かぶりを振る。部屋の中に沈黙が訪れ、微かに嗚咽が聞こえる。暫く時をおいて、梓晴はまた話し始める。)
そんな様子が何度も浮かんだ。
なぜだか理由はわからないが、とても怖かった。
病気だ。俺はどこか悪いんだ。
荒い呼吸を抑えてステータスを開いても正常としか映らない。
2人は彼女。
愛している人だ。
愛しているべきだ。
いくら考えないようにしても、頭の中に浮かんでくる。
重要なのは恐怖の原因を探る事でこれは無視しろ。
この女性こそ自分の彼女。
愛せ…そう思った……。
次の日から空いている時間は魔法を学ぶ事に時間を費やした。
知識を得る事は苦痛じゃなかった。
それに2人の為でもあると思って必死に学んだ。
結果、五大属性の全ての魔法と陰陽道という独自の魔法の使い方を覚えた。
俺には《無限成長》があったから…2人も誰も驚かなかった。
それどころか皆が称賛の渦だった。
王の騎士団も貴族達も…国民までもが俺を称えてくれた。
加えて依頼をこなす過程でスキルも増えてより強力になっていく…。
でも、どれだけ能力を合わせても原因が分からなかった。
何よりおかしかったのは俺の性欲は消えていなかった事だ。
2人に触れたいと思う反面、触れる事が恐ろしかった。
それでも抱くことは出来た。
恐怖は水銀みたいだった。
腹の中で重く、身体を支配する。
でも抱けばそれ以上を求める自分がいる……。
これは吐き捨てた端から湧いてくる。
俺は狂っているんじゃないか?
何か別のモノになったんじゃないのか?
俺は正常か?
怖くて眠れなくなる日もあったが、ようやく原因が分かった。
だがそれは余りにも情けないものだった……。
…………俺は…2人に受け入れられている事が怖かったんだ。
…十数年生きてきて自分の中に色んなものを積み上げてきた。
自分の理性の裏には誰も知らない醜悪な一面だってあるのを自覚してる。
2人はそんなことは知らず…いや……知っても些事とばかりに受け入れるだろうと予想が出来た。
きっと普通の人はそれに幸福や安心感を感じるんだろうが俺は……。
自分が酷く矮小な存在に思えた。
なにより落差がキツかった。
なにが〈英雄〉だ、こんな下衆野郎が。
アレッタを見れば胸が高鳴って、リラを見れば心が安らぐ。
その度に自己嫌悪する日々が続いた。
俺は…俺は孤独だった。
部屋に引き籠ってたガキと何も変わっちゃいなかった。
出会いも冒険も何の意味もなかった。
俺にとって大事なものは最初から一つだけ。
自分の、無駄に、肥大化した、エゴだった。
……情けない…。
でもあの時の俺は何も知らなかった。
ここまでようやく自分の内面を理解するまで3ヶ月経ってからだ。
『異世界最高』『チート最強』『ハーレム』…。
そんな事を言ってた奴らはどう思うだろうな。
結局はただのクズだった。
その時の俺は頭の中に溢れる言葉を浴びるように飲み続けながら腰を振っていただけだった。
頭の中の地獄の蓋を開けた時、俺はそれしかしていなかったんだ。
それからは転がり落ちただけだ。
惨憺な現状から抜け出すために俺は楽な道を選んだ。
違うな、逃げただけだけか…。
初めにやったのは子供ができないように細工をする事だ。
誰にも悟られる事なく魔法で体をいじるなんてスキルと魔法を応用すれば簡単だった…。
……だってそうだろう?子供は祝福されて生まれるべきだ。
こんな。
こんな、愛してくれる人を怖がるような奴が親になんてなるべきじゃない…それに俺はきっと子すら恐れてしまうと確信していたから……。
次に『2人に受け入れられるのが辛いならもっと人数が多ければ良い。』愚かにもそう考えた俺は自分を受け入れる相手を増やすことにした。
幸い使い道のなかった《言語理解》のスキルがあった。
これがあればエルフ、獣人、ドワーフ、龍人、魔族、亜人、何でもござれだ。
貴族に根回しして爵位と力があればどんな地位の奴にでも近づける。
……あぁ…そうだな好き勝手に捨てれる立場じゃなくなってた。
それに…2人から昔パーティの戦士が田舎に帰ったことを聞いてたから……裏切るような真似だけは絶対したくなかった。
Aランク冒険者なら依頼で遠出しても不自然じゃない。
道中で出会った美女、美少女が仲間や親密な仲になっても……不思議じゃない。
そんな言い訳を幾つも考えてたよ。
2人はそれを許してくれていた。
いや、きっとそもそもこの世界では考えが根本から違うんだろうな……。
…後は話した通りだよ……。
魔王、エルフの姫、女錬金術師、獣人の娘、隣国の姫、サキュバス、猫耳娘、半吸血鬼、海賊娘……。
気づけばそれだけ増えて自分の立場も偉くなったが…俺にとっちゃ国家間の和睦や種族同士の関係修復なんて余剰だよ、邪神を打ち倒して世界に平和をもたらしたことですら。
結局何も変わらなかった、抱いても抱いても俺の恐怖は変わらず胸の内に増え続けるだけだった。
関係の長いヤツらだって相応の実力を備えて、今じゃルアネは世界有数の魔法学校の教師でリラは聖教会の運営に携わっている。
国民は俺を称える、安全保障と平和の象徴として。
そのうち彼らは俺に世継ぎを求めるだろう、自らの子々孫々の時代までこの安寧秩序が受け継がれるように。
俺の本質は国防の要じゃなく世界最高の戦争抑止力だ。
雁字搦めで身動きの取れない盤上の駒だ。