第2話 英雄王②
「こんばんは。御手洗梓晴。俺はトマス・フレデリック」
「……………俺に何か用かな」
王都へ越してきて2ヶ月。
初めてのAクラスの依頼をこなした記念に祝宴の後、新居の自分の部屋へと帰った時だった。
突然背後から声をかけられた。
…鍵はしていなかったが、扉はしっかり閉めたはず……いきなり現れたな。それになんの気配も感じなかったぞ。
警戒しながら後ろを振り向くと、そこには礼服を着た男がいた。
よく見ると礼服の下はシャツではなく柔らかそうなニットを着ていた。
「先約もなしに来てしまって申し訳ない。残り時間は短いが、こちらの要件は済んだのでどうか気にしないで欲しい」
「……要件?」
男は微笑みを浮かべて首を縦に動かした。
同居している2人を探る。…無事なようだが……。
この男からは全くと言っていいほど悪意を感じられない。
むしろ善意を感じる程だ。
だが、それでもこの状況はおかしいだろう。
油断はできない。
いつでも動けるように気を引き締め、会話を繋ぎつつスキル《鑑定》を使う。
【名前】トマス・フレデリック
【種族】人族
【職業】無し
【年齢】25歳
【レベル】1
【体力】100
【魔力】20
【攻撃力】30
【防御力】50
【俊敏性】40
【知力】75
【運勢】15
【スキル】無し
【魔法】無し
ステータスが一般人並み?スキルと魔法が使えないのに、どうやってここに現れたんだ?
いや、油断するのはまだ早い。
「警戒はごく自然だが、君に不利益を与えることも危害を加えるつもりはない。なぜなら俺の目的は貴方と出会うことだからだ」
「……それがどういう意味を持つんだ?」
「その記憶が扉を開く鍵になるんだ。正確には鍵ではなく招待状に近いがね」
……意味が分からないことを言ってきたな。このやつは頭がおかしいのか?
それとも何か裏があるのか……。
「…その招待状は俺にとってどういう意味を持つんだ?」
「貴方の助けになる」
またよく分からないことを言い出した。
だが、嘘を言っているようには見えない。
このやつは一体何者なんだ? どちらにせよ関わり合いになりたくない相手なのは確かだ。
さっさとお帰り願おう。
「……悪いけど帰ってくれないか。あんたとは初対面だし、これ以上話すつもりはないよ」
そう言うと、少し残念そうな表情を浮かべる。
「不快にさせてしまったようですまない。時間が限られている以上、無為として接するのは難しくてね」
っ!?
今一瞬、ステータスにノイズが入った!やはり鑑定結果を偽装しているのか?
どういうことだ? このやつは一体何をしているんだ!!
「では言われた通り、帰るとしよう。あとは来るも来ないも貴方の自由だ」
それだけ言い残すと、光と共に目の前から消えた。
転移系のアイテムを使った形跡もない。
一体どうなっているんだ……。
結局、あの男はなんだったんだろうか。
考えても分かる気がしない。今日は疲れているんだ。早く寝よう。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
御手洗梓晴。
英雄王で異世界転移者、地球の日本から転移して来た。
職業は王だな。
政治や外交は宰相の子や大臣がやってくれているから、俺は治安維持が仕事だ。
月に1回か2回、城壁の外に沸く高ランクの魔物を狩っている。
世界中を見渡しても、俺以外では倒すのに苦労するだろう怪物たちをね。
意外かもしれないけど、冒険者上がりの叩き上げなんだよ俺は。それで冒険中に出会う女子、出会う女子にモテてさ…今じゃ12人と関係を持ったよ。
彼女たちとは転移前には考えたこともないような経験までできた。
その中の何人かは俺と結婚してくれた子だっている。
そうじゃなくても全員と良い関係が築けてるんだ。
理想的だろ?俺はハーレムを築いた君主で国防の要にまで登り詰めた!
君は…アガルタ。
うん。イナクションが作ったセラピスト擬き。
俺を救うかもしれない存在。
だからここにいる俺は問題を抱えてる。英雄王一人じゃ抱えきれない問題をね。
よし。まぁ…準備は出来た。始めよう。
助けてほしい。
──まずは俺について話す必要があるな。
日本では高校2年になりたてだったけど、転移する前は引きこもってた。
親とはずっと口もきいていなかったな。それで部屋でネットとゲームばかりやっていた。
だから人と上手く関わり合うのが苦手になっていたと気づくのは大分後になってからだ。
そんな時に転移だよ、剣と魔法のファンタジーな異世界にね。
その手の読み物は結構読んでいたし、憧れもあったから嬉しかったんだ。
それでさっそくステータスを開いたら、アイテムボックスにはしばらく暮らせるぐらいの金しか入っていなかったけど、容量は無制限だったし、固有スキルには《鑑定》《収納空間拡張》《無限成長》《言語理解》それに《全魔法適性》なんてチートじみた能力があったんだぜ?
パラメーターだってレベル1なのに全部100超えしていた。
試しにその辺の岩を殴ったら粉々になったよ。
言葉は通じたし、読み書きもできたから早速、冒険者ギルドに行って登録してその日生きていけるぐらいの依頼を受けようと思っていたら、受付嬢からゴブリンの討伐を勧められた。
しかも、既に他の初心者パーティーが依頼受注済みの状態でね。
ビギナーに回すならお決まりの依頼だろ?
それから装備を整えて、依頼書を頼りに森に向かったよ。
そしたら件の初心者パーティーが襲われているところに遭遇してさ。
それがルアネとリラの姉妹との出会いだ。
勿論、すぐに助けに入って結果は圧勝。
5匹いたゴブリンたちは一瞬にして全滅させて、そのままヤツらの住処の洞窟まで行って皆殺しにしたよ。
それからしばらくソロで依頼をこなしていたら、2人が話しかけてきた。
彼女たちの職業は魔法使いと神官でさ、仲間の戦士が田舎に帰ると置手紙だけ残して行っちまって困っていたらしい。
そこで俺に声をかけたんだと。
ルアネは引っ込み思案だけど芯が強い女の子って感じで、リラは気の強いリアリストって子だったよ。
後から知ったけどリラは俺と出会ったゴブリンの依頼がそうさせたと本人から聞いた。
断ろうかとも思ったけど、2人を助けた時に得た称号に〈英雄の卵〉っていうのがあって、どんな効果があるのか試してもみたかったから、3人で行動するようになった。
早速、パーティを組んで初めての依頼だ。
驚いたよ。
称号の効果は戦闘時における仲間の能力を底上げする効果や回復力の上昇に加えて、経験値のバフまであった。
そして何より、一番驚いたのは彼女たちが仲間になったことによって、俺のレベルが上がったことだ。
それから俺は彼女たちと行動を共にしてどんどん強くなって、彼女たちもレベルが上がっていった。
依頼の合間を縫って、ルアネに魔法の基礎を勉強したり、この世界のことをリラに教えてもらったりした。
…今思えばあの時が一番幸せだったと思うよ。
すまない、話が逸れたな。
それから全員のレベルが十分に上がったと判断できた頃に、ダンジョンの攻略を目指した。
ダンジョン。
世界の各地に点在していて、中には地上よりも強力な魔物が生息している。
最深部には宝箱があり、その中には貴重な魔道具が入っていることもある。
軍にも手の打ちようがないほどの難易度で潜っていく奴らは命知らずの冒険者達だけだ。
俺達が訪れたダンジョンでは魔物には苦戦しなかったものの、最深部前に一面の銀世界が広がっていたんだよ。
雪原フィールドって言うんだけどさ、凍え死ぬほど寒さで動きが鈍るんだ。
おまけに視界が悪くて、モンスターの位置を把握するのが困難になる。
ルアネに俺の魔力を付与させて得意な火属性の結界で暖を取ることができなければ、凍死していた。
それでもなんとか進んで辿り着いた最深部は真っ白な氷の空間で、地面には氷漬けになった魔物が大勢転がっていて、壁には認識票を首から下げた冒険者、騎士や兵士達が磔にされて埋め込まれていた。
リラが彼らに祈りを済ませてから、意を決して奥へと進んだんだ。
そこにはフロストジャイアントがいた。
名前通り全身が霜で覆われた巨人で、その辺に落ちてるバカでかい氷柱を振り回す上に、口から吐く息は吹雪となって襲いかかってくる。
今じゃ考えられないくらい苦戦したよ。
剣で斬っても、分厚い毛皮で通らないし、ルアネとリラが魔法を使っても、アイツを覆っている霜が魔力を帯びているのか全然効かない。
剣が折れて、腕の一部も凍らされていよいよもう駄目かと諦めかけたその時だった。
突然、リラが光り出したんだ。
ヤツは驚いて腕で顔を覆っていて、見ればルアネも光っている。
すると、俺自身の内から2人の力を感じた。
何が起こったのかわからなかったけど、2人の力を信じて俺は剣に魔力を込めて一気に振り抜いた。
そしたら、折れた剣先から炎の刃が溢れ出して、襲い掛かって来るヤツの腕を切り落とせたんだ。
今までとは比較にならない炎の魔法だったけど、リラが熱から守ってくれたから平気だった。
片腕を落とされ、あの巨体がようやく膝をついた。
ヤツは傷口を焼かれ、手で砕いた氷を押し付けても消えない炎に慌てて距離を取ろうとしていた。
けど、その隙を突いて、今まで以上の速さで懐に飛び込んだ俺の一撃は、奴の心臓を貫き、そのまま頭まで焼き尽くして倒した。
アイテムがドロップしたのを見て、一気に疲れが出て倒れそうになったけど、リラが支えてくれた。
そのおかげで、どうにか意識を失わずに済んで、アイテムを拾って俺達はダンジョンから帰還してギルドへ報告に向かった。
そしたら、詳細な報告は後にしてまずは体を治せと言われた。
言われなくてもそのつもりだったから、全員宿に戻ってゆっくり休んだよ。
夜が明けてからギルドに出向いて、そこで今回の功績が認められて、一気にBランクまで昇格して、同時にAランク、高位クラスへの推薦状を受け取った。
あぁ、その夜だったよ。
寝間着姿の2人に告白されたのは。