夏休みと少年
少年は『普通』に憧れていた。
生まれながらに先祖の財ゆえに特別に扱われてきた。村でも学校でも商店でも。村では誰もが道を譲り、学校では教師ですらがごまをすり、商店では何故かタダになった。
そんな扱いを受けて育ち、思春期に差し掛かった少年は特別扱いも当たり前のように感じていた。
中学校に上がり、村を出歩くことが増えた。村を歩くだけで優越感に浸れるからだ。
そんな中学最初の夏休み、少年は妙な噂を耳にした。『周りに何もない小道沿いに奇妙な古本屋が建った』という噂だ。
少年はよそ者に自分の存在を知らしめようと思い、噂の場所に向かった。噂通りその場所にはボロい古本屋があった。看板には『西光堂』の文字。
少年は開き戸を勢いよく開き、店内に入った。薄暗く涼しい店内はインクの香りに満たされていた。
「おーい!誰かいるかァ!」
「やかましいッ!騒ぐなら出ていけッ!ボケナスがァ!」
声はカウンターの裏から聞こえてきた。
日陰に紛れて和服を着ている男がカウンターの向こう側に座っていた。綺麗な紺色の後ろ髪は束ねられていた。
「アンタが店主か俺はこn・・・」
「ギャアギャア騒ぐなら田んぼで騒いで来い。この空間を崩すな」
「それが客への態度かよ」
「やかましい客には用はない」
「そう来るならこっちはこっちで考えがる」
「そんなことは僕の知ったこっちゃァない」
「この店の噂をちょっと流せばこんな村だ。すぐに噂は広がって客足は途絶えるぜ」
「途絶える客足は無いし途絶えたところで痛くも無い。好きにしたまえ」
「まじかよ・・・俺がだれか知らないのか?」
「知らないし知りたくも無いし興味も無ければ関わりたくも無い」
「ボロクソだな・・・」
「新店イビリに来たなら用は済んだだろ。さっさと帰れ。僕は君のように井の中で豪族を気取っているガキは嫌いなんだ。もう少し精神年齢が見た目に追いついてから出歩きたまえ」
少年の心はズタボロだった。自尊心は崩れ混乱した。
今まで感じたどの敗北感よりも濃く感じた。
うつむいた少年は蚊の鳴くような声をあげた。
「・・・た・・ても・・・か?」
「ア?」
「また・・・来ても・・・良いですか?」
「騒がないなら好きにすればいい。ウチにドレスコードは無いんだからな」
最後に店主は変な文句を言った。
畦道を歩いて帰る少年の心は晴れていた。自分でも何故あのセリフが出てきたのか分からない。
しかし、今まで誰もしなかった少年への罵倒、叱咤。不思議と嫌悪感は無かった。少年はこの時まで知らなかった本気で叱ってくれる嬉しさを。
歩く少年の頬を夕日が焼き、涙は光をはじいていた。