威圧感子息の計画
「なんだアスター、まだシンデレラは見つからないのか」
今日も空振りだった。
あの女と出逢った図書室には週に数度通っているが全然出会える気配もない。
今日も念入りに見回したが見知った顔の者しかいなかった。
念の為に俺が行かない日は影を張り付かせているがそれも空振りだ。
あれからもうすぐ3ヶ月が経とうとしていた。
俺がクッキー泥棒と言う不名誉なことをやらかしてから3ヶ月。初めはカーシュと二人で。2ヶ月が経過してからは影も導入したがいまだあの女は見つけられていない。
「君がそこまで探す女性とは気になるねえ」
「あらレオ様、弟の初恋をからかってはいけませんわ」
「…初恋では無い」
「毎日クッキーをもって探し回っていらっしゃるのに?」
クスクス笑い合う姉とその婚約者相手では分が悪い。
砂糖を入れた甘い紅茶で不快感を誤魔化す。
「しかし全学年をカーシュが探しても居なかったとなると外部の者では?」
「来賓のチェックもしたが、それも全部違った。制服を着ていたしうちの生徒だとは思うんだが…」
「…奇妙な話ですね。そこまでして見つけられない少女とは」
「全くだ」
生徒会室であるこの場には知己の友人達と姉しかいないので、ため息をついてネクタイをゆるめる。
不快感を覚えない、貴重な若い女。
結婚相手に都合がいいと思ったのだが、甘かったのか。
「それでいい加減教えろよ。私達も捜索手伝ってやるからさ、どんな女性なんだ」
「……濃い茶の髪と目で、目立たない女だ。あと嫌悪感が一切ない」
「それは……君、それを本当に妻にする気かい?情報少なすぎるんだけど」
「ああ。嫌悪感を覚えるやつと子供なんて作りたくないからな」
「うーん、あまりにも情報がふわっとすぎるなあ。ジャン、心当たりは?」
「該当が多すぎてなんとも」
「だよねえ」
「わたくしも絞りきれないわねえ」
姉の婚約者で一応王太子のレオと宰相候補のジャン。それから未来の王妃のユーリ。
この日から捜索にこの三人が加わることになったけれど、情報があやふやすぎてやはり見つかることは無かった。かく言う俺も、もう彼女の顔は覚えていない。
ただあの心地よい空気は。
とても心地よい彼女の感覚だけが頼りだった…。
「申し訳ありません」
「ああ、すまないね。それでここなのかい」
「おっと。ああ、ここであの女にあったんだ…」
とりあえずあの女に逢った現場に友人達を連れてきた。
王太子や高位貴族などそうそうたる顔ぶれが来たせいで先に本を読んでいた先客は慌てたせいか俺にぶつかって立ち去って行った。
退かせてしまったことを申し訳なく思いつつ、あの時彼女が座っていた場所に座る。
あの女は、ここに居た。
泣いていた。多分俺が泣かせた。
泣く女なんて面倒でしかないのに、あの女の涙は動揺するばかりで不快感は一切なかった。
微かに暖かい温もりは、先程まで立ち去った少女が座っていたからだろう。
「うーん、とくに何もなさげだけど。貴方が来ない時は影かカーシュが見に来てるのよね?」
「ああ。でも居ないようだがな」
「………」
「…ジャン、どうした?」
姉に状況を話していると、不意にレオがジャンの様子を気にしだした。
何かを考え込んでいる様子のジャンに全員の視線が集まる。
「……誰も気づいてないんです?」
「何かあったのか!」
「いや、アスター…君…本当に気づいてないのか?レオもユーリもカーシュも…」
「え、わたくしなにかしたかしら?」
意味がわからない。けれど俺以上にジャンは不気味と言った変な顔で俺を見ていた。
「先程ここに座っていた少女、アスターにぶつかってたんですよ?人間嫌いのアスターが、触れられたのになんとも思わなかったって変じゃないですか?」
「「「「…………」」」」
そう言われて、初めてはっと気づく。
「いつものアスターなら、俺に触れるなと言ってぶつかった箇所を払うくらいしますよね?百歩譲ったとして鬼の形相で不愉快だって表現してますよね…?」
「確かに…。アスターが女性に触れられて気にしてないなんておかしいわ」
「そうだな、そういえばアスターがケロッとしてるし相手に謝罪をさせないのも異常だ」
俺のことどう思ってるんだと文句を言いたいけれどその通り過ぎて何も言い返せない。
それよりも、今の女が……?
「そういえばアスター様はあの日も、御令嬢がいらっしゃるのに気づかないくらいリラックスされてました」
ハッとするカーシュ。クッキー泥棒の件は言うなと睨めばカーシュはにこりと笑って軽く頷いた。
その時、影がひっそり爆弾発言を落とした。
「若様、失礼ながらあの御令嬢は毎日此処に来ておりました。若様と同じテーブルに着いたことも多数ありますが…若様が居ないと仰るので別の方かと…」
「いやいや!アスターが見知らぬ令嬢と意味もなく同じテーブルに着く時点でおかしいだろ!図書室のテーブルはこんなに空いてるのに!」
レオのツッコミにその場の全員が愕然とする。
そして、呆れきった視線で俺を見た。
思い返す。確かにあの日も、あの日も、記憶の限りほぼ全ての日に女生徒が居た。
特に会話もしなかったが、確かに普通の俺ならば関わらないとはいえこんな近距離に座るなんて有り得ない。
「気づいてなかったなんて、最低よアスター」
姉の言葉がグサッと刺さる。
刺さったが、とりあえず三人のおかげであの女への手がかりが得られた。
けれどその日以降、その場所に女生徒が来ることは無くなった。
最早都合のいい女云々以前に、彼女を捕まえてみたい。
その一心で懸命な捜査をしたいのだが、彼女の容姿はまたあっという間に記憶から薄れた。
恐らくあの日、レオ達と出会った際自分が探されていることに気づいたのだろう。
彼女がまだ立ち去る前に探している的な話をしたのは完全な失態だった…。