庶民派侍従の捜索
「…アスター様……彼女のクッキーを奪ったんですか…」
「ち、ちが…わないのか?あいつは一体何時から居たんだ…全然気づかなかったぞ…」
「少なくとも紅茶が冷めるほどの時間居られたんじゃないでしょうか。その紅茶、湯気出てませんよね」
「冷めるどころか冷えきっているぞ……俺より前から、居たのか…?」
考え込む主人を前に、僕も頭を抱え込んだ。
同い年の公爵子息、仕えるべき主のアスター様は重度の人嫌いだった。
特にまとわりつく女性は見るのも嫌悪している……筈なんだが?
今日も人を避け図書室の奥へ避難しに来たのだが、紅茶を貰ってその場に着いた時何が起きたのかわからなかった。
アスター様が、ボロボロ泣いているレディの前の紅茶を飲みクッキーを食べていたのだ。
レディの目線はアスター様の持ったクッキーや紅茶に釘付けで、明らかに持ち主は彼女なのに一切気にも止めてない主人にゾッとした。
うちの主人、気でも狂ったのだろうか。
「おいカーシュ、さっきの女はどんな容姿だった」
「え、どんなってアスター様も見てたのに?濃い茶の髪と目で目立たない顔立ち……あれ…」
聞かれてみて驚いた。
先程の彼女の容姿がもう朧気なのだ。
泣いていたという強烈な印象以外がまるで霞がかっている。数時間もすれば忘れてしまいそうだ。
「濃い茶の髪と瞳で目立たない顔立ちだな。お前もわかってるな?」
「ええ。僕、記憶力に自信あったはずなんですけどね」
あれだけ強烈な出会いだったというのに記憶に残らない。これはおそらく何らかのスキルが関与してると見ていいだろう。
「探せ……今の女を」
人でも殺しそうな顔で、クッキーの入っていた箱を握りつぶす主人。
何故探すのか、理由は分からない。
わからなくても従うのが従者だ。
「かしこまりました。アスター様がクッキー泥棒の汚名を公表される前に見つけましょう」
「さっさと探せ!」
潰れた箱を投げつけられて、笑いながらそれを受け取る。
公爵家の人脈と、僕の記憶力。
最悪でも全学年の生徒を見ていけば見つかるだろう。
そう考えていた僕の予測は、非常に悪い意味で裏切られることになる。
全学年、全生徒を見ても彼女を見つけることはできなかったのだ……。