空気令嬢の嘆き
人は産まれた時、まれにスキルを得ることが出来る。
スキルは親が持っていると、子も似た系統のものを発現しやすいらしくそういう理由で裕福な者はほぼほぼスキル持ちである。
そういう意味では男爵家の私がスキル持ちであることは当たり前のようなものではあるが……残念ながらうちは由緒正しい貧乏男爵家だ。
親族を探してもスキル持ちは半々ほど。そんな中で産まれた時ふたつもスキルを手に入れた私は幸運だったのだろう。
しかし、そのスキル内容はなんとも言えないものだった。
貴族名鑑を探しても、必死に探さないと見つからない空気のような家のためか。
パッシブスキル『空気化』
アクティブスキル『空気化』
大して役に立たないこと極まれりなスキルを持って産まれてきた。というかアクティブもパッシブも同じってなんなのよ。
『空気令嬢』
常時発動するパッシブスキル『空気化』のおかげで私の存在感は生まれつき極限まで薄められていた。
そこに居る!と認識して意識をしないと空気のように風景に溶け込んじゃうのよねーとは母の弁だ。
食事を忘れられたり置いてきぼりにされることも多く、正直くそスキルが!と今まで自分のスキルを憎んでいたけれど。
「あらぁ、カーシュ様ぁ?こんな簡単な問題もわからないのかしら。これだから平民は…」
「可哀そうですわよ…クスクス」
「全く。閣下も何故このような下賎のものをそばに置くのかしら」
王都にある学園に入って意識が180度変わりました。
学園……それは金を持った令息令嬢の地獄の掃き溜め。
上位貴族に睨まれないように顔色を伺うしか平穏がない、嫌味と落とし合い化かしあいの魔境でした。
派閥の関わりを拒めば虐められ
派閥に入ればゴマすりお愛想で吐血待ったナシ。
なお、身分が低かったりゴマすりに失敗すると派閥にいても虐められるとか無理ゲーム。
田舎の貧乏男爵令嬢の私はスキルが無かったらとっくに実家送りになっていただろう。胃痛で。
「コホン。では今日の授業はここまで」
あからさまな虐めを庇うことも無く、先生は授業を終えた。
庇えば明日は我が身なのだ。可哀想だが、助けてあげることは出来ないが……。
俯いて怒りか屈辱に震える、確か平民の青年。彼は頭が良かったと思ったが机を見れば教科書が無かった。
そういうことなのだろう。
さすがに、さすがに…
うーんと少し悩むも、衝動が抑えきれないから仕方がない。
教室を出るついでにぽんと青年の肩を叩く。
『空気化』
アクティブスキルをそのタイミングで使うと、彼に追撃をかけようとしていた令嬢は急に様子を変えた。
「そういえば!先日頼んでいた隣国の茶葉が手に入ったんですの。この後一緒に飲みませんこと?」
「まあ!噂のあれね、楽しみだわ…」
「………え?」
目の前で急に変わる様子に青年は警戒をしつつ驚いていた。
その様子を見て、私はすっと教室を出た。
今日は月に一度、実家からお小遣いが送られてくる前日だ。
コツコツ節約して残したお金を多少使っても大丈夫な日だ。
と、言うわけで。
甘いクッキーを購買で購入!
節約頑張ったご褒美だ。
それを持って図書室へ行く。
うちの学校の図書室は軽食ならば飲食可能だ。
それどころか、お茶やお水ならば専属の者が用意をしてくれる。
そこで出される上位貴族様からすると取るに足らない紅茶は、うちでは絶対に飲むことが出来ない高級品だ。なので放課後は毎日通っている。
図書室の紅茶と
ご褒美のクッキー
最高の組み合わせを、好きな本を読みながら堪能するのだ。
図書室の一番奥、あまり人気が無い席に本と紅茶とクッキーを用意して
贅沢な放課後を堪能する。
いつもは紅茶のみだから、本当に贅沢だ。
一口でも感じる甘い、甘い、しあわせのあじ。
すぐに全部食べてしまいたいのを我慢して、本を開く。
……しばらくすると、誰かが隣に座った。
他にも空いてる席があるのに、不機嫌そうな青年はわざわざ隣に座った。
けれどこちらを意識もしないことから、おそらくスキルの影響で私には気づいてないのだろう。
青年はハアアアアアア、と呼吸法なのか?と首を傾げたくなるようなため息をついて………私のクッキーを手に取った。
え、ちょ、まって
それ、あたしの
そして愕然とする私の前で、私のクッキーは無情にも彼に食べられた。
いくら存在感が無くなるとはいえ、これは初めてだ。気にとめないだけで居るのは解るはずなのに。
黙っていると、サクサクと食べられる私のクッキー……1ヶ月の結晶……。
ついに最後の一枚が無くなり、それどころか私の飲みかけの紅茶まで取られた。
クッキー…私の……必死に頑張った1ヶ月…頑張らないと食べられないご褒美…
朝食を抜いた日もあった。
夕飯がパン一個だった時もあった。
ノートの買い替えを少なくするためみっちりきっちり書き込んで、読みにくいと教師に言われたこともあった。
苦労が走馬灯のようにめぐり……ボタボタと涙が溢れ出た。
「っ…おい!カーシュ!何だこの紅茶は、冷たいじゃないか!」
「ハイハイ、今お持ちしまし……………アスター様……?」
「遅いぞ。」
「いや…遅いぞじゃなくて…何令嬢を泣かせてるんですか?というか、その紅茶、その令嬢のものでは…?」
「令嬢…?」
私の前に置かれたソーサー。あとクッキーが入った空箱。
後からやってきた紅茶を持った青年はきっちり私を認識しているようだ。
彼に言われて初めて、隣にいた青年は私を見て目を見開いた。
「大丈夫ですか、御令嬢。どうかしましたか?」
「私の……クッキー……」
食べられた…。
食べた自覚がある不機嫌な青年ははっと私と空箱と手に持った紅茶を見た。
「あ……」
後から来た青年…おそらく従者であろう。
従者の彼がクッキー持っているじゃないか!わざわざ私のものを取らなくても良いじゃないか!
悲しみが怒りになり、また悲しみになり。
「片付けはお願いしますね!」
ギッと彼を睨んで、本を持ってその場から逃げ出した。
数枚しか食べられなかった悔しさで、翌日送られたお金でクッキーを買ってしまった私はその後2ヶ月もの間甘味断ちをする羽目になった。
私は甘味断ちをしているのに、何故かあれから頻繁に甘い香りをさせたクッキー泥棒が図書室に現れるようになった。
現れて、辺りを見回してため息をつき
その場でクッキーを食べる姿には殺意しか沸かない。
一度同じテーブルでそれをやられた時はイラッとして退出してやったが、奴は悪びれもなく邪魔をしたなとか言ってた。
本当に邪魔だ!!
実はその裏で。
高位も高位、学園最高位の貴族に捜索されてることも知らず。
私はのほほんとした学園生活を送っていた。