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バーサーク≠ビーナス  作者: 高杉愁士朗
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(6)

 ジェイドはミルコを呼ぶと、通りががった車に乗せてもらい、ガレージへと戻った。


「ジェイド、これはどういうこと? ……ロキはおそらく神経毒にやられているね。アディーの方がかなり重症だよ。背中を打たれて肺に銃弾が貫いてるかもしれない。呼吸も辛そうだ……」

「僕も手術を手伝うよ、ミルコほど医療技術はないけれど、一応博士の言う通りに器具は揃ってるから」

「それは良いんだけど、アディーに輸血しないといけない。アディーのIDを探してきて。血液型が僕はAB型だし、ジェイドはO型でしょ? ジェイドは誰にでも輸血可能だし、RH-じゃない限りジェイドには輸血の方を頼みたいから」

「分かったよ! 探してくる!」

「早くしてね!」


 言って、ミルコはアディーの服を破ると、弾丸が埋もれている場所を確認する。それから口に人工呼吸器を付けてやると、麻酔の用意をした。その間、ロキの方も様子を見る。ロキは完全に身体をだらりとさせている。ミルコは棚のあるほうに行き、抗毒素のアンプルを取り出した。それを注射器に刺すと、ロキに刺した。


「……ロキはこれで保ってくれるはず……。ロキの生命力に掛けるしかない」


 言って、額にびっしょりと汗を掻きながら、目の前で青い顔をしている二人を見下ろす。さっきまであんなに元気だったアディー。ロキもなんとか自分を懸命に奮い立たせて苦しみから耐えていたのに、こんな悲劇が畳み掛けるように襲ってくるこの世界を呪った。過去に博士を見殺しにした自分の負の感情が嫌でも湧いてくる。


「くそ! なんでこんなこと……!」


 ミルコがぎゅっと拳に力を入れると、歯を食いしばった。アディーの止血に取り掛かる。すると、後方からジェイドが、


「あった! アディー君はB型だ! RHもプラス!僕の血を輸血して! 手伝えないけど、ミルコ、信じてるから」

「分かったよ! 任せて。もう誰も死なせやしないから……!」


 言って、ジェイドとアディーの血管を繋ぐと、手術に取り掛かった。焦るな、と自分に言い聞かす。ジェイドはその真剣な表情のミルコをじっと見つめると、


「ミルコ。頼もしくなったね。ミルコは本当に優秀な医者でもあり、科学者だ。天才だよ、君は」


 その言葉がミルコには聞こえていないようで、手元に集中をしていた。ジェイドは、その怒りにも似た目をしているのミルコを見て、慈しむように瞼を閉じた。


 手術は長時間に及んだ。生命情報モニタを確認しながら、ミルコは手袋を外した。それから、キッチンに行って水を飲むと、横たわっていたジェイドに話しかけた。


「ねえ、イロハはどうなったの?」


 集中していたせいか、ドーパミンが出ているようで、ミルコの目はぎらりと光った。ジェイドは身体をゆっくり起こすと、


「……黒装束の男たちに連れ去られたよ。ミッション完了したからあの方に連れて行くって言ってるのを聞いた。どうなってるんだい? あのビーナスは一体どういう存在なのさ」

「……アマテラスプロジェクト本部に裏切り者として通報されたから、きっとその処分のために本部が動いたんだとは思う。本部はロキがイロハを洗脳したと思ってるし。ロキは洗脳なんてしていないけどね……」

「洗脳、ね……。でもビーナスの売り買いをしている闇商人の存在はどうなるんだい? ビーナスだって、人に道具にされてるわけだろう?」

「……そういえば前にアディーがB地区にはビーナスを使ったキャットファイトや風俗があるって言ってた。そうやってビーナスを物にして使ってるのは洗脳にはならないっていうことなのかな……。なにがどう違うっていうんだろう……」


 ミルコたちはお互い空を見つめて考える。アマテラスプロジェクトについては情報規制が激しく、何を考えて行動しているかも検討が付かない。ミルコは、


「とにかく、ロキたちの回復を僕らは待つしかないね。それにしても、その黒装束の男たちっていうのは、アマテラスプロジェクト本部の関係者ってことだろうし……。ああもう、分からない! 一体何を目的にしてるんだ! アマテラスプロジェクトは!」


 言って、その場にあったテーブルの脚を蹴るミルコ。ジェイドは苛立っているミルコを見て、ただただ心配するしかなかった。



 イロハは目を覚ました。目を開けると周りは初めて見る部屋だった。赤い絨毯が敷いてあり、装飾品である壺や絵画が飾ってある。イロハは大きなベッドに横たわっていた。

 イロハは身体を起こそうとすると、手には手錠が嵌められていた。


「うー! ろき! あで! ろき!」


 言って、部屋中に響く声で叫んだ。イロハはロキとアディーが目の前で倒れて行ったことを思い出すと、涙がほろほろと流れてきた。そしてもう一度叫ぶ。


「ろき! あで! ろきぃ!」


 うっうっと、頬を伝う涙。イロハは初めて涙を流した。今まで涙なんか流したことがなかったイロハは、顔に伝う熱いものを奇妙に思いながらも、胸がはち切れそうになって、何度も声を荒らげた。


「ろきぃ! ろきぃ! ううう……!」


 蹲って泣き続けるイロハは、止まることない涙でベッドを濡らしていた。そのとき、扉がギイと音を立てて、男が入ってきた。ひとりは高級そうな仕立ての服をきっちりと着こなした中年の男だった。顔は険しく、中肉中背の男だ。その男の後ろからもうひとりの男が入って来た。その男は半袖のチュニックを着ていたからよく分かった。長身で、体毛が虎柄をしているのだ。それだけじゃない。その虎柄の男の顔はなんと、ロキとよく似ていたのだ。


 中年の男は泣き続けているイロハに近づくと、イロハははっと顔を上げた。イロハは素早く身体を逸らす。中年の男の方が泣いているイロハを舐めるように見ると、イロハの顔にいやらしい手つきで触れた。


「ほう……。涙も流すのか。これは興味深い。やっとこういうビーナスが誕生したか」


 男は、今度はイロハの涙に口付けた。ぺろりとそれを舐める。イロハは咄嗟に、


「うー!!」


 と言って、がぶりと顎にあった男の手に噛み付いた。男は、「くっ!」と、唸ると、パシンと素早くイロハの頬を叩いた。イロハは叩かれるとキッと男を睨む。イロハはロキ以外が自分に触れたのが心の底から淀み出る負の感情で吐き気がしていた。そんな感情も初めてだったからイロハはその場で嘔吐した。


「ぐえ! ぐえ!」


 イロハはベッドに吐瀉物を吐き捨てると、再び男を睨みつける。男は、噛み付かれた手を擦ると、そこからは血が滲んでいた。イロハの様子をしばらく見ていると、男はふっと笑った。それから後ろにいるロキによく似た虎男の方を向くと、


「それで、報告にあった男というのは、ロキで間違いないのだったな?」


 言うと、虎柄の男はこくりと頷き、


「はい、間違いないようです」


 男がロキとは違う声色で言う。イロハは虎柄の男の顔を見た。そして、


「ろき! ろき! ヘルプミー! ろき!」


 と、縋り付くように叫んだ。イロハが間違うほどその男はよくロキに似ているのだ。虎柄の男はそのイロハの様子を苦々しく睨むと、


「あんな下級生物と一緒にするな。ボス、どうされますか」


 ボス、と呼ばれた中年男は、ふん、と鼻を鳴らすと、扉の方へと進み、


「お前はしばらく待機だ。このビーナスを監視していろ」

「イエス、ボス」


 言って、ボスと呼ばれた男は部屋から出て行った。残った虎柄の男はイロハをじっと見た。それから、


「お前が大人しくしていれば殺しはしない。それともう二度とロキの名前を出すな。その時はボスの命令が無くともお前を殺してやる」


 冷たく吐き捨てる虎柄の男に、イロハはぎりりと歯を食いしばった。こんなにロキに似ているのにまるで光と闇のように真逆だ。イロハは心の中が暗く重いものに支配され、今にも目眩を起こしそうだった。

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