表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バーサーク≠ビーナス  作者: 高杉愁士朗
15/46

(8)

 ロキたちはひとときの安寧の時を得た。

 肌寒いが、一日慌ただしく過ごしてきたせいで、三人とも熟睡していた。アディーは両手を上げて、大の字になって寝ている。ロキとイロハはお互い見つめ合うような恰好をして心地よさそうに夢の中にいた。いつまたゆっくり寝られるか分からない日々を送っているせいで、寝れるときにはしっかり寝よう、そういう体質になっているのは確かだった。


 しかし。嵐は突然やって来る。

 空が明るくなりかけていた午前五時頃。襲来は訪れた。ロキとアディーの腰に付けているサーマルセンサー探知機が同時に鳴り響いた。

 ビービービーという耳障りなノイズで二人は飛び起きた。


「アディー! ビーナスだ!」


 ロキが飛び上がって、傍らに置いてあったはずの木刀とスタンブレードを探すと、そこには跡形もなく、消えていたのだった。ロキはそれを不審に思い、慌てて、立ち上がった。そのとき、焚火を挟んで反対側にいたアディーが叫んだ。


「ロキ! 後ろ!!」


 言われて、はっと後ろを振り返ると、そこにはビーナスが立っていた。瞬間、ロキはビーナスの腕で身体を押さえ付けられ、その場にどさりと伏せさせられた。ロキの腕を後ろに巻き上げられ、馬乗りになったビーナスは銃口をロキのこめかみに当てた。ロキは、顔をしかめ、


「なんで……。サーマルセンサー探知機が作動したのはついさっきだぞ……! なのに、どうして……!」


 言うと、馬乗りになっているビーナスがふふん、と鼻で笑ったような気がした。それからイロハと同じ声だが、どこかそれよりも重い声色で言う。


「簡単なことだ。こちらも探知できる1キロ範囲に入るギリギリのところでお前たちの温度をみっつ探知していた。しばらくそこで動きを観察していたが、どうやら動く気配がない。だから装置をオフにしてここまで辿りついただけだ。暗殺というものはそういうものだろう」

「くっ!」


 冷淡に告げるビーナスに、ロキはされるがままに腕を絡み取られる。このビーナスは流暢に物事を話すことが出来るし、思考能力もかなり高い。ロキは顔を懸命に上げ、冷や汗を流し立ち尽くしているアディーに言った。


「逃げろ、アディー! イロハを連れて! 今すぐにだ!」

「で、でも! お前を置いていけるわけがねえ! 俺のショットガンもそのビーナスにどこかに持ってかれちまってる! お前のあの力でそいつを殺せ!」

「そんなことできない! どっちにしてもこのビーナスは俺を解放する気なんてない! だから、お前たちだけでも逃げるんだ! 頼む!」


 言うと、ビーナスは銃のグリップでゴツリとロキの後頭部を殴打した。


「黙れ。逃げるというなら、そいつから殺すまでだ。ここで装置を付けたのもお前たちを逃がさないためだ。そんなことも理解できないとは人間とは本当に愚かしいものだな。これで、あの方にもご報告ができる。死んでもらうぞ、人間ども!」


 言って、ビーナスの持っている銃がカチャリと発弾の準備を終えた。

 ロキはそもそも自分の力を使うつもりはなかった。だから、自分が犠牲になっている間にアディーとイロハが逃げられるタイミングが生まれるならそれで良いと思った。ビーナスに殺されるなら、それが自分の贖罪なのだと。ロキは目を見開き叫んだ。


「逃げろ! イロハ!!」


 そのとき。バシュン、とロキの頭上で音が弾けた。その音とともに、こめかみに当てられていた銃口の圧迫感も無くなり、代わりに、顔に血の雨が降ってきた。

 途端、腕が自由になると、ロキは身体を起こした。すると、隣に倒れていたのは、馬乗りになっていたビーナスの死体だったのだ。ちょうど頭蓋を撃ちぬかれていた。

 ロキは何が起こったのか全く理解できなかったが、ふと、目線を自分の後ろにずらすと、イロハがベレッタを構えていたのだった。

 ベレッタから煙が上がっている。


「い、イロハ……」


 ロキがごくりと唾を飲み込むとなんとか言葉を吐き出せた。すると、イロハはビーナスの付けていたサーマルセンサー装置を外すと自分に付けた。イロハは装置を素早く指で操作すると、


「mission complete. to boss」


 イロハがそうはっきり言葉にした。その声は一定で、いつものイロハの声色とは全く違うものだった。ロキは目の前にいるのは本当にイロハなのか一瞬分からなくなってしまった。

 すると、装置の奥から少し声が漏れて聞こえた。


『OK. No12.continue』


 そこまで聞くと、イロハは装置を外した。それから動けずにいるロキの前にちょこんと座ると、


「ろ、き。だい、じょぶ?」


 と、ロキの頭を撫でてきた。その顔はやはりビーナスと同じ造りだが、ひとつ違うことがあるのは明瞭だった。目の前にいるのはただのビーナスではなくて、自分のことを守ろうとしてくれた優しいイロハだということ。イロハはよしよし、と自分がロキにされていたようにロキの頭を撫で続ける。ロキは込み上げる感情を我慢しながら、


「大丈夫だよ。有難う、イロハ」


 言って、イロハを抱きしめた。イロハは「ろ、き。だい、じょぶ」とまた耳元で囁いた。もう、空はすっかり太陽が覗いていた。




 それから、ロキは血を拭いきれるだけ拭うと、アディーとともに自分たちの武器を林に探しに行った。

 イロハは、焚火を消して、バイクの前で二人を待つようにと云われて、座っていた。


「ロキ。お前、生きて野望を果たしたいのか、そうじゃないのかはっきりしろよ。さっきだって、お前が本気出せば、あんなビーナスすぐに退治できただろ?」


 草を棒でかき分けながらアディーが叱責する。ロキは、はは、と笑うと、同じく棒で藪を突きながら、


「自分の意思であんな狂暴な力を使いたくないんだ。もしそれのせいで死ぬことになっても、運命だと思うようにこれまで生きてきた。自分で制御できないなんてそれこそ人間じゃない」

「でもよ。命を粗末にするなって言ってる人間の命を粗末にしてるんじゃそれこそ、本末転倒だろ。今回はイロハがポケットにベレッタを隠してたから助けてくれたけど……」


 それから二人は黙り込んでしまった。そう、イロハが装置に向かって話したあの英語。イロハは知能がまだ形成されていないわけではなく、ただ人間たちと共通した会話ができないだけなのかもしれない。それについては、ロキが気になったことがあった。別の場所を探しながらロキはアディーに訊ねた。


「なあ、イロハが言っていたto bossっていう言葉と、あの死んだビーナスが言っていたあの方っていうのは同一人物なのかな」

「ああ……。そういえばそんなこと言ってたな。文脈的に考えると同じと捉えていいと思う。つまり、アマテラスプロジェクトのボスってことだろ? 一番トップじゃなくても、ビーナスを派遣している奴という意味で間違いないだろうな」

「だよね。イロハもどうやら連絡手段や対処の仕方もわかってるみたいだし。多分だけど、あの任務完了通知も、わざと俺らを助けるために言った言葉だと思う。イロハは俺たちの味方をちゃんとしてくれてる」

「そうだな。でもよ、ロキ。完全に信用できるわけじゃないだろう。お前は人に甘すぎるんだ。一緒にいるこっちの気もちょっとは汲んでくれよ。じゃねえと、いつお前がまた無茶なこと言いだすかわからねえってヒヤヒヤしてないといけないんだかんな、わかったか!」


 言って、アディーは持っている棒でごつん、とロキの頭を叩いた。


「いて! 分かってるって! イロハのことは俺が責任持ってちゃんと傍にいるよ。俺の命は……。そうだな、アディー、お前に任せるよ」

「はあ!? わけわかんねぇ! バカかよ!」


 言って、アディーふいっと顔を背けると、ロキに見えないように微笑んだ。ロキは「あはは」と軽快に笑った。ロキは本当にそれで良いと思っていた。だからこそ笑ったのだ。

 二人が、笑い合っていたとき、ちょうど足元に転がっているショットガンとブレードソード、木刀を見つけた。


「あった! あったよ、アディー! こんなところまで運ばれてたのか」

「よかったあああああ! これ、くそ高かったんだよ! 無くなってたらマジであのビーナス百回は殺してたわ」

「それ、ブラックジョークのつもり?」

「いや、マジな話」


 言って、アディーは恋人でも抱きしめるかのようにショットガンを抱えた。ロキはそれを見てまた微笑むと、二人はひとり待っているイロハの元へと戻って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ