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ヴィオレットの森の扉の魔女  作者: 神田柊子
第二章 姉と弟
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結婚パーティの準備

 セドリックの結婚パーティの日、エマとタクトは朝から辺境伯邸にいた。オーブリーは毎週二人のために、森の入り口まで馬車を迎えによこしてくれていたけれど、この日もそうだった。

 結婚式は午前中に辺境伯領の教会で行われる。パーティは昼からだそうだ。

 辺境伯の一家が教会に向かった後、パーティの準備の合間を縫ってエマはドレスを着つけてもらった。その前に風呂に入れられゴシゴシ洗われたのは恥ずかしかった。相手が顔見知りのメイドだから余計だ。

 ドレスはくるぶし丈で、腰から下がふんわりと膨らんでいる。レースでできた襟は普段着よりも首が詰まっていた。身頃とスカートは薄い水色、襟と袖口は白いレース。腰に巻いた濃い青の幅広の布はゾエが染めたものだった。同じ布で作った花が胸元に飾られていた。

「一度エマ様の髪を触ってみたかったんですよ」

 そう言って、メイドは二人がかりで楽しそうにエマの髪をまとめていく。

 王都の実家を出るためオーブリーの馬車に乗せられたときから、辺境伯家の使用人はエマを敬称で呼んでいたから、さすがにこれは慣れた。

 メイドたちは、エマのふわふわの髪に香油をつけ、小さい束にして編んだあと右に寄せてひとまとめにした。毛先を綺麗に整えると、普段は膨らむだけの髪がくるりとゆるく波を描いていた。

「すごい、魔法みたい!」

 エマが鏡を見て感動に目を輝かすと、メイドは笑顔で頭を下げた。

「お化粧は少しだけでよさそうですね」

 そう言われてできあがったエマは、別人とまではいかないけれど、いつもとは全然違った。

「庶民っぽさがちょっとはごまかせてますか?」

「元々エマ様はお髪の色が珍しいですから、あまり庶民には見えませんよ」

「ええ、今日も注目間違いなしです」

 ばっちりですと太鼓判を押すメイドに、エマは苦笑する。

「いえ、目立たなくていいんです」

 そこで扉がノックされた。

 メイドの一人が応対に出ると、タクトだった。

 エマのドレスは既製品を手直ししたもので、タクトの衣装はセドリックのお下がりだった。エマのドレスに合わせた深い青の上着が、黒髪に映えている。

「タクト、似合ってるわね!」

 ドレッサーの椅子から降りて出迎えると、タクトもエマを見て破顔した。

「姉さんもよく似合ってるよ」

「そう?」

「うん、かわいい」

 まっすぐに褒められると照れ臭く、エマはえへへと笑った。

「髪、すごいね。どうやったの?」

「香油と櫛で、こう、くるんって?」

 ものすごく真剣にエマの髪を見つめるタクトは、「僕にもできますか?」とメイドに聞いて驚かれていた。

「僕が毎日姉さんの髪を結っているので」

「タクト様がですか?」

「はい。あ、今はお忙しいですよね。今度機会があったら教えてください」

 目を丸くするメイドにエマは顔を赤くした。

 弟に世話されるなんてどうなのかと自分でも思う。でも、タクトは先回りしてエマにケープをかけたり髪をまとめたりして、しかもそれがエマよりもきれいにできてしまうので、もう口を出すすきが見つからなかった。

 メイドの反応を気にしないタクトは、エマの手を引いて長椅子に並んで座る。

「爪はもう塗った?」

「ううん、まだ」

「じゃあ、僕がやっていい?」

「うん」

 マニーグマレットの樹液をつかった爪用の絵の具は、なんとか完成した。色を付けるのに染色用の植物では難しく、いろいろと試してみた結果、倉庫の片隅に眠っていた貝殻を使うことになった。青い色の貝殻をすり鉢で細かい粉にして樹液に混ぜたのだ。

 タクトは、乾燥しないように小さなガラス瓶に入れてきた樹液を小皿に移し、小筆でエマの爪に塗っていった。

 試作しながら何度も塗る練習をしたので、綺麗にむらなく仕上がっていく。

「それ、私たちも気になっていたんです」

「爪に塗るんですね」

 興味津々で覗き込むメイドに、エマは「ヴィオレットの森の木の樹液なんです」と説明した。

「姉さん、動かないで」

「はぁい」

 タクトはエマの手に顔を寄せて、最後にふっと息をかけた。

 エマは両手を目の前にかざす。十指の爪はキラキラした青い色になっていた。

「乾くまで触らないでよ」

「わかってるわよ」

 エマを全く信用していないタクトは、エマの両手を捕まえて固定した。

「足の爪は?」

「どうせ見えないからいいわ」

「それなら帰ってからやろうか。余った樹液がもったいないし」

「うん。お願い」

「師匠もカイもお揃いにしよう」

「タクトには私が塗ってあげるわ」

「え、嫌だよ。姉さんは下手だから」

 辺境伯家のメイドたちは、頬を染めてそわそわとしながらも、口を挟まずに二人を見守っていたのだった。


 パーティが終わったあと、階下に下がったメイド二人はきゃあきゃあと盛り上がった。

「ねえ、ちょっと。あれはきょうだい愛なの?」

「どうなのかしら」

「タクト様が髪を結ってるってだけでも驚きなのに、足の爪を塗るの?」

「微笑ましいのか、いかがわしいのか、ちょっと微妙なラインだわ」

「まだお子様だから見ていられるけれど、あと数年経ったら、お二人のときにどうぞって感じよね」

 タクトは辺境伯家には剣術を習いに来ているため、エマと一緒に過ごすことはあまりない。

 普段のタクトは物静かで、どちらかというと表情に乏しい子どもに見えた。

「タクト様ってエマ様だけには笑顔全開なのね」

「そうそう」

「かわいいって普通に言っちゃうのって、セドリック様みたいな貴族だけだと思ってたわ……」

 そこで彼女たちはそっと声を潜めた。

「ブリジット様のときは、あからさまに愛想笑いだったわね」

「客観的に見たら、ブリジット様の方がおかわいらしいのに」

 実際、パーティ会場でブリジットは年頃の近い貴公子に何人も声をかけられていた。

 ブリジットはうまくあしらえずにすぐにうつむいてしまい、横からエマが助け舟を出して、そちらに注意を向けた貴公子をタクトが牽制するまでがセットになっていたけれど。

「どちらにしても、ブリジット様の初恋は報われないでしょ」

「身分差があるものね」

 さらにタクトは『界の狭間から落ちてきた者』でもある。貴族の令嬢が嫁ぐ先ではない。

 ブリジットがタクトに淡い思いを抱いているのは、彼女の身近な人間はだいたい知っていた。何年も前からなのだ。

 タクトも薄々察していて、さりげなく避けている節がある。

 彼の心境は、使用人たちは皆理解できた。こういうときに損するのは立場が下の者ばかりだ。

 タクトがのし上がりたいと思っているなら別だけれど、そうでないならブリジットの気持ちは迷惑でしかない。

「早くエマ様とくっついちゃえばいいのに」

 というのが辺境伯家の使用人の総意だった。

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