エマとアリス
「それで結局、パーティには出るの?」
「うん。そうなったわ」
『魔女の家』で染めた布や糸をヴェール村の商店に卸したついでに、エマは友人のアリスのところに立ち寄った。一つ年上のアリスは、エマがヴィオレットの森に来たころから親しくしている。アリスの実家は宿屋兼食堂でエマは村に来るたびに寄る。今はちょうど昼と夜の間の客が少ない時間だったため、休憩がてらアリスもエマと一緒に座っていた。
先日、辺境伯家に行ったとき、ブリジットからセドリックの結婚パーティに誘われたのだ。エマからすれば、毎週辺境伯家で礼儀を習ったり夫人や令嬢と茶を飲んだりするのですら身に余るのに、パーティなんてとんでもない。それなのに、セドリック本人まで出てきて説得されてしまった。
「ブリジット様がお一人だと心配だからだって」
セドリックは隣りの子爵家令嬢と結婚するそうだが、そちらの家にも、辺境伯家の親戚にも、ブリジットと年回りの近い令嬢がいないらしい。近くにいてやってくれとセドリックに頼まれると断り切れなかった。
ゾエとカイも招待状をもらったけれど二人は辞退したため、出席するのはエマとタクトだ。衣装は辺境伯家で用意してくれ、仕度もしてくれると言われたのだけれど……。
「アリスって、お化粧したり髪結ったりできるよね?」
「まあね。でも、やってくれるって言ってるんだから辺境伯家でやってもらえば?」
「いいのかなぁ」
「いいに決まってるじゃない。無理なら招待しないわよ」
アリスはザクザクした食感のクッキーを豪快に食べる。
辺境伯家で出てくる茶菓子はふんわり柔らかく甘い、繊細な芸術品のようだ。あれはあれでとてもおいしいけれど、とにかく気を使う。
エマもクッキーを口に放り込んだ。
「セドリック様、ついにご結婚されるのねぇ」
「お相手はお隣の領地の子爵令嬢様だって」
「エマとセドリック様が結婚したらおもしろかったのに」
「え、えー! 何言ってるのよ」
「妹みたいにかわいがってる女の子って、けっこう良い位置じゃない」
「いや、ないわよ。私、魔女だし」
エマは両手をぶんぶんと振った。
身分差もだが、ヴィオレットの森で役目を担う『扉の魔女』に辺境伯夫人は務まらない。相手がセドリックでなくとも、普通の人は森には住めないから結婚生活が成り立たない。師匠のゾエは結婚していないし、聞いてみたことはないけれど、魔女は結婚できないのではないだろうか。
アリスはにやにや笑って、
「エマだって、ちょっとは好きだったでしょ?」
「うーん、憧れはあったけど、物語の王子様とか劇の役者さんとか、そういう感じよ」
正直な気持ちを真面目に返すと、アリスも真顔になった。
「ま、そんなもんよね。お話としてはときめくんだけれどね」
「アリスのロマンスだって十分じゃない」
アリスの婚約者ドニは元々行商人の息子だった。年に二度、アリスの実家の宿に泊まっていた彼は、子どものころからアリスが気になっていたそうで、先月ついにアリスに告白。彼は家業を捨てて、今はアリスとの結婚を前提に食堂の料理人見習いをやっている。
「まあねぇ」
エマのからかいを平然と受け止めて、アリスは笑う。
「エマだったら、タクトとでもいいのよ。界を越えた恋なんて、ときめくわぁ」
アリスは厨房にちらりと目を向けた。
タクトも一緒に来ているのだけれど、彼はここに来るたびにアリスの父親から料理を習っていた。タクトが『界の狭間』から落ちてきて、言葉に慣れてきたころからだから、ドニよりも弟子歴はずっと長い。
これは、エマやゾエの料理が下手というわけではなく、タクトが染色の作業ができないせいだった。どうやら森の恵みは『扉の魔女』にしか与えられないらしく、タクトが材料集めをするととてもよく似た別の植物ばかりが採れ、染色の手伝いをすると色が変わってしまうのだ。それならと染色と家事と分担した。
アリスにつられて目をやると、カウンター越しにタクトがなにやら調理している姿が見えた。
そういえば、タクトなら森に住めるから結婚しても一緒に暮らせるのか。そう考えてから、結婚しなくても弟なんだから一緒に暮らせるじゃない、と思い直す。
「それもないわよ。タクトは弟だもの」
「言ってなさいよ」
エマが首を振ると、アリスは琥珀色の瞳を瞬かせた。