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ヴィオレットの森の扉の魔女  作者: 神田柊子
第一章 見習い魔女と界の狭間から落ちてきた者
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タクトの決心

 魔族に襲われてエマに助けられた夜は、タクトの転機だった。


 タクトは皆が出かけたあと、見送ったままなんとなく外を眺めていた。

 今夜はいつもと森の様子が違って見えた。

 部屋の窓からときどき見る夜の森は、ざわざわと騒がしい。何かいる気がするのだ。もっと言うと、森自体が生き物のようだった。ここに来るまで都会に住んでいたタクトは、森を知らない。この世界だからこうなのか、森自体がこうなのか、わからなかった。

 しかし、今夜は静かだ。

 新月は魔力が弱まると説明された。魔力がなじみのない言葉ではあったけれど。

 バンドー――ノートには坂東と漢字で書かれていた――によると、魔界には人間とは違う魔族や使い魔が住んでいて、人間が持たない魔力を使って、空を飛んだりするらしい。魔族は人間に害をなすものもいるし、そうでないものいる。吸血鬼や狼男みたいな向こうでも聞いたことがある種族もいるらしい。魔族は考え方が人間とは違うから、気を付けないといけない。ヴィオレットの森で安全に暮らすためには、『扉の魔女』の言うことに従うように――だそうだ。

 この世界に来たときはちょうど学校の休み時間だった。校庭に出たところ、突然周りが明るくなったのだ。そして、気づいたら落ちていた。木の枝を折りながら、地面に転がった。

 痛みの中、最初に目にしたのは、アニメのような派手な色の髪の少女だった。

 以前に自分と同じように『界の狭間』から落ちてきたバンドーが残してくれた辞書のようなノートと、その最初に書かれていた手記は非常に助かった。言葉は全く通じなかったけれど、ノートのおかげで意思疎通がある程度図れた。漢字に全部ふりがながふってあって、タクトはバンドーの配慮に心から感謝した。――読めない漢字を習うことはもう二度とないのだと気づいたのは、何年も後だ。

 ノートには帰れないと書かれていたし、エマやゾエからも聞かされた。

 一か月経っても帰れなくて、あきらめた。納得した。そう思っていた。

 それなのに、いつもと違う森を見ていたとき、ふと頭をかすめたのだ。

 今なら帰れるのではないだろうか。

 あの最初にたどり着いた湖なら、もしかしたら。

 湖には一度だけエマに連れて行ってもらった。

 ヴィオレットの森は、魔女と異界の人間以外は長期間いられないらしい。さらに、自由に歩き回れるのは魔女だけで、それ以外は人間も魔族もすぐに迷ってしまう。ただし、これは『道しるべの魔道具』を持っていれば解決した。

 バンドーの説によれば、森は魔界と人間界の境界。魔女は、人間でありながら魔族の血も受け継ぎ、森と同じにそれが半々に現れているのではないか。そして、異界の人間は、この世界の人間界にも魔界にも属さないから、偏りなく、森の影響を受けにくいのではないか、ということだった。当然、最初に読んだときには全く意味が分からなかったけれど。

 例外が魔女と契約した使い魔で、カイは魔界に属す者だけれど、森の中で魔女と同じに振る舞えた。

 その新月の夜、タクトは『道しるべの魔道具』を持って、誘われるように外に出たのだ。

 静かな森を湖に向かった。

 光るキノコが植えられた瓶をランプ代わりに持って、眠ったような森を走った。普段は下生えの草や木の根で歩きにくい森を走れることに驚いた。これならばもしかしてとタクトはさらに期待した。

 なんとなくの方角しかわからないのに湖にたどり着けたのは、『道しるべの魔道具』のおかげかもしれない。

 木々の向こうに開けた空間が見えたとき、タクトは突然肩をつかまれた。

「っ!!」

 タクトを捕まえた誰かは、彼を止めるでも押すでもなく、自然に背中に貼りついた。重さは感じない。そのためタクトは走ってきた勢いのまま、茂みを抜ける。

 やはり眠ったような湖と草原。空は星でいっぱいで、一度だけ行ったことがあるプラネタリウムを思わせた。

「タクト?」

 知っている声に顔を向けるとエマだった。

「どうして?」

 駆け寄るエマの前にカイが走り出た。姿勢を低くして、こちらを見る虎。

 タクトは自分の肩を横目で見た。ひやりと冷たい手がある。長い爪は真っ赤に塗られていた。頭に響く笑い声。これが魔族なのだ。

 力はかけられていないし重くもないのに、タクトは動けなかった。ただただ怖かった。この魔族に殺されて、ここで死ぬのかもしれないと思った。

 エマと魔族の会話は意味がわからなかった。

 一瞬目があったエマはタクトに笑顔を向けた。

 タクトは泣きそうになった。

 エマはタクトを守ると言ってくれていた。弟だと。

 そんな機会が実際に訪れるなんて思ってもみなかったし、本当にエマが守ってくれるなんてもっと考えてもいなかった。

 エマはタクトよりも二つ年上なだけで、自分と同じように子どもなのだ。

 魔族はタクトを突き飛ばした。草の上に倒れたタクトをかばうようにカイが駆け寄ったのがわかった。

 エマが何か言ったあと、強い光がほとばしった。振り仰いだタクトが状況を把握する間もなく、光は縦に細長く収束して消えた。

 そこに魔族はもういなかった。

 エマやゾエが話していた『帰還の魔法』だ。

 その場に座り込んだエマにタクトは思わず抱きついた。そして、また少し泣いてしまった。

 タクトをなだめるエマの手は震えていた。

 守ってくれたエマ。

 そんな彼女を自分も守りたい。助けになりたい。

 そのためには、強くならないと。


 あの新月の夜から、タクトにとってエマは、大切な人になったのだ。


 帰りたいと願うことはやめた。

 あきらめたのとも違う。

 願い事が変わった。それだけだった。

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