ブリジットの目覚め
エマが消えた夢の中、ブリジットは力なく椅子に崩れ落ちた。
それを抱き留めたのは、ホネストだった。彼に抱えられて座った場所は、寝室のベッドに変わる。
「ブリジット、私の愛しい子」
「ホネスト……私、どうしたらいいの?」
「君がしたいようにしたらいいよ」
ブリジットは途方に暮れる。
嫌われたくないし、会いたくない。
素敵な誰かに出会って愛されたい。
どちらもブリジットの気持ちだった。
「ホネストは私にどうしてほしい?」
赤い瞳を見上げると、彼はうっそりと微笑んだ。
「私は、ブリジットが私を好きにならないでいてくれたらそれでいい」
「どうして?」
最初からずっとホネストは、ブリジットが彼を好きになるのを拒否していた。ブリジットが彼を好きになったらもう会えなくなると言われていたけれど、理解できなかった。
「ホネストは何がしたいの?」
「私はね、恋がしたいんだ」
ホネストは長い両腕を広げた。
「私ではない相手を一生懸命に見つめている人が、好みなんだ。決して手に入らないところがいい。振り向いてくれない相手に尽くしている自分が好きなんだ」
「え……それは、恋なの?」
ブリジットは少し体を起こして、ホネストを見た。
「もちろん、恋だよ」
彼は微笑んだ。
「君との恋も楽しかったけれど、もうそろそろ終わりにしよう。君の恋がうまくいってしまったら僕にかまっていられなくなるだろうからね。全然見てもらえないのも寂しいんだ」
彼の恋は難しいようだ。
「ブリジット、さっきからうるさいのだけれど、君には聞こえるかい?」
ブリジットは首を傾げた。
ホネストは、ブリジットをベッドに寝かせた。
『君を夜会で見かけたときの衝撃! こんな可憐な人が存在したのかと、僕は心を打ちぬかれた!』
男性の声が遠くで聞こえた。
「何が起こっているの?」
「眠り姫を起こすのは王子様だって、『扉の魔女』が言っていたよ」
そして、ブリジットは目を覚ました。
「ブリジット嬢! ああっ! 寝起きの表情もかわいらしい!」
ブリジットが目を開けると、目の前にいた貴公子が倒れるようにのけぞった。
「………?」
何が起こっているのか全くわからないブリジットは、ぱちぱちと瞬きをする。
「ブリジット、わかる?」
そう声をかけたのはエマだった。夢の中で頼んだときの、友だちのような話し方だ。
「ええ、目が覚めたのね……」
「あのね、えっと」
エマは倒れかけた貴公子を手で示す。
「この方、ピエール様。ブリジットの縁談のお相手なの」
「え?」
呆然と見ると、ピエールはその場にひざまずく。ベッドに寝たままのブリジットの手を取った。
「ブリジット嬢。僕はあなたに夜会で一目ぼれしたのです」
「一目ぼれ?」
「ええ、茶色い髪が素敵だと思って。赤くなってうつむく様子もかわいらしくて……。ダンスを申し込みたかったのですが、あなたはすぐに控室に下がってしまわれたでしょう? 声をかけるすきさえなく」
後半はあまり聞いていなかった。
「私の髪の色が……?」
小さく尋ねると、ピエールはブリジットの小声をすぐさま拾ってくれた。
「ええ。素敵な色だと思います」
「そうですか……」
「巻き髪が垂れて、子ウサギの耳のようにかわいらしくて。あなたを追いかけてだったら、僕は魔界の果てまでもついていくことでしょう!」
「あの、巻き髪は……」
夜会のために、と続けようとしたのを察してか、
「普段はもっと緩やかなのですね。そのままでももちろんかわいいと思いますよ。触ってもよろしいですか?」
うっとりと見つめられて、ブリジットは少し身を引いた。
「ピエール様、ちょっと失礼いたします」
エマが彼を押しのけると、ピエールはセドリックに腕を引かれて下がった。
「ブリジット、彼はあなたを嫌うことはないと思うんだけれど、……あなたはどう?」
エマはブリジットにだけに聞こえるように小声で尋ねた。
彼女は夢の中で、『人と人の間のことなんだから一方通行じゃない』と言っていた。ブリジットがどう思うか、それをエマは聞いてくれている。
ブリジットは微笑んだ。口元に手を当てると、エマはブリジットに耳を近づけた。
「私、この髪の色をほめてくれる人が好きなの」
いろいろな形の恋があると教えてくれたのはホネストだ。
「私も彼を嫌いにはならないと思うわ」
そうささやくと、エマは目を瞠ったあと、にっこりと笑った。




