エマの策略
客間にバタバタと駆け込んできた辺境伯一家の中に見たことがない貴公子がいた。赤っぽい茶色の短髪が清潔感のある青年だ。
エマが戸惑いの視線を向けると、セドリックが気づき、彼の肩を叩いた。
「君はまだ婚約者ではないのだから遠慮してほしい」
「でも僕はブリジット嬢を愛しているんです」
熱い声で貴公子は逆にセドリックに詰め寄った。
「縁談のお相手ですか?」
エマは近くにいたオーブリーにささやいた。彼は苦笑してうなずく。
「デビューしたときの夜会で一目ぼれしたそうで、王都から追いかけてきたんだ」
その間も彼はブリジットの愛らしさをセドリック相手に語る。
控えめで内気なブリジットはきっと圧倒されるだろう。しかし、このくらいわかりやすく愛を語ってくれるなら、逆にいいのかもしれないとエマは思いついた。
「もしブリジット様が了承されたら、あの方と婚約されるのですか?」
「ブリジットがうなずくなら、な」
オーブリーはさらに声を落とし、
「……某伯爵家の三男で、家を継がないため貿易会社を興して成功している。親としては申し分ない相手だが、ブリジットはどう思うか……」
「もしかして、ブリジット様はお相手の釣書もご覧になっていないのですか?」
「ああ、そうなんだ……」
エマは目を瞠る。
「オーブリー様、あの貴公子様にも聞いていただいた方がいいかもしれません」
わずかに悩んだオーブリーは、眠ったままのブリジットに目線をやってから、大きくうなずいた。
要するに、ブリジットは嫌われるのが怖いから縁談相手に会いたくなくて夢に閉じこもっている。
エマがそう説明すると、ほっとするやら頭を抱えるやら、辺境伯一家はそれぞれの反応だった。
ブリジットの縁談相手は、ピエール・マキアートというそうだ。彼は、ブリジットが自分に会いたくないと言ったことにショックを受けているようだった。
エマはそんなピエールをちらりと見てから、オーブリーに提案する。
「オーブリー様。先ほどピエール様がブリジット様への熱い思いを語ってらっしゃるのを拝見して、それをブリジット様の枕元でやっていただいたらと考えたのですが、いかがでしょうか?」
「え?」
「ぜひやらせてください。いくらでも愛を語ります!」
驚くオーブリーと前のめりになるピエール。
エマは微笑んだ。なんとなくゾエとハズミの表情を意識した。
「ブリジット様は運命の恋に憧れてらっしゃいます。眠り姫を王子様の思いが揺り起こすなんて、素敵じゃありませんか?」