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ヴィオレットの森の扉の魔女  作者: 神田柊子
第三章 初めてのはなればなれ

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エマとブリジット

 辺境伯家のブリジットの私室で、エマは衣装合わせに立ち会っていた。

 エマが染めた淡いオレンジの布は、ドレスの裾と襟に使われている。ヴェール村に卸す品とは違って、辺境伯家で用意した上質な布に染めを施したものだ。普段の布とは手ざわりも光沢も違い、染めるときにはひどく緊張したけれど、綺麗に仕上がって本当に良かった。

「ブリジット様、素敵です!」

「ええ、本当に、よくお似合いですわ」

 エマがほめると、仕立て屋の女性もうなずいた。

「この形で正解だったわね」

「王城でもきっと注目を集めますわ」

 ブリジットの母である辺境伯夫人サビーナと兄嫁ジュリエンヌも口々に賛同する。

 デビュタントのドレスに規定はないそうで、皆、自分に似合うものや最先端の流行のものなど、好きなドレスを着るらしい。

 ブリジットのドレスは、たっぷりと布を使って膨らませたスカートと身頃は淡いピンク。裾と襟にエマが染めた別布を使うことですっきりとまとめ、かわいらしいブリジットを少し大人っぽく見せていた。夜会ドレスということで、袖はなく、デコルテも少し開いている。当日はロンググローブと、辺境伯家に代々伝わるパリュール――ネックレスやイヤリングなどセットで作られた宝飾品――を付けるそうだ。

 ブリジットは十六歳。母親譲りの茶色い長い髪と、父親譲りの青い瞳で、箱入り令嬢を絵に描いたようなおしとやかな少女だった。頬を染めて控えめに微笑む様子は、絵本に出てくる妖精のようだ。

 他にもいくつかドレスを合わせて、少しだけサイズ調整をしたあと、仕立て屋の女性は帰っていった。

 そのあと、エマはブリジットに誘われてサンルームで茶を飲んだ。ジュリエンヌも一緒だった。

「もう来週には王都ですね」

「そうね、早いわね」

 答えたのはジュリエンヌだ。

「ジュリエンヌ様のデビューのときはどうでした? そのときにはご婚約されてたってことはセドリック様がエスコートしたんですか?」

「ええ、そうよ」

「わあ、大注目だったんでしょうねぇ」

 セドリックもジュリエンヌも容姿が優れている。きっと素敵なカップルだっただろう。

「うふふ。私のときはね、公爵家の双子の令嬢もデビューだったのよ。そっくりの美人が二人いるのよ? その令嬢方が一番目立っていたわね」

「あら」

 ジュリエンヌは気さくな人柄で、平民のエマとも気にせず話してくれる。しかも活動的で、結婚パーティで話した通り、セドリックと一緒に何度かヴィオレットの森の『魔女の家』にも来てくれた。

「ブリジット様、王都は初めてですか?」

 内気なブリジットは王城の夜会は楽しみというより緊張の方が強いだろうと思って、エマはなるべく楽しみになりそうな話題を探す。

「ええ、そうね。初めてなの……」

 小声でうなずいてから、ブリジットはエマを見た。

「エマも一緒に行かない?」

「え?」

「エマは王都の出身なんでしょう? ついでにおうちに寄ったらいいんじゃないかしら」

「え……」

 とまどうエマに、ジュリエンヌが「ブリジット」と制止する。エマが半ば捨てられるようにしてヴィオレットの森に来たことをジュリエンヌは聞いたのだろう。

「ブリジット様、『扉の魔女』は長く森を離れられないんです。それに、来週は新月があるので、その夜は絶対に森にいないといけませんから、私は王都にご一緒できません」

 申し訳ありませんとエマは頭を下げる。

「それだったら、タクトは?」

「タクトですか?」

 首を傾げたエマに、ブリジットは言い募る。

「タクトはエマと違って森から離れられるのよね? それなのにずっと森にいるなんてかわいそう」

 ブリジットの問いはエマの心に刺さった。

 確かにその通りだった。

 タクトはどこにでも行ける。でもエマと一緒に森にいてくれていた。

 そんな彼はかわいそうだろうか。

 エマが森に縛り付けているのだろうか。

「ブリジット、デビューが不安なのはわかるけれどだめよ。セドリックも私も、お義父様もお義母様も一緒に行くんだから。きっと新しい出会いもあるわ。お友だちだってできるわよ。ね?」

 ジュリエンヌがなだめると、ブリジットは立ち上がる。

「お義姉様にはわからないわ!」

 彼女にしては珍しく大きな声を上げて、サンルームから出て行ってしまった。控えていたメイドの一人が慌てて追いかけるのが見えた。

 椅子から腰を浮かせたエマは、ブリジットを追いかけるか迷っていた。それを見たジュリエンヌがエマを引き留める。

「気にしないで、エマ。座って」

「はい。……あの、ブリジット様、大丈夫でしょうか」

「お義母様にも話してあとで言って聞かせるわ……」

 ジュリエンヌはため息を吐く。

「早々に縁談を探すことになるでしょうね」

「……はい」

 さすがにエマも、ブリジットがタクトに淡い思いを抱いていることに気づいていた。

 彼女は遠回しに探りを入れるような会話が苦手で、思い悩んだ末に意を決した様子で、タクトの近況をエマに尋ねることがよくあった。

「ブリジット様のお相手にできないのは、タクトが平民だからですか? それとも『界の狭間から落ちてきた者』だからでしょうか?」

「もちろんそれもあるけれど、それ以前に、タクトの一番はエマだって決まっているからでしょ」

 いまさら何を言っているの? とジュリエンヌの目が物語っていた。

 ――家族としての一番だと、エマはこのときはまだ思っていたのだ。

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