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第5話  勇者は魔族の幹部に狙われるようです  

「グハハハハハッ! 勇者、今日こそ貴様に挑みに来たぞ我が宿敵よ!」

「もうだからそういうのいいんだって! 次から次へとやかましいわ!」


 翌日、アステルは魔族の《幹部》にまとわりつかれていた。

 クマだ、クマ型の魔物が経っている。体長は三メートル超。その腕は丸太のように太い。その爪は一流の剣を凌ぐ剣呑さで、闇色のような体毛も、爛々と血のように光る瞳も、刃のような牙もまさしく凶悪――魔族の《幹部》に相応しい。


 魔王軍幹部、【ゲーリッヒ】。

 魔王軍とは、魔族の中でも特に危険な軍団の総称だ。人に仇をなし、人里を襲い、世界に脅威を呼び込む魔の軍勢。

 その中で、《幹部》とは《魔王》に次ぐ存在。類まれな魔力と能力で、多くの冒険者を倒した猛者だ。


「貴様に敗れて三ヶ月! 俺様は血の滲むような努力を積み成長を遂げた! 見るがいいこの肉体を! もはや貴様に負ける要素は全くない!」

「いつもいつもお前は俺を追ってきて! しつこんだよいい加減にしろ!」

「――勇者様、勇者様。このクマ、非常食用に狩っていいですか?」

「おいストーカー娘、お前もややこしくなるからちょっと黙ってろ!」


 アステルはキティアナが袖をくいくいしているのを押しのけ呆れた。

 ストーカーに加えこんな面倒な幹部なんて冗談にもならない。


 勇者となって二年、様々な相手と戦ったが、このクマだけは別格だ。

 何度返り討ちにしてもやって来て、『復讐』、『決戦』などとのたまい付け狙ってくる。


「お前と勝負をつけるなんぞ面倒でやりたくもない。俺は独りで旅がしたいんだ」

「フフ! そうは言っても内心では戦いたくて仕方がないのだろう? ――強者とは、自然に腕を磨きたがるものだ! 俺様のように、一度負けて修行したくなるのがその証拠! 勇者よ、度重なる交戦にめげない俺様に敬意を抱き、内心では好敵手として認めているのだろう?」

「違うから、勘違いも甚だしい!」


 ストーカーと言いクマ幹部といい、こんなのばっかりだ。

 アステルは頭を抱え声を大にして叫ぶしかない。


「俺は人が苦手だから独りで旅をしたいんだよ! 仲間だの好敵手だのはいらん! 勝手に俺の心情を理解したつもりになるな!」

「フフ、勇者、判っているぞ? それはあれだろう、人間界で流行っている『ツンデレ』と言うのだろう? 判っている、心の中では正反対の好印象を、」

「人の話を聞け! ツンデレって何だ! そして猫娘、お前もここぞばかりに料理をしているんじゃない!」

「え? 何やら話が長くなりそうだったので、昼ご飯をと思いまして」


 勝手に近場で干し肉を焼き出したキティアナに、アステルは頭を抱える。

 ゲーリッヒがふふん、と不敵に笑った。


「まあ良かろう。勇者が素直ではないのは承知の上だ。ここは俺様、魔王軍第七師団所属、《獣王》のゲーリッヒ様が、久々に力を見せてやろう! ぬうう――はああああっ!」


 《獣王》を名乗る幹部ゲーリッヒが、巨大な腕をアステルへ叩きつけた。


 強烈な一撃――常人など視認する事も叶わない、圧倒的な速度と威力だ。

 防具など無意味だろう。周囲は衝撃波で荒れ、地面に小さなクレーターが出来上がる。


「フハハ――ハハハッ! 見よ! これぞ生まれ変わった俺様の力を! 魔術鎧ミスリルすらも容易く砕く武技! いかに貴様が頑強とて、この攻撃には耐えら――」


 しかし土煙が晴れた先――アステルは無傷だった。


「えええ!?」


 服もマントも傷一つない。まさに無傷という言葉の手本のような光景だった。


「――おいクマ、俺の口と鼻に砂が入ったんだが、覚悟は出来ているか?」

「違うんだ! 俺様は、お前との決着のため攻撃を……っ」

「そしてキティアナが出した干し肉が、砂だらけで駄目になっているのに、貴様は気づいているな?」

「待ってくれ! それは俺様と関係ないだろう!? そいつが勝手にやった事だ!」


 キティアナも煽りだした。


「そうです、栄えある勇者様の弟子、その料理を邪魔するなんて、いい度胸ですね」

「おいストーカー娘、貴様はいつから俺の弟子になったんだ、妄想もほどほどにしろ」


 ボケ役が二人もいるとアステルのツッコミも追いつかない。

 アステルはもう三日分くらい会話している気がする。


 人見知りだからそれだけで精神がガリガリ削られていく。

 ゲーリッヒが揉み手をしながら語っていく。


「ま、まあ待て勇者。ここは俺様の強さをとくと味わうがいい。内心では『こ、この幹部、強くなってる!?』と驚愕しているのだろう? その証拠に、お前の状態を確かめてやる」


 そしてゲーリッヒは虚空へ向け高らかに詠唱する。


「――[来たれ我が従順なる眷属よ! 虚構を暴く眷属魔! ――『召喚サモン』]! 《サーチアイウルフ》!」


 ゲーリッヒが高らかに唱えると、足元が光り、黒く禍々しい魔術陣が現れた。


 単眼の黒狼だった。

 艷やかな毛並み、眼光鋭い瞳、彼の配下でも優秀な個体だ。


「ゲーリッヒ様、只今参上致しました。――何用でございますか?」

「うむ、勇者の能力を見通すのだ! そうして奴が嘘をついている事を暴くがいい!」

「かしこまりました、話が主!」


 黒狼はかしずくように首を下げた後、強く詠唱する。


「――我が『魔眼』は虚言を暴く! ――《把握眼サーチアイ》! アオオーン!」


 アステルの体を光が一瞬だけ照らし、黒狼の脳裏に、アステルの情報が表された。

 

【勇者アステル 生命力99999 魔力99999 

 腕力:測定不能 魔力:測定不能 頑強:測定不能

 俊敏:測定不能 技量:測定不能 精神:測定不能 

 特技:『全剣技Lv99』 『投擲術Lv99』 『裁縫Lv99』  

『料理Lv99』  『洗濯Lv99』  『暗殺術Lv99』

 魔術:『炎魔術Lv99』 『氷魔術Lv99』 『回復術Lv99』

『土魔術Lv99』 『防護術Lv99』 『聖魔術Lv99』

 状態:ストーカーとクマに迷惑中】


「――判明しましたゲーリッヒ様! 勇者は貴方を迷惑と思っています!」

「ええ!?」

「それと勇者が負っている傷はゼロです! 全く傷ついておりません!」

「えええ!?」

「我が《把握眼サーチアイ》は把握の瞳、いかなる偽装も暴きます!」

「馬鹿な……俺の攻撃で無傷……? そんな馬鹿なことが……!?」 

「あはは、やーい、名前だけの幹部ー」


 キティアナが楽しそうに煽った。


「ぐぬぬぬ……っ」

「あれですね、勇者様に構ってほしいからって、墓穴彫りましたね、自分の強さを勘違いしている、間抜けな《獣王》です!」


 キティアナが得意げな顔でゲーリッヒの周りを回った。


 どうでも良いが、その笑顔がとても華やかだが、クマが可哀想なのでやめてほしい。

 ゲーリッヒは自分でも《鑑定》魔術でアステルを調べたが現実を知って愕然とした。


「ほんとにゼロだ……しかも生命力99999……!? わ、腕力とかも測定不能だと!? 強すぎる……う、嘘だと言ってくれ、サーチアイウルフ……っ」

「いえ、間違いありません。勇者はまったくの無傷、ゲーリッヒ様を迷惑がり、さらには歯牙にもかけていません」

「さてクマ幹部よ。確認は済んだか? じゃあ俺は旅があるから」

「ま、待ってくれ!」


 ゲーリッヒはちゃっかりアステルの後ろについてこようとするキティアナが引き剥がされるのを見ながら、


「勇者よ! このままでは終われん! 幹部としての面目が……っ! かくなる上は! 我が必殺奥義! ――はあああああっ、《獣王・覇武烈殺翔――」

「しつこい」


 アステルはゲーリッヒを殴った。

 ゲーリッヒは螺旋状の衝撃波に包まれ、悲鳴ごと遥か彼方まで吹っ飛んだ。

 生み出された真空の衝撃波が走り、一帯五キロメートルの森を一瞬で更地に変えた。それでも勢いは全く留まらず、衝撃は彼方十五キロ彼方の海まで波立たせた。


「ゲーリッヒ様ぁ!?」


 配下の狼も、吹き飛ばされながら悲鳴を上げる。


「さて行くか、……あ、地中からミミズが出てきた」

「やりましたね、勇者様! 私が唐揚げにしてあげますね!」


 アステルは鬱陶しいストーカー娘を押しのけながらミミズを摘んだ。

 これで今日の晩飯は確保だ。アステルはほくほく顔でそれを背中の食料袋へと入れ、背後、《獣王》のクマの悲鳴がいつまでも木霊するのを聞いていた。



お読みいただき、ありがとうございます。


誤字脱字の指摘、あるいは「こうしたらいいのではないか」など、本編の指摘やブックマークなどして頂ければ嬉しいです。

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