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第4話  勇者は猫耳娘に慕われたようです

「今日は、いないだろうな……?」


 その日、アステルはしきりに後ろを振り返りながら呟いていた。

 最近、彼には一つの悩みがあった。


 『ソレ』は朝も昼も夜も関係なく出没し、視姦してくる存在。ひどい時には、一日中狙ってくる事もある魔の存在。

 それは、最強の勇者アステルさえも慄くその存在は――。


 

 別名、『ストーカー』とも言った。


 

「えへへ、おはようございます、勇者様!」

「ぐああああああっ! 出た――っ!?」


 可憐な少女が、いつの間にか至近距離から微笑んできた。


 野生動物を思わせるしなやかさ。好奇に満ちた眼差し。薄い衣装からは豊かな無塩が盛り上がっていて、布地が少ない事もあって扇情的だった。

 その頭の上でぴょこんぴょこんと、動くのは大きな耳だ。


《猫人族》。

 それは山奥の《剣聖の里》と呼ばれる集落で暮らし、武技を高め合う種族だ。

 第十五代勇者ハリルが開いたとされる里では、日夜様々な種族が競い合っている。


 その中で、特に敏捷性に長け、身体能力が優秀なのが《猫人族》だった。

 まるで猫ような身のこなし、獣のように鋭い五感、歴代勇者の中でも何人かが猫人族を仲間として連れていた伝承がある。


「えへへー、ようやく勇者様に追いつけました! この剣士【キティアナ】、勇者様への尊敬を糧に半年間、一に盗撮、二に盗撮、三に添い寝する覚悟で追っかけました!」

「こ、この変態が! 貴様どうして俺に付いてくる! 溶岩の海も泥沼の谷も越えてきたのに平然と付いてくるな! 毎度毎度、少しは俺の心臓も労れ!」


 アステルは通常は他人と会話出来ないが、変態ストーカーとなると話は別だ。

 柔らかそうな尻尾をふりふりさせながら、獣耳少女――キティアナは語ってくる。


「何を隠そうこのキティアナ、勇者様へのアピールを怠った事はありません! 雨の日も、風の日も、落雷飛び交う日も、ひたすら勇者様との妄想だけをしてきました!」

「変態エピソードは披露しなくていい! 俺もたまに夢に出るんだよ! 悪夢という名のな! ――いや、そういうのいいから。普通に出てこい、頼む!」


 アステルは焦るが、もちろんキティアナは聞いていない。

 彼女は事ある度にアステルにアピールしてくる。


 この前は水着みたいな防御力の低い格好で、その前は踊り子の衣装を着て、さらにその前は娼婦のようなシースルーの艶やかな衣装だった。アステルは鼻血が出た。


 今回は、踊り娘を基調とした扇情的な姿だ。

 キティアナがそんな事をする理由は単純だ。彼女は、アステルの『弟子入り』を希望しているのだ。


 彼女は以前、アステルに危ない所を助けられ、それがきっかけでアステルに好意を持つようになった。

 それからだ、彼女が様々な格好で現れるようになったのは。

 奇抜な格好で普通に迫り、盗撮や盗聴も日常茶飯事、気づいたらそばにいて、頬を染めて笑顔を浮かべる心臓に悪過ぎる少女だった。


「貴様、毎回毎回、付いてくるなよ! 俺は独りで旅をしたいんだ!」

「でも勇者様、お仲間の一人も欲しいのではありませんか? 寝る時の見張り、戦いの補佐、そして会話の相手! ご飯も楽しい会話があると美味しくなります。ですから弟子入りを! その腕、ぜひ見本にさせて頂きたく!」

「来るな! 寄るな! ただでさえ、女は甘い香りがするからドギマギするというのに……俺は弟子など取らん! 弟子も、仲間も、そんなものは必要ない!」

「でも……正直、ご飯を作ってくれる人はいた方がいいですよね?」


 アステルは少し頷いた。


「まあ確かに……たまに栄養があって劇毒じゃない物が恋しくなる時はあるな」

「そうです劇毒を……え、劇毒? あの、勇者様、日頃何を食べているのですか? 大丈夫ですか……?」


 百戦錬磨のストーカーですら軽く顔が引きつっていた。


「まあとにかく! ふふ、判っています、本音は、可憐な乙女と旅するのが恥ずかしいのですよね? ですが安心してください! 私、隅で見守るだけですから。毎日、勇者様の筋肉や肋骨を見るだけで、他に何も、」

「それだけで十分変態だわ! お前、この前は俺のマントを摘んで匂い嗅いでいたよな! それで確信した、こいつ変態だ、絶対に弟子など了承しないからな、俺は!」

「ではこうしましょう! お金を払って私は勇者様の服を洗ったり干したり致します。その前にくんかくんかとかすりすりとかしますけど、それに目を瞑って頂ければ、」

「いらん! 絶対にいらん! 触ったりするなよ? 絶対にだ!」


 彼女は、悪い奴ではないのだが、しつこ過ぎるのが玉に瑕だった。


 この前など、夜寒気がして飛び起きたら、うっとり顔の彼女と目があってぎゃあああと叫んだ。

 可愛いは可愛いが、付きまとわれるのは勘弁だった。


「そんな邪険にしないでください勇者様。――私、あなたの強さに惚れ込んだんです。あの日、幹部ベルガルダに襲われた私を颯爽と助けてくれた事、今でも忘れられません。私にとって、あなたは憧れなんです! ですからどうか弟子に!」

「断る! 地の果てまで追って来ても、俺は弟子など取らん! 俺は静かな旅がしたいんだ。人の私物を嗅ぐ変態とは旅しない――こら、胸とか腕とか押し付けるな……っ、あああ……っ! 俺は色仕掛けにも屈しないからな! 独りで修行をし、魔王を倒す!」

「勇者様……っ、ふふ、そんなつれない態度も素敵です!」

「くそっ、どうすればいいんだよ! 夜寝ている間にぐるぐる巻きにして簀巻きにして海に捨てればいいのか!?」

「それはそれでご褒美です」

「どうすれば!」


 後日、本当にそうしたが彼女はそれでも追ってきた。

 猫人族キティアナ。

 アステルは、彼女のようなストーカーから逃げるのも日常だった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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