第3話 勇者はギルドには行かないようです
「――それではあなたは、これより《剣士》として生きる道を定めました。自らの使命に従い、栄誉ある道を進みなさい」
「はい、ありがとうございます。私は剣の道に生き、魔族を打ち倒そうと思います」
――《ギルド》。
それは冒険者にとっては活動の拠点だ。
依頼、鍛錬、仲介など、いくつもの案件を斡旋し、冒険者を補佐している。
全ての街に支部が置かれており、様々な冒険者が出入りしている。
アステルが勘違いで衛兵と店員に感謝の品を貰う三ヶ月前。
とある街のギルド就任室では、聖なる儀式が行われていた。
《クラス》就任の儀式だ。
冒険者になるためにはクラスの就任は必須。そして《戦士》や《魔道士》を経て一流の冒険者に至るのが一般的。
その中で、頂点に位置するクラスこそ《勇者》だ。
冒険者の中で、頂点に位置する《勇者》は別格だ。どんな冒険者も彼に憧れ、勇者の伝説に加わるべく彼を探し、あるいはパーティを組み、魔物相手に戦う。
今日も、とある街の『冒険者ギルド』では勇者との出会いを求めて、あるいは依頼をこなすため、多くの冒険者たちが賑わいを見せていた。
「やあ、君も新たな《冒険者》かい? おめでとう! ウチで一緒に魔物を倒さないか?」
「仲間募集! クエストを受けに行きませんか? パーティ《女神の息吹》は、女性のみのパーティです!」
「くっそー、依頼、失敗しちまった。《グランドレイク》強すぎだろ! 硬いし速いし攻撃が通らねえ! 誰か、毒か幻術系のクラスはいねえか!?」
勧誘に勤しむ者、情報交換する者など、じつに様々だった。
大きな街ともなると《勇者》が立ち寄る事を期待し、滞在者も多い。
その一角、ギルドの片隅で、ひたすら《勇者》の到来を待つ一団があった。
「ふふ、俺は《剣豪》として修行してきた身! 勇者様と冒険し、魔王を倒すのが夢よ!」
「フ、何を言っているのだ剣豪どの。勇者様のお供をするのはこの《魔物マスター》、バーリッシュだ!」
「うふふ、勇者様のお供をするのは私よ? この魅惑な体で、勇者様も魅了しちゃうわ」
薄衣装で肌もあらわな《踊り娘》が言うと、思わず剣豪と魔物マスターが呆れる。
「おい、踊り娘。そもそもお前が勇者様を籠絡だと? 何を考えている、勇者様は神聖な存在、恥を知れ!」
「そうだそうだ! 勇者様は玉の輿の道具ではない、栄えある人類の希望だ!」
「ふふん、恥? 希望? 何言ってるの? 勇者様は剣技も魔術も超一流、体も鍛えて戦ってるから最高のイケメンのはず! 玉の輿しの何がいけないの?」
「貴様! その物言いが気に食わん! よりによって勇者様をそんな目で! ……まあ、俺も勇者様の仲間になった暁には、魔術の指導をだな……」
「おい待て! 勇者様も下心だと!? 底が浅い!」
《勇者》とは冒険者にとって憧れの存在だ。なので張り合う冒険者は少なくない。
だからこそ、些細な諍いも割とよくある光景だった。
そして一週間後。
「はあー、勇者様、まだ来ないわね。でも、待つ時間もそれはそれで乙よね」
「で、あるな。待つ時間がながければ長いほど、勇者殿と会えた感動も増す」
「そうだな、勇者様が来た時がっかりさせてはいけない。俺は今日も鍛錬を頑張ろう」
勇者が来なくとも彼らは鍛錬に余念がない。
いつか勇者が来る事を夢見て、彼らは武技を磨き合い、笑い合う。
90日後。
「ねえ! 勇者様ちっとも来ないんですけど! もうあれから三ヶ月なんですけど! 一体どうなってんの!?」
「落ち着け。噂ではとっくに迷いの森を抜けたとのことだ。魔王幹部が敗れた情報もある、そっちに向かったのだろう」
「それにしてもでもどうして目撃情報がないの!? 勇者でしょ!? 英雄でしょ!? 滞在場所の一つくらい、判明してもいいはずなのに!」
「うーむ……それがどうも、当代の勇者アステル殿は、人を避けているらしい。目撃例どころか、最近では存在も疑われているらしく……一応、山が崩れていたりするので、痕跡はあると言えばあるのだが」
「《山崩し》がアステル様の異名の一つなのは知ってるわ! でもどうしてあの方はここへ来ないの!? もう毎日、踊りと勇者様をたぶらかすセリフの練習は飽きた!」
「そんな事してたのか……」
そのとき、ギルドへ一人の冒険者が飛び込んできた。
「速報! 速報! 勇者アステル様が東の街に現れたってよ!」
「なんだと!? それは本当か!?」
「ああ、強盗を素手一発でふっ飛ばしたらしい!」
「なら、勇者様がギルドに来るのも近いぞ! 今頃はリーナス川を越えてるかも!?」
「やった! これで待つだけの毎日から解放される! ふふ、勇者様! 貴方と会える日が楽しみだわ!」
さらに二週間後。
「なんで!? ちっとも勇者様来ないじゃない! あれから二週間よ二週間! いい加減待ちくたびれたわ!」
「どうも、勇者殿はすでにこの街を離れたらしい。宿屋にも泊まらず、野宿もせず、一日で街を出て……く、何故だ、何故勇者殿はギルドに来てくれない!」
「ぐぬぬ、勇者様のために一生懸命武技を鍛えたのに……っ! こうなったら勇者様を追いかけよう、そして仲間にしてもらうべきだ!」
「そうね! それがいいわ!」「俺も行こう!」
「ふふ、見てなさい勇者様! 必ず貴方を見つけて仲間にしてもらうんだから!」
そして三週間後。
「駄目だ……っ! 勇者様がちっとも見つからない! あの方は一体どこをほっつき歩いているんだ!?」
「途中の女神の宿、街、村、全部探したがいなかった! 勇者殿は何処なんだよ!? 出てきてください勇者様、勇者様ぁ!」
同じような会話は、ギルド内で多く交わされていた。
『駄目だ! 近くの迷宮で十日間張ったが一向に現れねえ!』
『温泉宿や女神の宿を虱潰しに探しても、どこにもいない……っ!』
『山道のどこかだと思って集団で見張ったけど、野営の後だった!』
大規模な集団を結成し、探索した者もいたが、全く成果がない。
勇者アステルはそうして、『都市伝説』と化していった。
《亡霊》、《影無し》、《姿なき英雄》、《つーか本当に実在すんの!?》……など、様々な異名を付けられ、今日も噂されていた。
そのため、アステルを見つけた人々は、彼に憧れや感謝を示すため、慕っていく。
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