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第20話  勇者は思い出を振り返る  

 どんな旅にも終わりはある。

 どれほど苛烈でもいつか終わりは訪れる。

 前人未到の勇者の独り旅――それも、もはや終着が近づいていた。

 

「ついに来た……」


 眼前にそびえる巨城を前に、アステルは佇立していた。

 黒い雲と雷の下、そびえるのは《魔王城》だ。


 この旅の、終着点であり、決戦場。高く、禍々しくそびえ立っている。

 長い旅路だった。ここへ来るのに、様々な出来事があった。

 宿屋で恥ずかしい会話を聞かされたり、武器屋で勘違い感謝されたり、ストーカー娘や貴族娘に追われたり、クマ幹部に慕われたり……。

 思い出すだけでも海に飛び込みたかったが、全ては良い思い出だ。

 

 ――そもそもの発端は、アステルの父親が、《勇者》だった事から始まった。

 アステルは思い出す。全ての経緯を。過去を。



†   †



 今から十年近く前、アステルの両親は《魔王》を倒す旅をしていた。

 当時、アステルの父親は、共に魔族の要塞を攻略して回るのが日常だった。

 伝説の装備の数々を手にし、多くの仲間を連れた父。さらには《聖女》と呼ばれる、準最強クラスの母。


 何体もの幹部を撃破し、多数の試練を乗り越え、突き進む両親。


 アステルにとって、父と母は誇りだった。彼らのようになりたい、彼らに続きたいと何度も思っていた。

 だから幼少から父母と旅をし、鍛錬を続けながら見聞を広げた。


 《勇者》である父と、《聖女》の母で生まれたため、アステルは才能も豊かだった。

 めきめきと実力を上げていき、周りから《次期勇者》との呼び声も高かった。


『はは、さすがは俺の息子だ。きっと立派な勇者になるな』

『あなたは私達の誇りよ、必ず良い世界を築きましょうね』

『うん! 僕、立派な勇者になる。父さんや母さんのように、皆を幸せにするんだ!』


 《魔王》との決戦でも、必ず父と母なら勝利してくれるだろう、そう信じていた。

 さすがに魔王城の決戦にまでは連れて行ってもらえないだろうが、アステルは父達の勝利を信じて疑わなかった。


 しかし、悲劇が起こったのはその後だ。

 ある日、とある要塞を攻略した後、《魔王》の軍勢に襲撃され、父と母は亡くなってしまったのだ。


『そんな……父さん、母さん!』


 悲しかった。悔しかった。父と母は仲間である魔術師を庇う隙を突かれ、《魔王》に討たれた。

 あんなに強かった父と母が、あっさりと負けてしまった――生き残りの賢者と逃げ延びたアステルは、強く唇を噛み締めた。


 その後だ。アステルが必死に、勇者になろうと決意したのは。

《勇者の里》――世界中から勇者の素質を持つ者が集まる『学園』で修行し。


 そこでアステルは腕を磨き、《勇者》として、魔王を倒せる実力を磨こうとした。


 当初、学園の先輩たちはアステルを歓迎した。


『凄いな! 今年の新入生には、勇者の息子もいるのか!』

『噂に聞く勇者アレクと、聖女ローラ様の子息か! これは期待出来るぞ!』

『アステルくん、わたし達と一緒に修行しましょう? 一緒に頑張りましょうね!』


 けれど、現実は無情だった。

 アステルの強さは異次元の強さ。誰も、彼についてこられなかったのだ。

 常人より何倍もの過酷な鍛錬に耐えられる体。屈強な精神。そして、数多の魔術を操るアステルは、別格だった。


『そんな……ゆ、勇者の息子は強すぎる……っ』

『この前、マンティコアを素手で捻り潰してるのを見たぞ!』

『くしゃみで山が崩れたとか聞いたぞ!』


 嘘も、誇張もまみれていた。

 教師として赴任していた魔導師すら、引くくらいの圧倒的な強さ。

 腕試しの相手なんて誰も出来ない。一番の実力の先輩ですら一蹴した。

 強く、強く――何よりも強く――父と母と旅した経験と、打倒魔王への渇望――それがアステルを誰よりも鬼神と化していた。

 皮肉と言えば、これほど皮肉な事もなかった。


 アステルは強すぎるあまり、周りと協調が出来ず、孤独に向かっていった。

 

『今日は演習を始めましょう。――ええと、アステルくんは、教師十名で相手しますね』

『センセー、この前ボロボロにされたせいで、手足震えてますけど大丈夫ですか?』

『大丈夫ですから! これは武者震いですから本当ですよ!?』


 あまりに周りが弱すぎるため、次第にアステルは独りで過ごす時間が長くなった。

 裁縫や料理、採取スキルを覚えたのもこの頃だった。

 そして一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年経った頃には、すっかり人見知りになっていた。


「(会話ってどうやるんだっけ……)」

「(しゃべる時、人の目を見るの恥ずかしいな……)」

「(まずいな、人の名前覚えられない。あれ誰だっけ)」


 人の顔がみんな同じに見える。声も同じに聴こえた。足音が聴こえると、なんとなく隠れてしまう癖がついてしまった。

 人が会話している様を見れば、避けて歩くようになり、気がついたらウサギに話しかけていて、庭中ウサギだらけになった時は、学園でちょっとした騒ぎになった。


 もっとも、アステルとしては魔王を倒せばそれで良かったが。

 後の事はその時考えれば構わなかった。


 人は人。自分は自分――。

 だからアステルは、そう納得しては、夜な夜な街に降りて、あちこち独り散歩に興じるようになっていった。


 そんな時だった。

 無性に、孤独が寂しい時があった。人の温もりや優しさ、パーティでの行動、そういった当たり前のものに飢えていた、その日。


 

『――どうしたのアステル? また独り? 寂しい顔しないで』


 

 公園の片隅の、草むらに隠れていたアステル。そこへ静かな声がかけられた。

 それは少女だった。しなやかで、野性味にあふれていて、しかし優しげな瞳の少女。

 銀色に神秘的に光る髪はどこか幻想的で、ルビーを思わせる瞳が特徴だった。


『ステラか……』

『なぜ、アステル、独りになる? 独りは寂しい。人のいる所、行くべき』

『行けたら苦労はしないんだよ。これは俺の習性だ』


 彼女はステラ――『野生児』の少女だ。

 唯一、アステルが普通に話せる少女。森で彼女が騒ぎを起こした所を保護した。


 その後、辛抱強く説得した結果、懐かれた。

 以来、保護役という名目で学園から管理を任されている。


 野生児を管理とか俺はサーカスのピエロかよ、とアステルは思ったが我慢した。

 何しろ彼女は野生児だ。『差別心』がない。強いという理由でアステルを避けたりしない――むしろ尊敬してくる。

 親に捨てられた悲しみを癒そう、という考えもあったのかもしれない。


 常識が希薄なため、人前で抱きついてきたり、夜に布団に忍び込んで来るのが玉に瑕だったが、友人としてアステルは話せていた。


『というかステラ! お前また俺の後くっついてきただろ! やめろよ、恥ずかしい』

『どうして? わたし、アステルが好き。いつも一緒にいたい』

『トイレについてきたり布団入るのはやり過ぎ! 風呂にも入ってくるな!』

『疑問。動物は一緒に体洗うの、当たり前。じょうしき』

『文字の一つも書けんお前が常識とか言うな……』


 これでも、ステラは常識を覚えた方だった。

 最初の頃は全裸で庭をうろつく事もあったり、そのまま抱きつく事もあった。


 それと比べれば、学園の制服を着ているのは奇跡みたいなものだ。

 ただ、今でも変に着崩しているのでスカートや胸元が危ないが。


『いいかステラ。男と女は別々に行動するものだ。常に一緒にいるべきではない』

『でもアステル。この前読んだ本、男女が交わっていたけど』

『エロ本と普段は違うっつーんだよ! というかそんな本捨てたのは誰だ!? ぶっ潰してやる!』

『怒るアステル、可愛い』

『あああ、あああ……っ』


 頭を抱え、悶えるアステル。

 いい加減、彼女とのやり取りも慣れた。

 彼女といると安らぎも感じるので、一緒の時間も多くなった。


 

『ステラ、聞いてくれ、この前俺の下着が一つ盗まれていたんだ。俺への嫌がらせする連中は困ったものだな』

『それは大変。抗議するべき事件』

『……あの、ステラさん? なぜ俺の下着持って、くんかくんかしてるんです?』

『アステルの匂い、好き。本人がいない時、嗅いでる』

『貴様が犯人か!』



『ステラ聞いてくれ。夜、徘徊した衛兵が話していたんだが、アクセサリばかり盗む連中がいるらしい。もう何万ゴールドも盗まれたらしいな』

『それは憤慨。今すぐ討伐隊を結成、捕まえるべき』

『ところでお前がこの前くれたペンダント、盗んだやつじゃないよな?』

『わたし、盗んだ物、渡したりしない』

『裏に、盗まれた店の名前書いてあるんだけど、違うんだよな?』



 十三歳という年齢もあったのだろう。アステルとステラは、唯一の友とも言える間柄で、多くを語り合った。

 気づけばほとんとをステラと一緒に過ごすようになり、親しみを覚えた。

 ステラは純粋で、馬鹿で、けれど優しくて。


 彼女とだけは会話出来ることもあり、アステルは心安らいでいった。

 やがて不満もぶつけ合える関係になった二人は、互いに心を寄せ合っていく。

 

『ちょ、ステラ近って、近い! 顔が近いから!』

『なぜ? アステルが巨大アイス食べると言った。食べきれないから、一緒に食べる』

『だからってくっつき過ぎだろ! 限度を考えろ、限度を!』

『背中から抱きつけば、問題ない』

『貴様いきなり近づくな……って、ちょ、勢い付き過ぎて滑……っ!?』


 初キスは、アイスの味がした。



『おいステラ、犬の飼い方、勉強しようって言ったばっかだろ! なのにまた拾って……しかもキモい猫……』

『キモくなんかない。リーデルバッハ・ガレオンは、とてもキュート。カッコいい』

『まずそのネーミングセンスどうにかしろ!』


 

『ステラ、気にするなよ……犬も猫も、命ある者だ。不幸な事故くらい、あるだろう』

『でも! わたし、手を離さなかったら……っ、皆、生きてた。瓦礫に潰される事、なかった。わたし、悲しい……っ』

『お前のせいじゃない。それに、あいつらはきっと幸福だったはずだ。お前に好かれて、抱かれて、最後まで、な』

『アステル……うう……アステルぅ……』


 

 辛い時も、悲しい時も、いつも一緒だった。


 愚痴を言い合い、出会いと別れを繰り返し、かけがいのない時間を過ごしていった。

 人目を避け、街の片隅で、アステルとステラは、日に日に心を通わせていった。


 やがて時が過ぎ――名実ともに無二の存在になった二人は、勇者と聖女候補として、決断しなければならなかった。


『なあ、知ってるか? アステルの奴、とうとう里長に言われたらしい。落第の警告を』

『まあなあ、パーティ行動出来ないからなぁ、そりゃそうなるって』

『猶予は一ヶ月か。厳しいだろうな。今さら結果を出すなんて』



『聞きまして? ステラさん、学園長に言われたらしいですわ。除名候補だと』

『まあ、でも仕方ないですわね。あの方、《聖女》を目指していたんでしょう?』

『聖女って! 半裸でうろつく聖女とか、あり得ませんわ!』



 全くその通りだが、彼らとしてはどうしようもない。

 いつも通り広場の片隅で、アステルとステラは相談し合う。


『アステル、わたし、警告された。このままだと、学園追い出される』

『俺もだよ。さてどうするか……あてはないんだよな』


 最強過ぎるアステルに、野生児なのに聖女を目指すステラ。適性もなく親もない二人には、居場所はなかった。


『……それならステラ。どこか二人だけで、住まないか?』

『え?』

『どこか静かな森に小さな家を立てて、気ままな生活を送るんだ。その方が楽しいぞ、きっと』

『……うん。それがいい。きっと楽しい』


 アステルとステラは、二人だけで旅に出た。

 勇者候補も聖女候補も辞退して、気ままに、二人で旅をして。


 山を越え、谷を越え、海を越え――それまでいた中央大陸を離れ、辺鄙な、けれど静かな辺境大陸へと渡った。


 幸い、勇者候補としての力と、野生児としての力が役に立った。

 ステラが山奥で山奥で熊や狼、魚などを狩って。アステルが木の実などの料理や、洗濯や炊事をこなし。


 普通逆だろ、と言われるような生活だが、辺境大陸の、そのまた辺境の山奥で、二人は平穏な生活を営んでいった。

 

『アステルさん、聞いて聞いて。川で珍しい魚見つけたよ。取りに行こうよ!』

『そんな無茶な! お前、言葉遣いが良くなっても、料理駄目だろ。この前、キッチン爆発させたのを忘れたか?』

『大丈夫だよ! わたしだって学習してるもん、それほど失敗はしてない……してないはず。……あれ? いっぱい失敗してるかも?』

『俺のパートナーは馬鹿だけど可愛いのが悔しい!』


 

『アステルさん、聞いてください、わたし、ハサミの扱い上手くなったんです。これでアステルさんの髪、切ってあげられますよ』

『それはいいことだがお前、調子に乗って変な髪形にするなよ? 敬語覚えたのはいいが、この前、眉を整えようとして全部剃りやがっただろ?』

『平気です。今度は髪の毛を《アステルさん大好き!》って整えますから』

『そういうのをやめろって言ってんだ!』


 ステラは野性味が薄れ、普通に話せるようになった。

 丁寧語を覚え、日に日に敬語を使いこなし。淑女のように変わっていった。


 すべては、《聖女》としてアステルを支えるため。

 かつてのアステルの父と母のように、助け合う――それこそが彼女の夢だった。


 この頃になると、ステラの外見も変わり、すっかり可憐な娘になった。

 肌はきめ細かく、まるで雪のように。泥や土まみれだった肌は、銀細工のように滑らかなものに。美麗な髪は銀色のため、どこか神秘的だった。

 儚げで華奢だが、けれど信念のある瞳。

 辺境へ来て半年が経ち、十四歳となったアステル達は、ますます仲を深めた。


 支え合い、助け合い、やがて――恋人として惹かれ合っていくのに、時間は掛からなかった。


『あのさ、ステラ……俺、お前に言いたいことがあるんだ』

『はい、どうしたんですか? アステルさん』

『その……お前を、俺だけのものにしたい』

『え……あの、それって……え!?』

『俺は、ずっと考えていたんだ。ステラと一緒に暮らして、喧嘩して、支え合って……お前への想いが強くなった。――いつもお前は俺を支えてくれた。俺は、お前以外と添い遂げるのは、考えられない』

『……で、でも。わたし、お転婆ですよ? 喧嘩のときは樹木蹴り飛ばしたり、刃物もて襲いかかりますし、面倒な娘だと思います』

『そんな事は大した問題じゃない! 俺はお前の事が大切なんだよ。お前が木の実と毒物間違えて料理する姿も、骨付き肉を骨ごと食っちまう姿も! 全部! 愛おしいんだ! だからステラ! 俺の恋人になってくれ!』

『……っ、アステルさん……っ』


 そうして、二人はゆっくりと唇を重ねていった。


 

 そしてその日の夜――ベッドの上で、二人は静かに抱き合う。


『まずい、緊張するな』

『わたしも……あの、何だか恥ずかしいです』

『明かり、消すか?』

『いいえ。初めては、アステルさんの顔を見ていたいです。……あ、でも、やっぱり恥ずかしいから明かりは消して……あ、でもやはり、つけた方が……あ、でもでも……』

『おい、パンツ一丁のままもお預け食らう俺はどうしろと?』


 そんな一悶着もあったが、アステルとステラは体を重ね合わせ――結ばれた。



「いいかステラ、お前には慎みというものが足りない。もっと真摯に、貞淑に、そして可憐な女子を目指してくれ」

「そうですねアステルさん。ところでキスはいつしますか?」

「だから……っ! ぐああ、唇を近づけるな! お、お前、外面は変わったけど根本的に野生児だよな! 本能のままキスするな!」

 

「おいステラ。今日は何か様子、おかしくないか?」

「……じつは最近、忙しかったせいか、うずいてしまって。あなたを見ると、その……体が火照ってしまって……」

「え!? い、いやでもそれは大変だな……お、俺も寂しかった。……その……そうだ! 今日は一緒に、寝ないか?」

「本当ですか? 今日のわたしは凄いですけど、手加減できませんけど……」

「大丈夫だ。ステラの事は、しっかり俺が受け止めてみせるさ、絶対な!」


 

 一回戦目。


「待て! 待てや! ステラいつもより激しすぎだろ! 止まれっ!」

「ま、まだまだ行けます、今夜は寝かせませんから」


 

 二回戦目。


「ぐああ! ステラ凄すぎ……全く衰えん! ますます凄くなってくるっ」

「わたし、あなたのこともっと好きになれそうです……」


 

 四回戦目。続いて五回戦目。


「お、おい……さすがにちょっと疲れてきたんだが! ステラ、いくらなんでもやり過ぎ……」

「わたし、まだまだいけます。このままいきましょう」


 

 十一回戦目。


「も、もうダメだ……っステラの事以外、何も考えられなくなって……」

「もっとです、もっとあなたが欲しいです、アステルさん!」


 

 十五回戦目。


「ステラぁ、ステラぁ、ステラぁ!」

「アステルさん? アステルさん?」


 

 そして翌朝。


「やってしまいました……っ! あうう、獣のように一晩中! なんてこと……っ、アステルさん、大丈夫ですかアステルさん!」

「はは、何を言ってるんだステラ。俺は大丈夫だぜ? この程度、なんでもない」


 その日、アステルは枯れ果てた。

 


 誰にも邪魔されない、二人だけの日々。

 アステルは幸福で、ステラもいつも笑顔で。

 かつてこれほど満ち足りた日々はなかった。


 少女は、いつも暖かくて、優しくて。いつでも包み込んでくれた。

 そんな彼女と共に、いつまでも暮らそう。ここで勇者と聖女としての腕を磨き、いつか魔王を打ち倒そう――そう、考えていた。


 

 けれど、幸せは長くは続かない。

 ある日――二人が森に散策している時。魔族の『大幹部』が襲撃してきたのだ。


 それは、魔王の右腕とも言われる存在。

 三面鬼人で、腕が六本ある異形の『大悪魔』。

 巨大な体――かつ節くれだった体は昆虫のようであり、巨大な植物にも似ていた。


 六つの眼の、凶悪な殺意がアステル達を睥睨する。


『下がれステラ! はああああっ! 闘技! 《聖覇斬》――っ!』

『駄目です、効いてません! 一度逃げて、《セイクリッドサークル》――あ!?』


 鋭い爪が、ステラの腹を貫いた。

 肉を裂き、骨を砕き、ステラは背後の岩に激突した。アステルは彼女を背負い、必死に逃げ帰ったが――ステラは、虫の息だった。


『ステラっ!』


 何とか《潜伏》スキルと《隠蔽》スキルを使い、山の反対側に避難したアステルは、絶望に襲われた。


『ステラ、頼む、駄目だ、ステラ……っ』


 ステラの体から、血が止まらない。

 その瞳から、光が薄れていく。


『アステルさん……ごめん、なさい。こんなところで……』

『まだだ、まだ諦めるな! そうだ、俺はお前に出来る事が沢山ある。だから俺は、お前を諦めない……っ!』

『逃げて……あれは、わたし達では勝てません……このままだと、アステルさんも……』

『馬鹿が! お前を置いて逃げられるか! 諦めるな! ――俺が、俺が! きっと何とかする……っ! だからステラ、頑張れ……っ!』


 回復魔術、薬草、あらゆる方法を試したが手遅れだった。

 重症を負ったステラは助かることなく、永遠の眠りについた。


 アステルは、後悔した。

 もっと自分が強くなっていたら。彼女を守れる強さがあれば。

 他人に引かれるくらいの強さではなく、もっと上位――崇められるくらいの強さならば、ステラは失わなかったのに。


 人間では最高の力を持ちながらも、それでも魔族には、その幹部にも及ばない。

 自分の未熟さと、誰かを失う悲しみを知った。それ以上に、自分の無力さに失望した。


 ――強くならなければならない。

 ステラのような、大切な人を奪われないために。

 彼女のような、愛する人を無くさないために。

 そして、彼は決意をした。


《転生神殿》――そう呼ばれる遺跡がこの世にある。

 それは、死者を連れ、祈りを捧げれば、復活出来るとされる神殿だ。


 かつて神がこの世にいた時、活用された古い神殿。

 アステルは生前、父たちがいた時、話に聞いていた。


『この世には、人を生き返らせる神殿がある。だがそれは秘境の中の秘境……幾多の魔族や古の罠を乗り越えていかなければならない』

『決して人には辿り着けぬ神殿……それが転生神殿なのよ』


 そう両親に聞かされていたが、関係なかった。ステラを救えるなら何でも出来た。


 ステラを魔術で保護し、抱えつつ旅をして。

 アステルは忘れられた伝説を、魔族が多くいる秘境を目指して進んだ。


 けれど、問題が二つあった。


 一つ、転生神殿は、復活させたとしても、それまでの記憶を全て忘れてしまう。

 一つ、蘇生者自身も、世界のどこへ現れるか判らない。


 父と母は言っていた。


『だから転生神殿は、不完全な遺跡なんだ。転生させても、その相手を探さなければならない』

『そして探し出した後も、記憶のない相手と接する。奇跡はそう安くはない――そう、神様の思し召しかもしれないわね』


 だがそんな事、関係なかった。

 ステラだけが、大切な人だった。

 ステラとの思い出が、忘れられなかった。


 例えどんな試練が立ちはだかろうとも、どんな試練が阻もうとも必ず救ってみせる。

 アステルは、転生神殿にたどり着くや、ステラを預けた。

 やがて光が溢れ、ステラの体が虚空へ消えていき――アステルは強く誓った。


『待っていてくれ、ステラ。俺は世界を救う――そしてその後、改めてお前を探しに行く!』


 例えステラが無事に復活しても、魔王がいては平和に過ごせないだろう。

 だからその前に、《魔王》を打ち倒し、世界を平和にする。

 幸い、転生神殿の力が完成するまでは時間があった。

 二年から五年、転生には時間が掛かると言われていた。


 だからアステルは、辺境の剣聖へ弟子入りをし、勇者の特訓に励んだ。相変わらず人見知りで、師匠とはろくに話せなかったが――やがて全ての技術を学び終えた。


 一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ち、そして一年が経った頃――アステルは《勇者》となる。


 その後は、独りだけの旅立ちだ。

 宿屋を使わず、武器屋も利用せず、仲間のパーティも、誰も頼る事なく、たった独りで魔族を討ち続けた。


『フフ、腹ペコでもステラの笑顔を浮かべれば、なんでもないな!』

『ぐお!? 毒の沼に落ちた! しかも食人植物が、俺を狙って……!?』

『フハハ! 寝る場所を確保だと? そんなもの、巨人の腹中で寝れば問題ない!』

『休む場所を確保した! テント最高だな! ……風で全て流された。くっそーっ!』

 

 竜も巨人も魔獣も、全て薙ぎ払ってきた。倒してきた敵は数知れず。過ごしてきた羞恥も数知れない。

 けれど、どれほど苦難にあっても、アステルは諦めなかった。


 ステラとの再会だけを夢に。

 いつか、彼女との平穏を取り戻すために。

 アステルは――長く激しい旅の中、戦っていた。



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