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第19話  勇者は魔大陸へ渡るようです

三重大障壁グレイトウォール』。

 中央大陸の西端にある、超巨大障壁だ。

 縦、八百万キロメートル。横、二〇〇メートル。高さ一万メートルという大障壁。

 魔族の大進行を防ぐべく、人類がその技術を結集して築かれた要塞壁。


 その表面には最上位の防護魔術が掛けられており、構成素材も最高級。金と時間と人材が、これでもかとつぎ込まれた――人類最大の建築物。

 しかもそれが三重――さらに、『壁』自体にも数万個の大砲や魔術によるトラップが仕掛けられており、防備に抜かりはない。


 歴代魔王や幹部には抜かれた事もあったが、それは防衛の騎士たちが対処していた。

 壁を突破した魔族は、全体の一割にも満たない。


 そのため、冒険者は壁を突破したわずかな魔族を相手に奮戦していた。

 魔族の侵攻を抑えつつ、冒険者や勇者が『壁』の西に渡り、魔王を討つ――。

 それが、人間の長年の戦略だったが――。


 

「(やばい……人がいて、壁抜けられない……っ)」


 今代の勇者、アステルは守りの騎士が多すぎて、壁の入り口で固まっていた。

 


「だ、だって仕方がないだろう!? 向こうの壁まで兵士がいるとは思わん、こんな壁、抜けられるわけがない!」


 ゲーリッヒやネリネたちが騒いでいるのを尻目に旅を続けて三日目。

 旅の終着点に近い三重大障壁グレイトウォールに行き当たり、アステルは途方に暮れていた。


 壁際、門のそばには多数の『見張り騎士』が立って、蟻の這い出る隙もない。

 壁の北側に行こうとしても南側に向かおうとも無駄だった。

 大陸の端まで騎士がおり、おまけに、『壁』は海を遮るように続いている。


「(お、落ち着けアステル! ここを抜けねば魔王城へは行けん。策を巡らせ、落ち着いて対処すべきだ!)」


 魔王の住む居城はこの壁の向こう――《魔大陸》にある。

 この壁を越えなければ、魔王の下には辿り着けない。ここは正念場だった。


「一端退き、夜まで待つか? いや駄目だ、昼夜問わず見張ってるだろう。なら、催眠魔術で眠らせて通る? 阿呆か、それでは犯罪者だよ! あああっ、どうすれば……!?」


 懊悩し、歯切りし、頭を抱えるアステル。

 旅立ちの前は、ここが最大の難関だと思ってはいた。

 けれど数々の苦難や、ストーカー娘達がいたため、すっかり忘れていた。

 おかげでもう魔王城は目前なのに、頭が思考で焼き付きそうだ。


「――そこのお前! さっきからうろうろ何しているっ!」

「ひいいい!?」


 アステルが唸っていると、見張りの騎士達が、怒鳴ってくる。


「怪しい奴め。さっきから行ったり来たり……貴様、まさか魔族か? おい、そいつをひっ捕らえよ!」

『了解!』


「やめろ、違うんだ! 俺は勇者なんだ……っ!」


 アステルは恥ずかしさのあまりどもりながら後退した。


 

「くっ、このままでは突破出来ん! どうする、どうすれば……っ!?」


 草むらの中、頭を抱え悩むアステル。


「未だかつて、この『壁』を越えられない勇者がいたか? いないわ! ――くそ、不甲斐ない……」


 確かに、『人がいたので壁超えられませんでした』では格好がつかない。

 なんとか突破するべく、ああでもこうでもないと思慮を巡らせる。


「そうだ! 土の中ならば壁はさすがに無いだろう? 土の中を進み、そのまま向こうへ行こう!」


 土の中ならさすがに兵士は対処出来ないだろう。まるでモグラみたいだが、背に腹は代えられない。

 アステルは、しぶしぶと土の中を掘り進む事にした。


 ――途中、ミミズや正体不明の虫共に襲われ、悲鳴を上げたが問題ない。

 さらに進み続けると、鼻にムカデや虫が入ったが無視、無視。


 しかし――さらに下に突き進んだが、『溶岩』が溢れており、濁流に飲み込まれた。

 アステルは燃えながら後ろに流された。


 

「くっそーっ! 熱っ!? 熱っつ!? 出発点に逆戻りだと!? よもや押し流されつとは……口の中にも溶岩入っている……っ」


 そもそも土の中を進むという発想がおかしいアステル。


 しかしこの場にはストーカー娘もクマもエルフもいなかった。ツッコミ役がいない。

 気を取り直して、思案してみるアステル。


「そうだ! それなら大ジャンプして壁を超えれば良いじゃないか!? いくら高いと言え、たかが一万メートルだろう? 俺ならば多分、いける!」


 以前、魔族の幹部と戦ったときには三〇〇〇メートルは跳んだ。

 一度では駄目でも、壁を蹴り、複数の跳躍を繰り返せば、突破は可能のはず。


「よし! 物は試しだ! ……なに、衆目を浴びるより、壁を跳躍する方が楽さ」


 そう言って、アステルは大跳躍を敢行しようとした、その時。


「――うわあああ、たす、助けてくれえ!」

「大量の魔物の襲来だと!? くそ、対処しきれん!」


 壁際から、騎士たちの悲鳴と困惑が響いてきた。

 見れば、『壁』をすり抜けて多数の上位幽霊ゴースト、レイスたちが襲撃している。

 もちろん壁には《破魔》の魔術もかけられているだろうが、レイス達は精鋭なのだろう、『壁』をすり抜け、騎士たちに襲いかかっていた。

 その数、およそ二〇〇〇〇体。


「くっ、まずい、あの数では対応しきれんぞ!」


 アステルは窮地を前にし、焦りを見せた。

 あのままでは騎士たちが半壊してしまう――からではない。

 一端態勢を立て直すべく、『騎士たちがこちらへ迫って来る』からだ。


 そうなっては目も当てられない。アステル最大の危機だ。

 彼は唸りつつ最大限、効率的な魔術を構築する。


「――[邪悪なる者よ討ち滅べ! 闇斬り裂く聖刃よ! 《シャインブレイド》]!」


 光り輝く、幽霊系に抜群の魔術の光刃が立て続けに壁際へと放たれる。

 音速を超え数百を超える光刃は、この世ならざるレイスたちを真っ二つに寸断した。


 その攻撃をきっかけに騎士たちが態勢を立て直す。

 ここぞとばかりに《破魔》系の魔術を乱発。見事レイス達を殲滅したのだった。


「勝ったか……」


 アステルは、勝利に貢献出来たものの、これまでの疲れと、『壁』を乗り越えるための思案で精神がガリガリ削られていた。

 そのため、草むらでひとまず眠ることにした。


 

 その夜――。


「おい! こっちに眠っている冒険者がいるぞ!」

「本当だ。何故こんなところに。――君、こんな所で寝ると風邪引くぞ」


 数名の騎士たちが見回りをし、眠るアステルを発見していた。


「隊長! 揺らしても起きません。どうすれば良いでしょう?」

「そうだな……気づけ薬でも飲ませるか。……ん? こ、この手の紋章は!」

「まさか……っ、《勇者の証》ですか!?」

「そうだ! この紋章、間違いない! ――そうか、昼間のあの援護魔術! 勇者様だったのか! ……ついにここまで辿り着いたのですね勇者様!」


 騎士たちは大喜びで勇者の到来を歓迎した。


「ああ良かった! 魔王城はもうすぐですよ!」

「さあ、起きてください勇者様。温かいミルクでも……」


 しかしアステルは目を覚まさない。日頃の疲れと先程の思案ですっかり爆睡中。


「隊長、駄目です、勇者様は揺すっても何をしてもまるで起きません!」

「仕方ない、エロい声を出して起こしてみろ」

「無理です! 女の騎士は就寝中です。隊長と私たち(男)では駄目です!」

「男の喘ぎ声でも起きるかもしれんぞ?」

「駄目です誰もやりたがりません!」


 仕方なく、騎士たちは勇者をゆっくり運ぶ事にした。


「まあ勇者様も激闘で疲れていたのだろう、幹部や魔族の群、迷宮の謎解きに疲弊したはずだからな」

「ですね。数々の冒険や、血湧き肉躍る戦いがあったはずです」


 彼らは知らない。人目を避け、いかに独りで旅をするかの旅がアステルの旅だ。

 盗賊と間違われたり人目にびびったりの旅……まさに知らぬが花だった。


「おい、いいか、ゆっくり運べ。決して落とすなよ?」

「はいっ、我々の手で、勇者様を壁の向こうまで、お連れしましょう」


 そして、アステルは騎士達の好意で『壁』を越え、さらには《魔大陸》へ運んでもらった。


 

 翌日。


「――え、何事!? 起きたらなぜか『壁』を越えてるんだが!? しかも『海』すら越えて《魔大陸》にまで辿り着いてるんだがっ!?」


 翌日、アステルは何が起こったか判らず困惑していた。

 どうして寝ている間に居場所が変わり、辺りは黒い大地なのか判らない。


 通称《魔大陸》――魔王軍の本拠地。

 明日、頑張って壁を突破しようと思っていたのに、壁どころか海すら越えていた。


「か、覚悟していた騎士たちとのやり取りも、海の魔物との激戦も無し……? 平和過ぎる。何これ怖い」


 親切にも騎士達が海の向こうまで運んだのだが、アステルはもちろん知らない。

 一応、騎士から激励の手紙もあったが、運悪く風に吹かれてどこかへ飛んでいった。


「ま、まあ魔大陸に着いたし、いいのか……これ、夢じゃないよな?」

 ともあれ決戦の地に来たのは良しとする。


 アステルは狐につままれた思いのまま、先へと進む事にした。

 遥か後方――騎士たちはアステルの勝利を願い、応援していた。


「どうかご無事で、勇者様! 世界の命運を!」


 

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