第18話 勇者はチビクマ幹部に慕われるようです
「勇者殿、勇者殿! 活力出る鍋を作ったのでありますよ!」
「勇者殿、勇者殿! 手編みのマントを編んでみました!」
「勇者殿、勇者殿! 獣の爪を削って作った、剣など必要ありませんか? 役立つ代物であります!」
「いらん! 全部いらん! というか爪だと? それお前の爪だろ!」
それから、ゲーリッヒはアステルの肩に乗ってつきまとった。
朝、起きては料理を作り、自ら手編みでマントを作り、巨神化して爪を削って剣まで作る始末。
しまいには地面を掘っても追いかけてきた。
小さいし鬱陶しいし、捨てても戻ってくるなにこれ呪いのクマ状態。
『あら可愛いクマ。あの人、クマのぬいぐるみ持って旅してるわよ』
『本当だ。きゃー可愛い。ぬいぐるみと冒険なんて、子供みた~い』
『きっと、小さい頃から大事なぬいぐるみなんでしょうね』
通りすがりの冒険者から、生暖かい目で見られた。
「違うんだ! 俺の物では……っ! くっ、こらやめろ、勝手に肩によじ登るな!」
好奇の目で見られまくり旅どころではない。
真剣に何度も崖下へゲーリッヒを突き落とし、溶岩の谷に突き落とした。
けれどその度にゲーリッヒはぴょこぴょこと小さな体を動かし戻ってくる。
「……おいクマ、貴様、いい加減に魔王城へ帰れ」
「嫌であります! 貴方と旅するのが私の本懐であります!」
「頼むから今すぐギルドへ行け! そして元幹部として捕らえられ余生を全うしろ!」
「ふふ、判っております。寝る時の暖炉として、私をご所望でありますな? 安心めされよ! 不肖、このゲーリッヒ、もふもふ枕として生きることに喜びを、」
「話聞けよ! 会話しろよ! 俺がこんな台詞言うのも何だが! おのれ、誰がお前なんぞ抱いて寝るか! くそ、頭に乗るな!」
困った顔でクマが語りだした。
「な、なら、手編みのパンツとかが欲しいのでありますか? ――はっはっは、ならば私めが作りましょう! 早速、材料集めから……」
「いらん! 誰が手作りの下着なんぞ欲しいと言った!」
「……ぬう、ならば……女っ気でありますか? なるほど、確かに勇者の独り旅、さぞかし乙女の温もりが恋しくなりましょう。ならばその辺でメイド服を買い、私が着て、」
「誰が! メイドになれなんて言ったよ、このクマァァァァ!」
「あ――――ッ、首引っ張らないで! 取れてしまうでありますクマ――ッ!」
そんな彼らを遠く見つめる、『二人組』の影があった。
「やばいにゃ! やばいにゃ! これは一大事にゃ!」
エルフのお嬢様のネリネは、望遠鏡の光景に愕然としていた。
前方――数キロメートル先では、アステルが手乗りクマに慕われている。
炊事に洗濯に編み物、これは非常にまずい光景だ。
「勇者様にあのクマが! このままじゃ従者になってしまうにゃ!」
「そうですね。どうやらあのクマは、勇者殿へ惚れ込んだ様子。あれでは近づく事すらままなりません」
「呑気に言ってる場合じゃないにゃ! これは一大事にゃよ!?」
確かに、相手は魔族の元幹部だ。暴力で下がらせる事は難しく、かと言って権謀術数も難しい。さらに望遠鏡で見る限り、離れる気がない。
まずいのはクマ幹部が料理も洗濯も完璧なことだ。
最初は手間取っていたようだが、徐々に上手くなっている。いずれ理想の従者になるのは時間の問題だろう。
そうなれば、ネリネが勇者に尽くそうとしても――
『勇者さま、美味しい料理お持ちしましたにゃ!』
『あ? もう俺には最高の従者がいるから、お前いらないわ』
「にゃあああああ!? そんな事言われたら耐えられないにゃああっ!」
「お嬢様、お気を確かに。ただでさえ金魚のフンのように勇者様に付いていってるのに、これでは完全に痛い子です」
「やかましいにゃ! で、でもどうしよう!?」
セバスは眼鏡のつるに手をかける。
「まあ落ち着いてください、お嬢様は貴族、『麗凛六花』――クマ幹部は強敵ですが、貴族のおもてなしならば、勝てます」
「そ、そうにゃ! その手があったにゃ! 『賄賂』にゃね!?」
「……まあ、魔族にはエルフの通貨など意味がないのですが」
「駄目じゃにゃいかぁぁぁぁ!」
貴族としての利点すら利用出来ない。ネリネは半分涙目になった。
「じゃ、じゃあ一体どうすればいいにゃ!? あのクマに勝つには……」
「……じつは、何にも思いつかないですね」
「さっきと言ってる事違うにゃ!?」
「しかしですよ? 他人の幸せなどたかが知れています。かつて第二十六代勇者、リゼル様もおっしゃっています。『――不幸な人間は多様だが、幸福な人間は皆同じ――』つまりは衣、食、住……そして可愛いお嫁さんと金や地位があれば、満足してしまいます」
「そうだけど! ……あれ? じゃあ嫁! その中ならあたし、『嫁』ならなれるにゃ!」
「え? 幼児体型には需要があるかどうか……」
セバスはネリネのまっ平らな胸を見た。絶壁、まな板、そんな単語が似合う有様。
「失礼にゃ! それはともかく……じゃあどうすればいいのにゃ!? いっそ爆弾でも巻いてクマに特攻する?」
「勢いで言わないでください」
「セバスがやるんにゃよ?」
「嫌ですよ! なぜそんな! 私の命、安すぎやしませんかねえ!?」
とはいえ、これは大問題だ。あれは仮にも魔王軍の元幹部。
腕力、俊敏性、そして耐久性……どれをとっても超一流だろう。
並の魔物なら一撃どころか、余波で死ぬ攻撃ですら生還する。
今もまた、アステルの裏拳を受けてクマは谷底へ落ちているが、次の瞬間にはボロボロになりながら戻ってきた。元幹部の耐久力は伊達ではない。
「そうだ、良い案があります。お嬢様、『子供』です。子供を利用して油断させればいいんですよ」
「どういうこと?」
「ですから、適当な『動物の子供』を捕らえ、あのクマに近づけさせるのです。予めその爪には毒を塗っておき……相手が油断した隙に、爪で刺す! そうすればあら不思議! クマ幹部は昇天してお嬢様の独壇場!」
「天才にゃ! さすがはセバス!」
「ふふ! どうも! お嬢様のためなら外道と化します」
「そうと決まれば早速やるのにゃ! 今すぐ取り掛かっ――」
「――なるほど、先程から悪巧みをするのは貴様らでありますか」
瞬間、彼女らにかけられた言葉にネリネ達は飛び上がった。
ネリネとセバスは蒼白色でびびりまくる。
「せせせせセバス!? 何故かクマ幹部がいるんだけどにゃ!?」
「おおおおかしいですねえ、目の錯覚ですかねぇぇ!?」
ほめかみをひくつかせ、目を血走らせ仁王立ちするゲーリッヒ。
彼の姿は元の三メートル級の大熊だ、今にも縊り殺してきそう。
「貴様ら、俺様を謀殺するなど言語道断であります! とんだ曲者め! 不肖このゲーリッヒ、露払いとして排除するであります!」
「にゃ~~っ!? 助けてセバス、助けて~~~っ!」
ゲーリッヒはネリネを摘み上げると、彼女は悲鳴を上げる。
「落ち、落ち着いてくださいお嬢様! ……おのれ幹部め! 私の主を鷲掴みとは不届きな! その腕、今すぐ離すがいい!」
「へっぴり腰で百メートルも離れた所から言っても迫力ないにゃ!?」
慌てる執事と叫ぶお嬢様。ゲーリッヒは、その鋭い牙を剥き出しにして、
「クハハ! 哀れなものでありますなエルフ共! 我が前に立ちはだかった罪、己が命で償うがいいであります!」
「にゃ~! にゃ~~っ!? 嫌にゃ、助けてセバス~~っ!」
ゲーリッヒが、捕らえたネリネを掲げながら力を込めた。
その細い体躯に、徐々に爪が食い込んでいく。
「にゃ~っ! このままじゃヤバイにゃ! こ、こうなったら――っ、――やあ~ん? よく見ればあなたイケメンにゃ? あたしと、イイコトしないにゃ??」
「お嬢様、お嬢様! 普通に痴女めいた事が出来るのは凄いですが、この期に及んで語尾に『にゃ』では無意味ですよ!」
「ああ、しまった~~っ!?」
「クハハハ! クハハハ! 面白いエルフ共でありますなっ!」
青ざめるネリネ、がたがた震えて長剣を構えるセバス。
ゲーリッヒは笑いながら、
「今晩の食料は決定であります! エルフの貴族と執事! 丸焼きにして勇者様にお出しすれば、喜んでもらえるであります!」
「にゃあああっ!? 助けてセバス! クマなんかに料理されるのだけは嫌にゃああああ!?」
「く、お嬢様――っ!」
セバスは念のため、用意していた目くらましの爆弾を放った。
爆音と閃光が迸り、ゲーリッヒの視界を奪う。
その隙に、何とかゲーリッヒからネリネを引き離したセバス達は退却した。
「ぜーっ、ぜーっ、し、死ぬかと思ったにゃ……っ」
「まったくですな、何とか逃げ切れて良かったです」
すでに、ゲーリッヒの姿はない。
見通しの悪い森に逃げ込んだので、ここで隠れれば大丈夫だろう。
「しかしどうしよう。あんなクマ幹部、追い出す方法まるで思いつかないにゃ……」
「もう諦めましょうよお嬢様。所詮、無理な話だったのです。諦めて王国へ帰り、私と悠々自適な生活を過ごしましょう?」
「なんでセバスと余生過ごすの前提にゃ!? そうではなく、このまま引き下がるなんて出来ないにゃ! 栄えある『麗凛六花』の名に傷をつけるくらいなら、いっそ死んだ方がマシにゃ!」
「し、しかし……お嬢様、なぜそうまでして勇者様に拘るのですか?」
まくしたてるお嬢様に辟易して、セバスが尋ねる。
このままではジリ貧もいいところだ。ゲーリッヒは決して勇者の元から離れず、こちらは無策。こうなっては帰った方がいいはずだ。
「それは……」
ネリネは先程とは打って変わり、神妙な顔つきになる。
「セバスも知っているはず。エルフ王国は、諸外国に囲まれ資材を狙われているにゃ。神聖な木の実、肥沃な大地、《霊神樹》……数々の秘宝を狙って、ドワーフやリザードマンがやって来る。彼らから『王国』を守るためには、勇者様と友好関係を結ぶのが、手っ取り早いにゃ」
「それは存じ上げていますが……」
エルフの国とは森の王国だ。豊富な資源、貴重な木の実、それに、魔術についての秘奥も存在する。
だがそれを狙い、数百年前から他国が襲ってくるのが実情。
ゆえに、強い国家となるため、勇者の後ろ盾を得るのが定石だった。
もちろん、必ずしもそれが必要ではないが――有効なのは確かだ。
「それだけじゃないにゃ。あたし自身も、勇者様に憧れてるにゃ。昔、私は病弱だったにゃ。でも一年前、立ち寄ったエルフの森で、勇者様は《秘薬》をくれた。見かねただけのただの同情だったとしても、私はあの時の恩を返したい」
ネリネは幼い頃は虚弱だった。けれどそれを治したのがアステルだ。
それ以来、ネリネは彼に憧れを抱いた。尊い英雄、格好良い英傑、彼に焦がれた。
――じつは、アステルは森で迷って、偶然ネリネを助けただけだが、それでも彼女の恩は本物だ。
「そうですよね……そうでしたよね……」
呆れつつも、苦笑してセバスは呟く。
「彼はお嬢様の命の恩人……そのために万事を尽くすのが我が務め!」
「うん」
「ならば、私も一肌脱ぎましょう! 敬愛するお嬢様のため、このセバス、全身全霊で手を打ってみます!」
「ありがとう! さすがセバスにゃ!」
「いえいえ、お礼はハグで!」
それは断ったが、主従を超え、深い絆の握手を、二人は決意の証として交わす。
「でもどうするにゃ? 条項は何も変わってないにゃ」
「アレですよ、お嬢様。こうなったら仕方ありません。《憑依》の魔術を使うのです」
――《憑依》の魔術。
それは対象の『魂』を別の器に移し、操るための切り札だ。
かつて、ネリネはドワーフたちに対して、《憑依》を用いて対抗した。
ドワーフ達の体から魂を抜き取り、人形に収め、閉じ込めたのだ。
悪辣な手段だが、切り札として有効だった。
「あれを使ってクマを退治するにゃ?」
「そうです。あのクマを閉じ込める人形を用意します。そして《憑依》の魔術にて魂を剥離……クマの魂を人形に定着させます。永遠は無理ですが、ひとまずは有用かと」
「なるほど、名案にゃ」
しかしネリネは首を傾げる。
「でも『人形』はどうするのにゃ? 急場だったから、そんな物は持ってきてないにゃ」
《憑依》の魔術に使う人形には条件がある。
魔力を込めた特別な人形を用意するのだ。
魂を押し留めておくため、『檻』として膨大な魔力が必要なのだ。
「ふふ、それでしたら心配はいりません」
「にゃ?」
「《人形》には通常、高い魔力が必要です。――しかし、この場には高い魔力の源があるでしょう? 魂を押し留め、維持出来る程の器が」
「え? でもそれって、何なのにゃ?」
「お嬢様の『体』です」
「えええ――!?」
「お嬢様の『体』と、クマの『体』を入れ替えるのです。お嬢様は至高の魔力、魔族の幹部とはいえ収まるでしょう。そこで、あのクマと、お嬢様を入れ替え、」
「嫌にゃよ!? 何言ってんの!? あ、あの毛むくじゃらの体に入るなんて、冗談じゃないにゃ! それに……臭いも、感触も、なにより、オスの獣だから……お、お、おちん……口では言えない『竿』も付いてくるにゃあ!?」
「別にそれは大した問題ではありませんよ?」
「絶対嫌にゃ! それだけは却下するにゃ!」
「しかし、いいんですかお嬢様? そうなると、もう手段は無くなりますよ? 」
「にゃああ……っ」
ネリネは迷った。大いに迷った。
『麗凛六花』の一角として、エルフの淑女として迷い――断腸の思いで告げる。
「わ、わかったにゃ、やるにゃ……」
「それでこそお嬢様! (まあ、上手く憑依させられるか判りませんが。最悪、お嬢様の体が耐えきれず吹っ飛ぶかもしれませんがね)」
「今不穏な事思った! 絶対不穏な事思ったにゃ!」
「いえ何も?」
押し問答の末、憑依で入れ替わりしてみる事にしたネリネ。
《強化》の魔術で自分の肉体を強くする。森を出ると、勇者のそばにいるゲーリッヒを探した。
そしてアステルの靴を磨こうとして拒否られるゲーリッヒへ向け、ネリネは呪文を唱える。
「――[我が魔術によって移転せよ! 勇者にかしずく獣の魔族、我が器に宿れ! そして我が魂は、獣の器に宿り、定着を!]――《ソウルシャッフル》!」
ぴかあああ、とネリネの体とゲーリッヒの体が光り、眩い明かりが周囲を照らす。
ネリネの体にゲーリッヒの魂が入り、ゲーリッヒの体にネリネの魂が宿る。
完全に、ネリネ達の体が入れ替わった。
「やった! 出来ましたよお嬢様! これでクマ幹部は排除です! あとは私が勇者殿を誘惑し――」
「貴様、よくもやってくれたでありますなぁぁぁ!」
ネリネの体に宿ったゲーリッヒが、憤慨してセバスの首を掴め上げた。
「ザコだザコだと見逃してやれば、つけ上がりおってからに! よもやエルフと入れ替えられるとは! この礼、きっちり返させて貰うであります!」
「ぐああっ! し、しかし諦めませんよ私は! こう見えても、お嬢様の護衛として騎士叙勲した身! クマごとき、私の剣術でっ!」
「勇者様のお世話をするのはこのゲーリッヒ! その邪魔は許せんであります!」
「否! お嬢様こそが勇者様のおそばに相応しいお方! はあああっ!」
そしてクマ幹部とエルフ執事の決闘が始まった。
一方――ゲーリッヒの体と入れ替わったネリネは。
「うわあ……本当にクマの幹部の体にゃ……。これでついにあたしも人外にゃ。……何が嫌かって、もふもふの毛皮って、以外に柔らかくて良い気分なのにゃ。……このままじゃあたし、『もうクマでもいいかな……』なんて思っちゃうにゃ……」
小さく、嘆き、悶えるエルフお嬢様。
そして遠く、独りで旅を続けるアステルは。
「だからやめてくれよ! 俺のために争うとか恥ずかしいんだよ!」
自分の名前が時折呼ばれるのに耐えきれず、悶えていた。




