表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/25

第18話  勇者はチビクマ幹部に慕われるようです

「勇者殿、勇者殿! 活力出る鍋を作ったのでありますよ!」

「勇者殿、勇者殿! 手編みのマントを編んでみました!」

「勇者殿、勇者殿! 獣の爪を削って作った、剣など必要ありませんか? 役立つ代物であります!」

「いらん! 全部いらん! というか爪だと? それお前の爪だろ!」


 それから、ゲーリッヒはアステルの肩に乗ってつきまとった。

 朝、起きては料理を作り、自ら手編みでマントを作り、巨神化して爪を削って剣まで作る始末。


 しまいには地面を掘っても追いかけてきた。

 小さいし鬱陶しいし、捨てても戻ってくるなにこれ呪いのクマ状態。

 

『あら可愛いクマ。あの人、クマのぬいぐるみ持って旅してるわよ』

『本当だ。きゃー可愛い。ぬいぐるみと冒険なんて、子供みた~い』

『きっと、小さい頃から大事なぬいぐるみなんでしょうね』


 通りすがりの冒険者から、生暖かい目で見られた。


 

「違うんだ! 俺の物では……っ! くっ、こらやめろ、勝手に肩によじ登るな!」


 好奇の目で見られまくり旅どころではない。

 真剣に何度も崖下へゲーリッヒを突き落とし、溶岩の谷に突き落とした。


 けれどその度にゲーリッヒはぴょこぴょこと小さな体を動かし戻ってくる。


「……おいクマ、貴様、いい加減に魔王城へ帰れ」

「嫌であります! 貴方と旅するのが私の本懐であります!」

「頼むから今すぐギルドへ行け! そして元幹部として捕らえられ余生を全うしろ!」

「ふふ、判っております。寝る時の暖炉として、私をご所望でありますな? 安心めされよ! 不肖、このゲーリッヒ、もふもふ枕として生きることに喜びを、」

「話聞けよ! 会話しろよ! 俺がこんな台詞言うのも何だが! おのれ、誰がお前なんぞ抱いて寝るか! くそ、頭に乗るな!」


 困った顔でクマが語りだした。


「な、なら、手編みのパンツとかが欲しいのでありますか? ――はっはっは、ならば私めが作りましょう! 早速、材料集めから……」

「いらん! 誰が手作りの下着なんぞ欲しいと言った!」

「……ぬう、ならば……女っ気でありますか? なるほど、確かに勇者の独り旅、さぞかし乙女の温もりが恋しくなりましょう。ならばその辺でメイド服を買い、私が着て、」

「誰が! メイドになれなんて言ったよ、このクマァァァァ!」

「あ――――ッ、首引っ張らないで! 取れてしまうでありますクマ――ッ!」


 

 そんな彼らを遠く見つめる、『二人組』の影があった。


「やばいにゃ! やばいにゃ! これは一大事にゃ!」


 エルフのお嬢様のネリネは、望遠鏡の光景に愕然としていた。


 前方――数キロメートル先では、アステルが手乗りクマに慕われている。

 炊事に洗濯に編み物、これは非常にまずい光景だ。


「勇者様にあのクマが! このままじゃ従者になってしまうにゃ!」

「そうですね。どうやらあのクマは、勇者殿へ惚れ込んだ様子。あれでは近づく事すらままなりません」

「呑気に言ってる場合じゃないにゃ! これは一大事にゃよ!?」


 確かに、相手は魔族の元幹部だ。暴力で下がらせる事は難しく、かと言って権謀術数も難しい。さらに望遠鏡で見る限り、離れる気がない。

 まずいのはクマ幹部が料理も洗濯も完璧なことだ。

 最初は手間取っていたようだが、徐々に上手くなっている。いずれ理想の従者になるのは時間の問題だろう。

 そうなれば、ネリネが勇者に尽くそうとしても――


 

『勇者さま、美味しい料理お持ちしましたにゃ!』

『あ? もう俺には最高の従者がいるから、お前いらないわ』



「にゃあああああ!? そんな事言われたら耐えられないにゃああっ!」

「お嬢様、お気を確かに。ただでさえ金魚のフンのように勇者様に付いていってるのに、これでは完全に痛い子です」

「やかましいにゃ! で、でもどうしよう!?」


 セバスは眼鏡のつるに手をかける。


「まあ落ち着いてください、お嬢様は貴族、『麗凛六花』――クマ幹部は強敵ですが、貴族のおもてなしならば、勝てます」

「そ、そうにゃ! その手があったにゃ! 『賄賂』にゃね!?」

「……まあ、魔族にはエルフの通貨など意味がないのですが」

「駄目じゃにゃいかぁぁぁぁ!」


 貴族としての利点すら利用出来ない。ネリネは半分涙目になった。


「じゃ、じゃあ一体どうすればいいにゃ!? あのクマに勝つには……」

「……じつは、何にも思いつかないですね」

「さっきと言ってる事違うにゃ!?」

「しかしですよ? 他人の幸せなどたかが知れています。かつて第二十六代勇者、リゼル様もおっしゃっています。『――不幸な人間は多様だが、幸福な人間は皆同じ――』つまりは衣、食、住……そして可愛いお嫁さんと金や地位があれば、満足してしまいます」

「そうだけど! ……あれ? じゃあ嫁! その中ならあたし、『嫁』ならなれるにゃ!」

「え? 幼児体型には需要があるかどうか……」


 セバスはネリネのまっ平らな胸を見た。絶壁、まな板、そんな単語が似合う有様。


「失礼にゃ! それはともかく……じゃあどうすればいいのにゃ!? いっそ爆弾でも巻いてクマに特攻する?」

「勢いで言わないでください」

「セバスがやるんにゃよ?」

「嫌ですよ! なぜそんな! 私の命、安すぎやしませんかねえ!?」


 とはいえ、これは大問題だ。あれは仮にも魔王軍の元幹部。

 腕力、俊敏性、そして耐久性……どれをとっても超一流だろう。

 並の魔物なら一撃どころか、余波で死ぬ攻撃ですら生還する。

 今もまた、アステルの裏拳を受けてクマは谷底へ落ちているが、次の瞬間にはボロボロになりながら戻ってきた。元幹部の耐久力は伊達ではない。


「そうだ、良い案があります。お嬢様、『子供』です。子供を利用して油断させればいいんですよ」

「どういうこと?」

「ですから、適当な『動物の子供』を捕らえ、あのクマに近づけさせるのです。予めその爪には毒を塗っておき……相手が油断した隙に、爪で刺す! そうすればあら不思議! クマ幹部は昇天してお嬢様の独壇場!」

「天才にゃ! さすがはセバス!」

「ふふ! どうも! お嬢様のためなら外道と化します」

「そうと決まれば早速やるのにゃ! 今すぐ取り掛かっ――」


 

「――なるほど、先程から悪巧みをするのは貴様らでありますか」



 瞬間、彼女らにかけられた言葉にネリネ達は飛び上がった。

 ネリネとセバスは蒼白色でびびりまくる。


「せせせせセバス!? 何故かクマ幹部がいるんだけどにゃ!?」

「おおおおかしいですねえ、目の錯覚ですかねぇぇ!?」


 ほめかみをひくつかせ、目を血走らせ仁王立ちするゲーリッヒ。

 彼の姿は元の三メートル級の大熊だ、今にも縊り殺してきそう。


「貴様ら、俺様を謀殺するなど言語道断であります! とんだ曲者め! 不肖このゲーリッヒ、露払いとして排除するであります!」

「にゃ~~っ!? 助けてセバス、助けて~~~っ!」


 ゲーリッヒはネリネを摘み上げると、彼女は悲鳴を上げる。


「落ち、落ち着いてくださいお嬢様! ……おのれ幹部め! 私の主を鷲掴みとは不届きな! その腕、今すぐ離すがいい!」

「へっぴり腰で百メートルも離れた所から言っても迫力ないにゃ!?」


 慌てる執事と叫ぶお嬢様。ゲーリッヒは、その鋭い牙を剥き出しにして、


「クハハ! 哀れなものでありますなエルフ共! 我が前に立ちはだかった罪、己が命で償うがいいであります!」

「にゃ~! にゃ~~っ!? 嫌にゃ、助けてセバス~~っ!」


 ゲーリッヒが、捕らえたネリネを掲げながら力を込めた。

 その細い体躯に、徐々に爪が食い込んでいく。


「にゃ~っ! このままじゃヤバイにゃ! こ、こうなったら――っ、――やあ~ん? よく見ればあなたイケメンにゃ? あたしと、イイコトしないにゃ??」

「お嬢様、お嬢様! 普通に痴女めいた事が出来るのは凄いですが、この期に及んで語尾に『にゃ』では無意味ですよ!」

「ああ、しまった~~っ!?」

「クハハハ! クハハハ! 面白いエルフ共でありますなっ!」


 青ざめるネリネ、がたがた震えて長剣を構えるセバス。

 ゲーリッヒは笑いながら、


「今晩の食料は決定であります! エルフの貴族と執事! 丸焼きにして勇者様にお出しすれば、喜んでもらえるであります!」

「にゃあああっ!? 助けてセバス! クマなんかに料理されるのだけは嫌にゃああああ!?」

「く、お嬢様――っ!」


 セバスは念のため、用意していた目くらましの爆弾を放った。

 爆音と閃光が迸り、ゲーリッヒの視界を奪う。

 その隙に、何とかゲーリッヒからネリネを引き離したセバス達は退却した。


「ぜーっ、ぜーっ、し、死ぬかと思ったにゃ……っ」

「まったくですな、何とか逃げ切れて良かったです」


 すでに、ゲーリッヒの姿はない。

 見通しの悪い森に逃げ込んだので、ここで隠れれば大丈夫だろう。


「しかしどうしよう。あんなクマ幹部、追い出す方法まるで思いつかないにゃ……」

「もう諦めましょうよお嬢様。所詮、無理な話だったのです。諦めて王国へ帰り、私と悠々自適な生活を過ごしましょう?」

「なんでセバスと余生過ごすの前提にゃ!? そうではなく、このまま引き下がるなんて出来ないにゃ! 栄えある『麗凛六花』の名に傷をつけるくらいなら、いっそ死んだ方がマシにゃ!」

「し、しかし……お嬢様、なぜそうまでして勇者様に拘るのですか?」


 まくしたてるお嬢様に辟易して、セバスが尋ねる。

 このままではジリ貧もいいところだ。ゲーリッヒは決して勇者の元から離れず、こちらは無策。こうなっては帰った方がいいはずだ。


「それは……」


 ネリネは先程とは打って変わり、神妙な顔つきになる。


「セバスも知っているはず。エルフ王国は、諸外国に囲まれ資材を狙われているにゃ。神聖な木の実、肥沃な大地、《霊神樹》……数々の秘宝を狙って、ドワーフやリザードマンがやって来る。彼らから『王国』を守るためには、勇者様と友好関係を結ぶのが、手っ取り早いにゃ」

「それは存じ上げていますが……」


 エルフの国とは森の王国だ。豊富な資源、貴重な木の実、それに、魔術についての秘奥も存在する。

 だがそれを狙い、数百年前から他国が襲ってくるのが実情。


 ゆえに、強い国家となるため、勇者の後ろ盾を得るのが定石だった。

 もちろん、必ずしもそれが必要ではないが――有効なのは確かだ。


「それだけじゃないにゃ。あたし自身も、勇者様に憧れてるにゃ。昔、私は病弱だったにゃ。でも一年前、立ち寄ったエルフの森で、勇者様は《秘薬》をくれた。見かねただけのただの同情だったとしても、私はあの時の恩を返したい」


 ネリネは幼い頃は虚弱だった。けれどそれを治したのがアステルだ。

 それ以来、ネリネは彼に憧れを抱いた。尊い英雄、格好良い英傑、彼に焦がれた。


 ――じつは、アステルは森で迷って、偶然ネリネを助けただけだが、それでも彼女の恩は本物だ。


「そうですよね……そうでしたよね……」


 呆れつつも、苦笑してセバスは呟く。


「彼はお嬢様の命の恩人……そのために万事を尽くすのが我が務め!」

「うん」

「ならば、私も一肌脱ぎましょう! 敬愛するお嬢様のため、このセバス、全身全霊で手を打ってみます!」

「ありがとう! さすがセバスにゃ!」

「いえいえ、お礼はハグで!」


 それは断ったが、主従を超え、深い絆の握手を、二人は決意の証として交わす。


「でもどうするにゃ? 条項は何も変わってないにゃ」

「アレですよ、お嬢様。こうなったら仕方ありません。《憑依》の魔術を使うのです」


 ――《憑依》の魔術。

 それは対象の『魂』を別の器に移し、操るための切り札だ。


 かつて、ネリネはドワーフたちに対して、《憑依》を用いて対抗した。

 ドワーフ達の体から魂を抜き取り、人形に収め、閉じ込めたのだ。


 悪辣な手段だが、切り札として有効だった。


「あれを使ってクマを退治するにゃ?」

「そうです。あのクマを閉じ込める人形を用意します。そして《憑依》の魔術にて魂を剥離……クマの魂を人形に定着させます。永遠は無理ですが、ひとまずは有用かと」

「なるほど、名案にゃ」


 しかしネリネは首を傾げる。


「でも『人形』はどうするのにゃ? 急場だったから、そんな物は持ってきてないにゃ」


 《憑依》の魔術に使う人形には条件がある。

 魔力を込めた特別な人形を用意するのだ。

 魂を押し留めておくため、『檻』として膨大な魔力が必要なのだ。


「ふふ、それでしたら心配はいりません」

「にゃ?」

「《人形》には通常、高い魔力が必要です。――しかし、この場には高い魔力の源があるでしょう? 魂を押し留め、維持出来る程の器が」

「え? でもそれって、何なのにゃ?」

「お嬢様の『体』です」

「えええ――!?」

「お嬢様の『体』と、クマの『体』を入れ替えるのです。お嬢様は至高の魔力、魔族の幹部とはいえ収まるでしょう。そこで、あのクマと、お嬢様を入れ替え、」

「嫌にゃよ!? 何言ってんの!? あ、あの毛むくじゃらの体に入るなんて、冗談じゃないにゃ! それに……臭いも、感触も、なにより、オスの獣だから……お、お、おちん……口では言えない『竿』も付いてくるにゃあ!?」

「別にそれは大した問題ではありませんよ?」

「絶対嫌にゃ! それだけは却下するにゃ!」

「しかし、いいんですかお嬢様? そうなると、もう手段は無くなりますよ? 」

「にゃああ……っ」


 ネリネは迷った。大いに迷った。

 『麗凛六花』の一角として、エルフの淑女として迷い――断腸の思いで告げる。


「わ、わかったにゃ、やるにゃ……」

「それでこそお嬢様! (まあ、上手く憑依させられるか判りませんが。最悪、お嬢様の体が耐えきれず吹っ飛ぶかもしれませんがね)」

「今不穏な事思った! 絶対不穏な事思ったにゃ!」

「いえ何も?」


 押し問答の末、憑依で入れ替わりしてみる事にしたネリネ。

 《強化》の魔術で自分の肉体を強くする。森を出ると、勇者のそばにいるゲーリッヒを探した。

 そしてアステルの靴を磨こうとして拒否られるゲーリッヒへ向け、ネリネは呪文を唱える。


「――[我が魔術によって移転せよ! 勇者にかしずく獣の魔族、我が器に宿れ! そして我が魂は、獣の器に宿り、定着を!]――《ソウルシャッフル》!」


 ぴかあああ、とネリネの体とゲーリッヒの体が光り、眩い明かりが周囲を照らす。

 ネリネの体にゲーリッヒの魂が入り、ゲーリッヒの体にネリネの魂が宿る。

 完全に、ネリネ達の体が入れ替わった。


「やった! 出来ましたよお嬢様! これでクマ幹部は排除です! あとは私が勇者殿を誘惑し――」

「貴様、よくもやってくれたでありますなぁぁぁ!」


 ネリネの体に宿ったゲーリッヒが、憤慨してセバスの首を掴め上げた。


「ザコだザコだと見逃してやれば、つけ上がりおってからに! よもやエルフと入れ替えられるとは! この礼、きっちり返させて貰うであります!」

「ぐああっ! し、しかし諦めませんよ私は! こう見えても、お嬢様の護衛として騎士叙勲した身! クマごとき、私の剣術でっ!」

「勇者様のお世話をするのはこのゲーリッヒ! その邪魔は許せんであります!」

「否! お嬢様こそが勇者様のおそばに相応しいお方! はあああっ!」


 そしてクマ幹部とエルフ執事の決闘が始まった。


 

 一方――ゲーリッヒの体と入れ替わったネリネは。


「うわあ……本当にクマの幹部の体にゃ……。これでついにあたしも人外にゃ。……何が嫌かって、もふもふの毛皮って、以外に柔らかくて良い気分なのにゃ。……このままじゃあたし、『もうクマでもいいかな……』なんて思っちゃうにゃ……」


 小さく、嘆き、悶えるエルフお嬢様。

 そして遠く、独りで旅を続けるアステルは。



「だからやめてくれよ! 俺のために争うとか恥ずかしいんだよ!」


 自分の名前が時折呼ばれるのに耐えきれず、悶えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ