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第17話  勇者はクマ幹部と決着をつけるようです

「くそおおおっ! 勇者が倒せんのだ!」


 魔王軍幹部、《獣王》ゲーリッヒは、《西要塞バルド》で愚痴をこぼしていた。


「挑めど挑めど失敗ばかり! この前は無視され、その次は地面に埋まった! これでは《獣王》としての面目は丸つぶれだ! 悔しいっ!」

『ま、まあ落ち着けゲーリッヒ、そう嘆くな』


 遠く、魔術で話す別の『幹部』、《雷皇》ヴォルガが、優しくゲーリッヒをなだめる。

 《遠話》の魔術陣の効果だ。魔王軍の拠点には遠い相手と話せる魔術陣があり、そこから日頃ゲーリッヒは報告をしていたが、今日はもっぱら愚痴ばかりだ。


「挑んでも挑んでもあしらわれる幹部など! 存在価値もない! もはや魔王様に顔向けが出来ん! いっそ自決するべきか!?」

『いや待てゲーリッヒ! 気持ちは判るが、焦っても仕方ないだろう? 貴様は魔王軍随一の豪傑ではないか! それに魔王様は寛大な御方。それしきの失敗で、処罰などしないだろう。――そうでありましょう? 魔王様?』

「――な」


 その時飛び出た単語に、ゲーリッヒが振り返ると、彼は身震いした。


 そこにいたのは、彼らの『王』。

 捻じくれた角に、四枚の翼。雄々しき突起に全身へ渡る紅き紋様と、血の如き色の瞳。


 《魔王》――。


 睥睨した主の瞳に向かい、ゲーリッヒは慌てて姿勢を正す。


「ままままま、魔王様!? な、何故ここに!?」


 幹部ヴォルガが説明する。


『ああ、連絡が遅れていたな。視察で出向かれたらしい。《ユースティの塔》で勇者を襲撃された事は、お前も知っているだろう? その後、魔王様は各拠点へ赴き、配下を激励しておられるのだ』



【――我が忠臣なる配下、ゲーリッヒよ】


 

 重厚な、威圧感ある声がゲーリッヒのもとへ響き、彼は思わず身震いする。


【気に病む必要など皆無よ。貴様は大義である。勇者と戦い、未だ生きているのがその証。それしきの事で、我が見限る事はあり得ぬ】

「し、しかしながら魔王様……っ!」

【良い。余も、かの勇者と一戦交え痛感した。奴は、強者の中でも更なる強者よ。我が魔王軍が総出で掛かったとて御しきれるか判らぬ。ゆえに、それに挑み、帰還した貴様を無能とは思わぬ】

「で、ですが!」


 光栄な事を告げられたゲーリッヒだが、それでも彼の気は収まらない。


「わたくしも幹部の一人! それが何の手土産も無く、おめおめと逃げ帰るなど……っ」

【その忠義心は見上げたものだが――しかしどうする? そこまで言うのなら、貴様は余に何をもたらす? ――その覚悟、どれ程のものか見せてみよ】


 魔王は、ゲーリッヒを試すように言った。

 これまで数々の失態を犯してきた。魔王が許してくれるとしてもゲーリッヒ自身が自分を許せない。

 ゲーリッヒは逡巡し、狼狽し、懸命に考えた末、覚悟を口にする。


「勇者の一部を取ってご覧に入れましょう! 次の戦い、わたくしは勇者の片腕を……いえ両腕を我が主へ献上します! もしそれが叶わぬ時は……いっそわたくしを処罰して頂きたい!」

【背水の陣か、なるほど貴様の覚悟、確かに受け取った。――ならば征くが良い、ゲーリッヒよ。貴様の全霊でもって、勇者に挑むがいい!】

「御意っ! 全ては、魔王様のために!」


 ゲーリッヒが、かつてない程に吠え猛る。

 燃え上がるような意志――そして闘志を。

 これが一世一代の大勝負。次の戦いを最後とするべく、彼は奮い立たせ、勇者へ挑む。


 

 数時間後。


「おい勇者! いい加減無視するな! なぜ俺の言葉を無視するのだ!? いい加減、洗濯物を干すのやめてこっち向いてくれないか!?」


 ゲーリッヒは見事にスルーされていた。

 アステルは、今日も今日とて川で洗濯三昧だった。

 あれから三日。やけに戦闘が多かった。なので天気が良く、絶好の洗濯日和を見逃す訳なかった。


「ぐうう、貴様が綺麗好きなのは判った! だが今日こそは勝負をつけてもらう! 俺様は決着に来たのだ! この決意、どうか受けてはもらえないか!?」


 しかしアステルは、構わず洗濯物を干し続ける。

 下着、マント、手袋……様々な物を木と木の間に吊るした蔦に干していく。


「これほど頼んでいるのに! それでも貴様は無視するのか!? よかろう、それほど洗濯物が大事と言うのなら、いっそ俺様が手伝ってやろう! なに、これでも俺様は器用だ――下っ端時代に幹部の爪も磨いた。人間の洗濯物ごとき、楽勝よ!」


 そう言ってゲーリッヒはアステルの洗濯物を干そうとした。


 

 しかし数瞬後、鋭すぎる『爪』で、アステルの服をずたずたにしてしまった。



「貴様……どうなるか判っているな?」


 怒れるアステルに、へこへこ謝るゲーリッヒ。


「すまん! 待ってくれ! ち、違うのだ勇者! 俺様はわざとやった訳ではない! お前に嫌がらせしようとか、着るもの無くして弱体化させようとか姑息な事は……あ痛い! よせっ、鼻に指を突っ込まないでくれっ幹部としての威厳が……っ」


 ゲーリッヒはアステルにこめかみをぐりぐりされ涙目になる。

 半泣きで土下座するゲーリッヒにアステルはと溜息をし、


「まあ、お前も反省しているようだし、少しだけ付き合ってやろう」


 そう思い、アステルは、無言でその辺の大木を引き抜いた。

 巨大な木だった。全高三十メートルは下らない。

 それをぶんぶんと振り回し、勢いを付けたアステルを見てゲーリッヒが青ざめる。


「え!? おい待ってくれ勇者! 木がそんな凶器になるのか!? ちょ、いくらなんでもそんな……っ、た、ただの大木でやられたなんて魔王様に知られたら、オレ様は……っ」


 まず負けるのが前提なのが泣きたくなるほど悲しいが、ゲーリッヒは挑戦して――。


 普通にアステルに大木を叩きつけられ、地面に埋まった。


「なんだこれ!? 前よりもっと深く埋まってちっとも抜け出せんぞ!?」


 またまるでモグラのようになった。叩くと楽しそう。

 そんなゲーリッヒをアステルはつんつんと木の棒で突く。


「モグラならぬクマ叩きできそう」

「よせ! こんなの恥ずかしすぎる! 仮にも俺様は幹部なのだぞ!? それをこんな……っ、勇者、助けてくれ! 勇者ぁ!」

「この辺りって、よく鳥がふんを落とすんだよな。お前放っておいたらどうなるかな」

「勇者!? ちょっと待て、凄く嫌な予感がするのだが……っ!?」


 ふと、空から一匹の『カラス』が現れ、ゲーリッヒの頭上で旋回する。


 そのまま飛行していたカラスは、しばらくするとゲーリッヒの頭へ、ふんを落としていった。

 白いものが頭にこびりつき、ゲーリッヒは悲鳴を上げる。


「ぐわあああっ!? お、俺様の頭に糞が!? 取ってくれ勇者ぁ! 勇者ぁ!」

「汚くなぁれ、汚くなぁれ。フフ」


 アステルは、外道にもその光景を楽しむ。

 その後も、何度もカラスが飛んできた。

 群れを成すカラス達は、哀れなゲーリッヒに糞を落とすと、また去っていく。

 頭にぽと、ぽと、ぽと、と白い物が落ち、その度にゲーリッヒの目に涙が増していく。


「あっ、垂れてきたっ、ねちっこい糞がっ、俺様の目に……っ!? た、助けてくれ、助けてくれ勇者ーっ!」


 十数分後。ゲーリッヒはフンまみれになり、めそめそと泣き出す。


「ぐああ……汚れてしまった……魔族の幹部たる俺様が、汚れてしまった……」


 泣く姿は色々とアレな光景だった。思わず手を差し伸べたくなるほどだ。

 けれどアステルは人見知りなのでそんなこと出来ない。ゲーリッヒを尻目に、旅の再開をしようしかけて――。


「――者よ」


 ぼつりと、ゲーリッヒが不吉な声で一言呟いた。


「勇者よ。――俺は、何度も、貴様との決戦を望んでいたな? しかし、貴様は結局まともに取り合ってくれなかった。恥を忍び、プライドを捨てて願ってきた。だが、それを無下にしてきたのは貴様だ!」


 寒気がする程声音が低くなり、思わず振り返るアステル。

 先程とは打って変わって、不穏な声音で呟くゲーリッヒ。

 その体から邪気が放出され、徐々に、徐々に――邪悪に凝縮されていく。


「もはや許さん……我が禁断の技で、貴様を仕留めてやろう……フウウウ! はあああああっ! ――獣人族秘奥絶技が一つ――《巨神化》! オオッ、オオオッオオァァアアア――ッ!」


 邪気を増幅させたゲーリッヒの体が、爆発的な閃光に包まれる。

 そして辺りに閃熱が走り、地響きが起こると、周囲の地面が粉々に砕けて散った。


「……何だ? これは――」


 埋まっていたゲーリッヒの体が、肥大化し、暗黒色に染まっていく。

 周りの地面が破壊され、木々は吹き飛ばされ、見上げるばかりの巨人へ。

 否、巨大な魔獣――全高百数十メートルにも達する、魔獣へと《巨大化》する。


「オォォオオオォ……ッ! ――これゾ、我が獣人族に伝わる究極奥義……自らを巨大な生物へと変える、破壊のための秘奥っ!」


 ゲーリッヒが咆哮し、周囲の地形を震わせた。

 その巨大な拳が、アステルのいる一角を薙ぎ払う。


 その一撃で、周囲が吹き飛んだ。地面や木々が根こそぎ抉られ、更地になる。


「オオオォオオッ! もはヤ、この形態には理性モ何もかモ無イ……オレサマは、貴様を殺すコトだけを考えル殺戮者バーサーカー……っ! 勇者よ、恐怖せヨ! 絶望せヨ! 我ハ獣の神! ただ目の前の生物を狩ル――魔獣なリッ!」


 巨大なゲーリッヒの拳が、アステルへ数百発の打撃を叩きつけた。

 最初の攻撃はかわしたアステルだが、続く猛撃はかわしきれない。

 雨のように注ぐ拳の連打が次々乱打され、地響きと共に直撃をもらっていく。


「死にさらセ! グハハ! ハーッハッハッ! ハハハッ! グハハハハ――ッッ!」


 一撃毎に地面が割れ激烈な衝撃が巻き起こる。

 周囲の地形ごと塗り替えるゲーリッヒの豪腕。


 数千発にも及ぶ拳の嵐。爆裂した地面がさらに爆裂し、原型を留めなくなる。

 圧倒的な妖気と殺気を撒き散らしながら、拳が勢い良く叩きつけらていく。


「――獣神殲滅秘奥義っ! 《轟魔・覇王烈裁撃》ィィィィィィ――ッ!」


 蓄えられた邪気が、盛大な爆発を巻き起こした。

 地響きが走り、衝撃波が辺りの木々を丸ごと弾き飛ばす。

 それでも破壊は勢いを収まらず、周囲の地面が、陥没し巨大クレーターを作り上げる。


「グフフ……やったか……?」


 ゲーリッヒは、満足気にその光景を見やった。

 完璧だった。今の攻撃を受け、生きていられるものはいない。


 高くけぶる土埃。砕けた地面。何十メートルに登る煙が、高く高く登っていく。

 その、濛々と立ち込める煙が――風で吹き散らされ、あらわになった瞬間。


「なん……だと?」


 アステルは、無傷だった。

 肌一つ割けていない、マントの端すらも破けていない。


「ば、馬鹿ナ!? 《巨神化》したオレ様は、通常より遥かに強まったはず! その向上率ハ、通常の三十倍以上……ッ! それですラ、耐えたの言うノカ……!?」


 ぱんぱん、とアステルは汚れた衣服を叩く。

 無言のままに、ゲーリッヒの方を見ると、『手刀』を振るった。

 放たれた手刀から衝撃波が発生し、かまいたちのようにゲーリッヒの肩を抉った。


「ぐああアア――!?」

「弱くはないが、俺には及ばないな。まあ、あと一万発くらい受けたら判らんが」


 ゲーリッヒの拳から、大量の血飛沫が飛んだ。

 大量の血が滝のように流れ、ボタボタと地面へ落ちていく。


「グウウ……!? 何故ダ? 何故お前はこうも強い? こんな、こんな事ガ……!?」


 殴ったゲーリッヒの拳が、逆に血まみれになっていた。

 つまり、それはゲーリッヒとそれほど差があるという事だ。どれほど努力しても、ゲーリッヒはアステルに及ばない。

 硬すぎるアステルの肉体に、ゲーリッヒの拳が負け、逆に傷ついてしまう始末。


「――完全に、オレサマの負ケダ……」


 瞬間、ゲーリッヒががっくりと膝をつき、頭を垂れた。


「俺様の全力だった……正真正銘、全てを掛けた一撃だった。それでも……貴様にはまるで届かない……認めよう、完全に……俺様の負けだ」


 ゲーリッヒの体から、邪気が薄れ、徐々に元の大きさへと戻っていく。

 そして見上げるような巨大獣から、三メートルのクマに。さらに、小さくなっていく。

 最終的に、ゲーリッヒは、手乗りサイズのクマとなった。


「俺様は、幼い頃より修行ばかりに明け暮れていた。魔王様以外に俺様を下す者などなく、天狗になっていた。だが……それすらもお前は容易く上回る……」


 悔しさと、空しさと、そしてどこか誇らしささえ響かせる声音だった。


「俺様の力では貴様は越えられん。……それを、まざまざと思い知った。勇者よ、約束しよう、俺様はもはやお前に手出ししないと。そう誓いを立てよう」


 跪き、手乗りクマのまま頭を垂れるゲーリッヒ。

 それは降伏の証だった。獣人族が永遠の終戦として、誓いにする仕草。

 その行いに、どれ程の覚悟があるのか、アステルには判らない。けれどそれが、彼なりのけじめなのは判った。


「やれやれ、やっと終わったか」


 来る日も来る日も、挑まれる日はようやく終わり。これからゲーリッヒは敗残兵として余生を過ごすだろう。

 強者が他者より下であると痛感する事は、死ぬほど悔しい事だ。


 アステルにだって似た経験はある。挫折を味わうのは辛い。

 けれどゲーリッヒは、そんな見栄やプライドよりも、勇者への敬意を優先したのだ。

 かしずくゲーリッヒの姿には、勇者に対する深い感銘があった。


「(ふ。まあこれで懸念の一つはなくなったな。これでゆっくり魔王城へ行――)」


 けれど、かしずき、俯いたままのゲーリッヒは、ふと顔を上げると。



「――だから、これからは貴方の『配下』として、頑張るのであります!」



「……は?」


 アステルは固まった。


 何か、聞き捨てならない事を聞かされたような? 


「勇者殿! あなたの強さ、あなたの武力に、私は魅せつけられたであります! これより私は貴方の下僕であり、永遠の手と足となりましょう! どこまでも引っ付き、そばにお仕えさせて頂くのであります!」

「もうそういうのいいから! 猫耳娘といい、こいつといい、何でそういう話ばかりになるんだ!?」


 けれどゲーリッヒは目を輝かせ、アステルに迫り来るばかり。

 敬愛の瞳を向け、すり寄り、手乗りクマのまま、アステルの肩に引っ付く。


「強者に仕えることこそ我が至上の喜び! 魔族とは強者に付き従う者! 貴方様が東の敵を討てと命じるなら東に飛び、西に竜がいるというのなら死んででも向かいましょう! 春夏秋冬! 朝昼夕夜毎日! 私は貴方のそばで、一生付き従うであります!」

「いらないから! そういうの本当いらないから! ああクソ、勇者に仕える幹部なんかいらん! 離せ、ええい寄るな触るなぁぁぁ!」


 その日から、手乗りクマが勝手に従者を名乗り、アステルに付きまとうことになった。



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